| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第12章+ロマンス 第134話 降り続ける雨 次の日も、早朝から激しい雨が降り続けていた。 ガラガラガラと凄まじい落雷の音で、心地よく眠っていたティエルは思わずベッドから転げ落ちる。 何が起こったのか理解できずに暫く呆然とした表情で、冷たい床に尻餅をついたまま瞳を数回瞬いた。 手探りでベッド脇の時計に手を伸ばすと、現在早朝の7時前である。 「な……なんなのぉ? まだ今日も雨が降ってるじゃない。しかもこれ、余計にひどくなってない?」 ようやく立ち上がったティエルは、ほんの少しだけカーテンを引いて外の様子を眺めてみた。 遠くの方で時折稲光が見える。空はどんよりと黒い雲に包まれており、まるで夜のように暗い。 この町に来てから早三日が過ぎているのだが、雨のために宿から一歩も外に出ていない状態である。 大して広くない宿の中は隅々まで探検済みで、ティエルは少々暇を持て余していた。 「あ──っ、早く晴れないかな! こらー、雨! 早くやみなさーいっ!」 頬を膨らませ、彼女は届くはずがないと知りながらも暗雲に悪態をつけずにはいられなかった。 「ああもう、ティエルったら……あなたの声は目覚まし代わりになりますわねぇ」 そんなティエルの大声で目が覚めてしまったリアンは、一つ大きなあくびをして身を起こしたのだった。 大雨のための滞在に、ここぞとばかりに睡眠に勤しんでいるジハードは昨日一日部屋から出てこなかった。 そんな彼を今日こそは叩き起こすためにティエルは腕まくりをしながら、 ベッドの上で丁寧に髪を結っているリアンを背後に、自分の部屋の扉を開けて廊下に出る。 ティエルが扉を開くと同時に隣の部屋の扉が開き、クウォーツが姿を現した。 「あ、おはよクウォーツ。相変わらず朝早いねえ。丁度よかった、今から一緒にジハードを叩き起こそう!」 「何故私が、朝っぱらからそんなくだらんことに力を貸さねばならんのだ。ほっとけばいつかは起きてくるだろ」 目を閉じながら肩をすくめて見せるクウォーツに、ティエルは口を尖らせる。 「……ええー? だってさ、ほっといたら昨日一日眠ったままだったじゃない。 この調子で今日も部屋から出てこないつもりだよ。おーい。サキョウ、ジハード! 朝だよ、おっじゃましまーす」 コンコンと扉を数回ノックしたティエルは、勢いよく彼らの部屋の扉を開けて中に足を踏み入れる。 案の定、二人とも熟睡しているようである。 ベッドに大の字に寝転がったサキョウは大口を開け、気持ち良さそうにガーガーと盛大なイビキをかいており、 ジハードは掛け布団を自分の身体にぐるぐると巻きつけており、まるで芋虫のような格好で眠っている。 「……ジハードはともかくサキョウったら、早起きもモンク僧の修行のうちとか言ってたのにー」 幸せそうに眠り続けるベッドの上の二人に溜息をついたティエルは、カーテンを引いて外の光を入れた。 しかし外はどんよりと曇っており、あまり部屋の中は明るくならなかったが。 「手っ取り早く終わらせちゃおっか。……おーい、ジハード朝だよー!」 無駄とは知りつつも、ティエルはジハードの両肩をゆさゆさと揺さぶってみる。やはり反応はない。 「ちょっとジハードったら、あんまり寝てばっかいると脳みそとろけちゃうよ? とろとろだよ? いいの?」 何度もティエルに揺さぶられ、ようやくジハードはやる気がなさそうに瞳を開いた。 「……どうせ起きたって、雨降っててやることないでしょ。雨がやんだら起こしてよ……」 「ふーん。まだ寝ぼけているみたいだから、リアンに大きな雷の魔法でもお願いしちゃおうかな!」 ジハードの両肩を掴んでいた手をパッと離したティエルは、扉の外に向かって大声を出した。 「リアーン! 一発ライトニングサンダーお願い!」 「わ──っ、ちょっと待って! お、起きてるよ!」 その彼女の言葉に、思わずジハードは弾かれたように飛び起きる。 「ひどいや、これが仲間に対する仕打ちかい!?」 「仲間だからこそ、ジハードのためを思ってやっているんじゃない。早起きはいいことです! 清々しいしね」 ニヤリと笑みを浮かべたティエルは次にサキョウのベッドに歩み寄る。 あんなに隣で大騒ぎをしていたのに、彼は大いびきをかいてぐっすりと眠ったままであった。 試しに枕を引き抜いてみるが、それでもサキョウは起きない。 「鼻つまんでみたら起きるかなぁ」 ティエルがそう言いながら、ひょいとサキョウの顔を覗きこんだ瞬間。 「好きだ……サクラ──!!」 「うわー!?」 突然サキョウから両手が伸ばされ、危うく掴まれそうになったティエルはとっさに枕を投げつけた。 「うぶっ!? ……お、おう? ティエルではないか。一体どうしたんだ、朝っぱらからそんな顔をして」 枕が激突した衝撃で目を覚ましたサキョウは、ぽつぽつとヒゲが生えてきた顎を撫でながら首を傾げる。 「もー、サキョウ達起こしただけで一日分の運動した感じ! わたし、リアン達と一緒に先に一階行ってるから」 両手を腰に当てながら怒ったように言葉を発したティエルは、くるりと背を向けて部屋から出て行った。 