Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第2章+旅の幕開け


第11話 赤い瞳のリアン-3-





ティエルは一瞬我が目を疑った。

既にどこか遠くに逃げ去っていたかと思われたリアンが、再び目の前に現れたのだ。
絶対に、見捨てられたと思っていた。もう二度と会うこともないだろうと思っていた。

しかしリアンはたった今魔法を繰り出したばかりの杖をくるりと翻すと、呪文詠唱の構えを取る。



「リアン……あなた、何でここに来たの? そのまま逃げていれば助かったのに!!」

背中を打ち付けた衝撃がまだ残っている身をかがめながら、ティエルはやっとのことで口を開いた。
その言葉にリアンは、暫く答えが見つからないのか目を泳がせる。



「薬草、くれたじゃないですの。手当、してくれたじゃないですの。一応借りは返そうと思っただけですわ。
……それに、こんな女の子を見殺しにして逃げたら……夢見が悪いじゃないでーすの」

爆風で乱れた髪を軽く払いのけると、リアンは何とも言えないような顔でそう言った。
そして、光の粒子が集まってきた杖をスッと前に突き出す。


「言っておきますけど、ただの気まぐれでしてよ。私は殺される為に戻ってきたんじゃない。
コイツを倒して、生きてこの森を抜け出るために戻ってきたんでーすのよっ!」

やっとのことで火をもみ消したマンティコラに、リアンは額の汗を拭いながら魔法を発動する。



「天空を舞う烈風を真空に変え、標的を切り刻め……ウインドカッター!!」



その途端彼女から暴れ狂わんばかりの風が巻き起こり、それは真っ直ぐにマンティコラに向かっていく。

真空の刃は火炎によって焼かれたマンティコラの表皮を容赦なく切り刻み、
森中に耳を塞ぎたくなるような叫び声が響いた。


その隙にティエルは遠くに飛ばされた剣を掴むと、勇気を振り絞って剣先をマンティコラに突き刺す。
ブシュッと緑色の血がまるで噴水のように高く飛ぶと、マンティコラは力を失ったようにドサリと倒れる。



──再び、森に静寂が訪れた。

剣を握ったままハアハアと立ちつくすティエルに、リアンは無言でハンカチを差し出す。
「……マンティコラの血で、顔中緑ですわよ。これ、使って拭ったら?」


その声にハッと我に返ると、ティエルはリアンから差し出されたハンカチを受け取った。
まるで風呂上がりの様に、髪から流れ落ちる緑色の雫を暫く眺める。



(……わたしが斬った。わたしが、殺したんだ。刺す感触は、やっぱり手にいつまでも残るんだ……)
そんなティエルの様子に気付いているのかいないのか、リアンは腰に手を当てて軽くため息をついた。


「無事だったからいいじゃないでーすの、今はそれだけを考えなさいな。生きるか死ぬかなんだから。
一歩間違えれば、こうなっていたのはマンティコラじゃなくて……あなたの方だったんですのよ?」

こんな状況に慣れたような口調でリアンは言った。



「こんな事でいちいち立ち止まって考えていたら、この先旅を続けるなんて到底できっこないですわ」

「……うん、そうだね」
リアンから受け取ったハンカチで軽く血を拭うと、ティエルは振り返って口元に笑みを浮かべる。

「助けに来てくれてありがとう、リアン。わたし……ここで死ぬんだと思った。でも、死にたくなかった」


「生息しているマンティコラは一体だけじゃないでーすわ。とりあえず今の内にこの森から出ましょう」
ポンポンと手を叩くと、リアンは身体の向きを変えて獣道を進み始めた。



──が。

「ミツケタ……ティアイエルオウジョ、ミツケタ……」
押し殺したような聞き取りにくい低音の声が辺りに響く。……それも複数だ。


まるで彼女らを取り囲むかのように、黒い人影が迫ってきていたのだ。

肉がそげ落ち、骨の部分が剥き出しになっている亡者達……いわゆるゾンビと呼ばれる者達である。
先を進み始めていたリアンもゾンビ達の影に気付き、思わず足を止めて辺りをグリルと見渡す。



