| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第12章+ロマンス 第133話 雨のティータイム どこか、身体がだるかった。 ゆっくりとクウォーツが目を開けると、薄暗い部屋の天井が目に映る。どこにでもあるような客室だ。 最初、しっかりと閉じられているカーテンのために室内が薄暗いのかと思ったが、どうやら外も暗いようである。 ザーザーと外から鳴り響く音から察するに、雨はまだ降り止んではいないらしい。 コートも脱がず、ベッドの上で靴を履いたまま寝てしまったようだ。 雨のためなのか、どこか身体が重く感じたクウォーツはそのまま暫く寝転がっていた。 左手付近には、昨夜遅くまで読んでいた本が開かれたまま放置されている。 本来ならば陽の出ている時間帯は、夜を生きるヴァンパイア族の彼にとっては活動すべき時間帯ではない。 ハイブルグ城を飛び出してから、まさに昼夜が逆転している生活を送り続けていたのだ。 身体がどこかだるくなるのも当然のことであろう。 のろのろとした手つきで胸から銀色の時計を取り出し、時間を確認する。時刻は13時を過ぎていた。 これでは、いつも大寝坊をするジハードのことが言えないではないか。 大きな溜息をついたクウォーツはゆっくりと身を起こし、部屋の隅に用意された簡易洗面所で顔を洗い始めた。 長い睫毛からポタポタと雫を落としながら、ふと大きな鏡に映る自分の顔を眺めてみる。 そこには随分と見慣れた、実に面白味のない青白い顔の男が映っていた。 鏡の中の自分を見る時でさえも、鋭い瞳で静かに見据えている。 鏡に映る自分を嘲笑するかのように、クウォーツは鏡に向けて思わず皮肉った笑みを浮かべた。 すぐに鏡から視線を外すと、手元にあったタオルで顔を拭い、簡単に髪を整える。 外は相変わらず激しい雨が降り続けている。一体いつまでこの町に足止めされてしまうのか。 このまま部屋にいても仕方がないので、気分転換にクウォーツは扉を開けて廊下に出た。 ・ ・ ・ ──今日も雨が降り続いている。 この地域は集中して雨が降り続ける気候が特徴である。一日二日でやむ事など滅多にない。 銀のトレイを抱えたマリアは、外の通りに向けてガラス張りになっているレストランで一つ溜息をつく。 レストランでくつろぐ客の数も少なく、宿泊客は皆銘々の部屋で今後の予定を立てているのであろう。 マリアが立っている場所から少し離れたテーブルでは、ウエイトレス達がきゃあきゃあ言いながら集まっていた。 輪の中心にいるのは、一人旅をしているらしいハンサム青年プリーストとやらである。 しかしマリアは他のウエイトレス達に混じることもなく、ただ一人の人物を探していたのだ。 特に意識しているわけではなかったのだが、気づくと青い髪の彼がいないか目で探してしまっている。 朝食を取りに来た者達の中に、彼はいなかった。 彼の同行者らしき人物達のテーブルには三人しかおらず、マリアはひどくガッカリしたのであった。 ふう、と再びマリアが溜息をついたとき、ロビーの方が少し静かになる。 顔を上げてそちらに視線を向けると、ロビーにいた数人の客達が肘をつつきあっていた。 こそこそとした声で何かを話しながら、たった今二階から下りてきた人物を盗み見ているようである。 (あの人だ……!) 遠くからでも分かる。青い髪。他人を遠ざけてしまうような雰囲気を持つ男。 「ねえ、あの男の子の髪の色青くない? 関わると死ぬか不幸になるんだっけ」 「バカだなぁ。それって単なる迷信だって話だろ?」 「やだー、ちょっと好みかも。誰か声かけてきなよー」 周囲で散々好き勝手に言っている宿泊客達には目もくれず、 無表情のままクウォーツは立ち止まり、ロビーに貼られている気候についての紙を眺めていた。 ……今しかない。助けてもらったお礼を言うのだ。早く行かないと彼が立ち去ってしまう。 行こうか行くまいか、それとも後にした方がいいのか。こんな風に彼が一人でいる機会はもうないのかもしれない。 暫く迷っていたマリアだったが、クウォーツが立ち去ろうと一歩踏み出したとき、思い切って彼まで駆け寄った。 「……あ、あのっ!」 急に前に飛び出してきたウエイトレスの姿にクウォーツは怪訝な顔つきで眉をしかめるが、 やがて何かを思い出したかのように足を止め、マリアを眺める。 「昨日のウエイトレスか。私に何の用だ?」 「……あの、昨日は本当に失礼いたしました! それと、助けていただいてありがとうございました」 そう言って、マリアはぺこりと頭を下げた。 「それで……ほんのお礼なんですけど、よろしかったら紅茶でも! とびっきり美味しいの入れますから」 ……やっと言えた。 昨日の夜からずっと何を言おうか考えていたのだ。心の中で何回も練習をした。 暫しの沈黙。やはり断られるのか、と恐る恐るマリアが顔を上げたとき、ようやくクウォーツが口を開いた。 「言っておくが……紅茶には、私は少しばかりうるさいぞ」 ・ ・ ・ 「ちょっとぉ、一体いつまで寝てるんでーすの。これじゃあなた、ジハードのこと言えませんわよ!」 一方。とたとたと足音を立てながら廊下を歩いていたリアンは、クウォーツの部屋の前で立ち止まる。 数回扉をノックしても、中からは物音一つしない。 ジハードが熟睡しているのはいつものことなのだが(ちなみに現在もまだ寝ているらしい)、 普段早起きであるクウォーツまでもが朝食、昼食の時間になっても姿を現さなかったのだ。 そういうわけで。 ティエルに様子を見てきてくれと頼まれたリアンが、こうして彼の部屋の前まで来たのである。 しかし、依然部屋の中はしんと静まり返っていた。 「……まだ寝ているのかしら? ほんと、一人部屋になると余計に単独行動が多くなるんですから……」 「あっ。そこの部屋の方なら、先程一階でお見かけしましたよ」 ムスーッと頬を膨らませたリアンの背後に、ホウキを持った女性従業員が立っていた。 「青い髪の男性ですよね?」 「え? ……一階に? いつの間に起きていたのかしら」 頭の中にクエスチョンマークを浮かべながら、リアンは従業員に礼を述べると階段を下り始めた。 雨のために階段が少々濡れているので、一段一段気をつけながら下りていく。 階段を下りるとすぐそこはロビーである。数人の宿泊客達が談笑をしているのが見えた。 ロビーにはいないようである。 首を傾げながら食堂の方に目を向けると、遠くからでも目立つ特徴的なクウォーツの姿を発見した。 声をかけようと歩き始めたリアンだったが、その歩みが思わず止まる。 食堂にいたクウォーツは、何やら若いウエイトレスを口説いていた(リアンにはそう見えた)のである。 「……何をやっているのかしら」 リアンが呆れた表情を浮かべながらツカツカと彼のテーブルまで歩み寄ると、 足音に気づいたクウォーツが軽くこちらに顔を向けた。 その様子に、椅子に腰掛ける彼の隣に立っていたウエイトレスも顔を上げる。 「なんだ、貴様か」 「なんだじゃないでーすわ! ……朝から姿を見せないと思ったら、こんな所で女を口説いていたなんて」 一つ大きな溜息をついたリアンは、脱力したように彼の向かい側の椅子に腰掛けた。 「あなたってストイックぶっていますけど、やっぱりとんでもなく女たらしでーすわ。あ、私も紅茶下さいな」 キッと強くクウォーツを睨み付けると、今度はうって変わって笑顔を浮かべてウエイトレスに注文をする。 「はい、紅茶ですね。