Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第9章+聖剣イデア

第101話 The icy queen





地下牢から無理矢理に連れ出されたティエル達は、背後から傭兵達に剣を向けられながら歩いていた。

とうとう、あの氷の女王と呼ばれるリダ=クイーンとの面会なのだ。
聞きたいことは山ほどある。確かめたいことも山ほどある。


何故自分達をここに連れてきたのか。何が目的なのか。そして、リアン達は無事なのかと。




気温が零下なのではと錯覚するほど凍えそうな地下道を抜けると、青と黒を基調とした広い廊下に出る。
床はまるで氷で出来ているかのように冷たく、そして青く透き通っていた。

一歩進みだすごとに、感情のない足音が静かな辺りに鳴り響く。



時折すれ違う黒い衣装を身に纏った女官たちが、死んだ魚のような瞳でこちらを見ている。

皆が揃ってあそこまで恐れるリダ=クイーンとは、一体どんな人物なのだろうか?
全く怖くはないと言えば嘘になるが、それでもティエルはしっかりとした足取りで歩いていた。





どのくらいの時間歩き続けたのだろうか。
やがて、黒い鎧に身を包んだ近衛兵達がこちらに向かって来る。


「ご苦労だった。その者達をこちらへ引き渡し、さっさと消えるがいい。報酬はいつもの通りだ。
……リダ=クイーン様の御前に、お前らのような野蛮で下賎な者共を近づけるわけにはいかんのでな」

その近衛兵の台詞から察するに、そろそろリダ=クイーンのいる間に近いということなのだろう。


あからさまに蔑んだ言葉を浴びせられても、傭兵達は青い顔をしながら俯いていた。
それほどまでにリダ=クイーンが、そして女王に近しい兵が恐ろしいのだろう。




「そ……それじゃ、オレ達はここで。後は頼みますぜ」

どこか震えた声で言葉を発すると、傭兵達は逃げるように後ろも振り返らず去っていった。
その後ろ姿を何とも言えない眼差しで見つめていたティエルに、抑揚のない声で近衛兵が言葉を発する。



「……これからお前達を、我が国の女王陛下……リダ=クイーン様の間に連行する。
お前達がどんな素性かは知らないが、下賎な身分で女王陛下にお会いできることを光栄に思うのだな」

兜に隠れ、よく見えない口元をニヤッと歪めると、近衛兵は背を向けて静かに歩き始めた。




それから、数メートルほど進んだ所だろうか。見上げていると首が痛くなるような巨大な扉が現れた。
よく見れば、扉中に非常に細かい彫刻が彫られている。その細かさは、見事としか言いようがない。


「ここが、女王リダ=クイーン様が在わす部屋。生きて帰れるなどと、もう甘い考えは捨てるんだな」
扉の前で立ち止まった近衛兵は、冷たさを含んだ声で口を開いた。




「ほ……他に、仲間が二人捕まっているんだけど。彼らは無事なの? それだけ教えて欲しいの」
そんな近衛兵に負けず、ティエルは精一杯力強い声を発して睨み付ける。


「さぁな。知りたくば、リダ=クイーン様にお尋ねすればいい。……が、もう生きてはおるまいよ」
ククク、と嘲笑を浮かべた近衛兵は、表情を戻すと畏まった口調で扉に向かって言葉を発した。

「……女王陛下。ご所望の通り、彼らを連れて参りました。失礼いたします」




──開け放たれたのは、氷の間。

まるで、青と黒しかこの世には色彩がないのかと一瞬思わせてしまうかのような間。
敷き詰められた黒い絨毯、黒いカーテン、黒い衣装を纏う側近の者達。青く、透き通った壁。


まさに氷の王国を恐怖によって統べる、リダ=クイーンに相応しい謁見の間。



深々と頭を下げて畏まる従者達の先には、一段高くなった間が続いていた。
その最奥。青く薄いヴェールの向こうに、おぼろげに黒い人影が浮かび上がっている。

風もないのにゆらゆらと蠢き、妖しげな色を発している青いヴェールに、ティエルは暫し目を奪われた。
それはサキョウもジハードも同じことだったようで、ゴクリ、と固唾を飲み込む音が聞こえる。




