Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第9章+聖剣イデア

第104話 Resolver -2-





「アリエス博士……」
一瞬だけ水を打ったように静かになった辺りは、次第にザワザワと戸惑いの声が発せられ始めた。


当然であろう。
緊張の走る戦いの場に、似つかわしくない明るい笑みを浮かべた男が突然現れたのだから。

その上、このゾルディス王国に与するアリエスが、『囚人』である者達をまるで救ったように見えたのだ。




「……ほう? 偉大なる考古学者の先生が、こんな血生臭い場所にどういったご用件で?」

焼け爛れた背の傷が痛むのか、少々顔を歪めながらヴェリオルがゆっくりと振り返る。
その顔には、たとえゾルディスに与する者でも容赦なく斬る、といった表情が窺えた。


しかしアリエスはそれには返答せず、床に膝をついているジハードの左腕を掴むと立ち上がらせる。




「その傷も命には別状なさそうだな、ジハードくん。まさに危機一髪だったってこった」
「アリエス?」

にやにやと意味ありげな笑みを浮かべるアリエスに、ジハードは空色の瞳を数回瞬いた。



「あんたに死んでもらっちゃ……オレとしても困るんだ。傷、酷くならない内に治しておいた方がいいぜ」
「……あなたは、一体?」

リグ・ヴェーダを両手に抱きしめ、ジハードは怪訝そうにアリエスを見たが、それ以上何も言わなかった。





「面白いことになったな。アリエス=ファレル博士よ、その行動の意味を簡潔に述べてくれるかね?」

二重に重なった、リダ=クイーンの不気味な声。その声に再び辺りはしんと静まる。
さすがのアリエスでさえも女王の声を耳にした途端に、普段の余裕の笑みが一気に消え去った。



「それとも博士……その行動はこの私、リダ=クイーンに対する反逆と見なしても良いのかね……?」


ぎくり、と凍りつく。
流れ落ちる冷や汗を悟られぬように、アリエスは帽子を取りヴェールに向かって深々と頭を下げた。




「ご……ご機嫌麗しゅうございます、女王陛下。反逆? いえいえ、まさか。とんでもない。
偉大なる貴方様に逆らおうなどと、このアリエス考えたこともございません」

少々声が上擦ってしまっているようだ。このアリエスとあろう者が情けない。


「……ですが、女王陛下。この者達を殺害してしまうのは少々お待ちいただけませんか。
彼らは封魔石イデアを所持しております。それは女王陛下にとって大変役立つものになるかと」




ヴェールの向こうに薄く浮かび上がる人影は、気の弱い者など存在感だけで息の根を止めてしまいそうである。
シャラン、という音が聞こえ、女王が手すりに肘をついた仕草を影が映した。


「ですから、スペルが完成し、完璧なイデアを手にするまでこの者達を泳がせてみてはどうでしょう?
さすれば女王陛下の目的も勿論、伝説の封魔石イデアも手に入るかと……」



「……ふむ。面白い考えだな、博士よ。それは今必死になって考えたのかね?」
女王の言葉に、思わず反射的にアリエスは身を強張らせる。

「奴らに協力しても、お前が得る物は何一つないのだぞ。まぁ失うものはあるだろうがな。
それとも……『あの者』がどうなっても構わない、そう言いたいのか? アリエス=ファレル博士よ」




「なっ……!! そ、それだけはご勘弁を……女王!!」

瞬間アリエスは俯いていた顔を上げ、ヴェールに縋りつくようにして懇願し始めた。
それを近衛兵達が無言で押し留める。


「あいつに手は出さないでくれ! あいつを助けてくれるなら……何でもする、どんな事でもしますから!!」



「……どんな事でも? それでは、その言葉がまことのものか、試してやろうではないか」
気怠そうにヴェールに映る影が首を傾ける。それからティエル達に向けてスッと指をさし示した。

「殺せ。奴らを、一人残らずだ。誰一人残らず、殺してみろ」




「……」
一瞬だけ硬直したように動かなかったアリエスだったが、やがて諦めたように溜息をつく。

「ちぇっ、やっぱそうきたか。……ごめんな、嬢ちゃん。無事に帰すわけにはいかなくなっちまったよ。
オレにだって守りたいものがある。大切なものがある。それを守るためなら、どんな事をしても厭わない」




「アリエス……」

先程まで放心状態であったティエルは、ただそれだけを口にした。
もう完全に終わりだと思った。自分達はここで殺されるのだと。そう考えると、全てがどうでもよくなってきた。

どうせ殺されるのだから、足掻いても仕方がない。静かにその時を待つのが一番良いのかもしれない。




「そういうことになるだろうとは思ったがな。だが、こちらもそう簡単に殺されるわけにはいかないんでね」
未だフラフラとおぼつかない足取りで、クウォーツがこちらへ歩み寄ってきた。

「向かって来るのなら、誰であろうと全て殺す。それだけだ」


「クウォーツ! 良かった……無事でいたのだな」
サキョウはそんなクウォーツの姿を見ると、ホッと安堵の表情を浮かべて彼に肩を貸してやる。

「ワシだって、それこそゾルディス王国の歴史上に残るくらい派手に暴れてやるぞ!!」



「……ぼくも同感だよ。どうせなら、精一杯力の限り抵抗させていただこうかな」
自分の肩の治療を続けながら、どこか不敵な笑みを浮かべたジハードが口を開く。




──どうして?
(みんな、死んじゃうんだよ? なんでそんな顔ができるの? なんで……諦めないでいられるの……?)

