Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第9章+聖剣イデア

第102話 Who will save you ?





「うおおー……やっぱりここは一段と冷えるなこりゃ。こんな場所に一日もいたら風邪引きそうだぜ」


苦しみの声があちこちから響き渡る隔離病牢の細い通路を、緑の帽子をかぶった青年が歩いていた。
無論それはアリエスであり、彼は手に持った鍵の束を放り投げながら左右を見渡す。

鉄格子から変色し痩せ細った手がはみ出ているのを一瞥し、うへえと思わず首を引っ込める。
汚物の臭いが充満するこの呪われた場所には、できることなら足を踏み入れたくはなかったが。




「しゃーねーや、だって助けるって約束しちまったもんな。約束はきちんと守らんといかんでしょ」
景気づけにピューピューと掠れた口笛を吹きながら、アリエスは再び歩き出した。


「441……441……っと、あった。ここだな」


暫く歩いていると、やがて彼は錆びた鉄の板に『441』と書かれている独房の前で立ち止まる。
中は暗闇に包まれており、様子を観察することはできない。




「頼むから、おっ死んでたりしないでくれよー……ええと、この鍵かな」

大量にぶら下がった鍵の中から一つの鍵を取り出すと、それをカチャカチャと鍵穴に差し込んだ。
ピン、という錠前の外れた音が聞こえると、アリエスは鍵をポケットにしまって扉を開ける。




「おうーい、アリエスさんが助けに来たぞう。兄ちゃん生きてるかい……っ!?」


独房の中に数歩入ったところで、突然後ろからアリエスは羽交い絞めにされてしまった。
首に何か巻きつけられている。

……ジャラッという音からして、それはどうやら鎖のようである。




「あらあ、いきなり大歓迎かい。思ったよりもずっと頑丈じゃねーの。お兄さん?」
「……動くな、動いたら殺すぞ。病み上がりといえども、貴様を絞め殺すことぐらいは出来る」



背後にいたのは、自分の手首の拘束具をアリエスの首に巻きつけているクウォーツであった。
その冷たい声から彼が冗談ではなく、本気でアリエスを殺す気でいることが察せられる。


「ふーん……そんな威勢のいいこと言ってるけど、全然力入ってないじゃんさ。
このオレを本気で殺すつもりなら、もっと本調子の時に言ってもらいたいものだね」

アリエスは別段動じることもなく、首に巻きついた鎖をゆっくり引っ張るとクウォーツを振り返った。



数日間ぶりに見るクウォーツの顔は、毒のために随分と憔悴してしまっている。
窪んだ目、噛み切った痕の残る唇。乱れた青い髪。まさに想像を絶する苦しみだったのだろう。


そんな状態でさえもどこか妖しげな色香を失わずにいるのは、その美貌の故か。




案の定アリエスにとって病み上がりであるクウォーツの力など恐れるものではなく、
口元に笑みを浮かべたまま簡単に鎖から逃れることができた。

その反動でふらふらとクウォーツは後ろに倒れこみ、壁に背をつけて尚もアリエスを睨み付ける。




「随分とやつれちゃってるねぇ。大丈夫? まだ完全に回復してないんだろ。無理はよくないぜ。
そんな怖い顔していると、ご自慢の顔が台無しだって。オレ、一応あんたを助けに来たんだよ?」

「助けに来た? 私を? 信用するか。それ以上近づけば貴様の血を全て喰らってくれる」
へらへらと緊迫感のない笑みを浮かべるアリエスに、クウォーツは殺意を発しながら身構えた。



口で言っても理解してはくれないと悟ったアリエスは鍵を取り出すと、
クウォーツの両手を拘束している鎖の鍵を開けてやる。

先程から無茶な動きをしていたので、所々紫色に変色している部分もあった。




「……ほら、これで分かっただろ? オレはあんたを殺しに来たんじゃなくて、助けに来たんだよ。
あーあー、下手に動き回るから手首紫色になってるじゃんかよー」

ボトリと床に落ちた鎖を目を瞬いて見つめ、それからクウォーツは顔を上げてアリエスを見る。
その表情からは未だ疑惑の色は薄れてはいなかったが、殺意は若干消えたようだ。


「さて……こんな所からは早々におさらばしようぜ。今、ティエルちゃん達がピンチなんだよ」
鍵の束を放り投げて再び掴むと、アリエスはニッと意味ありげな笑みを浮かべた。

