Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第10章+勇気の条件

第116話 町外れの廃墟にて





そろそろ民家の明かりが灯る頃。


お洒落なレンガ造りの家々とは一転して、ボロボロに朽ちている灰色の壁の家々。
窓ガラスは全て割れており、明かりの全く灯っていない家の中は完全に闇に包まれている。

まるで得体の知れない何かが潜んでいて、こちらの様子をそっと伺っているようにも見えた。



おそらく昔店を営んでいたであろう家の前には、無造作に倒れている看板。
そんな、何もかもが死に絶えたような廃墟であった。


明るい町から歩いて二十分足らずで、まるで異世界へ迷い込んでしまったような感覚だ。




そんな物寂しい道を、高い位置に輝く月明かりに照らされながら一つの影が歩いていた。
時折吹きすさぶ風が、妙に肌寒い。

思わずブルッと身震いをした人影──ケビン──は、知らぬ間に小走りになる。




『やーい、弱虫ケビン!』
『お前みたいな、いつもママの陰に隠れている弱虫は仲間に入れてやんねーよ』

『ボ、ボクは弱虫なんかじゃないよ!』


『お、言ったな? 弱虫じゃないなら、町外れの廃墟に一人で行ってこいよ』

『あそこはオバケが出るんだ! オレ、この間ちょっとだけ行ってみたけど……すげえおっかなかったぞ。
お前みたいな弱虫には無理無理!』



『廃墟に一人で行ってきたら、オレ達の仲間にしてやるよ。無理だろうけどなー、アハハハー!』




昼間、近所の少年達に言われたことが頭に蘇る。

(オバケなんか怖くないや! ボクが弱虫じゃないってこと、あいつらに思い知らせてやる……)
ギュッと小さな拳を握り締め、ケビンはすっかり怖気づいてしまった足を奮い立たせる。



もう目の前に廃墟が見えてきている。道端に転がっているあの看板でも手土産に持って帰ってやろう。
そして、あいつらを見返してやるのだ。もう弱虫なんて言わせない。

一歩ずつゆっくりと進んで行ったケビンは、ようやく寂しい大通りへと辿りついた。
冷たい風に吹かれて、いつの物かも分からない新聞の切れ端が道端を舞っている。




ひどく静かであった。
月明かりに照らされたケビンの影だけが、ぽつんと寂しく砕かれた石畳に映っている。

昔はここも賑わっていたらしいが、人々は次第に住みやすい町の中心へと移動してしまったのだ。



あまりの静けさに思わずこぼれそうになった涙をグッと堪えて、ケビンは足元の小さな看板を手に取る。
かなり薄汚れているが、証拠としては充分だ。

これをあいつらの前に突き出してやろう。そうしたら、あいつらは一体どんな顔をするのだろうか。
今までバカにしてすまなかった、お前は本当は勇気がある奴なんだなと言ってくれるだろうか。




両手で看板を拾い上げ、そろそろ明るい町の方へ戻ろうとケビンが身体の向きを変えた時。
風に乗って、何やらボソボソと人の話す声が聞こえてきた。



「……!!」


看板を持ったまま凍りついたケビンは、声の聞こえてくる方向を求めて視線をゆっくりと移動させる。
ここからあまり離れていないところに、半分崩れかけた大きな家が見えた。微かに人影が見える。

どうやら、あの大きな廃屋から声は聞こえてきているようだ。




暫くケビンは立ち尽くしていたが、やがて引き寄せられるように一歩ずつ廃屋へと近づいていった。
大丈夫、オバケなんかいるものか。自分が弱虫ではないことを証明してやろう。


