Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第11章+華の都セレステール

第128話 ヴリトラ幼体バトル-2-





「……で、この蛇みたいな生き物は一体何なんだ」



ひっくり返されたテーブルや割れたグラスに目を落としながら、クウォーツはティエルを振り返った。
その視界の端に、既に戦闘不能状態のジハードやリアンが映る。

「こんな雑魚にいつまで手間取っている。……貴様ら四人がかりでも倒せない相手なのか?」




「あのね、これはヴリトラっていって……」
ティエルが口を開きかけた時、何故四人がかりでも倒せなかったのかが判明する。


──そう。

先程ヴリトラが天井を突き破った時にクウォーツが妖刀幻夢で斬りつけた傷が、回復し始めたのだ。
ジュクジュクと生々しい音が聞こえ、泡を発しながら傷は見る見るうちに塞がっていく。





「成る程ね。そういうわけだったのか……。道理でこんなにも手間取っていたわけだ」


傷が完全に塞がるとヴリトラは、新たな獲物とみなしたティエルとクウォーツに向かって尾を振り下ろした。
ビュッと風を切る音。

自らの意思ではなく、ほぼ反射神経のみで避けたティエルと、難なくかわしたクウォーツ。
先程まで二人の立っていた床に尾が叩きつけられ、そこに蜘蛛の巣状の亀裂が入る。




動き自体はそんなに素早くはないので、一瞬のうちに至近距離まで踏み入れたクウォーツは、
ヴリトラの首付近を一文字に切り裂いて見せるが、やがてそれは目に見える速度で塞がっていく。


「……やはり無駄か」





ようやく意識がはっきりとしてきたジハードは、くらくらする頭を押さえながら辺りを見渡した。
近くにセイファがいた。エルフィにすがり付くようにして震えている。

先程までのあんなにも自信満々だった彼の姿は、もうどこにもない。




「増援部隊はまだか──!? 何が何でも王子と姫をお助けするのだ、時は一刻を争う!!」
兵士達が必死に彼らを助けようとしているが、ヴリトラの巨体に阻まれてどうすることもできないようだ。

それならば魔法で撃退すればいいのだが、人間の中で魔法を唱えられる者は数少ない。
そんな少人数の微力な魔法などで、このヴリトラが怯むとは考え付かない。



サキョウに介抱されているリアンを見やる。

彼女があんな状態では、今、大きな魔法でヴリトラを退けることができるのは自分しかいない。
とにかく避難できずに放心している者達を逃がしてやることが先決だ。




……その為には、兵士と自分達の間を裂くように暴れ回っているヴリトラの気を逸らさなくては。




そう決断したジハードは、地面に膝をついて一気に立ち上がった。全身に走る痛みの衝撃。
……最悪、骨が折れているのかもしれない。

なぐさめ程度に治癒魔法を自分にかけ、ジハードは一歩一歩ヴリトラに向かって歩き始めた。



「あうっ……!!」
立ち上がって進み始めたジハードと入れ代わりに、尾に払われたのかティエルが吹っ飛んでくる。


壁に激突したティエルは数回咳き込んでいたが、見たところ外傷は見受けられない。
彼女のことが気にかかるが、ジハードはまた一歩前に歩み出して呪文の詠唱を開始した。




動きを止めるだけでいい。ほんの数秒間でも、ヴリトラの動きを止めることができれば。




声にならないジハードの詠唱が耳に入ったのか、ヴリトラは振り返ると目の前の彼を見やった。
こんなにも小さな存在であるのに、その身体に纏う雰囲気は不釣合いなほど迫力があった。

まるでこの小さな身体に、とてつもなく大きな存在を無理矢理に押し込めているかのように。
どこか恐怖の感情に支配されたヴリトラは、カッと大きく口を開くとジハードに喰らい付こうとする。




「……!!」

ジハードは仕方なく詠唱を中断すると後方へ飛び退くが、激しい痛みと共に左腕上部が赤く染まった。
ズキズキとする腕を押さえるジハードに追い討ちをかけるように、ヴリトラは再び大口を開けるが。


その太い首を背後からサキョウが力一杯掴んだ。
そして風の速度で飛び出したクウォーツが、無駄とは知りつつもヴリトラに斬りかかる。




(もう一度だ……彼らが止めている間に、確実にヴリトラの動きを封じ込めなくては)

