| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第11章+華の都セレステール 第122話 ハーピーの青年 女性に言われたとおりに中央の広場に向かっていくと、段々と人の数が増えていく。 ティエルは先程から隣を歩くジハードの様子が気にかかっているのだが、 彼女の予想に反してジハードは至って普段と変わらぬ様子で歩いていた。 しかし先程確かにティエルは見たのだ。彼の表情に一瞬だけ影が差したのを。 そこでようやくジハードは、自分を見つめるティエルの様子に気づいたようで、顔を少しだけこちらに向ける。 「なんだい、ティエル? ぼくの顔をじろじろと見て。そんなに見つめられたら穴が開くよ」 「……だってジハード、さっき辛そうな顔してたじゃない。ハーピーさん、見に行かない方がいいんじゃない?」 「ありがとう、心配してくれているんだ?」 そんなティエルの言葉に彼は暫くの間沈黙するが、やがて笑みを浮かべてやんわりと口を開く。 「ぼくは平気だよ。……ハーピー族っていうのはさ、人間と鳥が混ざったような種族でね。 ぼくら不死鳥とほんの少しだけ似た位置に属する者達なんだ。まぁ、ぼくらは完全な人型だけれど」 「ふうん、そうなんだ」 そんな話を続けていると、やがて広場に辿り着いた。 さらに人でごった返していたのだが、ジハードはそんな状況も全く意に介さずスタスタと進んでいく。 人をかき分け最前列まで進み出たティエル達の目に映ったものは、 手を拘束されているボロ布のような羽を持った青年の姿であった。 元の顔が判別できなくなるほど殴られ、がりがりに痩せ細っており、物言わずぐったりと項垂れている。 ──ひどい暴行を受けていたのだろうか。 ビクビクと時折痙攣している様子から、彼はまだ生きているようだ。 「……えぐい事をしますわね。あのひとまだ生きているみたいでーすわ……ってジハード!?」 目の前の光景に思わず眉をしかめたリアンの隣を抜け、ジハードは静かに青年へ歩み寄って行った。 「貴様、この立ち入り禁止の札が読めんのか!? ええい、後ろに下がらんか!」 当然警備をしていた兵士達の目に留まり、彼の前にサッと立ちはだかる。 「ん? その顔……お前東の方の民族だな。字すらも読めない低脳の大陸の出身か?」 「……ごめん。無理なお願いだとは分かっているけれど、そこを通して欲しいんだ」 そう言いながら静かに頭を下げたジハードに、兵士二人は口元に嘲笑を浮かべた。 「本当にこいつ、言葉すらも分からない馬鹿だな」 「さっさと下がらんと城に連行するぞ? 大方隙を見てハーピーを盗もうと考えてるんだろうが」 しかし温厚なジハードには珍しく、彼はそのまま兵士達を押しのけて歩き出す。 周囲で見物していた町人達も、一体何の騒ぎだと口を閉ざして彼を見つめていた。 暫く呆気に取られていた兵士達だったが、ハッと我に返るとジハードの肩を強く掴む。 「おい小僧、牢にぶち込むぞ……っ!?」 「お願い行かせてあげて!」 「まあまあ、皆の者少しは落ち着け。カッカしていると身体に悪いぞ」 突然ロープを飛び越えて兵士に飛びついたティエルと、ヌッと前に立ちはだかるサキョウ。 「一体何の騒ぎだ!」 サキョウの体躯に少々怖気づいた兵士達に加勢するように、新たな兵士達が駆けつけてくる。 その彼らの足に向かってわざとらしく杖を突き出し、彼らを転倒させたのはリアン。 「な、なにをする!」 「あーら、ごめんあそばせ。わざとじゃないんでーすのよ」 背後での大騒ぎをよそに、ジハードは静かにボロボロの青年の前に立った。 「あなたは……ハーピー族の青年だね。可哀相に。何故捕まったんだい?」 骸骨の様に痩せ細っていても尚生き続けている青年に向かって、怯えさせないように優しく口を開く。 「本来おとなしい種族のあなたが人間を襲ったとは考えられない。……どうして、こんなことに」 今まで死んだように無反応だったハーピーの青年は、その優しいジハードの声にうっすらと目を開く。 しかしその瞳はどこまでも虚ろで、生気を全く失っていた。 ──ジハードに何か伝えたいことがあるのだろうか。 