Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第11章+華の都セレステール

第126話 赤鼻の国王バルバロ





ティエルの元までゆっくりと歩み寄ってきたバルバロ王は、目を細めて懐かしそうに微笑んだ。


見るからにひとの良さそうな丸々した顔に赤い鼻。
昔、眠れぬ夜にゴドーが読んでくれた物語に出てくる登場人物のような王であった。

雪の降る夜。一年に一度だけ、良い子にしている子供達にプレゼントを運んできてくれる老人に。




どこかそれに懐かしさを覚えたティエルであったが、ハッと我に返ると慌てて頭を下げてお辞儀をする。
隣では王の登場に戸惑っているのか、さすがのリアンも一瞬だけ驚いたような表情をしていたが。




「お初にお目にかかります王様! 突然の来訪でごめんなさい。わたし、メドフォードの王女ティアイエルです」

礼儀も何もあったものではないティエルの自己紹介に対しても、バルバロ王はニッコリと笑みを浮かべる。
そして皺だらけの手を、俯いているティエルの頭にそっと優しく乗せた。



「そんなに畏まるでない。大きくなったのうティエル姫……。ワシとそなたは初対面ではないぞよ。
ホレ、覚えておらんか。ボール遊びや、一緒に折り紙を折ったこともあったのう」

「……?」
王の言葉に顔を上げたティエルは、目をぱちぱちと瞬いて首を傾げて見せる。




「ううむ、覚えておらんのも無理はないか……ワシは昔、そなたの国によく訪れていたのじゃよ。
そなたの祖母であるミランダ様には、昔大変お世話になったのじゃ」


そうか、とティエルは思った。
バルバロ王を一目見たとき、どこか懐かしさでいっぱいになった気がしたのは。


「あの恐ろしい事件があってから、ミランダ様もめっきりおやつれになって……」




「……あの事件??」

「う、うむ、ゴホン、いや、なに。何でもないのじゃよ」
急にぎくりとした様に表情を強張らせたバルバロ王であったが、すぐに元に戻してみせる。


「そうじゃ。セイファから聞いたが、ティエル姫は我が王国のイデアのスペルとやらを求めているそうじゃな。
そのような物は確かにある……そなたの役に立つものならば、遠慮せずに持っていくがよい」




「本当!? やったぁ、ありがとうございます!!」
「良かったですわね、ティエル!」


「いやいや……ワシも昔、ミランダ様には本当に世話になった。できる限りの協力はしたいのじゃ」
思わず飛び上がりながら手を取り合って喜ぶティエルとリアンを、王は眩しそうに見つめる。

「困ったことがあったら、何なりと申してくれ」




「ありがとうございます、王様。こういう時、王女として何て言えばいいのか分からないけど……。
ああ、もう、礼儀作法の授業をちゃんと聞いていればよかった!」

必死に感謝の言葉を述べようとしているティエルだが、なかなか良い言葉が思い浮かばない。
しかし、やがて見る者を惹きつけるような惚れ惚れする笑顔を浮かべて微笑んだ。



「……感謝しています。このご恩、絶対忘れません」




その笑顔に暫し見惚れていたバルバロ王だったが、彼も同じように微笑んで見せる。
そんな時、辺りにセイファの声が響き渡った。

「さあさあ、お待ちかね。僕が狩りの時に捕らえた、面白い生き物を皆さんにご覧入れましょう!」
何やら赤い布をかぶせた四角い箱が運ばれてくる。少し大きな鳥籠の様なサイズであった。




「うわー、一体王子が何を見せてくれるか見物ですわね」
既にバルバロ王は王座の方へと歩き始めているので、遠慮なくリアンが嫌味を呟く。



「……あら、こんな所にいらしたのティエル姫! わたくし、ずっとあなたを探していたのよ」
ふわふわとした水色のドレスに身を包んだエルフィが、実に優雅な足取りでこちらに向かってきた。

「またお兄様の自慢が始まったわね。いつものことだから、無視して結構よ」




「でも、パーティまで開いて見せたがる『面白い物』っていうのも気になるんだけどなぁ……」
ホールの中央で貴婦人達に囲まれ、機嫌良さそうに語っているセイファにティエルは視線を向ける。

「エルフィ姫、何か知ってる?」


「わたくしは知りませんわ。けれど、お兄様のことだから……どうせ変なものだと思うのだけど」
どこか毒のある発言をしたエルフィは、ティエル達に向かって恥ずかしそうに笑みを浮かべた。


