Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第9章+聖剣イデア

第109話 My friends, forever !!





城の混乱に乗じてティエル達は大広間から抜け出し、重臣や女官達が右往左往する廊下を駆け抜けた。
目的は一つ。リアンを探し出し、この城から脱出すること。


(一体どこにいるの、リアン……五人でこの城から逃げ出さないと意味がないよ……!)

グッと唇を噛み締めると、ティエルは手当たり次第すれ違う扉の中に彼女の姿を探す。
だが、あの美しく波打つ青緑色の髪は見受けられなかった。




その時。

「い、一体何だってんだよ!? 突然城が揺れたと思ったら、あちこちが崩れてきやがる!」
前方から初めリアンを連れ去った傭兵の一人が慌てた様子で向かってくるのが見えた。

あの者に聞けば、彼女の行方が分かるかもしれない。
そう思ったティエルは弾丸のように前に飛び出したかと思うと、慌てふためく傭兵の前に躍り出た。




「おうわっ!? お前、確か連れて来られた囚人共だな! 逃げ出しやがったのかぁ!?」


「……ねえ、あなたが連れて行った赤い瞳の子はどこにいるの? どこに連れて行ったの……?」
「教えるわけねぇだろ、このバカ。お前らを捕まえたとあっちゃあ、このオレも晴れて傭兵長か?」

ヘヘヘ、と下卑た笑みを浮かべた傭兵は、背に括り付けていたバスタードソードを掴もうと右手を上げる。
しかしそれよりも早く、ティエルの抜いたイデアが彼の喉元に突きつけられた。




「……教えて。これは脅しじゃない、わたしは本気だ」


「わ、わ、わ、分かった! 教えるからその剣を下げてくれ! あの女は逃げ出しやがったんだよ!!」
顔色を青くさせながら両手を上げた傭兵は、唾を撒き散らしながら、ほぼやけくそのように叫んだ。

「オレが様子を見に行った時には、既に牢はもぬけの空だった! 本当だよ、信じてくれェ!!」




「……」
暫く顎に手をやって考え込んでいたクウォーツであったが、やがて顔をティエルの方へと向ける。

「その者の言っている事は恐らく真実だ。何もせぬままジッとしている程、あいつはおとなしくはない」



「それならリアンもこの騒ぎに気づいているんじゃないかな。……ね、彼女はきっと無事でいるよ」

リグ・ヴェーダを抱えたジハードは、ようやく自分達を追ってくる近衛兵達を一瞥した。
廊下の向こうでこちらを指さしながら口々に何か言っているが、聞き取ることができない。




「我々も早急に脱出せねば、また先程の状態に逆戻りになるぞ!」
「……うん」

最後のサキョウの一声でやっと決心がついたティエルは、アリエスに教えられた渡り廊下へと駆け出した。
そんな彼女達を追うように、近衛兵らも武器を構えながら瓦礫が降り注いだ後の廊下を走っていく。





「ね、ねえ! このままじゃ追いつかれちゃうんじゃない!?」

障害物の多い廊下を走りながら、ティエルは後ろを振り返って兵達の多さにギョッとした。
背後に気を取られていたので、足元に転がる花瓶に気づかず慌ててバランスを取る。

「折角アリエスが教えてくれた抜け道を通っても、この人数に追いかけられていたら意味ないよ!」



「そろそろ例の渡り廊下にさしかかる頃だね……一瞬でも、彼らの気を逸らせればいいんだけれど」
向かい風ではたはたとあおられる青い呪符を押さえながら、ジハードが思案顔になる。

「走りながら極陣を発動させることは、凄まじく苦しいんだよ……い、息が切れる……」




『この謁見の間を出てから少し左に行くと、長い渡り廊下に出る。
丁度手すりが青く変わった場所から飛び下りれば、鬱蒼と茂った木々が姿を隠してくれるぜ』




段々と青い手すり付近に近づいてきた。


「ようは気を逸らすことが出来ればいいのか。造作もないこと」
ちっと軽く舌打ちをしたクウォーツは口の中で何やら短い詠唱を済まし、左手を後方に向けた。

「行け、我が忠実なる闇のしもべ達よ!」



途端に無数の吸血コウモリの群れが姿を現し、追ってくる近衛兵達へと一斉に向かって行く。

「わ、わあぁぁ! 前が見えん、一体なんだこれは!?」
辺りを黒で埋め尽くすコウモリ達に、近衛兵達は思わず怯んで振り払おうとしているようだ。



「今だ!!」
その隙を見逃すはずもなく、ティエル達は地面を蹴って渡り廊下から飛び下りたのだった。















彼女らは追っ手に見つかることもなく教えられた森の抜け道を走り続けていた。
緑の深い森は、上手い具合に彼らの姿を隠してくれているようである。

そろそろ朝が近いのだろう。
まるで永遠のように感じられた夜も終わり、清々しい朝独特の空気が辺りに満ちていく。


森の中は霧深く、どこか肌寒さも感じられた。




ここまで来るとようやく彼らの表情も、緊迫したものから安堵の顔つきへと変わっていく。

もう、決して朝日を見ることがないとさえ思っていた。自分達はここで死ぬのだと、諦めかけてもいた。
けれど、決して希望を捨てずに最後まで諦めないでいてよかった、とティエルは心の底から思った。