未だかつて、誰もその真の姿を見たことがないと言われているリダ=クイーン。
この薄いヴェールの向こうに、今、まさにその人物が座っているのだ。


武器を奪われ、抵抗する力がないと思われているのか、近衛兵は特に彼女達を拘束しなかった。
その気になれば近衛兵達を振り切って、ヴェールの向こうの女王に掴みかかる自信はある。

女王を人質に取り、何とか脱出できる方法をティエルが考え始めたとき。




「よくぞ来た……お初にお目にかかる。我が名はリダ=クイーン。歓迎しよう……哀れなる生贄たちよ」




……声が、響いた。
地の底から響いてくる野太い男の声と、繊細な若い娘の声が同時に響いたような声色。

その声だけで、全身に滝のような冷や汗が流れ落ちるような錯覚さえ起こしてしまった。
冷たい手で、心臓を強く握り締められたような。


瞬間、ティエルの頭の中からは女王を人質に取るなどという考えは欠片も無くなったのだった。




無理だ。動いたら、一瞬で殺される。
一時は収まっていた恐怖が、じわじわと甦ってくる。足が震え、まともに立つことが出来ない。

そんなティエルの様子を見て、ヴェールのすぐ横で頭を下げ畏まっていた男の口元に笑みが浮かぶ。


黒髪に白い外套。……ヴェリオルである!
ヴェリオルの姿を目にしたティエルは思考が完全に恐怖に支配され、ガタガタと大きく震え始めた。




「ティエル、大丈夫か」
彼女を見かね、サキョウが背後でしっかりと支えてやっている。しかし、その彼の手も汗ばんでいた。




「ククク……そんなに緊張するでない。なにしろ、お前達は私の大切なゲストなのだからな」
ヴェールの向こうの人影が少し動く。ティエル達の様子を見て笑っているのだ。

「我が野望に必要な生贄をようやく手に入れることができた。こんな喜ばしい事は無い」



「……ゲスト? 生贄……? なにそれ、言っている意味が全然分かんないよ……」
女王の迫力に恐怖して、ティエルは蚊の鳴くようなか細い声でようやく口を開く。

「クウォーツとリアンはどこにいるのよ……もう、わたし達を帰してよ……!」


今にも消え入りそうなティエルの声であったが、静寂に包まれた女王の間ではひどく響いていた。
シャラン、という涼しい鈴の音と共に、ヴェールの向こうの人影が足を組みかえる。




「……悪いがもう殺してしまったよ。もっとも、すぐにお前達も後を追うことになるがな」


「殺し……っ!? 貴様、本当に二人を殺してしまったのか!? 答えろ、リダ=クイーン!!」
女王の言葉に思わずカッとなったサキョウが飛び出そうとするが、近衛兵に取り押さえられてしまう。

「何故だ! 何故、貴様はワシらをここまで連れてきたのだ……何故、そんなことをするっ……!!」




「フフフ……せいぜい喚くがよい。憎しみに燃える人間の顔というのは、いつ見ても愉快だな。
つい先程も、そこで怒りに燃えた人間をバラバラにしてやったよ」

野太い男と、女の声が混ざったような声で笑い声を上げた女王は、ぱちんと指を鳴らした。
するとスッとヴェリオルが立ち上がり、手に持っていた丸い塊をこちらに向かって放り投げる。



「……!?」


思わず反射的に投げつけられたそれを受け取ってしまったジハードは、掴んだ物を見て息を飲み込んだ。
ヴェリオルの投げつけた丸い塊は、恐怖に慄いた顔で絶命している人間の首であった。

しかし、その顔には見覚えがある。



『……可哀相に。こんな者達を捕らえるなど、女王様は一体何をお考えなのだろうか……。
悪いようにはしないでくれと、オレが女王様に頼んでおくよ』




そう優しくティエルに言ってくれた、あの時の黒騎士の青年であった。

「女王陛下に意見をするなど、馬鹿で愚かな奴だ。愚か者には、惨めな死に様がよく似合う」
クックッと唇の端を持ち上げたヴェリオルは、リダ=クイーンに向かって恭しく頭を下げて畏まる。



「なんてことを……」
そう呟くのが精一杯であったジハードは黙祷を捧げると、若き黒騎士の首を静かに床に置いた。

「……手短に用件を話してもらおうか。話の内容次第では、黙っているわけにはいかない」







+DeadorAlive+