| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第12章+ロマンス 第131話 港町ティークバウム 「うわーん、いきなり何なのこの雨ー!? 雨が降るだなんて聞いてないよ!」 頭から長い外套をかぶりながら、ティエルは殆ど泣きそうな声を発しつつ雨の中を駆けていた。 皮のブーツを勢いよく水溜りに突っ込んでしまい、水と共に泥が辺りに飛び散った。 お気に入りのブーツが泥だらけになってしまったので、更にティエルは半泣きの表情になってしまう。 「湿気が多かったのは雨がよく降るためだったのか。わはは、たまには雨に打たれてみるのもいいぞ! エルキドにも雨はよく降っていたしなぁ……昔は雨の中を歩いて家に帰ることが多かった」 ついこの間までは暖かかった気がするのだが、最近は随分と気温が低くなってきている。 このまま雨を頭から浴びていては風邪を引いてしまうかもしれない。 しかしサキョウはかなりご機嫌な様子で、降る雨を手のひらで受け止めていたりしている。 どんよりと曇った空。昼間であるはずなのに、この暗さはどうだ。 遠くの方で、町の明かりが雨に滲んで見えている。おそらくあれが、目指す港町ティークバウムだろう。 サキョウの故郷である島国、東方エルキドへの船が出ている港なのだ。 灰色の封魔石イデアは、五つのスペルを揃えて初めて完全なものといえる。 セレステール王国にて第一のスペルである『断罪のスペル』を無事に手に入れたティエル達は、 第二のスペルがあるというエルキドへ向かっているのであった。 朝方までは心地よい快晴であったのだが、昼に近づくにつれてどんどんと天候が悪くなってきたのだ。 青空が次第にどんよりとした黒い雲に覆われ始め、空からは容赦なく激しい雨が降り始めた。 「あーん、もう最悪でーすわ! こんなに長く雨に打たれていたら、すぐに風邪を引いちゃいますわよ。 ううう……服が濡れて寒い……。どこかに優しく肩にコートをかけてくれる男性はいないかしらー?」 自分を抱きしめるようにガタガタと震え始めたリアンは、隣を無表情で歩くクウォーツに顔を向ける。 どうやら彼女はクウォーツに、『コートをかけろ』と、目で訴えているようだ。 しかし当然ながら彼は涼しい顔でその視線を受け流し、濡れて額に張り付いた前髪を軽く払い除ける。 そんな姿がやけにサマになっているのは、彼の持つ類い稀な美貌の所為だろうか。 「……ちょっとあなた、隣で女の子が寒さで震えているんですのよ? 本当に気の利かない男ですわねぇ。 そっと優しく肩にコートをかけてあげることすらできないんでーすの!?」 「馬鹿言え、それでは私が寒いではないか。貴様は大丈夫だろう……なんとかは風邪を引かんという。それだ」 と言ったクウォーツは、まだ隣で何やら文句を言ってくるリアンを無視しながら足早に歩き始めた。 そんな二人の様子を眺めながら、ジハードはリグ・ヴェーダを抱えながら大きな溜息をつく。 「早く屋根のある所へ行きたいよ。これじゃあリグ・ヴェーダが湿気るし……」 とりあえず皆ジハードの意見に異議はないらしく、港町ティークバウムに向かって駆け出したのだった。 ・ ・ ・ 「すっごい雨ねェ……こんな雨じゃ、入口近くの宿は大盛況でしょうね。うちは位置が悪かったんだわ……」 銀色のトレイをテーブルに無造作に置いた一人の娘が、溜息と共に言葉を発する。 周囲には同じような制服を着た若い娘が、実に退屈そうに椅子に座っていた。 ここは港町ティークバウムの数ある宿屋の中でも、お菓子がとびっきり美味しいと評判の小さな宿屋である。 しかしこの激しい雨の所為か、泊まり客は皆町の入口に近い宿に駆け込むことが多く、 町のほぼ中心に位置するこの宿屋、『ミルーフェイク』の客はまばらでしかなかったのだ。 そんな理由から、ウエイトレスやらウエイターやらの従業員達は、暇そうに食堂に集まっていたのだった。 「まぁなあ……普段ならともかく、こんな雨の日には町の入口の宿屋にみんな駆け込むだろうな」 オレンジを帯びた茶色の髪の青年が、随分と気の抜けた様子で口を開く。 掃除の行き届いた洒落た食堂も、人影といえば自分達従業員の姿しか見受けられない。 全て木で統一されたテーブルと椅子。 テーブルに敷かれた白いレースのクロスの上には、 とあるウエイトレスが雑貨屋で発見した可愛らしいデザインのろうそく立てがちょこんと乗っていた。 何かの妖精を模った物だろうか。 四枚の羽を背に生やした小さな妖精が、ろうそくの刺さる台を掲げる様に持ち上げているデザインである。 「今日は早めに店じまいするとか? オレ退屈でたまんないよ」 「馬鹿ねえ、カシマったら。あの働き者のマスターがそんな事するはずないじゃない! たとえお客さんが一人も来ないって分かっていても営業してるでしょ。本当に見上げた根性よねぇ」 カシマと呼ばれた青年の言葉に、フリルのエプロンをつけた女性が片手を振って大笑いをする。 「……ねえ、マリア?」 そう言いながら女性は、少し離れた席に座っている薄い茶色の髪をした娘に声をかけた。 光沢のある髪を肩まで伸ばし、鼻の頭にうっすらとそばかすの残る、どこか純朴そうな娘。 年の頃は22歳前後といった感じであろう。 「そうね。マスターはこのミルーフェイクを運営することが生甲斐だもの。心からこの仕事が好きなのね。 ……今日はお客さんが少ないけど、私達も張り切って仕事しましょ」 ニッコリと笑みを浮かべながら言ったマリアに、他の従業員達もそうだな、と立ち上がる。 ──その時、急にロビーの方が騒がしくなった。 何やら聞き慣れない数人の声と、嬉しそうなマスターの声が聞こえる。どうやら客が来たようだ。 食堂でくつろいでいた面々も応対をするためにロビーに向かおうとすると、 客の応対をしていたらしい尖った耳のウエイトレスが頬を紅潮させ、興奮しながら飛び込んできた。 「ちょっとちょっと、大ニュース! 本当にびっくりしたんだけど、今来た客の中に超いい男がいたの!!」 「またー、あんたのいい男はあてにならないからなぁ」 「はぁ? どいつだよ、どいつ」 「ほんと一級品のルックス。今までの客の中で文句なしの一番だと思うから、見れば絶対分かるって!」 コソコソと声をひそめながら、食堂にいた面々はロビーに面しているガラス窓を覗き見る。 マスターが笑顔で話している先には、ずぶ濡れの五つの人影。一見、かなり変わった集団である。 素朴な感じの少女に、赤い瞳の美しい娘。無愛想な青髪の青年に、大柄な坊主。そして遠い異国風の少年。 「ほら見て見て、あの青い髪の男。最初に見たとき、本気で心臓止まるかと思ったんだから」 「あんたの情報もたまには当たるじゃない! ……いいなー、どうにかしてお近づきになれないかなぁ」 「……そうかぁ? よく見れば大したことないぞ? やけに無愛想じゃんか。それに何だか陰気くさいし」 「ちょっと性格キツそうね。あんまり私のタイプじゃないなー」 「あなた達そんなにジロジロ眺めていたら、かなりお客様に失礼でしょ。私達も持ち場に戻るわよ」 べったりと窓ガラスにはり付きながら客を観察する面々に、マリアは深く溜息をついた。 なんとか雨の中、港町ティークバウムに辿り着いたティエル達だったのだが。 やはり町の入口近くの宿屋は、同じく雨に降られた旅人達でごった返しており、どこも満室であった。 ようやく空き部屋のある小さな宿屋が見つかったのはいいのだが、先程から何やら妙な視線を感じるのだ。 ティエルが視線をやると、こちらに面している食堂のガラス窓に数人の従業員達がはり付いている。 「い……一体何なのかな。店の人こっち見てるんだけど。そんなにわたし達、変なかっこしてる?」 部屋割りをマスターに相談しているサキョウの背を眺めつつ、ティエルはリアンに耳打ちをした。 「……さーあ。それにしても、あれで隠れているつもりなのかしら?」 呆れたようにリアンは肩をすくめるオーバーアクションをすると、フッと笑みを浮かべる。 「サキョウのあまりの巨体に、皆さん驚いているんじゃなくて?」 「おうい、この宿には二人部屋が残り二部屋しかないのだそうだ。一人だけ単独部屋になるが、構わんよな?」 今までマスターと話していたサキョウが突然振り返り、面々の顔を順繰りに見回していった。 皆、特に異存はないようである。 「では鍵を渡すが……ティエルとリアンが一部屋だとして、クウォーツ、ジハード。我々はどうする?」 「ぼくは別にどちらでもいいよ。とりあえず、早く寝たい……」 「……できれば私を一人部屋にして欲しいものだね。貴様がいると、夜うるさくてかなわん」 そう言うと、クウォーツはじろりとサキョウを睨み付けた。 自分の寝相とイビキを自覚しているサキョウは、照れ笑いを浮かべながらクウォーツに鍵を渡すのだった。 「それじゃ、とりあえず部屋に行っとこうか? 濡れた服とか着替えたいしさ」 確かにティエルの言うとおり、いつまでも濡れた服のままロビーに立っていては風邪を引いてしまう。 サキョウから渡された鍵を手のひらで握り締めると、ティエルは二階への階段を上り始めた。 その後に、眠気が限界に近づいているのかフラフラとした足取りでジハードが続く。 「お世話になる、マスター殿」 サキョウは一度ぺこりとマスターに頭を下げると、荷物を持ち直して階段へと向かう。 「あーあ、なんだか雨で髪が湿ってますわ。湿気が多いと髪が広がるんですのよ……」 少しだけ広がった髪を気にしつつ、リアンもトタトタとサキョウの後を追って行った。 そんな彼らを全くの無表情で眺めていたクウォーツも、ようやく歩き出そうとした時。 彼が一人になった時を見計らい、2、3人のウエイトレスが、タオルを抱えながら駆け寄ってきた。 「よかったら、これ使って下さい!」 「きゃーっ、やだ、近くで見てもすっごいかっこいー!」 「ちょっとベスったら、押さないでよ!」 「どこからいらしたんですか? ティークバウム周辺は町も少ないから、ここまで大変でしたでしょ?」 「ここのお菓子美味しいんですよ。甘い物お好きでしたらどうぞ!」 だが。きゃあきゃあ騒ぐ彼女達を凍りついた瞳で見下ろしたクウォーツは、無言のまま歩き去ってしまう。 呆気に取られた表情で暫くあんぐりと口を開けていたウエイトレス達は、やがてハッと我に返る。 「……い、今の態度なんなの!? 思いっきり無視してくれたじゃない! いくらいい男でも許せないーっ」 「うっわー、やっぱり性格キツかったわね。ああいうタイプは、遠くから見ているだけで充分よ」 「だからやめときなさいって言ったのに。顔いいからって、ちょっといい気になってるんじゃない?」 「それにしても、なんか薄気味悪いよな。……あいつ」 「あのねえ、ちょっと、お客様に失礼だって言ってるのに……」 散々好き勝手にものを言う面々に、マリアは再び大きな溜息をついたのだった。 +DeadorAlive+ |