リダ=クイーンを倒すことができたのは、自分に力を与えてくれたのは、守りたい、と思う力である。
誰かを愛することにより、一人では決して得ることのできない力を手に入れることができたのだ。

あのまま城に閉じこもっていたままであったら、こんな清々しい思いを感じることもなかっただろう。
人を愛する大切さを、こんなにまで心から感じることもなかったかもしれない。



そう考えると、今の自分は決して不幸ではないような気さえしてきた。むしろ、幸せなのではないかと。
傷だらけではあるが無事な面々の顔を見て、ティエルはそう思ったのだった。




霧の深い森を暫し無言で走り続けていたティエル達の瞳に、その時見慣れた後ろ姿が映った。
そのまま霧に溶けてしまいそうな、おぼろげに見える長い髪。


「……リアン?」



名前を呼ばれ、くるくると波打つ青緑の髪の人物はゆっくりと振り返る。
陶器のような、どこか壊れそうな美しさを持った、赤い瞳の娘。


「やっぱりリアンだっ! よかった、よかったぁ……無事だったんだね……!!」
あまりの安堵感のために堪え切れなかった涙を溢れさせ、ティエルは振り返ったリアンに飛び付いた。

震えながら苦しいほど強い力で自分に抱きついてきたティエルに、
リアンは一瞬だけ寂しげな表情を浮かべたが、にっこりと微笑むと彼女の頭を優しく撫でてやる。




「私は無事ですわよ、傷一つだって負っていませんわ。……あなた達も、無事で本当に良かった……」


その声にティエルはようやく落ち着いたのか、スッと腕を緩め、顔を上げて彼女を見る。
ほんの、ほんの数時間しか離れていなかったのに。気の遠くなるくらい長い間離れていたような気がした。

青緑の髪の、赤い瞳の、少し頼りないところもあって、だけど優しくて、とびきり綺麗な、
……わたしの、友達。




「地下牢からの脱出に手間取ってしまって、助けに行くことができなくて申し訳なかったですわ……」
どこか悲しげに目を伏せながら、リアンは静かに口を開いた。


「でも、あなた達なら必ず無事に抜け出せるって……信じていましたから」




「いやいや、お前が無事ならそれでいいんだ。
お前はただ黙って閉じ込められているような、囚われのお姫様タイプではないからな! うわははは!」

氷の刃が突き刺さった痕が痛々しいサキョウであったが、豪快な笑い声を上げる。



「本当に一時はどうなるかと思ったよ……。不老長寿といっても、寿命が縮んだ思いだ。50年ほどね」
こちらは治癒魔法によって大分回復したが、まだ所々に赤く腫れ上がった火傷を負っているジハード。

「けれどそんなことよりも、あなたが無事で本当によかった」



「……心配するほどでもなかったな。どうせこういう事だろうとは思っていたが」

腕を組み、クウォーツが素っ気無く口を開いた。
顔や身体にはいくつも切り傷が見受けられ、そこから溢れ出た血が少しだけ固まっている。




「……あら、みーんなボッコボコですわねぇ。いい男が台無しですわよ」
面々の怪我に思わず眉をひそめたリアンだったが、それからクウォーツの言葉にニヤリと笑みを浮かべた。

「私のこと、少しは心配してくれたのかしら? ……あなたが」


「とんでもない。このまま貴様がいなくなってくれた方が、私としては静かで良いのだがね」
「ふーん。ふーん……あっそ」

サラリと言いのけたクウォーツに思い切り不機嫌になったリアンは、表情を変えるとティエルに向き直る。



「ねえ、ティエル。この男もう一度マンドレイクの毒におかされたいらしいですわよ」
「まーまーまー。みんな無事だったんだからさ、それでいいじゃない。わたしは充分満足です!」

そんなティエルの台詞に一同は顔を見合わせて、それから大声で笑い始めた。
勿論、クウォーツを除いた面々であるが。




今まで極度に緊張していたものが、急に緩やかに解きほぐされたのだろう。

一通り気の済むまで笑っていた彼らは、それからプッツリと緊張の糸が切れたようにその場に座り込み、
あるいは寝転がり、そのまま動かなくなってしまった。



「も……もうダメ……動けない……」
「あんな緊張の連続は、ほんと心臓によくないよ……」

もう追っ手が来ないという確証はないが、ティエル達は疲労と安堵のために呆然とその場にへたり込む。



「あらら……あらあら。だらしないですわねえ。ティエル思い切りスカートがめくれ上がっていますわよ」
「もぉーどーでもいいー……」

だらしなく座り込む面々に、リアンはやれやれと苦笑しながら自分も腰を下ろした。




「それで、これからぼくらはどうするんだい。当初の目的である封魔石イデアは手に入ったんでしょ?」
木にぐったりと寄りかかりながら、顔をこちらに向けてジハードが口を開く。