「クウォーツ、リアン、先に行こ!」 「うーん、ティエルは元気だねぇ。まだ7時じゃないか。後で二度寝しよう」 顔をタオルで拭きながら、ジハードは寝ぼけ眼で大きなあくびをしたのだった。 ・ ・ ・ 「ねえ、この雨っていつ頃やむんだろうね」 パンに心ゆくまでイチゴジャムを塗りたくったティエルは、大きな口を開けてそれにかぶり付く。 両頬にべったりとジャムが付くが、そんなことはお構いなしに先を続けた。 「町を探検したくても、この雨じゃどこにも行けないし。ねえ知ってる? 雨がやむおまじない。 ピンクのハンカチをね、窓辺に吊るしておくの。でもわたしピンクのハンカチ持ってないんだよね」 「ピンクのハンカチなら私が持ってますわよ、あとで吊るしておきます? けれどその前に、口の周り拭きなさいな」 ミルクティーのカップをかき回していたリアンは、苦笑を浮かべながらティエルに白いナプキンを差し出す。 「ワシの国では雨止み坊主といってな、こう……白い布に綿をつめて根元を縛り、人型にして吊るすのだ」 「へえー! それじゃあ、後で作り方教えてよサキョウ。それも窓辺に吊るしてみよっと」 リアンから受け取ったナプキンで口の周りを拭うと、ティエルはポンと両手を打った。 周囲の客達も食事が終わったらしく、ぽつぽつと皆席を立ち始めている。 目の前に座るジハードはあくびばかりしており、隣のクウォーツは無表情でコーヒーを飲んでいた。 そしてリアンは、小さな銀色のろうそく立てをジッと眺めていた。 「……あ、もしかしてそれ? 昨日リアンが言ってた可愛いろうそく立てって。うわ、本当に可愛いなー」 「そうですわ。初めて見た時から、無性に気になるんですのよ。けれど売っている場所が分からないんですって」 ろうそく立てから視線を外したリアンは、ティエルへ顔を向けると軽く微笑んで見せる。 「この妖精の顔が、亡くなったお母様に昔読んでもらった絵本の妖精の顔に似ているような気がして……。 何だかこれを見ると、楽しかった思い出がたくさん思い浮かんでくるんですの」 そう呟いたリアンの表情は、本当に幸せそうであった。 ──だがどこか寂しくもあった。何故か、ティエルにはそう感じたのだ。 「……やだ。変な話をしちゃってごめんなさいね。さ、私たちもそろそろ部屋に戻りましょ」 慌ててリアンは普段の明るい笑顔を浮かべると、ガタガタと席を立つ。それに皆も続いた。 「ふん。両親は二人とも健在で、それはそれは自分のことを愛してくれているのではなかったのか?」 部屋に戻る途中のロビーで、後ろを歩いていたクウォーツがリアンに向かって唐突に声をかける。 階段を上がっていくティエル達の背を見つめてからリアンは立ち止まり、ゆっくりと彼を振り返った。 「あら、そんなことあなたに言いましたっけ? ……あまり記憶にありませんけど……」 無表情で腕を組んでいるクウォーツを見上げ、リアンはけろっとした顔で口を開く。 「まぁ私にとっては両親なんて、いてもいなくてもどうでもいいってことでーすわ」 「……どちらが本当か嘘かなんて興味はない。貴様の両親の生死など、私には関係ないしな」 彼女の言葉にクウォーツはいつものように淡々と言葉を発していたが、ほんの少しだけ表情に影を落とす。 「だが、平気な顔をして嘘をつき続けるのだけはやめ──……」 「──あ! やぁっと見つけた、クウォーツさん!」 クウォーツがリアンに歩み寄ろうとした刹那、背後から明るい声が聞こえてきた。 「朝からずっと探していたんですよー」 片づけが終わったらしきあのウエイトレスが、エプロンで手を拭きながら笑顔を浮かべて駆け寄ってきたのだ。 その瞬間、何かを言いかけていたクウォーツは口を閉ざして立ち止まる。 「こんな雨ですし……まだここにいらっしゃるんでしょう? お暇なら、この町のお話とかしますよ!」 「……話はそれだけ? それなら、私行きますわよ。可愛いウエイトレスさんのお相手でもしてあげなさいな」 リアンは呆れたように言葉を発すると、背を向けて歩き始めた。 一体クウォーツは何を言いかけていたのだろうか。 少々気になったが、歩き始めたら段々とどうでもよくなってきた。 階段に向かって数歩進んだところで、背後から控えめにウエイトレスの声が聞こえてきた。 「あっ……もしかして今の女の人と話し途中だったんじゃないですか? 私、お邪魔だったみたいですね。 何だか割り込んでしまった形になってごめんなさい……」 先程とはうって変わって、どこか沈んだ声。それから彼女は意を決したように先を続けた。 「あなたは雨が止んだら行ってしまう。──だから、雨の間少しでも……あなたのそばにいたくて……」 「え……?」 彼女が発した呟きに、クウォーツが怪訝そうな口調で声を発した。 「……」 階段を上りかけていたリアンは、その言葉に思わず足を止めて振り返りそうになってしまった。 今の台詞はどんなに鈍い者でも、自分に対して好意を持っていることが分かるだろう。 鋭いクウォーツなら尚更だ。 これ以上二人の会話を盗み聞きするつもりもなかったので、リアンは階段を駆け上がっていった。 +DeadorAlive+ |