Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第9章+聖剣イデア

第106話 The frozen field





まさに氷点下の風が吹き抜けるリダ=クイーンの間。

そのあまりの冷たさに、近衛兵達の中にはそのまま凍ってしまった者達もいるようだ。
吐いた息ですらも凍り付いてしまいそうな極寒の中心で、氷の女王リダ=クイーンは詠唱を完成させる。



「凍土を漂い彷徨う氷晶の精霊よ、大地を覆う絶対零度の息吹となれ! ホワイトフリージング!!」



……目の前で、何か冷たく白いものが急激に膨れ上がり、一気に弾け飛んだような気がした。
少なくともティエルにはそう思えたのだ。

次の瞬間、全てを凍りつかせるかのような猛吹雪が吹き荒れる。耳が痛くて千切れそうだった。
とっさに両腕を目の前で交差し、ティエルはしゃがんでそれを避けたつもりであった。




「ま、間に合えっ!!」



急遽早口で詠唱を完成させて放ったジハードの薄い虹色のヴェールがなければ今頃は、
直撃を受けてそのまま全ての活動を停止してしまった近衛兵達のようになっていただろう。

カッと目を見開いたまま、この世の恐ろしいもの全てを垣間見たかのような表情で絶命していた。




「……やはり大きな事を言うだけあって、リダ=クイーンの強さは半端じゃない。
本来ならば、あの吹雪の呪文は人間が唱えられるような代物ではないはず。信じられない魔法力だ」

間一髪間に合った障壁陣の中で、ジハードは寒さで悴んだ手でリグ・ヴェーダのページをめくる。



「反撃することを考えず、とにかく隙を見て脱げ出す方が賢明だ。……死にたくなければね」


「……死にたくないよ……」
自分自身を抱きしめるように腕を交差させたティエルは、紫色になった唇で震えながら呟いた。

「死ぬのは怖いよ、嫌だ、死にたくない!! なんでわたし、こんな所にいるの……!?」




「死にたくないのは誰だって同じだ。……一体何人倒せば終わるんだ。次から次へとしつこい奴らだな」
長いまつげの先についた霜を瞬きで払い落としながら、クウォーツは小さく舌打ちをする。

「気に入らんがやるしかあるまい、生き残るためにはな。……勿論、私はこんな所で死ぬ気はないがね」



「……そうだぞ、ティエル。まだまだワシらにはやり残したことが沢山あるではないか」
所々紫色に変色した腕を押さえながら、サキョウが柔らかく笑みを浮かべた。

「皆の仇を取るのだろう?」




「……どうして?」

半ば消え入りそうな声で、ティエルはやっとのことで言葉を口にする。
その言葉に皆は、なんだ、と首を傾げてみせた。

「どうしてそんな風に考えられるの? だって、リダ=クイーンから逃げられるわけないじゃない!
絶対に皆ここで死んじゃうんだ! ……それなのに、そんな気休めを言うのはやめてよ……!!」




「どうしてって……」
ティエルの発した大声に目を数回瞬きながら、ジハードはクウォーツとサキョウを振り返って見る。

「ティエルが教えてくれたんじゃないか」



「え……?」

「どんなに叶えられぬ願いでも、諦めないで信じ続けていれば……いつか必ず叶うとな」
左手の薬指にはまる銀の指輪に目を落としながら、クウォーツが言った。


「どんな絶望的な状況でも、諦めたら終わりだって。想いは時折、どんな力よりも強い力になるって」
白い息を吐き出し、ジハードがにっこりと笑みを浮かべる。




「……ティエル。お前が諦めてしまっていたとしても、ワシらは諦めない。最後まで足掻き続けてやるさ」
最後にサキョウがティエルの震える肩を優しく叩くと、吹雪の中心にいる女王を厳しい表情で振り返った。

「せめて、拳一発くらいリダ=クイーンに叩き込んでやる!」




「ククク、何を話しているのだ? それとも神にお祈りでも始めたのかね? 楽に死ねるようにと?
……残念だな、そんな簡単には殺してはやれんぞ……」


低く呻く声のような笑い声を発すると、再びリダ=クイーンが詠唱を始める。
一体次にどんな呪文が来るのか予想もつかないが、防御しているだけでは逃げることもできない。

……それならば。




「貴様の方もお祈りは済んだのか? ……せめて、一瞬で死ねますようにと!!」

凍りついた地面ですらものともせず、クウォーツは床を力一杯蹴り上げると女王に向かって行った。
その後を追うようにサキョウも駆け出していく。



「行け、極陣・粉殺陣!!」
ジハードの放った魔法が、リダ=クイーンのすぐ横の柱を粉々に粉砕した。



「ハハハハ、とうとう恐怖で呆けたか……どこを攻撃している? 私はこっちだよ!」
だが、そのジハードの魔法は囮であったらしく、いつの間にか背後にサキョウが近寄っていた。


