Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第10章+勇気の条件

第112話 フィークテルの町-2-





見上げていると、まるで吸い込まれてしまいそうな晴れ渡った青い空。どこまでも続いている。


そんな空にはところどころに太ったワタアメのような雲がぽっかりと浮かんでいた。
群れを成して飛んでいく白い鳥は、どこか暖かい地に向かっているのだろうか。

こんな大空を何も考えずただ飛んでいけたら、さぞかし気持ちが良いだろうとジハードは思う。




太陽の光に反射して、微妙な虹色を発している白い髪を風に揺らせながら彼は歩いていた。
地にしっかりと足をつけて歩けることは、なんて素晴らしいことなのだろう。

あまりにもそれが当たり前すぎて、今まで気づきもしなかった自分が少し恥ずかしい。



通り過ぎてゆく穏やかな表情の人々。皆一生懸命に、それぞれの人生を歩んでいるのだろうか。
確かに人間は愚かなことをする者もいる。ジハードは完全に人間達を受け入れたわけではない。

けれど、こんな幸せそうな人々の顔を見ていると、どうでもよくなってきてしまう。
誰かの幸せそうな顔を見ていることができるのならば、それだけで自分は充分満足なのだと。




歩く度に腰に結わえ付けている鈴が、チリンチリンと涼しい音を響かせている。
下を見ると底の薄い靴はさらに底が擦り減って、地面の小さな段差でも足に響いてきているようだ。



(……出不精のぼくがこんなにも歩くことなんか無かったしね。しょうがないか)

歩くだけではなく、戦闘中の無理な動きも充分原因なのであるが。
とりあえず靴の前に、サキョウから頼まれたものを買うために果物店へと足を向ける。




幸いすぐに店は見つかり、色々な果物がこれでもかというくらい山盛りになっていた。
さてグレープフルーツはどれか、とジハードが探し始めた時。唐突に明るい声がかけられる。



「あら、いらっしゃい! この辺では見ない変わった顔立ちだけど、遠い国から来た外国人さん?」
随分と体格の良い中年女性が、腕まくりをしながら店の奥から笑顔で歩み寄ってきた。

「この町には観光で来たのかい? 自慢じゃないけど、煉瓦の町フィークテルは結構有名だからね。
どこもかしこも煉瓦で造られている町なんだから」




「ここは平和でいい町だね。人々の顔も穏やかで。まぁ観光で来たということにしておくよ」
ニッコリと柔らかい笑顔を浮かべたジハードは、目的のグレープフルーツの山を指さす。

「すまないけど、これ2つくらい貰おうかな」



「あいよ! わざわざ来てくれた外国人さんに感謝して、一つオマケしちゃおう。なかなか可愛い顔だしね」

彼からリン銅貨を受け取った女性は、ガサガサと茶袋に果物を入れ始めた。
山積みされた果物の中でも、特に大きなものを選んで入れてくれたようである。


「いい町だよ、確かにいい町なんだけどね……町のはずれに、盗賊がアジトにしている廃墟があるんだよ。
実際そこに遊び半分で行った若者達が、みんな殺されるか金を巻き上げられるかされているのさ」




「へえ……随分と物騒な場所もあるものだね。町外れにはできるだけ近づかないことにしようかな」
「そうそ、危険な場所には近づかないのが一番さ。まいどありー!」

果物店をあとにして、茶袋を両手で抱え込みながらジハードは再び歩き始めた。
リグ・ヴェーダは町中なので特に危険はないだろうと宿に置いてきているのだ。



「確かに煉瓦の町というのも、また趣があっていいかもしれないね。見ているだけでも楽しめる」

そんなジハードの前方から、リアンが長い髪をなびかせながら軽やかな足取りで歩いて来るのが見える。
彼女の方もジハードに気づいたのか、あら、と小首を傾げて足を止めた。


「おや、リアン。あなたもお散歩かい? それなら行きに声をかけてくれれば、一緒に行けたのに」


「ごめんなさい、色々と出かける用意をしていたら声をかけそびれちゃって。
女の子は男のあなたとは違って、外出するときには色々とした用意が必要なんですのよ」




「……出かける前と、あまり変わり映えがしていないような……って、あ! え、誤解だよ!」
思わず口に出してしまい、ぎろりとリアンに睨まれたジハードは慌てて訂正するように手を振った。

「そうじゃなくて、あなたは化粧などしなくても充分に魅力的だよって言いたかったんだ」



「調子がいいんだから……。じゃあ、そういうことにしておいてあげましょうか」
どことなく機嫌が良くなったリアンは、それからグルリと辺りを見渡す。

「私、さっき美味しそうなパフェの店を見つけたんですの。甘いもの苦手じゃなければ行きません?」


「こう見えても甘いものは大好きだよ。……ところで、杏仁豆腐とか胡麻団子はなかったのかい?」
「ご、胡麻団子はともかくアンニンドーフ? 一体何なんですの、それ?」




そんな他愛もないことを話しながら歩いていると、何やら騒がしい子供達の声が耳に入ってきた。


「弱虫ケビン、よーわーむーしーケビン! お前となんか、誰も遊んでやらねーよ」
「そうだそうだ。弱虫が近くにいると弱虫菌がうつっちまう!」

「ほら、何か言えよー。怖くて何も言えないのかよ」



思わず声のする方へと顔を向けると、数人の少年達が一人の少年を囲んでいるのが見える。
いかにも生意気そうな、上向きの鼻にばんそうこうを貼った少年の周囲には、その取り巻きらしき少年達。

