| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第11章+華の都セレステール 第130話 断罪のスペル 部屋をあとにして、ティエルはジハードとクウォーツの姿を求めて再び廊下を歩き始めた。 すれ違う女官達に会釈を忘れずに、白い廊下に差し掛かると。前方から見覚えのある人物が歩いてくる。 透き通るような銀糸の髪。青い衣装に、ひらひらと風によって揺れる特徴的な額の呪符。 そして遠い異国を連想させる頬のペイントをした、まるで繊細な少女のような顔立ちの少年。 「……ジハード!」 前から歩いてくるジハードの姿を目にしたティエルは、顔中に笑みを浮かべながら彼に駆け寄った。 「あれ、なんだか顔つき晴れ晴れとしてない? どんより落ち込んでいた朝とは全然雰囲気違うよ」 「そうかな?」 ティエルの言うとおりで、ここ数日落ち込み気味であったジハードの表情がどこか晴れ晴れとしている。 彼の特徴である柔らかい微笑みを浮かべたジハードは、リグ・ヴェーダを両手で抱え直した。 「……色々と考えていたんだ。やっぱり人間との共存は不可能なんじゃないかとか、 ぼくもいつかはあのハーピーの青年のように……大勢の前で見世物にされるんじゃないか、とか」 そこまで口にすると、ジハードの表情にサッと寂しさの色が通り過ぎる。 「でもね、信じてる。ぼくが人間を好きなように、いつの日か人間達もぼくらのことを好きになってくれると。 きっといつか、みんなで仲良く暮らせる日がくるって……ぼくは信じてるよ」 「……うん」 ティエルはジハードの一風変わった顔立ちを暫く眺めていたが、やがて静かに口を開いた。 「その日は来るよ。必ず、必ずね。……大丈夫だよ。だってわたしが、ジハードのこと、こんなに大好きだから」 「……」 真剣この上ない顔つきで言うティエルの言葉に、ジハードは半分笑い泣きのような表情で口元を歪める。 「ほんと、あなたたちって……なんでこうなんだろ。ほんとに……もう……みんなそろって」 それからジハードは軽くティエルの額にコツンと自分の額を当てると、呟くような小さな声で言った。 「ありがとう……」 ・ ・ ・ 一方。リアン達はそろそろ出発することをティエル達に伝えるために、彼女らを探しつつ廊下を歩いていた。 クウォーツは、探しに出かけたティエルと入れ替わるように部屋に戻ってきたのだ。 「いー天気ですわねー。絶好の旅日和でーすわ!」 「貴様の頭の中はいつもお天気だな。さしずめ、降水確率ゼロパーセントというところかね……」 「あらまあ何か言いまして? 一年中、頭の中が梅雨状態の根暗ヴァンパイアさん」 「何も」 彼らの大声に驚いて振り返る周囲の目も気にせずに口論を続けている前方のリアンとクウォーツを眺め、 サキョウはやれやれと肩を落として思わず苦笑を浮かべる。 「ほら、やめんか。皆見ておるぞ。……それにしてもティエル達は一体……おっ、おったおった!」 ようやく中庭でティエル達を発見したサキョウは、部屋を出る時に持ってきていた荷物を差し出した。 ティエルの隣にはエルフィ姫の姿も見える。 「そろそろ出発するぞ。一応荷物は持ってきたが……この袋だけでいいのか?」 「ありがと。うん、これだけでいいよ。昨日のうちに用意終わらせていて良かったー」 サキョウから荷物を受け取ったティエルは、一応中身を開けて忘れ物がないかを確認をする。 「今丁度エルフィ姫に会ったの。そんで、出発するって伝えたところ」 「ティエル姫がこの城を訪れたことは内密にしておきました。お父様の遠縁ということになっております。 あと……お父様はこの間の事件の後処理が忙しくて見送りには来れませんけど……」 手に何かを抱えたエルフィは、それをスッとティエルに差し出した。 「これはお父様から。