Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第9章+聖剣イデア

第100話 Dear my father...





……一体、あれからどのくらいの時間が過ぎ去っていったのだろう。


ここは時間という概念が無きに等しい、氷と闇に包まれた王国ゾルディスであるのだ。
そこに時間が存在するのかも疑わしい。

実際には一日程度しか経過していないのであろうが、それがとてつもなく長い永遠に感じられたのだ。




辺りは静か過ぎるほど静寂に包まれている。
その静けさが、より一層地下牢の温度を低くしているような錯覚さえ起こしてしまう。





疲れがドッと押し寄せてきたのだろうか、ティエルとサキョウは寄り添ったまま眠りに落ちていた。

こんな時に、いや、こんな時だからこそ、充分に疲れを癒しておく必要がある。
この先に起こりうる、どんな事にも耐えられるように。




一方ジハードはそんな眠り続ける二人を眺めつつ、魔力の回復に専念するためにジッとしていた。

魔力さえ完全に回復すれば何とかなるかもしれない。ここから抜け出せるかもしれない。
言いかえれば、魔力が回復さえしなければ何も出来ないのだ。魔法に頼った自分が時折情けなくなる。


普段ならば不必要なほど眠気が襲ってくる彼なのであるが、
こんな緊迫した中では有難いことに目が嫌になるほど冴えてくるのである。




「……あーあ。暗い海底に閉じ込められていたかと思えば、今度は氷の国の地下牢かい。
我ながら変化に飛びすぎた、実に波乱万丈な人生であるね」

誰に語りかけるわけでもなく、ジハードは両膝を抱えながらボソリと呟いた。
女性にしては低音の、男性にしては高音の、そんな中間のような声が辺りに響き渡る。




しかし彼は安息と引き換えに、滅多に現れるものではない……いや、もしかしたら、
二度と現れることがないかもしれない者達と出会うことができたのだ。

自分が今まで抱いていた偏見を、あっさりと全て壊してくれるような。そんな者たちと。
──だから、今ここに自分はいる。





「……何が波乱万丈なの?」



「なんだ、起きていたのかい? それならそうと言ってくれないと、ぼくの繊細な心臓に悪いじゃないか」
突如響き渡った声に、ジハードは思わず口をへの字にしてゆっくりと後ろを振り返る。

背後ではボロ布のような毛布に包まったティエルが怪訝そうな眼差しでこちらを見ていた。
どうやら先程からの独り言を聞かれていたらしい。



「だって、ジハードが何か一人でぶつぶつ言っているから起きちゃったんだもん」
ムスッと頬を膨らませるティエルの隣では、この騒ぎで目を覚ましたサキョウが大あくびをしていた。


「うむ? 一体あれから何時間経っているのだ……どうもここは、時間の経過が今一つ分からぬよ」




サキョウは軽く伸びをした後、鉄格子に近寄って辺りの様子を観察してみるが、
特に先程と変わった様子は見受けられない。


「女王自らの命令で捕らえたにしては、随分と扱いがぞんざいだな。こう何事もないと不気味だ」

「まあまあ、かえって好都合だよ。時間があれば少しは落ち着けるだろうし。
気が動転したままでは、まともな思考ができなくなる。ティエルだって幾分かは落ち着いたでしょう?」


ジハードの言葉にティエルは静かに頷いた。
確かに彼の言う通り、幾分かは気持ちも落ち着いてきているようだ。

それでも先程に比べれば、の話であるが。




「でも、落ち着いたら落ち着いたで色々不安になるよ。リアンやクウォーツはどうなったのかって……」
ギュッと唇を噛み締め、ティエルは今ここにはいない彼らの姿を思い浮かべる。

「それに一体何の為にわたし達をここまで連れてきたのか。わたし達は……生きて帰れるのかなぁって」


不安と、焦燥と、恐怖と。
そんな声色の混じったティエルの声が、静かな地下牢に重く響き渡った。




『生きて、帰れるのか』


その言葉は彼らの不安な心に、ズン、と重くのしかかったのだ。
はっきり言ってしまえば全員殺される可能性だってある。

いや、もしかしたら、既にリアン達は生きてはいないのかもしれない。殺されているのかもしれない。
そんな悪い考えがティエルの心を埋め尽くしていく。




──その時。


「おい、そろそろオレ話していいかな? 真剣な話の最中に申し訳ないんだが」


実に場違いなのんびりと穏やかな声が聞こえてきたのだ。
思わず硬直したように動きを止めたティエル達の瞳に、向かいの牢でモゾモゾと動く人影が映る。

無論この牢に入った当初からその人影は見えていたのだが、
ピクリとも動いていないことから、ティエル達は完全に死体だと思っていたのであった。


今から考えてみれば、恐らくそれは眠っていたのであろうが……。




「きき、きゃ──!! 死体が動いた喋ったゾンビがいる!!」
「おお、なんということだ……迷える死者よ、成仏したまえしたまえしたまへ……」

ティエルはあまりの驚きにサキョウに飛びつき、サキョウはサキョウで呂律が回っていない。
一人慌てず騒がず首を傾げていたジハードだったが、やがて四つん這いで鉄格子に近づいて行った。




「……あなた、死体ではなかったのかい? てっきりぼくらは死体とばかり思っていたのだけれど」


「誰が死体だよ、いきなり失礼な人達だな。ただ寝ていただけだって」
相手もそう言いながらゆっくりと鉄格子に近づいてくる。

明るみに出たその人物は、髭をぼうぼうに生やしているために分かりにくいが、どうやら30前半の男であった。
顔は黒く汚れており、窪んだ目に痩せ細った手足。しかし、どこか愛嬌のある顔の男。