そう自分に言い聞かせるように何度も心の中で繰り返したケビンは、静かに窓枠へと歩み寄る。



「じゃ、親分。今夜決行ですかい?」
今度は、はっきりと声が聞こえた。聞こえてきたのはどれも野太い男達の声であった。

「おうよ、この日を待ち望んでいたぜ。準備は整った。武器も手に入れ、町の見取り図も完成した。
煉瓦の町フィークテル。……それも今夜で終わりだ」



「あの町を我が物にする為にオレ達盗賊団は、この廃墟をねぐらに今まで準備してきたんですからね」

「丁度よく誰も近づかない廃墟があって好都合だったぜ。
まさか自分達のこんな近くに、町を襲おうとしている盗賊団が隠れているとは思わないだろ」


「いやーぁ、案外気づいていたとしても、怖がって何にもできなかったんじゃねーか? ギャハハ!」




中にいるのは100人くらいの男達である。
家具も何もない、だだっ広い部屋に皆息を潜めて座り込んでいた。


「フィークテルは小さな町だ。オレ達の力なら容易に手に入る。何もかも奪い尽くせ、強奪しろ!!」

「我がサンドラ盗賊団に栄光あれ!」
「オオーッ!!」




意気揚々とした盗賊達の歓声。その声に驚き、ケビンは持っていた看板を思わず地に落としてしまう。

ガッシャー……ン。
看板が地面に当たる音は、嫌味なくらい辺りに大きく響き渡った。




ぴたりと止む会話。

ようやく今自分が置かれている状況が分かりかけてきたケビンは、ガタガタとその場で震え始める。
逃げたくても、恐怖で足が動かない。




「おやァ? これはこれは、小さなお客人だ……」

ぬっと自分に影が差すのを感じ、ケビンは油の切れたブリキの人形のようにゆっくりと顔を上げる。
顔中黒いヒゲだらけの男が、ニヤニヤと口元に薄い笑みを浮かべながらケビンを見下ろしていた。















「あれ、いつの間にか気づいたらこんなに暗くなってる。早く戻らないとサキョウ達心配するかなぁ……」


明々とした店内から一歩外に出たティエルは、外が既に夜になっていることに気がついた。
この店に入る前はまだ夕方であったので、随分と長い間この店に留まっていたのだろう。

リアンが一番行きたがっていたアクセサリー店である。




「この頃夜の方が長くなってきましたからねー、あっという間に日暮れでーすわ」
リアンは二つのチョーカーを、何やら数時間悩みに悩みぬいていた様子であった。

「クウォーツはどうせ棺の中ですし、サキョウは暇を持て余しているんじゃなくて?」




「確かに夜の方が長くはなってきたけど……こんなに日が暮れているのは、
リアンがずーっと優柔不断を繰り返していた原因の方がかなり大きいと思うのだけど……」

女性陣にあっちこっち連れ回されて、ややげっそりと疲れた様子でジハードが言う。



「あなた達の買い物は凄まじく長いということを、今日ぼくは嫌というほど学んだよ」
「その代わり烏龍茶奢ったじゃない。それで勘弁、ね!」

「……烏龍茶一杯じゃ、全然割が合わないのだけれど」
にっこりとティエルに笑顔で誤魔化され、ジハードは反論を諦めて本の包みを抱え込んだ。


「とりあえず早く帰ろうよ、いいかげん休みたい……」



「ほーい、それじゃそろそろ帰ろうか。サキョウ達へのお土産は何がいいかなぁ?」
「私、さっきの店で見たチョコケーキがいいと思うんですけど」

「まだどこかの店に寄るのかい? ぼくみたいにナイーブな不死鳥には、ショッピングは合わないよ……」




ケーキの話で盛り上がる女性陣を前に、ジハード肩を落としながら呟く。

すっかりと日が暮れているが、まだ大通りは旅人達が楽しそうに笑いながら歩いていた。
あちこちの店から洩れて来る明るい光が、煉瓦の地面に映っている。




その時。

普段以上にのろのろとティエル達の後をついて行くジハードの瞳に、訝しげな集団が映った。
集団は町外れからこちらへ、真っ直ぐと向かってきている。



「あれ、なんだろ……?」


それに気づいたティエルも、ふと表情を曇らせてそちらを見つめた。
辺りを歩いていた通行人達も一体何事かと、皆次々に町外れの方を向き始める。

物凄い勢いでこちらへ向かってくるのは、ざっと100人くらいの粗暴な風貌の男達であった。
手には剣、棍棒、オノとそれぞれ武器を構えている。




「も、もしかして……あれ盗賊じゃないか!?」
「盗賊よ……!!」

ようやくそれが盗賊団だと悟った通行人達は、皆大きな悲鳴を上げて逃げ出し始めた。



「なんで盗賊達が……もしかして、町外れをアジトにしているっていう噂の!?」
慌てて向きを変えて逃げ出したティエルは、後ろを振り返りながら叫ぶように言葉を発する。

「わ、わたし本物の盗賊団初めて見たぁー!!」




「きっと奴らは廃墟に潜んでいて襲撃の機会を伺っていたんだ。それがたまたま今夜だったってことだね」
すっかり疲労してしまっているジハードは、既にぜえぜえと息が荒い。

「何というか……ついてないよ……」



「盗賊達に殺される前に、早くこの町から逃げ出しますわよ。宿に戻ってサキョウ達に知らせなきゃ!」
必死の形相で駆けながら、リアンが宿の方向を指し示した。







+DeadorAlive+