| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第9章+聖剣イデア 第108話 Meaning of strength 「うぐっ……ぐ、あああっ!!」 黒と青の混ざり合ったドレスの切れ端と、真っ赤な血が宙を舞う。 苦しげな呻き声を上げたリダ=クイーンは、そのまま後ろへ下がって行き、ドサリと王座に倒れこんだ。 周囲は大地震の影響で、天井から大きな瓦礫が降り注いでいる。 そんな状況でも、ティエルは脱力感のためにカランとイデアを手放して地面に膝をついた。 「なんだか……もう真っ白になりそうだ……」 「おおっと。まだ真っ白になるのは早いぜ、ティエルちゃん」 自分がリダ=クイーンを倒したことが信じられぬ彼女の前に、フラフラとした足取りでアリエスがやってくる。 あちこち火傷のために赤く腫れ上がってはいるが、 強力な爆発の魔法を直に受けたにしては、まだ軽い火傷であった。生きていることが何よりの証拠だ。 それはアリエスが頑丈であったのか、それともジハードが障壁陣を加減してくれたのかは分からないが。 「リダ=クイーンを倒して脱力するのも分かるけど。あんたには、まだ大仕事が残っているはずだろう? ──友達と一緒に、この城から生きて脱出するということがさ」 「……うん、分かってる。けれどアリエス、あなたはどうするの……?」 転がっているイデアを掴むと、ティエルはゆっくりと立ち上がって彼を見る。 アリエスがこの国から逃げたがっていることくらい、ティエルでも手に取るように分かったからだ。 「オレはここに残るよ。置いて行けない大切な奴らがいるからさ。逃げないって決めたんだ」 へへ、と、アリエスは照れた様な笑顔を浮かべると、ティエルの頬についたススを拭ってやる。 そのアリエスの手の温かさを感じながら彼女は少しだけ、ほんの少しだけ、物憂げに俯いた。 「オレ……ティエルちゃん達のこと、結構気に入ってたんだぜ。そんな顔すんなよ……また、会おうな」 「……アリエス」 暫く何かを迷ったように俯いていたティエルであったが、やがて意を決して顔を上げる。 「彼は元気でいるよ、自分よりもあなたの幸せを強く願ってた。モーリンさんが……あなたの、息子さんが」 『もう30年だ。そろそろ父を解放してやってくれてもいいだろうに。幸せになって欲しいんだよ。 オレは長年ここにいる為に視力が殆どない。けどオレと違って、父さんならきっとやり直すことができる』 暗く湿った地下牢で、それでも明るさを失わなかったあの男。 「モーリンが……」 ティエルのその言葉にはさすがに驚きを隠せなかったらしく、アリエスは大きな目を見開いた。 それから寂しげに顔を歪める。 「なんだ……知ってたんだ、オレのこと。あいつ、オレの幸せだって? 自分の方がよっぽど辛いだろうに」 「うんとね、さっき気づいたの。ほら、アリエス、今ローブがボロボロになってるじゃない? だから隠れていたペンダントが見えたの。それ……モーリンさんと同じだったから」 そう言って、ティエルは爆発で黒ずんだローブの破れ目から覗くペンダントを指差した。 「……ちょっと信じられなかったけど」 「あはは、そりゃそーだ。オレどう見てもガキだし、まさか子持ちには見えないだろ?」 いつものように明るい笑い声を発したアリエスは、胸元から古いペンダントを取り出す。 それはどうやらロケットのようであり、パチンと開くと中に可愛らしい子供の写真が入っていた。 アリエスの記憶の中では、モーリンの姿はこのまま止まってしまっているのだろう。 それを思うとティエルの心はどこか痛んだ。アリエスの笑顔がとても幸せそうだったので、なおさら。 「オレの時間はずっと止まったまま。オレの姿も、オレの心の中にいるモーリンも。 それが決して解けることのない呪い。……『あいつ』を、あそこまで追いつめた代償だ」 開いたロケットペンダントを閉じると、鼻の頭をこすりながらアリエスはニカッと笑った。 「本当はオレ……こんな姿しているけど、67歳のオッサンだしな」 「……アリエス、約束……守ってくれてありがとう。あなたは約束どおり、クウォーツを助けてくれた。 