Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第11章+華の都セレステール

第124話 Moonlight waltz -1-





カツカツと足音を響かせ、セレステール国王子・セイファは真っ直ぐに王の間に向かって歩いていた。
美しい金の刺繍のついた白いマントを時折払い除ける様は、まるで夢のように優雅である。

すれ違う女官達は皆、彼の姿を一目見ただけで頬を紅潮させていた。


それを満足そうに眺めると、会釈のサービスも忘れずに、セイファは王の間の扉の前に立つ。
見張りの兵士に軽く目配せをすると兵士は畏まった様子で敬礼し、王の間の扉を開けた。





「父上、セイファが参りました」
「おお……セイファ、待っておったぞ。人払いはしておる、近う寄れい」


王座には赤く長いガウンを羽織った壮年の男が、嬉しそうにセイファを手招きをしていた。

ツルツルに禿げ上がった頭に、赤く染まった鼻。子供のようにきらきらと輝いている瞳。
その身体の丸い曲線も手伝って、随分と人懐っこそうな印象を受ける王である。



この者こそが、セレステール王国を治める『お祭好きの』バルバロ四世なのだ。




「聞くところによると、メドフォードの姫君がいらしているとか。パーティの時にお会いするのが楽しみじゃ。
それにメドフォードは今大変な状況ではないか……エルフィも言っていたが、できる限りの協力はしたい」

豊かな白いあごひげを撫で付けながら、バルバロ王はすうっと目を細くする。


「メドフォード王国のミランダ様には、ワシも若い頃大変世話になった……本当に偉大なお方だった。
それがこんなにも早く崩御あらせられるとは……ワシは世の中というものが無情でならぬ……」




「父上、思い出話はそれくらいにして……一体何の御用で僕をお呼びになられたのですか?」
父の昔話が始まると長いのを知っているセイファは、少々ゲンナリとした様子で口を開いた。

「先程僕が話した、ティアイエル姫君が探しておられる『スペル』とやらに関するお話でしょうか?」




「まぁそうなのじゃが……」
思い出話に浸っていたバルバロ王は目じりの涙を拭うと、落胆したように肩を落とす。

「随分昔になるか……この城に異国の旅の商人が立ち寄ったであろう。
ほれ、何か一つでも買わんと帰らぬとごねて、実に無茶苦茶な事を言っておった者じゃよ」



「ああ、その者ですね。結局門番の者が無難な品物を買ってやって追い出したと聞きますが」


「それでのう、その品物がどうにも怪しい物らしくて……夜になると不気味な声を発するのじゃよ。
主はどこだ、我が主イデアの継承者はどこだ……と夜な夜なうめき続ける不気味な水晶なのだ」




「我が主イデアの継承者? それはもしや、ティアイエル姫が探しておられるイデアのスペルとやらでは?」
額にかかった柔らかな金髪を優雅な仕草で後ろに撫で付けると、セイファは声のトーンを落とした。

「封魔石イデアを所有していない我が王国にとっては無用な物。姫君にお渡しすればいいではないですか。
ここで大国メドフォードに恩を売っておけば、後々の為にも良いことだと思われますが」




「セイファ、なんて事を申すのじゃ……まったくお前は誰に似たのか……」
我が子の狡猾さに些か落胆した様子で、バルバロ王はフウと軽い溜息のようなものをつく。

「その不気味な水晶玉は一応城の倉庫に安置しているが、無論メドフォード姫君にお渡しするつもりだ。
しかし、万が一それが邪悪な水晶玉で、ティエル姫にもしものことがあったら……」


そう言うと、心配性のバルバロ王はガックリと肩を落とした。




「ハハハ、父上は相変わらず心配性ですなあ。大丈夫ですよ」
スッと優雅な一礼をすると、セイファは美しい顔に満面の笑みを浮かべる。

「その万が一、の出来事があったとしても……僕がいるではないですか。僕がティエル姫と国を守りますよ」


「うむ……そうじゃのう」
「それでは、僕はパーティの準備がありますので。ご婦人方も、僕の新しい衣装を期待されていますし」


そう言うとクルッと身体の向きを変えたセイファは、足音を高らかに鳴り響かせながら王の間を後にした。





夜も更け、空にはレモン色の満月が浮かんでいた。遠くからは優雅な音楽が流れてくる。
星空の下、リアンはパーティ会場から少し離れたテラスに座り込んでいた。

時折吹いてくる風はどこか心地よく、火照った身体を冷ましてくれる。




「……なんだ? 貴様こんな所で一人何をしているんだ」
その時。頬杖をついて座っていたリアンの耳に、どこからか聞き慣れた低い声が聞こえてきた。


──クウォーツの声は何故こんなにも、低いながらによく通るのだろう。
そんなどうでもいい事を考えながら振り返るが、肝心の彼の姿は見受けられない。



「あら? ……どこにいるんですの?」
「ここだ」

キョロキョロとしているリアンの前に、黒い影が飛び下りてくる。どうやら彼は屋根の上にいたようだ。




「……あなたって、どうして普通の登場の仕方ができないのかしらね」

「大きなお世話だ。それより、貴様会場の方にいたのではなかったのか?」
飛び下りた衝撃で少々乱れた青い髪を軽く整えると、クウォーツは明るい光が洩れる会場の方を指す。


