| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第9章+聖剣イデア 第107話 Shout of winds 「……さて、残るはお前一人になったわけだが……どうするかね? この愚かな者達のように抗うか、 それともこの私に服従を誓い、その命を差し出すか。なぁに、さすれば苦しまずに殺してやるよ」 シャラン、と一歩。呆然と立ち尽くしているティエルに向かって、リダ=クイーンが前へと進む。 辺りは気味が悪いほど静かで、時折ヒュウヒュウと冷たい風の音が鳴り響いていた。 あまりにも長い間動かずに立っていたので、ティエルの両足は既に動かず麻痺しかけていた。 辛うじて自由の利く瞳だけをリダ=クイーンに向け、彼女はそれでも押し黙ったまま見つめ続ける。 ちら、と視線を移動させ、リダ=クイーンの背後で倒れたまま動かない仲間達に目を走らせた。 ひどい火傷を負っているサキョウ、風の刃に切り刻まれ既に血までも凍り始めているクウォーツ、 爆発の魔法の直撃を受けて、うつ伏せに転がっているジハード。 「……あ……」 やっとのことで声が出た。自分でも情けないと思うほど、どこか呆けたような声。 倒れている。誰が? ──仲間が。友達が。 炎に包まれたメドフォードのあの時のように、物言わず床に転がっている。生きているのか。それとも……? みんなみんな、いなくなってしまう。死んでしまう。殺されてしまう。 失うんだ。失ってしまう。今度こそ、全てを失ってしまうんだ。嫌だ、いやだ、いやだいやだいやだいやだ!! どうすればいい? どうすれば悲しい思いをしないで済む? あんな思いはもう二度としたくない! リダ=クイーンが怖い。心の底から怖い。戦いたくない。逃げ出してしまいたい。 自分も一緒に死んでしまえば楽になる……? 戦いもしないで? 友達を守りもしないで? 守りも……しないで……? 神様。ねえ、もしも神様がいたらお願い聞いてください。 一瞬でもいいから、ほんの少しでもいいから、どうかわたしに勇気をください。 せめて、真っ直ぐに立ち向かって行ける勇気をください……!! ケリをつけようと呪文の詠唱を始めた女王であったが、周囲の風がざわざわと騒がしいことに気がつく。 女王の発する絶対零度の風を押しやり、薄い緑色の風が舞っているのだ。 「これは……」 そう呟き、リダ=クイーンは首を傾げながら、その力の根本であるティエルの方へと顔を向けた。 依然ティエルは突っ立ったままの格好であったが、彼女の瞳は倒れた仲間達へと向けられている。 思わずリダ=クイーンでさえも一歩後ろに下がってしまうほどの風の圧力であったが、問題ではない。 いかに彼女が強い風の力を持っていようとも、武器は取りあげているのだ。 魔法を使わぬ限り、奇跡でも起きない限り、このリダ=クイーンに太刀打ちできるはずはない。 「嫌い……嫌いよ、みんなを傷つけるあんたなんか大嫌い!! どっかにいっちゃってよ!! これ以上、わたしに近づかないで……!!」 悲痛な声と共に、彼女の周囲を取り巻く風の力が強くなっていく。 目を開けていることですらも辛いの風の中、リダ=クイーンは努めて冷静に呪文の詠唱を開始した。 とにかく、あの小娘の厄介な風の護りを打ち消さなくてはならない。目には目を、風には風で。 「天空を舞う烈風を真空に変え、標的を切り刻め……ウインドカッター!!」 呪文を完成させたリダ=クイーンは、それを真っ直ぐにティエルに向かって発動させる。 しかし、彼女の周囲に取り巻く怒りの風は、そんな風の魔法では打ち消すことができなかった。 「……なに? この私の魔法が弾き返されただと……?」 女王の放った風の魔法は、他の魔法使いの唱えるウインドカッターの威力の比ではない。 まさにそれ一発で相手を死に至らしめることも可能な威力である。今回も手加減をしたわけではない。 それが、簡単に弾き返されてしまったのだ。 一方ほぼ錯乱状態のティエルは、自分の周囲に取り巻く風を制御しきれないでいた。 ただ、目の前の憎い女王を消すことが出来さえすれば。仲間達に手出しをさせないことが出来ればいい。 心が憎しみに支配されてきたティエルは、薄ら笑いを浮かべながら風を纏った右手を女王に差し出した。 「お前なんか、消えてしまえ!!」 その瞬間。 物凄い音と共に、まさに竜巻さながらの風の渦がリダ=クイーンへと向かって行く。 予想外の攻撃に女王は少々焦りを覚えたが、それは表情に出さず薄いシールドを作って跳ね返す。 「わたしを苦しめるものは、何もかもなくなってしまえばいいんだ!!」 『駄目です……ティエル姫様、いけません。憎しみに、怒りに我を忘れてはなりません』 (──え?) 緑に輝く風の中、その時ティエルは懐かしいゴドーの幻を見たような気がした。 生前と全く変わらぬ柔らかな微笑みを浮かべながら、彼はこちらを見ていたのだ。 