「ティエル、あまり動かない方がいいみたいでーすわ。何でこんな森にゾンビ達が……」

「うん、分かってる。かなりの数だ……囲まれてる」
城を襲ったゾンビと同じく兵士装束をしていることから、彼らが間違いなくゲードルの手先ということが伺える。


「こんな所までわたしを追ってきたんだ……」



「……え? ティエル、それは一体どういう意味なんですの? あなたこのゾンビ達と何か関係が……」

意味が分からないと首を傾げたリアンの前に立ちはだかると、ティエルはしっかりと剣を握りしめた。
ゲードルは自分の手を汚さずにティエルを始末するつもりなのだ。


彼らの目的は、自分ただ一人。関係のないリアンを巻き込むわけにはいかない。



「……リアン、あなたは逃げるんだ。こいつらはわたしの命が目的だから、あなたは関係ない」

じりじりと迫ってくるゾンビの壁に圧倒されながらも、ティエルはしっかりとした口調でリアンを振り返る。
リアンは状況をあまり理解できず、困ったような表情を見せた。


「関係ないって……あなた、何でゾンビに命狙われているんですの?
それにさっき死にたくないって言ったじゃない。ここにあなた一人で残って生きて帰れると思って……!?」



それでもティエルは、先程の弱々しい彼女からは想像もつかないほど凛とした瞳でリアンを見つめる。

「……戻ってきてくれてありがとう。けど、これ以上リアンに迷惑かけるわけにはいかない」
「本当に、逃げますわよ。もう二度と助けに来ないですわよ。それでも……?」



「うん。──……ありがとう、リアン」



そう言って笑ったティエルは、剣を握りしめてゾンビの群に斬りかかっていった。
数は多いが、一体一体はマンティコラの比ではない。

リアンを逃がす時間くらい自分で稼ぎたかった。何もできない人間とは思われたくなかった。
けれど、決して死ぬためにゾンビと戦うのではない。生きて、また必ずメドフォードに戻るために戦うのだ。



ティエルの名を呟き奇声を発しながら襲いかかってくるゾンビ達に、無我夢中で剣を振るう。


ガリオンに叩き込まれた全てを思い出しながら、一体切り捨てた。
腐った肉が飛び散って頬に張り付く。斬った感触が生々しく手に残る。しかし気にしている暇はなかった。

三体目を切り捨てたとき、背後からもう一体がティエルに忍び寄る。
振り下ろされた剣を咄嗟に受け止めるが、身体ごと弾き飛ばされてしまう。



「うう……」

じんじんと痺れ始めた右手を押さえながら、再び立ち上がろうとしたとき。
目の前に、リアンが立っていた。


「リアン? わたしが時間稼いでいる間に逃げなかったの!?」



「……嬉しかったんですのよ」
ティエルの手を握って助け起こしながら、リアンは殆ど聞き取れないような小さな声で呟いた。

「私、外の人間にこんなに優しくしてもらったの……初めてだったから」



「え……?」

「ゾンビには火炎魔法が一番効果があるんですのよ! ……メギドフレア!!」
リアンの掲げた杖からうねるように火炎が発生し、一瞬にしてゾンビ二体を焼き尽くす。


「それに、私はあなたと……ティエルと一緒にこの森を出るって決めましたの」

青みを帯びた緑の髪を幻想的になびかせながら、リアンがゆっくりと振り返って笑った。
それは同性でさえも思わず見惚れてしまう笑みである。


「……ありがと。ほんとに、ありがとう」
思わず溢れかけてしまった涙を慌ててこすると、ティエルも同じように満面の笑みを浮かべる。


「必ず一緒に、生きてこの森を出よ。今なら何があっても、乗り越えられるような気がする」



「当たり前ですわよ、この勝利の女神である私が一緒なんですもの」

リアンの魔法が左で炸裂すると同時に、ティエルは地面を蹴って飛び出した。
もう欠片の迷いも見せずに剣を振りかざす。

一人では泣きたくなるくらいに心細かったのに、誰かがいるとこうも心強いのだろう。
さっきまでは、背中に誰もいなかった。けれど、今はリアンがいる。


──それだけで、もう充分だった。


(わたし、頑張るよ。おばあさま……ゴドー、ガリオン。……ずっと、見守っていてくれるよね……?)
うなり声と共に最後の一体を切り捨てたティエルは、真っ直ぐとした瞳で剣を握った自分の手を見つめる。



