Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第12章+ロマンス

第132話 マリア=リヒテルジア





昼頃から降り出した雨は、夜になっても止むことはなかった。
宿のマスターの話によると、この地域では一度雨が降り始めると一週間くらいはこんな調子らしい。

時折近くで雷鳴が轟く激しい雨だったので、船は全て欠航となってしまった。
勿論、ティエル達の目的であった『エルキド行きの船』も欠航である。


どうやら数日間はこの宿屋に足止めされることになりそうだ。




当初は雨宿りのために宿に駆け込んだのであり、宿ならどこでも構わなかったティエル達だったのだが、
町の入口に近いというだけで、法外な宿代を請求される宿屋を選ばなくて良かったとも思った。

これもマスターから聞いた話なのだが、町の入口付近の2〜3軒の宿屋は、皆法外な値段だそうである。



濡れた服と髪を乾かしたティエルとリアンは階下に行き、そんな話をマスターとしていたのだ。
それと、ここで作られているお菓子はそれはもう絶品であることも。

甘いものに目がないティエル達(特にリアン)は、早速明日のティータイムの計画を話し始めたのだった。





ロビーに置かれたソファーに腰掛けながら話していると、段々と客の入りが激しくなってくる。
おそらく満室であった入口近くの宿屋から、こちらに流れてきたのであろう。


どうやら満室になってしまったらしく、ウエイトレスの一人が外に看板をかけに行った。




「へぇー……さすがは港町。旅人がよく集まるんですのね。確かこの町、宿屋が十軒以上あったはず」
町の案内が書かれたパンフレットを広げながら、リアンは目の前に座っているティエルに顔を向ける。

「ここ『ミルーフェイク』っていう宿屋は、その中でも一番小さいみたいですけどね。
一人部屋がメインの宿屋なんですって。三人部屋すらないんですのよ。小さい宿屋ですわ」



「でもさ、泊まれてよかったよね。もう少し遅く到着してたら、危うく雨の中で野宿になるところだった」

通りに面した窓ガラスを見つめながら、ティエルが口を開いた。
横殴りの雨がはっきりと見える。石畳の通りのあちこちに、大きな水溜りができているようである。


「いつまでもベッドにかじりついていたジハードを叩き起こして正解だったね」




「……と言うかあの眠り癖、どうにかならないんでーすの? この間なんて、歩きながら寝てましたわよ」
肩をすくめ、リアンは両目を閉じながらフウと溜息をついて見せた。

「いつか戦闘中に熟睡をしそうで怖いでーすわ」




「ジハードって十年くらい石にされてたんでしょ?  眠くなるのも仕方がない……かな?」

「あれは元からの癖のような気がしますけど。そうそう、怖いといえばゾルディス城から逃げ出した後、
療養のために暫くフィークテルの町に滞在したじゃない?」


「うん、ケビンくんと会ったよね。いきなり盗賊団が攻めてきた町でしょ。あとサキョウが寝込んでた」




「サキョウって、暫く怪我で手が使えなかったでしょう? それで、三日間くらいヒゲが剃れなかったみたいで」
そこまで言いかけたリアンは、何かを思い出したかのように口元にニヤリと笑みを浮かべた。

「そりゃあもう、顔中ヒゲがボーボーで。本当のクマさんみたいでしたわよね」


「あ! あーあー、宿の廊下ですれ違った子供が泣いちゃった時の!?」
ティエルもその時のことを思い出したようで、足をじたばたさせながら手を叩く。



「サキョウ、とっても落ち込んでいたよね。必死に子供に優しく声をかけてたけど、余計に泣いちゃって」




「……あの時はジハードがなだめに行きましたわよね。彼って優しいから、子供に好かれやすいですし」

笑い過ぎたためか、目尻に浮かんだ涙を拭いながら、リアンは横目で食堂を眺めた。
ウエイトレスやウエイター達が忙しそうに行ったり来たりしていることから、もうすぐ夕食なのだろう。


「やっぱ恋人にするなら、強く優しくかっこよくて、子供に好かれそうな男の人が一番ですわよねー。
とは言いますけど……私……このままじゃ一生恋人ができなそうでーすわ……」




「それなら、クウォーツとかいいんじゃない? 強いし、かっこいいし、おまけに頼りにもなるじゃないの。
子供には……うーん、どうなんだろう。でも、ヴァンパイア討伐隊のシンって子には好かれかけてたよね」



「……げっ!? どこをどう見たら、あの男をそんな風に思えるんですのよ。ティエルを尊敬いたしますわ!」

リアンの大声に、ロビーにいた数人の宿泊客達が思わず振り返った。
それらに対してリアンは愛想笑いを浮かべると、ものすごい形相でティエルを睨み付ける。


「残念ながら私には、救いようのないくらい根暗で、かっこつけで、ただの冷淡な男にしか見えませんけど」




「あ……ああそうなんだ……」
リアンに詰め寄られ、ティエルは慌てて話題を変えるようにして食堂を指さした。

「ほ、ほら! もう夕食の準備ができてるみたいだよ。ウエイトレスさん達が呼びに来てるっ」















一方。

二階の一人部屋では、クウォーツがベッドの上で足を投げ出した状態で寝転がっていた。
先程から、廊下を何人もの足音が行ったり来たりを繰り返しているようである。




……人の多いところは好きではない。
ぱらぱらと額に落ちてきた、まだ少し濡れたままの長い前髪を指で掴むと、暫くそれを眺めていた。



『……青い髪は、呪いの刻印』
目を閉じると、脳裏には茶の髪を持つ老婆が浮かび上がってくる。


『そんな髪を持つあなた様が、他人から忌み嫌われることはあっても愛されることはないでしょう。
そう。ばば以外に、このギョロイア以外に。あなた様を愛する者は、この先現れることはないでしょう……』




