| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第11章+華の都セレステール 第127話 ヴリトラ幼体バトル-1- 「なっ……ななな、一体何なんだこれはァ!? だって、さっきまで小さなトカゲだったじゃないか!」 腰を抜かして逃げ遅れたセイファが、目の前の巨大なスネークドラゴン・ヴリトラを指して叫ぶ。 逃げ出せた者は運がいい。腰を抜かしてその場に取り残された者、失神してしまっている者もいるのだ。 「パーティだからって、部屋にイデアを置いてこなくて本当に良かった……。 やっぱりリアンの言ったとおりだね、人生何があるか分かったものじゃないって」 万一のために随時背負っていた白銀の美しい大剣、封魔石イデアを右手で引き抜いたティエルは、 同じく隣で愛用のロッドを構えたリアンへと顔を向けた。 「そうですわよ、人生は先が見えないからこそ楽しいんだってね。……けど、これはあまり楽しくはないですけど」 ロッドをくるくると回転させながら振り返ったリアンだったが、 先端の水晶玉に微かな光が集まっていることから、既に呪文の詠唱は完成しているらしい。 一方、ヴリトラは目の前で腰を抜かしているセイファに狙いを定めたようである。 大きな口をカッと開けると、ベチャベチャとした粘着質の唾液がセイファの赤いマントに降り注ぐ。 「う……うわあぁっ、汚いじゃないか! 新しいマントなのに……!!」 「お兄様、そんな事を言っている場合ではないでしょう!? 今こそお兄様の剣の腕を見せて下さいまし!」 兄に危機が迫っているというのに、実に冷静な様子でエルフィが大声を発した。 「セイファお兄様は、凶悪なトロルを倒したほどの剣の腕の持ち主なのですからね!」 「……そうなの? あ。そういえば、そんな事言っていたっけ」 エルフィの言葉にティエルは素直に感心する。 月鏡の塔で出くわしたあのトロルを一人で倒すことができるのならば、相当の剣の腕の持ち主だろう。 振り返れば、バルバロ王が駆けつけた兵士達に向かって何か大声で叫んでいた。 恐らく応援の兵士達を呼ばせているのだと思われる。 それから視線を再びセイファに移動させると、彼は剣を抜いてヴリトラに向かって構えていた。 「も……勿論だとも、エルフィ。この僕に勝てない魔物などいないよ。さあ、僕が相手になろう!!」 ──彼、本当に大丈夫なのかな、 とティエルが不安そうに表情を曇らせたことに気づいたエルフィは、自信満々に口を開く。 「大丈夫よ、ティエル様! ああ見えてもお兄様は決めるときはしっかり決めるんですの。 それはこのわたくし、妹であるエルフィが一番よく分かっているわ。今は敵を油断させているだけで……」 そうエルフィが口を開くと同時に、ヴリトラが牙を剥き出してセイファに向かって突っ込んでいった。 しかしセイファは剣を構えたまま動かない。 その刹那。セイファの様子がどこかおかしいことに気づいたジハードが、地面を蹴って駆け出した。 「──間に合え! 極陣・爆破陣っ!!」 急に飛び出したのでヴリトラとの距離が測れず、ジハードのほぼ超至近距離で極陣が発動してしまう。 勢いづいて、自分の極陣に足を踏み入れてしまったのだ。 目の前が爆発すると同時に爆風で吹っ飛んだのか、セイファに向かってジハードが突っ込んでくる。 セイファは思わず支えたのだが、ジハードのあちこちから流れる血を見て顔を青くさせて狼狽し始めた。 「うわぁっ、血! 血だっ、僕、血は苦手なんだよ……!!」 「う……しくったな……」 額から流れてくる血をすぐさま手の甲で拭ったジハードは、キッとセイファに鋭い眼差しを向ける。 「その剣はただのお飾りかい? ねぇしっかりしてよ、あなたはトロルを倒したのではなかったの!?」 「ジハード、セイファ王子殿! ヴリトラはまだやられてはおらぬぞ!!」 近づいてくるサキョウの声。 煙の中から姿を現したヴリトラは出血していたのだが、その傷が見る見るうちに治っていくではないか。 