10数体近くいた亡者達を全て倒すと、心なしか森の雰囲気が明るくなったような気がした。

気がつくと、いつの間にか辺りに咲いていたマンティコラの花の姿がない。
戦っている間に罠を抜けて出ていたらしい。


それにどうやら気付いたリアンと目が合うと、彼女は自信満々の顔でニヤッと口元を動かす。

「ティエルのお陰で、長いこと彷徨ったこの森からやっと脱出することができるみたいでーすわ。
あのまま私一人で彷徨っていたら、森の奥深くにどんどんと迷い込んでいたかもしれませんわね」


「……リアン、聞かないの? 何であのゾンビ達がわたしを狙ってきたのか」
小さく呟いたティエルのその声に、彼女は目を瞬いて振り返った。



「人には誰だって話したくないこと、知られたくないこと色々とありまーすわ。
だから、相手が自分から話してくれるまで私は聞きませんわ。ね、そうでしょ?」

そう言って、リアンは軽く片目をつぶる。
その妙に気取った彼女の仕草がおかしくて、ティエルは思わず笑いを吹き出した。

「あ、ティエル何笑っているんですの!? 今私、自分的にものすごく決まったと思いましたのに!」


「ごめんごめん、思わず。いや、いいセリフだと思ったよー、なんていうか、こう心を揺り動かされた?」
慌ててわざとらしい弁解を始めるティエルだったが、話題を逸らそうと思い出したように手を打つ。

「そ、そうだ! 早くこの森から抜け出そうよ、花に気を付けていれば今度こそ迷うことはないと思うし」



「……話題をすり替えましたわね……まぁいいでーすわ」
道ばたに投げ出されたように置かれていた自分の荷物を、リアンはやれやれと手に取った。

「そういえばティエル、あなたどこに向かっているんでーすの?」



「ええとね、ベムジン寺院って知ってる? そこに向かってるの。知り合いの家族がいるらしいから」

「あーらやっぱり。こんな危険な森通って行く場所なんてベムジンしかありませんわよね。
私もそこに向かっていたんですのよ。大僧正さんに用があって」

「わあ、そうなんだ!」


リアンの言葉に嬉しそうに言ったティエルだったが、暫く迷ったように口をもごもごと動かしていた。
それから一旦間を空けてから、ようやく口を開く。



「それだったらさ、そこまで一緒に行かない? わたし一人だと何だか心細いし、
リアンが一緒にいてくれると頼もしいかなぁって」


「私もそう思っていたところでーすわ! と言いますか、あなた一人じゃ危なっかしくて見ていられないですし」
ニコッとリアンは惚れ惚れするような笑顔を浮かべると、彼女に右手を差し出した。

「私はリアン。改めてよろしくお願いしますわね、ティエル」

「……うん」
リアンの手を握ったティエルは、故郷を奪われてから初めて心から笑った。



寂しさで、どうにかなってしまいそうだった。憎しみで、我を忘れそうになった。
一時の気の迷いで、生きることを放棄しそうになってしまうところだった。

『生きる』という選択をしたことを、初めて良かったとティエルはこの時思ったのだ。
この先、きっと色々なことがあるだろう。辛いことだってあるだろう。


──それでも、わたしは『生きる』んだ。



「ようし、そうと決まったら早速出発でーすわよ! 暫く孤独の旅ともお別れですわぁ」

「あ、うん、分かった」
パタパタとせわしそうに去っていく彼女達の後ろを、風で飛ばされた木の葉が舞っていた。


ティエルの冒険は、まだ始まったばかりだ。






+DeadorAlive+