「愛されることはない、か……」



自分の呟きに、クウォーツはハッとして口元を押さえた。気づかぬ内に声に出してしまっていたようだ。

──その時、扉が少し遠慮がちにノックされた。
返事をすることもないまま寝転がっていたが、気配がドアの前から離れる兆しはない。


……もう一度だけノック。
立ち上がるのも億劫だったが、仕方なくクウォーツは腰を上げると静かに扉を開いた。





『ミルーフェイク』のウエイトレス、マリア=リヒテルジアは客に夕食の用意ができたと伝えるために、
一部屋一部屋ずつ声をかけ回っていた。

そして、一つの扉の前で立ち止まる。
確かこの部屋は、皆が噂していた例の青い髪の客の部屋であったはず。



呼吸を整えると、彼女は遠慮がちに扉をノックした。




──返事はない。
暫く迷っていたのだが、意を決してマリアはもう一度、今度は強めに扉を叩いてみる。


少々の沈黙の後に扉がゆっくりと開かれ、中から青い髪の青年が姿を現した。




涼しげな切れ長の目。長い睫毛。真っ直ぐに通った鼻筋に、形の良い唇。そして、濡れた艶やかな青い髪。
整った顔のパーツが、神の戯れかと錯覚してしまうほど完璧な位置に配置されている。

もしもそれらがどれか一つでも位置を違えていたならば、彼はもっと好感を覚える顔立ちになっていただろう。




「あ、あの、お食事の用意ができましたから……それで、ええと、呼びに来たんですけど……」
射抜かれそうな鋭い瞳に見下ろされ、ようやくマリアはしどろもどろに口を開く。

──この男が怖かった。一刻も早く、彼の前から立ち去りたい。そんな気持ちで一杯になった。



「そ、それじゃ、私……ちゃんと伝えましたからっ!」

マリアはそう言うと、彼の部屋の前から逃げるように駆け出した。
だが階段の第一歩を踏み出した途端、雨のために濡れていた床に足を滑らせてしまう。




「き……きゃあぁっ!?」




慌てて手すりを掴もうとしたが、間に合わない。ぐるりと景色が反転する。

──落ちる。
マリアがそう思った瞬間、突然後ろから強い力で腰を引き寄せらた。




「……別に、私を避けるのは勝手だが」
間一髪、階段から転げ落ちそうだったマリアを引き寄せたのは、あの青い髪の男であった。

「足元くらい気をつけるんだな」



「あ……! ご、ごめんなさいっ……」
間近で顔を覗き込まれ、思わずマリアは赤面する。

それから彼にしがみ付くような格好であることに気づき、勢いよく数歩後ろに下がった。




どうやら避けていたことに気づかれてしまっていたようである。

当然と言えば当然だ。あんなあからさまな去り方をしたのだから。
しかしそんな態度を取ってしまった自分を、まさか助けてくれるとは思わなかった。



このひとはもしかしたら。皆が思っているほど……。




「あ、あの」
「おおクウォーツ、そんな所で一体何をやっているんだ?」

改めて礼を言おうと顔を上げたマリアの瞳に、彼の背後から声をかけてくる人物が映る。
熊のような大男。先程ロビーで見かけた彼の連れらしき者である。



「あ……え、ええと、し……失礼します!」


マリアは顔を赤くさせながら一回頭を下げると、顔も上げずに階段を駆け下りていった。
最後の段を下りても、胸の鼓動は収まらない。激しい胸の動悸。それは焦りでも恐れでもなんでもなく。


(……あのひとの名前……クウォーツさんっていうんだ……)





「ねえマリア」
「あら、なぁにジェシカ」

夕食の時間も終わり、片づけをしていたマリアは名前を呼ばれて笑顔で振り返る。



「あんたさー、妙に例の青い髪の客のテーブルに水つぎに行ってたじゃない? 一番興味なさそうだったのに」
そう言いながら、銀のトレイを持った赤毛の女性は肘でマリアを突っついてみせる。

「もしかして気に入っちゃってたり? ……なワケないか。あの客、すごい美男だけど冷たそうだしね。
それよりさ、それよりさ、7番テーブルにいた金髪プリーストの彼……かなりカッコ良くない!?」


そんな彼女の台詞に、他のウエイトレス達も振り返る。



「あ、私もそう思ってた!」
「さっきさー、私声かけられちゃったの! 確か名前は……」




早速他の男性客に目移りしているウエイトレス達に溜息をつくと、マリアは二階への階段を見上げてみた。
──先程引き寄せてくれた彼の力は、意外なほど強かった。







+DeadorAlive+