誰かに似ているような気がするのは、気のせいなのだろうか。




「な、なぁんだ……寝ていただけだったんだね。勝手に勘違いしてごめんなさい」
ホッとしたティエルは、それからぺこりと頭を下げる。


「いやいや、オレの方こそもっと早く新入りさんに挨拶すれば良かったんだけどな。
なんせ、オレはこの第一級犯罪者用の牢の中で一番の古株なんだよ。どうだい、驚いただろう?」

垢で黒ずんだ細い手で軽く鼻をこすると、男は口元にニッと笑みを浮かべた。
それは、やはりどこかで見たことがあるような。そんな笑みであった。



「オレの名前はモーリン。モッさんでもモリリンでも好きなように呼んでくれ」




「モッさん……」
「モリリン……」

こんな薄気味悪い牢に長い間閉じ込められていたにしては、随分と明るい性格のようである。




「それにしてもあんた達一体何をやらかしたんだい? ここに入れられるのは、よっぽどの事なんだぞ」

「そんなのわたしが聞きたいくらいだよ」
モーリンの言葉に、ティエルは唇を噛み締めて冷たい鉄格子を握り締めた。


「いきなり、何の説明もなしに連れて来られて。もう何が何だか分からないよ……誰か説明してよ……」



「……そうか。ここはそんな国だよ、どんな理不尽な理由も簡単に通ってしまう。
オレだってそんな理不尽な理由で、30年近くもここに入れられているんだ」

「さ、30年も!? 一体どんな理由でこんな長い間閉じ込められているのですか??」
あまりの数字に思わず大声を上げてしまったサキョウは、目を丸くしてモーリンに問いかける。




「オレは……人質なんだ」
口元にどこか諦めたような笑みを浮かべながら、モーリンはやれやれと肩をすくめた。

「リダ=クイーンは父の力を必要としている。父さんが逃げ出せないように、オレはその人質ってわけだ」



「父君の人質に? それで、あなたは30年もここに入れられているのかい」

「……ああ。父はオレのために逃げ出す事もできず、女王に利用され続けているんだ」
寂しげな笑みを浮かべたまま、モーリンは眉をしかめているジハードにそう言った。


「もう30年だ。そろそろ父を解放してやってくれてもいいだろうに。幸せになって欲しいんだよ。
オレは長年ここにいる為に視力が殆どない。けどオレと違って、父さんならきっとやり直すことができる」




「あなたは……?」

「え?」
心に重く響く、そんなジハードの声を聞いたモーリンは思わず顔を上げた。



「……あなたは、それでいいのかい? 納得のいかない人質にされて人生の殆どをここで過ごし、
たった一度しかない人生なのに……この先もここで過ごすつもりなのかい?」

スッと静かに鉄格子の隙間から手を差し出したジハードは、小さく呪文の詠唱を完了させる。



「……似ているんだ。あまりにも、あなたは。ぼくに命がけの勝負を挑んできた、あの人間に」




『……やっと見つけたぜ、あんたを探すためにどのくらいかかったか』

『おっと、不死鳥さん。そういうわけにはいかないんだよ。
この封魔石の全ての力を解放して、あんたを倒さなくちゃな。見えるかい? この封魔石が』


淡い緑色の光が集まり、それは優しくモーリンを包み込んでいった。
優しい色合いの光に包まれ、モーリンの土気色をしていた顔色が心なしか良くなったように見える。



『このまま手ぶらで帰ったら、捕らえられているオレの可愛い息子が殺されてしまうんだよ』




「──あなたも、幸せになるべきだよ」

そう言って、ジハードは柔らかく微笑んだ。
暫く唖然とした顔のまま止まっていたモーリンだったが、やがてボロボロと大粒の涙を溢れさせる。


ううう、と押し殺したような泣き声が辺りに響き渡っていく。



今まで堪えていた何かが溢れ出したのか、まるで小さな子供のように泣きじゃくるモーリンを、
ジハードはどこか暗い眼差しのまま見つめていた。

あの人間が、自分の命をかけてまで守り抜こうとしたのだ。子を想う親の気持ちはそういうものである。
この目の前の人間には罪はないのだ。憎む筋合いがどこにある。




「……ねえ、もしも……ぼくらがここを生きて出られるようなことがあったら、
あなたのお父さんにあなたのことを伝えておくよ。だから、お願い……泣かないで」

「そうだよ! モーリンさんは元気でいますって、わたし達が必ず伝えるから!」
ジハードの隣で、ティエルがグッと拳を握り締める。その後ろではサキョウが深く頷いていた。

「できたらモーリンさんと一緒に逃げ出したいんだけど」




「……ありがとう。本当に、ありがとう」
ようやく泣き止んだモーリンは、手の甲でぐいっと涙を拭って笑った。

「けど、オレは逃げないよ。父さんは必ず迎えに来るって約束してくれたんだ。
だから、それを信じて待つよ。オレは父さんの言葉を信じてる」



「モーリンさん……」



どこか痛々しいその笑顔にティエルが顔を曇らせたとき、
こちらに向かって傭兵達が乱暴な足音を立てながら歩いて来る。


「さあ、ドブネズミ共立ちな。我が君主リダ=クイーン様がお呼びだぜ」
ハッと表情を変えて身構えるティエル達に向かって、傭兵は薄笑いを浮かべながら口を開いた。







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