スペルがどうとか言っておられましたけど……一応ご確認願えますか?」 「ス、スペル!? それじゃあ、こ、これがイデアのスペルなの……?」 恐る恐る手を伸ばし、エルフィからそれを受け取ったティエルは、赤い布をそっと開いてみる。 中には、手のひらサイズの水晶玉が包まれていた。重さは殆ど感じない。まるで空気のような軽さであった。 その水晶の中心には、淡い紫色の光を発する光の文字が刻まれている。 「断罪……罪人たちよ、己の罪深さを知れ……? これ、もしかして断罪のスペル!?」 ティエルが水晶の中に映る文字を声に出して読んだとき、突然水晶球がパリンと砕け散った。 「わっ!?」 思わず目を閉じたが、水晶の飛び散った欠片はキラキラとした光になって消えていく。 やがてハッと我に返ると、背負っていたイデアを抜いてまじまじと見つめてみた。 確か灰色の宝石の周囲には、ぽっかりと小さな五つの穴が開いていたはず。 しかし今見てみると、その内の一つに、以前からずっとそこにあったように紫色の宝石が輝いている。 五つあるスペルの一つ、『断罪』のスペルが復活したのだ。 「お……おおーっ、なんだかすごいね! ……でも、こんな大切なものを本当に貰っちゃっていいの?」 イデアを前にして感激していたティエルは、ふとそれをジッと見つめているエルフィに顔を向ける。 「ええ、勿論よ。それは封魔石イデアを手にしている者でないと、持っている意味がないのでしょう?」 エルフィはふわふわとした笑みを浮かべながら、ティエルの手を握り締めた。 「それにティエル姫、そして従者……いえ、お友達の方々はあの魔物相手に立ち向かって行って下さった。 これはお父様からのほんのお礼だそうよ。いえ、本当ならばもっとお礼をすべきなのだから」 「そっかぁ……じゃあ遠慮なく貰っちゃおうかな。王様に感謝してますって伝えておいてくれるかな?」 イデアを鞘にしまったティエルは、背後の仲間達を振り返り、そしてエルフィに向き直る。 「それじゃ、そろそろ出発しようかな。エルフィ姫、色々とありがと」 「……また会えるかしら、ティエル姫。あなたとは、いいお友達になれそうな気がするの」 ティエルの手を握り締めたエルフィの表情は、どこか寂しげであった。 「できればわたくしも、あなたの旅について行きたいわ。誘ってくれたら、わたくし城を抜け出すわよ」 「え!? ……ち、ちょっと、あの、エルフィ姫……うーん、ええと……リ、リアン達も見てないで助けてよ!」 「……うちの連中も変なのばかりですからね、もう誰が来たって驚きませんわよ。なぁんてねー」 しかしリアン達は笑みを浮かべたまま、面白そうにその光景を眺めているだけであった。 名残惜しそうに見つめるエルフィからやっと解放されたティエルは、疲れたような表情で歩き出す。 見送りは中庭まででいいとエルフィに言っておくのも忘れずに。 程よく整備された中庭を歩いていくと、やがて城門が見えてくる。 門番の兵士達に話は伝わっているとのことなので、特に問題なく城外へ出ることができるだろう。 その時。 遠くの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。 その声にティエルがゆっくりと振り返ると、ハアハアと息も荒く駆けて来たのはセイファであった。 ようやく彼女達の前まで来たセイファは立ち止まって呼吸を整え、それから勢いよく顔を上げる。 ──勿論、乱れた金髪をしっかりと整えるのも忘れずに。 「ひいひぃ……疲れたぁ……こんな力一杯走ったのは久々だよ……」 未だ息も荒く、セイファは立ち止まるティエル達をぐるりと見渡した。 その中から白髪の少年の姿を見つけると、セイファは普段のように優雅な仕草で髪をかき上げる。 「まぁ別に大した用事ではないが……あのヴリトラというトカゲは、すぐに森に逃がしてやることにする。 