「リダ=クイーン、このワシが相手になる! 近づいてしまえば、お前の得意の魔法は使えぬだろう!!」

半分感覚のなくなってきている腕で、サキョウはリダ=クイーンに掴みかかろうとするが。
最後の詠唱を完了させた女王は片手を前に突き出して魔法を発動させる。




「笑止。串刺しにしてやろう、アイシィレイジ!!」
「なっ……!!」

予想よりも早い魔法の完成に、サキョウは驚きを隠せなかった。
なんとか数本の氷の刃からは逃れられたが、避けきれなかったものが深々と脇腹に突き刺さる。


「ぐっ……ぐあああっ!!」




「このリダ=クイーンを普通の魔法使いと一緒にするなよ? 愚かな……次は避けられると思うな」

腹に刺さった氷の刃を抜こうとしているサキョウに向かって、女王は非情にも炎の魔法を繰り出した。
再び響き渡る絶叫。肉の焦げる臭い。




「貴様の芸はそれだけかね!」
人の腕ほどもある氷の刃が次々と向かってくる中で、クウォーツは妖刀幻夢でそれらを弾き飛ばす。

「……次は私が相手になってやる!」



「ほほう? 命知らずの愚かな小僧が、残念だが私の相手をするには一億年早いんじゃないのかい?」
刀が振り下ろされる瞬間、リダ=クイーンは強力な風の魔法をクウォーツに叩き込んだ。


「……くっ!!」

全身を引き裂かれるような痛みに彼は思わず地に転がるが、そこへ容赦なく連続で風の刃が襲う。
普段ならば避けられるはずの風の刃であったが、病み上がりである今の状態では直撃を受けてしまう。



「もっと苦しめ、もっといい叫び声を聞かせてくれよ!! ほう? なかなかいい顔をするではないか」
次々に飛び散るクウォーツの赤い血を見て女王は、男性と女性の声が混ざった声で笑い声を上げた。

「つまらん。貴様なら少し楽しめそうだと思ったのだがな……所詮は、あの方に及びもしない出来損ないめ」
そして彼女は指の先に一目で強力な魔法と分かる光を集めて、呻いているクウォーツに向ける。


「肉片にしてやるよ。死ね!!」




「させないっ、爆破陣!!」

指先の魔法が放たれる瞬間、ジハードの極陣が発動し、リダ=クイーンの周囲が派手に爆発した。
それを透明な壁で弾き飛ばすと、忌々しそうにジハードを振り返る。



「……不死鳥か。単なる長寿では、やがていつか衰える日が来る。私はそれだけでは満足はしないのだ。
だが、不死鳥の心臓を食せば永遠の命が手に入るらしいな。……そうだろう?」

「ああ、なんだ。あなたはぼくの心臓をご所望だったのかい。
けれど永遠の命の為に殺されるのはごめんだよ。たとえ血一滴でもあなたには渡すもんか!」

ジハードは、凍りついた床に倒れたまま動かないクウォーツとサキョウを横目で見ながら静かに口を開く。




早く治癒しなければ。もしかしたら、手遅れになってしまうかもしれない。
そんな、どこか焦りの表情を浮かべるジハードに、リダ=クイーンはククク、と低音で笑った。


「これでは全然話にならないな……あまりにもお前達は弱すぎるのだ。正直、相手をするのも飽きてきた。
安心しろ、お前達の死体は有効に使ってやるぞ。私は生きたお前達に興味はないのだ」




「リダ=クイーン……ぼくらの死体を使って、あなたは一体何をしようと……!?」

寒さのために紫に変色してしまった指でリグ・ヴェーダのページをめくりながら、ジハードが言う。
だが、既に指先に力が入らなくなってしまっているのだろう。

彼の意思とは関係なく、手が本を支えきれずに落としてしまう。
それを急いで拾おうとするジハードに、女王は先程指先に集めた魔力を彼に向かって発動させた。



「もう楽にしてやろう……バーストスプラッシュ!!」


「……うあぁっ!!」
防ぎきれなかったジハードは爆発の余波で壁に激突し、そのままドサリと地に倒れてしまった。







+DeadorAlive+