よろしかったらお菓子もいかがですか? ここのお菓子は美味しくて有名なんですよ」 「じゃあ……それもいただこうかしら」 「……貴様、このテーブルに居座るつもりか? 冗談じゃない。私は一人静かに過ごしたいんだ」 あからさまに嫌そうな表情を浮かべながら、クウォーツは紅茶のカップをテーブルに置いた。 「テーブルならば他にどこでも空いているだろうが。貴様がいると、うるさくてかなわん」 「へぇー……あのウエイトレスとは話していたくせに、私相手じゃ嫌だって言うんでーすの。ふーん」 両手で頬杖をついたリアンは、目を細めると口を尖らせて見せる。 「別にどうでもいいんですけど。ま、女遊びはほどほどにして下さいな。風紀が乱れますから」 「何が女遊びだ。あのウエイトレスが、ここの紅茶は美味であるからぜひ飲んでいけと言ってきただけだ」 彼も同じく頬杖をつきながら、目の前に座っているリアンから目を逸らして窓ガラスを眺める。 外は激しい雨が降っており、通行人の様子は分からない。この雨では外出を避けているのであろうが。 「私は他人に興味がないと何度言わせれば気が済むのだ。……いいかげん、くどいぞ」 「はいはい。あ、このろうそく立てのデザイン可愛いですわね! ……どこで売っているのかしら?」 クウォーツの言葉を軽く受け流したリアンは、テーブルの中央に置かれていたろうそく立てに目を留める。 四枚の羽を生やした妖精が、ろうそくの刺さる台を掲げているデザインである。 「売っている場所が分かったら買いに行きたいんですけど」 「お待たせいたしましたー! あれ? そのろうそく立てがお気に召しましたか?」 紅茶のポットとクッキーを運んできたウエイトレス──マリア──は、リアンの様子を見て口を開いた。 「それ、この町のどこかの雑貨屋で買ったものなんですけど……この町、雑貨屋が多くて。 一体どこで買ったのか忘れてしまったんです……ごめんなさいね」 「あら、そうなんでーすの……残念ですわ。ううぅ、でも探してみようかしら……」 かなりそのろうそく立てがお気に召したようで、リアンは暫くそれを手に取って色々な角度から眺めていた。 そんなリアンに申し訳なさそうな笑みを浮かべたマリアは、退屈そうにしているクウォーツに視線を移動させる。 それから、空っぽの彼のカップに新しく紅茶を注ぎ入れた。 「これ、入れたてですよ。さっきのはアソート地方で取れるリテラコットっていう種類だったんですけど、 今度のは種類、何だと思います?」 「……この香りは、イセリアローズか」 「そうそう、そうです! けれど、香りだけでイセリアローズが分かる方って滅多にいないんですよ。 匂いがセントローズに似ているじゃないですか。あっちの方がイセリアローズより有名ですしね」 何やら前で紅茶についての深い話を始めている二人に、リアンは半ば退屈しながらクッキーに手を伸ばす。 ウエイトレスなどに話しかけられても、普段は全く口を開かないクウォーツだったのだ。 そんな彼にここまで口を開かせることのできるこのウエイトレスは、ある意味すごい人物なのかもしれない。 だが話が弾んでいる二人を前にしていると、どこか自分の居場所がなくなってしまったような気がした。 クウォーツの一つ一つの仕草に頬を赤らめているウエイトレスを見ていると、 リアンはなんとなくそんな思いを抱いたのだ。 ……明らかにこのウエイトレスは、クウォーツに好意を持っている。 「ごちそうさま。それじゃ私、部屋に戻りますわ」 リアンは美しい顔に笑みを浮かべながら静かに席を立つと、優雅な仕草で長い髪を後ろに払い除ける。 それをクウォーツは、ちらり、と一瞥しただけで、特に何も言うことはせずに紅茶のカップに口を付けた。 +DeadorAlive+ |