「とうとうリダ=クイーンと面会しちまってるらしいんだよ。無茶なことしてないといいけどね。
だから、とりあえずオレは助けに行くよ。……けどその前に、あんたを安全な所に連れて行かないと」




「……一つ、聞きたい」
壁を背にしながら、クウォーツはひどく静かな声を発してアリエスに視線を向ける。

「貴様は一体何を企んでいる。一度裏切っておきながら助けに行くとは、どういう風の吹き回しだ?
どうせまた何か企んでいるのだろうが。貴様の手は借りん……私は私のやり方で動く」




「やっぱり厳しいなぁ。今は特に何も企んではないよ。とは言っても、そう簡単には信用できないよな」
緑の帽子の端をくいっと持ち上げると、アリエスは微かな笑みを浮かべて顔を上げる。

「あんた……確かクウォーツくんとかいったっけ? あんたもティエルちゃんも、
皆ここにいちゃいけない。このままだと間違いなく、あんた達全員リダ=クイーンに殺されるよ」



「……」


「何て言うのかな。あんた達と一緒にイデア取り戻しに行って、ちょっと情が移ったのかもね。
それが理由ってわけでもないけど、こんな所で死なせるには惜しい気になってきちゃってさ」


「私はこんな所で死ぬ気などないが」
厳しい表情を崩さぬままクウォーツはアリエスに背を向けると、ふらふらとした足取りで歩き始めた。

「……言っただろう、私は私のやり方で動くと。貴様の手は借りない」




しかし、やはり完全には回復しておらず、少し歩いたところでガクッとバランスを崩してしまう。
それを慌てて後ろからアリエスが肩を貸して支えてやる。


「まったくもー、あんたはまだ動ける状態じゃないんだってば。兄ちゃん、そんなんじゃ早死にするよ?」

暗い地下牢にアリエスの声が響き渡る。
それはあちこちから聞こえる呻き声と重なり、言い様のない不気味さを醸し出していた。




「とにかく、今だけはオレの言うことを信じてくれ。確かにオレ、そんな事言えるような義理じゃないけど。
あんただってティエルちゃん達を助けたいだろ?」


「……貴様は一体何者なのだ。何を考えているのだ。何故、私達に力を貸そうとする?」
アリエスの質問には答えずに、ゆっくりと歩きながらクウォーツが口を開く。



「うーん、オレは気まぐれ屋さんだからな。それに女王のやり方が気に入らなかったんだよ」

ずり落ちてしまった帽子の位置を直したアリエスは、実にあっけらかんとした口調で言った。
嘘か真実か。その彼の言葉からは察することはできなかったが。


「できることなら、それこそ今夜中にでも荷物をまとめてサッサと逃げ出したい国だよ」




「ならば、何故貴様は逃げずにここにいる? ……まぁ、大方逃げることのできない理由があるんだろうが」

クウォーツは形の良い眉をひそめてアリエスを見やったが、すぐに視線を外す。
その彼の言葉に、アリエスは大げさに驚いたような表情を浮かべた。



「おおーっ、ご名答だよ兄ちゃん! 察しがいいね、そう。まさにその通りだよ」

そこまで言うと、いつも浮かべているおどけた表情が彼の顔からスッと消えていく。
それが、本心の見えない表情が特徴であるアリエスの、心の奥底の本当の顔であるのだろうか。



「オレは逃げられない。逃げちゃいけないんだ。たとえどんなことをしてでも助けたい奴がいる。
自分の命を引き換えにしても惜しくはない、愛しい人間が……ここに捕まっているんだよ」




「愛しい人間……?」
「そうだよ。キミにだっているだろ? なにがなんでも守りたい、愛情を惜しみなく注げる相手ってやつがさ」

ようやく階段まで辿り着くと、アリエスはクウォーツを支えながら上がり始める。
そんなアリエスの問いかけに、クウォーツはただ黙って一点を見つめ続けるだけであった。



彼の言葉を無視したわけじゃない。ただ、言うべき言葉が、一つも見つからなかったのだ。
他人を愛しいと思ったことなど一度もない。愛が一体如何なるものかも知らない。

──そして、知る気もない。




返事がなく、俯いたまま黙りこくってしまったクウォーツを一瞥し、アリエスは普段どおりの表情に戻る。

「さーて、張り切って行くとしましょうか。クウォーツくん!」
「……くんは余計だ」







+DeadorAlive+