けれど、僕は悪いことをしたとは思っていないからな。所詮、狩られる側の立場なんて分からないさ」 「ヴリトラは逃がしてくれるんだね。……よかった……」 心底安心したように、ジハードは顔中に嬉しそうな笑みを浮かべた。 「そうだ。狩られる側の気持ちが分からないのなら、一度ぼくが特別にあなたを狩ってあげようか? ……なーんて、冗談冗談。そんな本気にしないでよ、いやだなぁ」 さらりと口にされたジハードの恐ろしい台詞を聞いて、一瞬だけセイファの顔が青くなる。 ジハードの魔法の凄まじさは目の前で見ているのだ。こんな者に狩られでもしたら、間違いなく死ぬ。 そう思うと彼の浮かべる天使のような微笑みが、まさに悪魔の微笑みに見えてきたのだった。 「たまにジハードは本気か冗談か分からない、恐ろしいことを言うなぁ」 「……絶対あれ、本気ですわよ」 そんなセイファとジハードの様子を見ていたサキョウとリアンが、周囲に聞こえぬように小声で呟いた。 「は……早く行くなら行けよ! セレステールの王子であるこの僕をなめるんじゃないぞ!?」 ほぼやけくそのように口を開いたセイファに、ティエルとジハードは思わず苦笑を浮かべる。 それからティエルは軽くセイファに一礼をすると、城門に向かって再びゆっくりと歩き始めた。 そんな彼女の後をリアンとサキョウが続き、退屈そうに溜息をついたクウォーツも歩き出す。 最後ジハードは、まだこちらを恨めしそうに眺めているセイファに軽く会釈をして、くるっと背を向けた。 「あーあ……行ってしまいましたわね」 セイファが納得しない表情で彼らの姿が見えなくなるまで見つめ続けていると、 いつの間にか背後に妹エルフィが立っていた。 「それにしてもお兄様ったら、本当に分からず屋なんだから。これに懲りて、もう暫く狩りはやめ……」 「やあレディ、今日も綺麗だね。何だって? 僕の部屋が見たい? いいよいいよ、この間の狩りで……」 妹の心配もよそに、兄セイファはお気に入りの女官相手に早速話しかけていた。 「お……お兄様ーっ!!」 「な、なんだよエルフィ……ヴリトラはちゃんと逃がすよ……ええ? 今から逃がしに行けだって!? そりゃないよエルフィィィ〜……わ、分かった! 行く、行きます!」 ・ ・ ・ 「……次の目的地はエルキド?」 「うん、そう。聞いて驚いて! なんとそこはサキョウの出身国なのでーす!」 青い空の下。レンガで舗装された道を歩きながら、ティエルはジハードに向かって言った。 「けど、エルキドって島国なんでしょ? 船で行くしかないんだよね」 「それならば心配ご無用。一応城の者にセレステール周辺の地図を貰っておいたのだ。 この地図によると……ここから東の港町ティークバウムに、エルキド行きの船が出ているみたいだぞ」 随分と大きな地図をゴソゴソと広げながら、サキョウは弾んだ声を発する。 「エルキドに帰るのは本当に久々だな……幼馴染達も元気にしているであろうか。ううむ、楽しみだ!」 やはり故郷に帰れるのが嬉しいのだろう。その地図を横からリアンが覗き込んでいた。 「港町ティークバウム……三日もあれば何とか到着しそうでーすわ。ここの名物は何かしらねー?」 「うーん、新しい町はワクワクするね。そんじゃ、港町ティークバウムに向けてしゅっぱーつ!」 元気よく右手を上げたティエルは、今にも転びそうな危なっかしい足取りで歩き始める。 何か小言を口にしながら慌ててそれを追いかけるリアンに、微笑ましく見守っているサキョウ。 一人離れて無表情のまま歩いているのはクウォーツ。いつもどおりの光景である。 それらを暫し眺めていたジハードは、先程セイファに向けた笑みとは大きく違った笑顔を浮かべた。 願わくば、いつまでもこのままでいられますようにと。──この者たちが、幸せでありますように……と。 +DeadorAlive+ |