「貴様はこんな派手な催し事が好きそうだと思ったが。ふん、その感覚がいまいち理解できんがね」




「……あそこにいると、あの金髪優男王子が付きまとってきて本当にうるさいんですのよ」
座り込んだまま、リアンは肩にかかった長い髪を後ろに払い除けた。

「そうでもなければ、私がこんな所に一人でいるわけないでしょ? あーあ、美しいって罪なことですわ」




「満更でもなさそうに見えたがな。貴様に好意を持つ男など、今生二度と現れないかもしれんぞ?」

「じ、冗談じゃないでーすわ! あんな格好ばかりつけたキザったらしい男は大っ嫌いなんですのよ!!
はっきり言って虫唾が走りますわ。──勿論、あなたを含めてね」




「おやおや……そこまで嫌われてしまうとは、実に残念なことだ」

リアンの言葉にクウォーツはおどけた様に胸に手を当て、彼女に向かってふわりと優雅な一礼をした。
その動作はあまりにも自然すぎて。だがどこか甘い口調とは裏腹に、瞳は完全に冷めていて。


彼は今まで幾人に、こんなにも冷めた瞳で心にも思わぬ甘い言葉を語り続けてきたのだろうか。




「ほんとに嫌味な言い方ね。……あなたって、本気で人を好きになったこと。……ないでしょう」


「何回も言わせるな、私は他人に愛情を持つことはない。大体そんな感情は最もくだらないものだろう。
まるで幻のように儚く脆い、そんな馬鹿げた感情に左右される者は弱い者だけだ。……違うか?」




「……」
月を見上げながら淡々とした口調で話すクウォーツを、リアンはどこか悲しい眼差しで見つめた。


「……可哀相な人」




「なんだと?」

表情が一転し、クウォーツはしゃがみ込んでいるリアンに凍り付くような視線を向ける。
その表情はまさに『悪魔』としか言いようのない、彼の本性が垣間見れるような冷徹な表情であった。




「誰も愛したことのないあなたが。誰にも愛されたことのないあなたが。愛を知らないあなたが、可哀相」
「……!」



「とても可哀相で。……哀れ」

しかしリアンはそんな彼を前にしても臆することもなく、もう一度呟いた。
その瞬間。クウォーツの顔に殺気を含んだ残虐な表情が横切ったが、すぐに普段の無表情に戻る。



「……暖かくなってきたとはいえ、いつまでもこんな所にいると冷えるぞ」
同じく、いつものように何の感情も読み取れない声で呟いたクウォーツは、背を向けて歩き出した。




……殺気だけで、相手の息の根を止めてしまえそうである。
あの時、一瞬だけ彼は『クウォーツ』ではなく、『吸血鬼クウォルツェルト』であったのだ。

それでもリアンは表情一つ変えることなく、去って行くクウォーツの後ろ姿を黙ったまま見つめ続けていた。















王宮で賑やかなパーティが行われている中、ジハードは人通りの少なくなった城下町を歩いていた。
向かっている方向は昼間ハーピーの青年が捕らえられていた、あの広場である。


あんなにもごった返していた広場なのだが、さすがに夜も更けると見物客は見受けられなかった。



見張りの兵士もおらず、ハーピーの青年の死体も既に片付けられている。
しかし、ジハードが氷の刃を彼の胸に突き刺した時に飛び散った血の跡はそのままであった。




「……ぼくは間違ったことをしたのかな。あなたを殺すこと以外に、救える方法はあったのかもしれない」

赤く染まった石畳の前まで歩み寄ると、彼はしゃがみ込んでその血の跡を指でなぞる。
血は既に乾燥しきっており、指で触れると擦れたのか、うっすらと赤い色が付着した。



「けれど……ぼくでは、あなたを救うことが出来なかった……」
静かな風で揺られる透き通った白い髪の下には、少女と見紛うような中性的な顔があった。


「……すまない」



そんな彼は、少年にしては高音な、少女にしては低音な声を発した。
月明かりの下で一人ジハードは、まるでハーピーの青年に懺悔をするように目を閉じ深く項垂れた。







+DeadorAlive+