ジハードとセイファに喰らい付こうとしたヴリトラに向かって、サキョウがうなり声を上げながら飛び掛る。 「うおおおおぉ!!」 サキョウによって動きを封じられたヴリトラは、彼を振り落とそうと滅茶苦茶に暴れ始めた。 ガシャンとテーブルが倒れ、グラスが次々に砕け散る。 「サキョウ、伏せて!」 杖を構えたリアンが叫ぶと同時に、サキョウはヴリトラから離れて地に伏せた。 「いきますわよ……ライトニングサンダー!!」 バリバリバリ、と耳をつんざく様な轟音と共に、弾け飛んだ稲妻がヴリトラに絡みつく。 「キシャアァァァァ!!」 直撃を受けて黒い煙を発しながら、怒りの声を上げたヴリトラは長い尾をリアンに向かって振り回した。 それを避ける間もなく、彼女は壁に叩きつけられてしまう。 「リアンっ!! ……やあああぁぁぁっ!!」 手にしっかりと握ったイデアの感触を確かめると、ティエルは叫びながら駆け出した。 灰色の封魔石イデアを使うようになってからまだ日も浅いが、 それは以前からずっと使い続けていたかのようにティエルの手にしっくりと馴染んでいる。 決して目の前にいるヴリトラが怖くないわけではない。できるなら、逃げ出したいほど怖かった。 けれど。戦う。大切な者を失う怖さに比べたら、こんな恐怖など比べ物にもならない。 ヴリトラの前まで辿り着いたティエルは振り下ろされた尾を避け、 既に先程受けたリアンの電撃の傷も塞がりつつあるヴリトラの表皮を、力を込めて一直線に引き裂いた。 パックリと裂ける緑の傷口。しかしそれも束の間で、すぐに回復を始めてしまう。 王の命令で駆けつけた兵士達が弓矢を射るが、ヴリトラの硬い表皮で弾かれてしまっているものが多い。 「傷がすぐに回復してしまうなんて……まさか不死身!?」 イデアにベットリと付着した緑の体液を振り落としながら、ティエルは震える声でそう呟いた。 「……ヴリトラはどんな致命的な傷も、驚異的な早さで回復してしまう特殊な身体を持つんだ」 隣に、いつの間にかリグ・ヴェーダを手にしたジハードが立っていた。 先程の爆発の傷も気休め程度に治っている。もっと時間があれば完治できたのであろうが。 「本来はおとなしい生き物なのだけど。……戦うのは正直気が進まないね」 辺りを見渡すと、未だ腰を抜かして逃げ出せていない者達もいる。勿論エルフィ、セイファもだ。 兵士達も彼らを助けようと必死なのだが、どうにもヴリトラが暴れている所為で救出できないようである。 「ここは一度ぼくの不動陣で動きを止めて、残っているひと達を逃がした方がいいね」 そう言ってリグ・ヴェーダのページをめくり始めたジハードだったが、その顔に緊張が走る。 暴れていたヴリトラの尾が、こちらに向かって飛んできたからだ。 「……ティエルっ、危ない!」 咄嗟に彼女を突き飛ばしたジハードは、尾の直撃を受けて向かいの壁に叩きつけられてしまった。 「ジハード!!」 思わず駆け寄ろうと走り始めたティエルの前には、ヴリトラが立ちふさがる。 横目でホールの隅を見ると、サキョウによって介抱されているリアンの姿が見えた。 向かいの壁には激しく咳き込んでいるジハードの姿。 彼の元に駆け寄るか、目の前のヴリトラを倒すか。どちらを先にするか。 その答えを瞬時に出したティエルは、一直線にジハードに向かって駆け出した。 しかしそんな彼女を見逃してくれるはずもなく、ヴリトラは首で天井を突き破りながら大きく咆哮する。 勢いづいた首で、そのままティエルを叩き潰そうというのだろうか。 天井の一部分が派手に崩れ落ちてくる。ティエルは慌てて両手で降ってくる瓦礫を防いだ。 それと同時に、頭上からヌルヌルとした緑色の液体も降り注いでくる。 ──血だ。それも、ヴリトラの。 恐る恐る顔を上げて見ると、眉間から緑色の血を吹き出しながら叫び声を上げるヴリトラの姿。 「突然天井を突き破って蛇が現れたぞ。貴様らは一体何を相手にしているんだ?」 ぽっかりと開いた天井の穴から飛び降りてきたのは、血に濡れた妖刀幻夢を握り締めたクウォーツだった。 「? ……何なんだこいつは」 +DeadorAlive+ |