一方弱虫呼ばわりされている少年は、下を向いたままグッと何かを堪えているようであった。




「おい、何か言えったら!」
ドン、と強く少年が突き飛ばされる。その拍子にバランスを失い地面に転がってしまった。

「あははは、こいつ情けねー!」
「やっぱりお前は弱虫野郎だ、弱虫ケビン!」


その一方的な様子にリアンは大きく溜息をつくと、腰に手を当てながら少年達に向かって歩き出す。



「ちょっと、弱い者いじめはいけませんわ。喧嘩をするなら男らしく正々堂々、一対一でやりなさいな」

「な、なんだよお前っ。だってこいつ、弱虫なんだぜ? オレ達が鍛えてやっているんだよ!」
リアンに首根っこを掴まれたばんそうこうの少年は、精一杯強がりながらジタバタと暴れていた。


「離せよー!」



「とにかく、弱い者いじめは絶対にダメですわ! 良い子はそんなことしないんですのよ」
「ちくしょー、こいつ女に助けられてやんのっ。なっさけねー弱虫ケビンー!」

リアンから逃れた少年は負け惜しみの台詞をはくと、取り巻きの少年達と共に逃げるように去っていく。




その後ろ姿を憤慨したようにリアンは眺めていたが、やがて溜息をつきながらクルリと振り返った。

ケビンと呼ばれていたその少年は、茶色の髪を丸くおかっぱにした小柄な少年であった。
顔には転んだときに擦り剥いたであろう傷がある。


よくよく見てみれば、衣服などは随分と高価そうである。お金持ちの息子なのだろうか。




「ねえ、あなたも言われてばかりじゃなくて何か言い返しなさいな。弱虫呼ばわりされてるんですのよ?」
そう言って、リアンが少年の顔を覗き込もうとした瞬間。


「うるせーなっ、弱い者いじめとか言ってるんじゃねーよっ!」
突然顔を上げた少年は顔を真っ赤にして叫ぶと、リアンのスカートを盛大にめくり上げたのだった。


「き……きゃああぁっ!?」
「へっへーん、パンツ丸見え!」




先程とは随分と態度の変わった少年に、傍観していたジハードは首を傾げるが。

「こ……こ、このクソエロガキ!! もう許しませんわよ、三千回くらいぶっ飛ばしますわ!!」
その前に怒り狂うリアンを止めることが先決である。



「リ、リアン待って! 子供相手に本気で殴っちゃまずいよ、ここは一つ冷静になって。落ち着いて、ね?」
「離して下さいなジハード、やはりクソガキには身体で分からせるのが一番なんですのよ!」


「……へん、ボクのことを弱虫扱いするからだよ。バーカっ」
「だからといって、女性のスカートをめくるのはどうかと思うのだけれど。おや、少し擦り剥いているね」

べーと舌を出す少年に、ジハードはやれやれとしゃがみ込むと頬の擦り傷に手を触れた。
その指先から淡い緑の光が溢れ出すと、次第に擦り傷は消えていく。



「これでもう大丈夫。まぁ、子供は元気で傷だらけなのが一番なのだけど」


「ジハードは甘いんですのよ、もう!」
「まだ彼は子供なんだから。許してやってくれよ」

ぷくっとフグのように頬を膨らませているリアンに、ジハードは振り返って苦笑する。




「す……すげー……傷が治っちまった。白髪のおにいちゃん、もしかして手品師?」
一方ケビンという少年は、ぺたぺたと自分の頬に触れながら目を瞬いていた。

それから視線を優しく微笑んでいるジハードから怒り顔のリアンへと移動させ、おずおずと口を開く。



「……おねえちゃん、ごめんなさ……」
「……ケビン!」

ケビンの声を遮るかのようにカツカツと高いヒールを鳴り響かせながら、一人の女性がやってきた。
きっちりと巻いた髪に、高価そうな衣服。首元には紫のスカーフを巻いていた。


「こんな所にいたの! あらまあ、そんなにお洋服を汚して……また庶民の子達と遊んでいたの?
ママ言ったでしょ? 庶民の子達と遊ぶと品位が下がるって」



「ママ……」
「さあ行くわよ、これからピアノのレッスンがありますからね」

ケビンの母親はリアン達などには目もくれず、
未だ名残惜しそうにリアンらを振り返りつつ歩くケビンの腕を引きながら歩いて行った。




まるで嵐が過ぎ去ったかのような感覚に、ジハードは思わず肩をすくめてリアンを見る。
それに対して彼女は小さく、もう、と呟くと、気を取り直したように顔を上げた。

「……なんだか気分が最悪でーすわ。気分直しに、早くパフェの店行きません?」
「うーん、賛成」







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