「それにしても、聖剣イデアを手にするなんてね。こんな驚きは長年生きてきて滅多にないよ」


「……そういえば、イデアの形が変わって……何これっ!? け、剣になっちゃってまーすわ!」
奪われた竜鱗の剣の代わりに、ティエルの背にくくり付けられている銀色の剣にリアンは目を丸くする。


「本当に封魔石に選ばれたんですのね……」




「うーん、そうなのかなぁ。わたしにはよく分からないや……えへへ」
上半身を起こしたティエルは、美麗な細工の施されている大剣に目をやった。

「でもスペルが全部抜き取られちゃってるから、本来のイデアの力は発揮できてないんだろうけど」


「それでも、イデアの力はすごかったぞ! あのリダ=クイーンですら、歯が立たなかったのだからな」
ゴロンと大の字に寝転がったまま、サキョウが口を開く。

「しかしスペルがなければ、リアンの言っていた呪いは解けんのだろう?」



「……そうですわ。私の解きたい呪いは、全てのスペルが揃ったイデアでなければ……」

「じゃあさ! 今のところ手がかりはないけれど、全てのスペルを集めに行こうよ。大丈夫、きっと集まるよ」
どことなく寂しげな表情になったリアンを勇気づけるように、ティエルは明るい声で言った。


「それに血のスペルを追っていれば、サキョウの仇であるバアトリにも辿り着くだろうし」




「うむ。ワシは必ずやあの男をこの手で倒すまでは、旅を終えるわけにはいかぬのだ」
むくりと起き上がったサキョウは、復讐に燃える瞳で拳を強く握り締める。

「どちらにしろティエルの仇であるヴェリオルは、ワシにとっても仇でもある」



「あなた達と一緒にいた方が、『彼』と接触できそうであるしね。スペル探し、ぼくも付き合うよ」
異国独特の顔立ちに自慢の天使の微笑みをにっこりと浮かべると、ジハードは意味ありげに一同を見た。

「それに、旅には治癒魔法が必要でしょ?」




「前も言ったが……私にとっては封魔石だろうが何だろうが、はっきり言ってどうでもいい」
命を持っていることを誰もが疑ってしまうほどの秀麗な顔を上げ、クウォーツが素っ気無く呟く。

「だが、この強くそして聡明かつ沈着で冷静な私がいなくなったら、
頼りない貴様らは魔物に襲われあっけなく全滅するだろうしな。……仕方がない、私も一緒に行ってやるよ」




「そうと決まれば、こんな場所から離れようではないか。ワシはどうもこのゾルディス国は好きになれんよ。
できればこの国には二度と足を踏み入れたくないなぁ」

サキョウは弾みをつけて立ち上がると、未だ霧深い森の向こうを指さした。



「ええっ? もう歩くの?? ……ぼくはとても繊細で、さっきから治癒魔法を連発してる上に、
体力があまり無いというのに……」


「でも、いつまでもここにいたら追っ手に見つかっちゃうかもよ!」
面倒くさそうに歩き始めるジハードの背中を、ティエルは両手で押しながら笑みを浮かべる。

「新しい冒険の始まりってね! ジハードも、サキョウみたいに体力つけた方がいいんじゃない?」




「そういえば、ティエルはサキョウのようなマッチョな男が好きでしたわよねぇ。
けれどウチの男達が体力のつけすぎで、みんなムキムキのマッチョ男になってしまうのは暑苦しいですわ」

ベムジン寺院でのティエルの様子を思い出したリアンは、髪の毛を指に絡めながら肩をすくめた。


「私はどうも、マッチョとかは苦手なんですのよ。うーん……好みのタイプを強いて言うならば、
スレンダーなタイプで、目は切れ長の二重で、赤い薔薇が似合ってて、なおかつクールな魅力を持った……」



「その特徴じゃ、まるっきりクウォーツじゃない」

「──という男は、はっきり言って大っっっ嫌いなんですのよ。男としては最低ですわね……痛いっ!?」
目を瞬くティエルの前で高笑いをしていたリアンの後頭部を、背後から容赦なくクウォーツが殴ったのだ。


「ひどいっ、殴ることないじゃない!!」
「馬鹿なことを回りくどく言っているからだ。平たく言えば、私のことがただ嫌いなだけだろうが」




「あんな戦いがあった後でも元気だねえ、あなた達。それならもう治癒魔法はかける必要もないかな?」
自称天使のスマイルと言っているが、どう見ても小悪魔のスマイルを浮かべるジハード。


「嫌い嫌いも好きのうちってね。まあとりあえずぼくは、泥のように眠りたいよ」



「ワシもゆっくりと身体を休めたいなぁ。もう寒いところはこりごりだ」
「……そうだね、ゆっくり休も」

普段の雰囲気に戻ってきた少々騒がしい仲間達を見つめながら、ティエルは心から笑顔を浮かべた。
こんな時間が永遠に続けばいいな、と。




歩き始めた彼らを通り過ぎる霧の混じった朝の風が、夜明け前の薄暗い空へと吸い込まれていく。
それは白く霧深い、そんな、夜明け前の──……。







+DeadorAlive+