ジハードが一歩踏み出すごとに、赤い鮮血がぼたぼたと地面に流れ落ちた。
先程壁に打ち付けられた時の傷も加わって、気を抜くと意識を手放してしまいそうになる。




「な……なんでこんな事になっちゃったんだよ……くそうっ、あんな化け物だったなんて聞いてないぞ!?」

「お兄様、しっかりして……ねえお兄様!」
エルフィにしがみ付きながら、震えるだけのセイファが目に入った。




「……なんでって……なんでこんな事になっちゃったんだって……」
そのセイファの言葉に、血で白髪が顔に貼り付いたまま、ジハードはゆっくりと顔を彼の方へと向ける。

「よく知りもしない生き物を、面白いという理由だけで捕らえてきたからこんな事になったんだよ……?
ハーピーの時だってそうだ。彼を見世物にして。自分のしたことを、あなたは分かってるのかい!?」



温厚なジハードにしては珍しく声を張り上げると、腰を抜かしているセイファの胸倉を勢いよく掴む。




「勝手に興味の対象にされる側の気持ちも、少しは分かってやってくれよ! 命奪われる苦しさを!
……そんなこと、きっとあなたは考えたこともないだろうけど……!!」


所詮、一度狩られる側の立場にならなければ、この恐ろしさは分からないのかもしれない。
興味本位で目の前で殺される同胞。

──それは明日の自分の姿なのかもしれない。親の姿なのかもしれない。親友の姿なのかもしれない。




妖精族などは数が多いからこそ、人間達と上手く共存できている。
だが、数が少ない者達はどうだ。

無意味に殺害し、死体をコレクションにしている者たちもいる。生きたまま闇で売買している者もいる。
今回のハーピーの青年も生きながら見世物にされ、終わることのない屈辱を与えられていた。




そのジハードの言葉が聞こえたのか、少し離れたところでクウォーツが思わず唇を噛み締める。

彼は決して語らないが、今まで生きてきた中でそんな光景を沢山目にしてきたのだろう。
同胞が興味本位で殺され、辱められる様を。



そんなクウォーツの後ろから、なんとか気力が回復したリアンが歩み寄り、そっと彼の肩に手を触れた。





「あなたが……自分のしたことの意味を分かってくれることを祈って……ぼくはあなたを助けよう」

そう言うとジハードはセイファの腰付近に手をかざす。
彼の手のひらから淡い緑の光が溢れ、それはセイファの足を優しく包んでいった。

すると、今まで腰が抜けていて言うことを聞かなかった足が動いたのだ。



「──もう大丈夫、あなたの足は自由に動く。走って逃げることもできる。
この国はあなたの国だけど。それでも……それでも、戦う気がないのなら。……早く逃げるんだ」


にっこりと、だが、どこか寂しい笑顔を浮かべたジハードの顔を、暫し呆然とセイファは眺めていた。




それからジハードは立ち上がると、ふらふらとした足取りでヴリトラに向かって進んでいく。
全くの無防備なジハードの姿を見たヴリトラは、攻撃の手を止めて彼の姿を再びジッと見つめた。

その隙に兵士達が一斉にセイファとエルフィの元へ駆けつけ、彼らを無事に保護する。
だが、それでもセイファはジハードから目が離せなかった。




『自分のしたことを、あなたは分かってるのかい!?』




そんな大変なことをしたつもりはなかった。
ただ珍しい生き物を見かけたから、捕まえただけだ。皆の驚く顔が見たかっただけであった。

けれど、相手の気持ちは考えたことはなかった。相手にも感情があることを忘れていた。


……捕らえられた彼らは、一体どんな気持ちだったのだろう? 悔しい? 痛い? 憎い?
それがもしも、自分だとしたら……?




動きを止めたヴリトラと暫く見つめ合っていたジハードだったが、やがてフッと表情を和らげる。



「静かな森の中から、急にこんな人間が沢山いる場所に連れてこられて戸惑ったろうね」
優しい声。ヴリトラは静かに聞いていた。

目の前の脆弱な存在に喰らい付こうと試みたのだが、その優しい声を聞くとどうしてもできなかったのだ。
そんなヴリトラの様子に気づいたのか、ジハードはリグ・ヴェーダを静かに床に置くともう一歩だけ歩み寄る。




「……森に帰ろう。ぼくはもう何もしない。だから、──怖がらないで」



一片の恐怖も彼の中にはなかった。
ジハードは静かに歩み寄ると、鋭い牙が覗く口を開けたままのヴリトラの頭に優しく手を触れたのだ。


その瞬間。

巨大化した時と同じように一瞬だけヴリトラの身体が痙攣したかと思うと、辺り一面眩い光に包まれる。
次第に小さくなっていくヴリトラは元の銀色のトカゲの姿に戻り、ジハードに抱えられていた。



あの巨大な姿は興奮状態のものであり、それが収まったのだ。




そのヴリトラの様子を見て、安堵したように大きく溜息をついたジハードは皆の方へと振り返り、
傷だらけの顔で微笑みながら言った。


「……みんな、お疲れさま」







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