既に諦めかけていたティエルは分からなかった。
しかし彼らは彼女の思いに反して、普段どおりの表情で取り乱すこともなくそれぞれ構えていた。


サキョウは己の信じる拳を、クウォーツは召喚した妖刀幻夢を、ジハードは分厚い虹の魔本を。




「……それじゃ、試させていただこうかな。あんた達の本気の力ってのを」
スタッフを回転させていたアリエスは、どこか申し訳なさそうに笑うと動きを止めて詠唱を開始した。

「内腑煮たぎり、魂燃え尽くす、冥府に潜む者達集いて灼熱の火炎となれ……」
それを合図に、ヴェリオルや近衛兵達も一斉に向かってくる。



「クックック……これで終わりにしてやるよ、我がデスブリンガーの錆となれ!!」



「……錆? 笑わせてくれる、人間め。先程の礼は倍にしてお返してやるよ」

口元に冷笑を浮かべたクウォーツは、妖刀幻夢を左手で強く握りしめるとヴェリオルを一瞥する。
その隣では、ジハードが防護の魔法詠唱を完了させていた。




「くらえ、メギドフレア!!」
「障壁陣!!」

アリエスの杖先から放たれた灼熱の炎を、虹色の魔法陣が勢いよく跳ね返す。
跳ね返された炎は、運悪くその場にいた近衛兵を悲鳴と共に包んで骨まで焼き尽くしていった。



「やるねえ、次はどうかな? 天空を舞う烈風を真空に変え、標的を切り刻め……ウインドカッター!!」
「まったく……ぼくは攻撃魔法は得意じゃないんだよ! 行け、極陣・疾風陣!!」

緑を帯びた風の刃と、虹色の真空の刃。それらがぶつかり合い、周囲に激しい風が巻き起こった。




「オレの邪魔をする奴らは皆殺しだ! ……くたばれ、この死にぞこない共が!!」
軽々と大剣デスブリンガーを優雅ともいえる仕草で操り、ヴェリオルが突進して来る。

そんなヴェリオルの前に、同じく優美さを感じさせられる動きでクウォーツが刀を構えて立ちはだかる。
隣には、ティエルを守るように拳を握り締めたサキョウの姿。




「オレを本気にさせたことを、地獄で後悔させてやろう!!」

ニヤリと口元に笑みを浮かべたヴェリオルは、デスブリンガーを大きく振り上げた。
すると禍々しい気と共に黒い電気のような物が発生し、それが剣全体に広がり出していく。


──魔法剣である!



「いくぞ、魔法剣ライガスト・ダース!!」
ヴェリオルが声を発した途端、12本の黒い稲妻が命を持って弾け飛ぶように向かって来たのだ。

途中でかすっていった白い柱は、触れた部分のみが無残にも黒く焦げてしまっている。




しかし、クウォーツはそれを避けようともせず立ったままであった。
ヴェリオルの発する気を上回る不気味なオーラを携えて、無言でクウォーツはサキョウを一瞥した。

そのあまりの禍々しさにサキョウは一瞬言葉を失ったが、黙ったまま静かに頷く。


飛び散った黒い稲妻をコウモリの翼のように大きく広がったコートで弾き返したクウォーツは、
歪んだ笑みを口元に浮かべながら、妖刀幻夢を握った左手をヴェリオルに向かって突き出した。




「私の身体に傷をつけてくれた罪は、充分に償って頂こうか。……貴様の身体でな!」
「ほざけ、死にぞこないの悪魔が! 化け物は化け物らしく地獄へ帰るがいい!!」

「そんなに地獄がお好みならば招待して差し上げよう! ……行け、我がしもべジャイアントバットよ!!」




クウォーツの声と共に召喚された異形な怪物──巨大なコウモリのようにも見えたが──は、
まっすぐにヴェリオルに向かっていき、その肩口に齧り付く。

ブシュッと上がる血飛沫。自分の血で目の前が赤く染まった彼の前には、拳を握り締めたサキョウの姿。
あ、と声を上げる暇もなくヴェリオルはそのまま殴り飛ばされ、地面に激突して動かなくなる。



「……兄上の、そしてティエルの味わった痛み。とくとその冷たい床の上で味わうんだな」
吐き捨てるようにして呟いたサキョウの隣では、広がる血池を満足そうに眺めるクウォーツがいた。







+DeadorAlive+