青年は口をぱくぱくさせながら、ジハードに向かって必死に言葉を発そうとしていた。 だがそれは、掠れた虚しい音にしかならない。 「大丈夫、きっと良くなる。今傷を治してあげるから」 稚児めいているが、どこか長い齢を重ねたような顔立ちに柔らかい笑みを浮かべたジハードは、 スッと静かに右手をハーピーの青年の胸に当てる。 暫くすると手の平から淡い緑の光が溢れ始め、ほんの僅かであるが彼の傷を癒していく。 しかし、そんな治癒魔法もほんの気休め程度であることはジハードも理解していた。 どんな処置をしようとも、この青年は長くは持たないだろう。 「……森で、歌……を……歌っていた……。そしたら……この国の王子が……近寄って……きて……」 ジハードの治癒魔法が少し効いてきたのか、ハーピーの青年は呟くような小さな声を発した。 「……ろ……して……」 「え?」 窪んだ目でこちらをジッと見つめながら、青年は掠れた声を発した。 「……お願いだから、僕を殺してくれ……。苦しいのは……もう、いやだ……」 思わず魔法を中断し、言葉を失ったジハードに向かって青年はもう一度だけはっきりと言葉を発する。 「僕を……殺して」 「あなたがそれを望むのなら」 暫く迷ったように視線を泳がせていたジハードだったが、やがて青年の手を握り締めて静かに頷いた。 「この小娘、離せ!」 「うわあっ!」 行かせまいとしがみ付いていたティエルを突き飛ばすと、兵士はジハードに向かって駆け出した。 「おい、貴様……」 「氷雨陣!!」 その瞬間。 ジハードの手の平から発せられた氷の刃が、寸分の狂いもなくハーピーの青年の心臓に突き刺さる。 血が飛び散り、彼の顔や頬に点々と付着した。 「な……なんてことをしてくれたんだ、王の所有物を殺害するなど……!」 広場は水を打ったように静かになる。 顔を青くさせながら、兵士は震える指でジハードを指さした。 「貴様、とんでもない事をしでかしてくれたな!」 「何故……こんなことをしてまで、彼を晒し続けるんだい? 自分の身に置きかえて考えてみたこと……ある?」 氷の魔法の余韻で急激に下がった温度のため、白い息を吐き出しながらジハードが振り返る。 その大きなスカイブルーの瞳はどこか霞んでおり、言いようのない不思議な色を醸し出していた。 「……罰は受けるよ。それくらいのことを、ぼくはしたのだから」 すでに周囲は駆けつけてきた兵士達に囲まれており、突破は出来そうもない。 「あらまあ、これは一体何の騒ぎなの?」 「皆の者下がれ、エルフィ様のお通りだ! こら、下がれ下がれ!!」 場にそぐわぬのんびりとした声が発せられると同時に、サッと人垣が割れた。 見ると随分と豪勢な御輿がこちらにゆっくりと向かってきているようだ。 その御輿の窓から、一人の女性が顔を覗かせている。 金色の長い巻き毛。フリルが惜しみなく使われている、フワフワとした絹のドレス。空色の瞳。 どこかで見たことがある顔だな、とティエルが首を傾げた時、隣に立っていた兵士が恭しく頭を下げる。 「ははっ、姫様ご機嫌麗しゅう! ……実はこの者達がハーピーを殺害してしまいまして……」 「……この者達?」 兵士の言葉に長いまつげを数回瞬いたエルフィ姫は、ようやく視線をティエル達に移動させた。 その瞬間、顔中にこぼれる様な笑みが広がる。 「ティアイエル様!?」 歓喜の声を上げると、エルフィは呆気に取られている兵士達をよそに御輿から勢いよく飛び下りると、 そのまま硬直しているティエルの両手を握り締めたのだ。 「!!?」 「ひ、姫! エルフィ様!? その者はハーピーを殺害した者の仲間でして……」 顔を青くさせたり赤くさせたりしながら、兵士は状況が飲み込めない様子でティエルとエルフィに駆け寄っていく。 「一刻も早くこの者たちを牢に入れなければ!」 「……いいえ。その必要はないわ」 ようやくティエルから離れたエルフィは、くるりと兵士に向き直ると花のような笑顔を浮かべた。 「この方達はわたくしの大切なお客様。丁重にお城にお連れして。勿論牢ではなく、最高級の客間へ」 +DeadorAlive+ |