そしてわたし達をリダ=クイーンから助けようとしてくれた」 心の底から感謝の笑顔を浮かべると、ティエルはアリエスのススで黒ずんだ手に優しく触れる。 「……ありがとう」 「ははは……まぁ、礼よりも何よりも、今はこの混乱に乗じて逃げるんだ」 ボロボロになった帽子をかぶりなおすと、アリエスはサキョウ達の方を顎で指し示した。 「この謁見の間を出てから少し左に行くと、長い渡り廊下に出る。 丁度手すりが青く変わった場所から飛び下りれば、鬱蒼と茂った木々が姿を隠してくれるぜ」 それから彼は帽子の端を下げ、にやりと口元に意味ありげな笑みを浮かべる。 「……今度出会うときは、きっと敵としてだろうけど。その時は容赦しないからな」 「分かってる」 「ティエルー!」 おどけた様にティエルがアリエスに向かって軽く舌を出した時、背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。 彼女が振り返ると、サキョウが心配そうな表情で手を振りながらこちらへ駆け寄って来るのが見えた。 その背後では、治癒魔法によって歩けるくらいまでには回復したクウォーツとジハードの姿。 傷だらけで痛々しい姿ではあったが、それでも彼らの表情はどこか明るいように感じられた。 近衛兵達は自分らが逃げることだけで精一杯のようである。 「本当に無事でよかった……まさか封魔石に選ばれるとは! 亡き兄上も、天国できっと喜んでいるぞ」 今にも泣きそうな表情をしながらサキョウがティエルを抱きしめる。 先程光の中で見えたゴドーの姿は、やはりティエルの作り出した幻だったのだろうか。 「しかしワシは封魔石よりも何よりも、皆が無事でいてくれたことが嬉しいよ!」 「もう限界……あなた達の補佐ばかりでヘトヘトだ」 爆発で火傷を負った腕を押さえながら、ジハードはどこか呆れたような、しかし清々しい表情で言った。 「ほんと、みんな無事でよかった……」 「……命がいくつあっても足りんな」 決して軽いとはいえない怪我を負いつつも笑顔のサキョウ達を見て、クウォーツは少し肩をすくめる。 「ま……結果、最後に負けなければいい。それだけだが」 「みんな、大丈夫? 見たところ結構痛そうだけど……」 血が滲んでいる皆の傷口をしげしげと眺めながら、ティエルは心配そうに表情を曇らせた。 「アリエスに逃げ道を教えてもらったんだ、早くリアンを探してこんな所から逃げ出そう!」 崩れる大広間に近衛兵達は右へ左へ逃げ惑い、幸いにもティエル達のことなど目に入っていないようだ。 「……しかし、一体あいつはどこに捕まっているんだ。てっきり貴様達と一緒だと思っていたのだが」 これだけの騒ぎになっていても未だ姿を現さないリアンに、ふとクウォーツは眉をしかめる。 「助けるのならば、早めに行動せねばならんぞ」 「まずリアンを探す。……必ず五人で、五人でこの城を出るんだ」 ティエル達は静かに頷くと、一斉に大広間の出口に向かって駆け出した。 「あんた達とは……どうせなら味方として出会いたかったな……」 その後ろ姿を見つめながらアリエスは転がっていたスタッフを掴むと、悲しげに笑ったのだった。 ガラガラと派手に崩れる大広間の最奥、 傷を押さえ、王座に伏せるようにリダ=クイーンは座り込んでいた。いや、そうすることしかできなかった。 「私が、この私が……油断していたとはいえ、あんなゴミ共に、小娘に負けるなど……」 誰に語りかけるわけでもなく、彼女はただ呆然とそんな言葉を呟いていた。 「リダ=クイーン様、お気を確かに……霊薬をお持ちいたしました」 僧侶の治癒魔法だろうか、気休め程度にしか癒えてはおらぬ怪我のままヴェリオルがやって来る。 「今は泳がせておけばよいのです、いずれ、必ず。奴等の死体を女王の御前にお持ち致します」 「守るための強さ……か」 隣に立つヴェリオルには目もくれず、リダ=クイーンが言葉を発した。 野太い男の声と、繊細で今にも壊れそうな年若い娘の声が混ざった声色。 一体そのどちらがリダ=クイーンの本来の声なのか、それともそのどちらでもないのか。 「……私にも仲間がいたら、負けなかったのだろうか」 そう呟いた氷の女王リダ=クイーンの表情は、仮面によって伺い知ることは出来なかったが。 どこか、寂しげな、そんな声であった。 +DeadorAlive+ |