Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第10章+勇気の条件

第111話 フィークテルの町-1-





「もう何やってるの。せっかく治りかけていたのに、無理な乾布摩擦で傷口が開いているじゃないか」


ボサボサの寝癖頭のまま髪を梳かそうともせず、ジハードは椅子に座って溜息をついた。
その隣のベッドでは、サキョウが苦笑いを浮かべて寝転がっている。

「あなたは確かに頑丈だろうけど、案外人間の身体ってやつは丈夫に出来てはいないのだよ。
それを少しでも頭の片隅に置いて、ぼくとしてはもっと後の事を考えた行動をして欲しいな」



ジハードの必殺技である長いお説教が延々と続いている。
昼過ぎにようやく起きてきた彼は、治療して治りつつあるサキョウの傷が開いていることに気づいたのだ。

とにかく無理をした自分が悪いので、サキョウは長いジハードの話を黙って聞いているのだが、
このままでは本当に日が暮れてしまうのではないかと錯覚するくらい彼の話は長かった。




「そもそもあなた達は無理をしすぎなんだ。いくらぼくが治癒魔法のエキスパートだからといっても、
死んだ者を生き返らせることまでは出来ないよ。分かっているの? 万一のことがあったらどうするんだい?」

話すことが次から次へと一体どこから浮かび上がってくるのかと思うほど、ジハードの長話は続く。


「だからこの宿に泊まった最初の日に言ったでしょう。ここには、傷を癒すために留まることにするってね。
それなのにあなたは無理して歩いたり、挙句の果てにはこんな寒い日に乾布摩擦して傷口広げて……」




「よし、分かった! つまりだな、お前の言いたいことは『とにかく無理をするな』、これだろう?」
このままでは精神的に大ダメージを負いそうなので、とうとう耐え切れなくなったサキョウが口を挟んだ。

「ワシが悪かった。今日はもう外には出ずに、このままベッドで横になっていることにしよう」



「……うん、分かってくれたのならいいんだ。それならこれ以上ぼくはもう何も言わないよ」

少々言い足りなそうではあったが、ジハードはにっこりと笑みを浮かべて口を開く。
あまり表立っての性別が見受けられない彼独特の微笑みである。




「あらあら、長話はもう終わったんでーすの? これ宜しかったらどうぞ。さしいれ」


扉が開けっ放しであったので、廊下にもジハードの声が響いていたのだろう。
綺麗に皮の剥かれたリンゴが乗った皿を手に持ちながら、ひょいとリアンが顔を覗かせた。

意外にも彼女は器用なようで、リンゴの形はいびつな物などなく、全て綺麗にそろっている。



「やだ、サキョウったらまた無理して傷口開いたんでしょう。乾布摩擦なんてしているからでーすわ。
一体何のために私達が休養取っているのか分かってますの?」


「自分ではもう既に治っているつもりなのだ。ジハードもリアンも心配性だなぁ」
リアンからリンゴを受け取ると、サキョウはもぐもぐと口を動かしながら言った。

「ワシの身体のことは一番ワシが分かっているのだ。うむ、ほどよい甘さで美味いリンゴであるな」




「リアンは案外器用だよね。リンゴの皮を包丁で剥ける人は、はっきり言って尊敬に値するよ」
自分は包丁が扱えないので今度教えて欲しい、とジハードはその言葉の後に付け加える。


「お世辞言っても何も出ませんわよ。まぁどこからどこまで完璧な私は、皮剥きも手を抜かないんですの」
向かいのベッドに腰掛けると、リアンはリンゴを一口かじってから肩を落とした。

「そういえば、ティエルは一体どこに行っちゃったのかしら。ランチの後から見かけていないですし……」




「ぼくが起きた頃には既にお昼を過ぎていたからね。昨日から見ていないよ。あれ、朝一回会ったかな?」


窓から入ってくる朝とは違って暖かさを含んだ風で、ジハードの額の札がひらひらと揺れている。
以前これを取ったらどうなるのかと彼に聞いたことがあるのだが、ジハードは笑ったまま何も答えなかった。