「あら、いやね。わたくしとしたことが」




妹にそんな事を言われているとは夢にも思わず、女性達に囲まれて上機嫌であるセイファは、
パチンと指を鳴らして側の従者に合図を送る。

その合図に深く頷いた従者は、四角い箱に被せられている赤い布を一気に取り払った。
……小さな檻の中にいたのは銀色をしたトカゲのような生き物であった。




「どうです、レディ達? 可愛いでしょう。この珍しい銀色トカゲは、先日の狩りで捕らえたものなんですよ」
小さなトカゲの姿を見て、口々に可愛いと連発する婦人達に向かってセイファが胸を反らした。

「これがなかなかすばしっこくて、捕らえるのに一苦労いたしました」





「銀色のトカゲか……なかなか珍しいものであるな。セイファ王子が自慢をしたがるだけのことはある」
セイファを中心とした人の輪から大分離れたところで、サキョウは感心したように言葉を発する。

「しかし、上流貴族の女性達はトカゲを可愛いと言うのか? 貴族の趣味はよく分からんなぁ」



「……銀色のトカゲ? 何か引っかかることがあるような、ないような……」
そのサキョウの言葉に、ジハードは何かを思い出そうとしている表情で眉をしかめた。

「うーん……どうも重要なことを忘れているような気がするのだけど、それが何かは思い出せないや」




一方、向かい側では同じく人の輪から外れているティエル達がいた。
「へえー、銀色のトカゲさんかぁ。銀色のトカゲなんて見たこともないや。すごく綺麗だね」

「やぁだ……トカゲを可愛いなんて言っている、あそこの女性達の気持ちが分かりませんわ。
私、マッチョも生臭いのも苦手ですけど……ああいう爬虫類もご遠慮したいでーすわ」


素直に感心しているティエルの隣で、リアンがガックリと肩を落としながら口を開く。




「セイファお兄様にしては、随分とまともなものだわ。いつも変なものばかりを捕らえてくるから……」
狩りの話を自慢げに始めているセイファを見つめながら、エルフィは首を傾げて見せた。

「そんなことよりも、ティエル姫はずっと旅を続けているのでしょう? そのお話を聞いてみたいわ」





「何だったっけなぁ……とても重要で、忘れちゃいけないことなんだけど……」
頬杖をつき、ジハードは遠くに見えるセイファとトカゲの檻を見つめながら溜息をつく。

そんなジハードの心配もよそに、セイファは檻の中に手を突っ込んでトカゲを撫でて見せた。
痛いほど強く撫でられているのだが、トカゲはおとなしくジッと動かずにいる。



「ほら、大丈夫。おとなしいでしょう? すばしっこい割には一回捕まえると本当におとなしくてね。
ハハハ、観念したのでしょうかね」



それに安心した婦人達も、次々に檻に手を突っ込んでトカゲに触れ始めた。

「あら、本当! おとなしいですわ。セイファ様に懐いているのかしら」
「とても美しい銀色だこと! まるで銀の細工物のようだわ」




そんな様子を目を細めて眺めていたジハードだったが、その目がハッと見開かれる。
──思い出したのだ。銀色のトカゲの本当の正体が。……何かを。



「絶対に尾を引っ張ってはいけない! これはトカゲじゃない、ヴリトラ幼体の仮の姿だ!!」

「──え?」
ジハードの大声に振り返ったセイファの右手は、銀色のトカゲの尾を掴んでいた。




「ヴリトラ……ドラゴン科の手も足も無い蛇型の竜。尾を引いたとき、その本来の姿に戻る──!」

そうジハードが言い終わらぬうちに小さな銀のトカゲは一瞬激しく痙攣したかと思うと、
眩い光と共に一気に檻を突き破って巨大化する。


……まるで巨大な蛇である。水を浴びたかのように、ぬらぬらと光る銀色の表皮。
全長8メートルほどの長さであるが、これほどの大きさでもまだ幼体というのか。




「わ……わわ、わ──っ、なんだーっ!!」
「きゃぁぁぁっ!?」

「ば、化け物だ──!!」
「逃げろ、早く逃げるんだっ!!」




「ん……?」

パーティ会場の屋根の端に一人立っていたクウォーツは、下の方が異常に騒がしいことに眉をひそめる。
見ると、着飾った紳士淑女達が大慌てで会場から飛び出してくるではないか。


どうやら会場の方で何かあったらしい。この様子からすると、ただ事ではないようである。



「また面倒事か。……ま、どうでもいいがな」
しかしクウォーツは、何事もなかったかのように涼しい顔でそれを眺めているだけであった。







+DeadorAlive+