「……ゴドー……?」 ゴドーの姿に、ティエルの瞳にはようやく光が戻り始める。震える手を、彼に向かって伸ばしていった。 「ほんとに、ゴドーなの……? ねえ、ほんとに──」 「何をブツブツ言っているのだ? ほう、とうとう狂ってしまったのか。ならば楽にしてやろうではないか!!」 長いドレスを翻し、隙だらけのティエルに向かってリダ=クイーンは両手に集めた魔力の塊を投げつける。 青い光を帯びた絶対零度のそれは、迷うことなく真っ直ぐにティエルへと向かっていく。 しかし彼女は避けもせずに、虚空に向かって手を伸ばしていた。 「待って、ゴドー行かないで! ……わたしを、もう一人にしないでっ……!!」 『……ひとり?』 淡い緑の光の中で、ゴドーは意外そうに首を傾げてみせる。 『あなたはもう一人ではありません。目を開けて見なさい、現実を。あなたが守るべき者の……姿を』 「守るべき……者」 その言葉にハッとして、ティエルは後ろを振り返った。倒れている友人達。 そうだ。 失うことを恐れているだけでは、また以前と同じ道を辿ることになる。何一つ守れなかったあの時と。 あの頃と、自分は何も変わってはいないのか? 否。知ったはずだろう、守るべき強さの意味を……!! そうティエルが強く思った刹那、彼女の懐から銀色に光り輝く宝石が飛び出した。 灰色の封魔石、イデア。 それは一瞬だけ目が眩むような光を発したかと思うと、次の瞬間美しい銀の大剣へと姿を変えていた。 少女が持つにはあまりにも大きすぎる剣ではあったが、ティエルがそっと掴むと驚くほど軽かった。 「まっ……まさか、イデアがこんな小娘を認めたというのか!? ええい、もう封魔石ごと消してやる!」 自分の放った魔法をいとも簡単に『聖剣イデア』によって弾き返してしまったティエルに、 とうとう苛立ちの感情をあらわにしたリダ=クイーンは、息を吸い込むと長い魔法を唱え始める。 「すげえ……封魔石イデアがティエルちゃんを主と認めたんだ……。女王もとうとう本気になったな」 火傷で引き攣った顔に笑みを浮かべ、アリエスはどこか満足そうな表情であった。 「まさか生きているうちに、聖剣イデアをこの目で見ることになるなんてな……」 「あなたに奪われるわけにはいかないから。……もう、わたしは失うわけにはいかないからっ!!」 イデアを手にしたティエルは、静かに構えながらリダ=クイーンに向き直る。 もう恐怖はなかった。むしろ、どこか落ち着いてさえいる。 「リダ=クイーン、わたしはお前を倒す!!」 「やれるものならやってみるがいい、小娘よ。封魔石に選ばれたからといって、調子に乗るなよ」 銀の仮面によって表情は見えないが、確実に狼狽したようにリダ=クイーンが口を開いた。 「震えろ大地、バベルの塔すら地に崩し、人を哀れむガイアの怒りの如く! ……テラークエイク!!」 もはや人間が発したのだろうかと疑ってしまうような呪いを込めた声で、女王は両手を前に突き出す。 一瞬、天地が逆さになったような気さえした。 まさに立っているのも危ういほどの大地震が、リダ=クイーンの間を襲ったのだ。 「……ク……クウォーツ、ジハード……」 痛む身体に鞭打ってサキョウは半ば這いずりながら、倒れたまま動かない彼らの元へと進んで行った。 ガラガラと大量に崩れ落ちる瓦礫。破壊される大理石の置物。ひび割れていく氷の床。 このままでは危ない。そう思ったサキョウは、彼らを助けるために怒り狂う地面の上を這いずって行く。 しかし、非情にも巨大な瓦礫が彼らの上へ降り注ごうとする。 それを目にしたティエルは弾かれたように揺れる地面を蹴り、瓦礫に向かって聖剣イデアを突き出した。 「お願いイデア、彼らを守る力が欲しいの!! わたしが望むものは、それだけだから……!!」 ティエルの願いがイデアに通じたのか、それとも彼女の力であるのか。 まるで天を貫くかと思われるほどの風の刃が、落下してきた瓦礫を粉々に粉砕する。 『……できますわよ、きっとあなたなら』 その時不意にティエルの脳裏を、以前リアンが言ってくれた言葉がかすめた。 『一番大切なのは……強さよりも、助けたい、と思う心なんじゃないんでーすの?』 ──うん。そうだね、リアン。助けたいよ、守りたいよ。 もう二度と大切なものを失うことのないくらい、わたしは強くなりたい……! グッとティエルは唇を強く噛み締めると、涙を溢れさせながらリダ=クイーンを振り返る。 それでも女王は最後の足掻きなのか、ティエルに魔法を繰り出していった。 「クククク、死ね! 私に逆らう者は、意のままにならぬ者など必要ない!!」 「お前なんかに……お前なんかに負けてたまるかああぁぁっ!!」 立つこともままならない大地震の中。 イデアを握りしめたティエルは、唸り声と共にリダ=クイーンの放った魔法を叩き切ったのだ。 そして魔法を帯びた剣で、すれ違い様に女王の腹部を切り裂いた。 +DeadorAlive+ |