しかし強風でも剥がれないその青い札は、一体どんな仕組みで彼の額にくっついているのだろうか。
そんなことを考えながら、リアンはジッとジハードの額を食い入るように見つめていた。




「……? ぼくの顔に何かついているのかい??」


「いえ、何でもないんでーすのよ」
慌ててホホホと変な笑い声を発したリアンは、話題を元に戻そうとポンと手を打つ。

「それよりティエルですわ、あの子ったらフラフラとどこに行っちゃったのかしらね。
新しい町ですから、迷子になっていなきゃいいですけど」



「うーむ、ティエルもそうだが……クウォーツは一体いつになったら眠りから覚めるのだろうな。
この宿に着いてからすぐだろう? そろそろ心配になってきたのだが……」

最後のリンゴをつまむと、サキョウの表情にどこか影が差した。



「本来ヴァンパイア族はベッドよりも棺で『眠る』方が、比べ物にならないほど体力を回復できるんだ」
あくまでものんびりと穏やかに、ジハードが口を開く。

「それほどにまで、ゾルディスで起きた一連の出来事は彼にとって大きな精神的疲労だったんじゃないかな」


「へぇー……あの無感情のクウォーツがねえ。まぁ、確かに彼は毒やら何やらで散々でしたものね」
急に、辺りの雰囲気が重苦しくなる。

「氷の女王リダ=クイーン……私、ずっと捕まっていましたから、いまいち想像できないですけど……」




「うーむ、その、なんだ!」
それを打ち消すかのように、わざとらしいほど明るく大きな声でサキョウが声を発した。

「終わったことだ、今更考えても何も始まらん。そうだろう? それよりもこれからの事に目を向けねばな。
ううむ、リンゴを食ったら次はグレープフルーツが食べたくなったな。ちょっとワシは買いに行ってくるよ」



そう言いながら上半身を起こしたサキョウを、ジハードが有無を言わせず押し留める。

「サキョウ、今日は一日中安静にしてというぼくの話を聞いていなかったのかい?
それくらいぼくが買ってきてあげるから。ついでに町の見物でもしてくるよ」


ゆっくりと椅子から身を離すと、ジハードは開けっ放しの扉に向かって歩き始めた。
それからクルリと振り返ると、釘を刺すようにしてもう一度繰り返す。

「……くれぐれも、出歩いたりしないようにね」




「それじゃあ私はティエルを探しにでも行こうかしら。こんないいお天気の日は、お散歩が一番ですわ」
パタンと閉じられた扉を一瞥してから、リアンは軽く髪を払いのけながらサキョウに顔を向けた。

「最近色々とありましたしね。少しは心身共に休ませてあげなくちゃ、旅なんて続けられませんしね」



「そうだなあ……ワシは今日一日ここでおとなしくしている事にしよう」
ハハハ、と苦笑するとサキョウはモゾモゾと掛け布団を引っ張る。

「もしもジハードに会ったらグレープフルーツと、……できればナスの漬物も頼んでおいてくれ」















一方。
本人にその自覚はないが、昼時から姿をくらましていたティエルは宿屋の廊下を歩いていた。


「うーん……これって一体何なんだろうなあ?」
薄暗い廊下で立ち止まり、首を傾げながら再び歩き出す。

先程から彼女を悩ませているのは、背中にくくり付けている『灰色の封魔石・イデア』なのだ。



「暗いところで見ると、変な地図が浮かび上がっているように見えるんだけど」

そう。暗い場所に行くと封魔石が微かな光を発し、離れた壁に映像を映し出すのである。
それに気づいたのは先程、暗い中でイデアを磨こうと引っ張り出した時であった。



「ま、いっか。深く考えないようにしよっと」
ティエルらしく、瞬時に深く考えることをやめた彼女は、すたすたと廊下を歩いていった。







+DeadorAlive+