Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第2章+旅の幕開け


第10話 赤い瞳のリアン-2-





「あれ? なんで……どうして道が変わっちゃってるの!? わたし確かにあっちから来たはずなんだけど」
「うーん」


リアンは暫く考え込むようにして腕を組んでいたが、やがて足下の黄色い花に目を留める。
そしてしゃがむと、彼女は静かにティエルを振り返った。

「この花、マンティコラの花でーすわ。人を惑わす花粉を持っていると言われているんですの」


「も、もしかして……わたし達」
「そうですわ、既に私達はマンティコラの罠にかかっていたんですわね。こうなったら……」

「……こうなったら?」


「逃げますわよっ!!」

荷物を掴んで急に駆け出したリアンを、暫く呆然として見ていたティエルだったが。
ハッと我に返って慌てて彼女の後を追う。


「ま、待ってよう! ちょっと置いていかないでよ!!」

急に駆け出したリアンを追う形でティエルも森の中を全力疾走する。
しかし、何故か急に立ち止まったリアンの背にゴツンと額をぶつけてしまう。



「いったー……急に立ち止まらないでよ。どうかしたの?」

立ち止まる──むしろ硬直している──リアンの背から、
ひょいと前に顔を覗かせたティエルも、彼女と同じく凍り付いたようにして動かなくなる。



……そこには、獅子の身体に瘤だらけの老人の顔を持つ、異形の怪物が立ちはだかっていたのだ。

こんな生物は、ティエルが今まで読んだどの本にも載っていなかった。
いわゆる『モンスター』という生物である──。



「嫌ですわ……マンティコラ……私の予定では出会わないつもりでしたのに、とんだ計算違いでーすわ」

じりじりと後ろに下がるリアンとは裏腹に、ティエルは固まったように動かない。
生まれて初めてモンスターを目にしたのだ。

彼女はあまりの恐ろしさに、マンティコラを凝視したまま立ちつくしていた。



「ちょっと、何やっているんでーすのっ。逃げなくちゃ殺されますわよ……!」


既に元来た道を戻りながらリアンが叫んだが、ティエルは動かない。
マンティコラの醜い顔が不気味に歪み、目の前に立ちつくす脆弱な存在、ティエルを見下ろした。

……どうやら、彼女を獲物とみなしたようだ。


「グォォォォ!!」


低いうなり声を上げるとマンティコラは、その鋭い爪をむき出しにして腕を振り下ろす。
それは、今まで兵士訓練所で剣の稽古をしてもらったどの相手よりも速い一撃だった。



(これが……モンスター……!!)

恐ろしさで足がすくんでしまったティエルは、フラフラと崩れ落ちる。
その瞬間彼女の頭上で、ヒュッと風を切る音が聞こえた。

相当運が良かったのだろう。マンティコラの腕が、ティエルの頭上をかすめたのだった。



ティエルは力の入らない足を必死に奮い立たせ、這いずるようにしてマンティコラから離れようとするが、
太い腕が彼女の腰を掴むと、高々と頭上に持ち上げる。

このまま握りつぶすのだろうか。獲物の表情を楽しむようにマンティコラはニヤリと笑みを浮かべる。



「う……ああああっ!!」
ミシッという骨のきしむ音が辺りに響いた。









一方リアンは途中まで逃げかけていたが、そのティエルの叫び声に思わず足を止める。


逃げるか、否か。戻ってマンティコラと戦う? ……勝てるはずがない!
そうだ。勝てるはずがない。それなのに、戻って折角助かった命をむざむざ無駄にするつもりか?

……可哀相だがこのまま見捨てて、ティエルとは出会わなかったことにすれば良いのだ。
リアンはフッと笑みを浮かべて、またティエルのいる方向とは反対方向に進み始めた。



(私にはもっと大切な目的があるでしょう。あの方の為にそれを達成する前に、死ぬわけにはいかない)

「……ごめんなさい、ティエル」
数歩進んで、ふと自分の足首に巻かれた包帯を見つめる。

それからもう一度リアンは立ち止まり、叫び声が聞こえる森の奥を振り返った。









ミシミシと嫌な音が鳴り始めた骨に恐怖を感じたティエルは、必死になって腕から逃れようとする。
しかしマンティコラの怪力は、ティエルがどうにかできる様なものではなかった。


いちかばちか、唯一自由な首を曲げて彼女はマンティコラの腕を噛み切る。

鉄くさい血の味と、汚物のような臭いのする肉の味が口の中に広がった。
しかし手応えはあったようで、マンティコラは思わずティエルを掴む腕をゆるめる。


その瞬間、ティエルは自由になった右手でマンティコラの眉間付近を力一杯引っ掻いた。
ガリッという音と共に、マンティコラの眉間には五本の赤い線ができる。



「グォォォウ!!」



投げ出されたティエルはガリオンから譲り受けた剣を手に取り、構えの姿勢を取った。
暫くマンティコラの顔を間近で見続け、恐怖を通り越して冷静になってきたようだ。


ティエルは流れ落ちる冷や汗を拭うと、キッとマンティコラを睨み付ける。

「……どうせ殺されるんなら、精一杯抵抗してやる……!」
自分は生きると決めたのだ……やれることだけのことはやろう、と思ったのだ。



いきり立って突進してくるマンティコラを落ち着いて見る。身体が大きい分か、無駄な動きが多いようだ。
いつものガリオンの訓練だと思えばいいのだ。落ち着いて、相手の動きをよく見て。

訓練と大きく違うところは……命がかかっている事だけだ……!



ブンッと振り下ろされた腕を、反射的に右に飛び退いて避ける。

「……かわせた!」
自分の腕の勢いでバランスを崩しかけているマンティコラの左肩に向かって剣を振り下ろす。

ザクッという感触。肉を切った嫌な感覚が手に残る。



安心したのも束の間で、まるで意志を持っているかの様に複雑な動きを見せたマンティコラの尾が、
そのままティエルを横に吹っ飛ばした。


「うあっ……!!」
その衝撃で剣が手から離れていく。

近くの大木にしこたま背中を打ち付けたティエルは、暫く息をすることができなくなってしまい、
ゲホゲホと何度も背を丸めて咳き込んだ。


そこへ、うなり声を上げながらマンティコラが向かってくる。もう逃げる時間もない。確実に、死ぬ……!!



「内腑煮たぎり、魂燃え尽くす、冥府に潜む者達集いて灼熱の火炎となれ……メギドフレア!!」



その瞬間、凄まじい火柱がマンティコラを身体を包む。
炎をもみ消そうと転がり回るマンティコラの背後には、長い青緑の髪をした娘が立っていた。


「薬草のお礼は……いたしましたわ」
魔法を発動した杖を前に突き出しながら、肩で息をしたリアンの姿。

「……覚えておいて。私、滅多に他人を助けないんですのよ」






+DeadorAlive+