Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第12章+ロマンス

第135話 交差する想い





「私、お邪魔だったみたいですね。……何だか割り込んでしまった形になってごめんなさい」



マリアと名乗ったウエイトレスは、どこか沈んだような顔つきになって顔を伏せた。
階段から滑り落ちそうであった彼女を助けてから、なにかとクウォーツに話しかけてくるようになったのだ。

どちらかと言うと、今まで避けられることが多かった彼にとって、これは随分と意外なことであった。




それに彼女はどことなく、ハイブルグ城にて庭師をやっていた少年トキオに似ていたのである。
馬鹿正直で、純粋で、人を疑うことなど知らなかったあのトキオと彼女が重なるのだ。

全く臆することなく、必死に笑顔で話しかけてくる彼女を無視することなどできはしなかった。




そんな彼女が、やがて意を決したように顔を上げる。
「あなたは雨が止んだら行ってしまう。──だから、雨の間少しでも……あなたのそばにいたくて……」


「え……?」


その言葉から瞬間的に彼女の気持ちを悟ったクウォーツは、目の前で顔を赤くさせているマリアを見やった。
ロビーには彼ら二人だけしかおらず、外の雨の音がいやに響き渡っている。



「雨なんか、このまま止まないで欲しいなんて思っているんです」
何も言葉を発さず、射抜くような鋭い眼差しで見つめてくるクウォーツにしっかりと顔を向け、マリアは続けた。


「一方的な勝手な言い分だとは分かっているんです。迷惑だってことも承知の上で言わせてください。
私、あなたのことが……好きなんです。……好きに……なってしまったんです……」




暫しの沈黙。
耳まで真っ赤にしたマリアを眺めていたクウォーツだが、明らかに演技などではない嫌悪の顔つきになる。



「好きになっただと? 私のことを? 本気で言っているのか? はっ、くだらない。くだらんね……!
言ってやろうか、私はそういうくだらん感情が一番嫌いなんだ。吐き気がするほどな」

肩を震わせ、声にならない声で笑い始めたクウォーツは、それから冷めた瞳でマリアを眺めた。



「……私のことなど何一つ知らないだろうに」

「確かに、私……あなたのことを全然知りません。知らないことが多すぎます。出会ってまだ日も浅いです。
けれどいくらあなたでも……この感情をくだらないなんて言わないで下さい! 本当に、私、あなたが……!!」




「それならば私が、今から部屋に来いと言ったら? 服を脱げと言ったら? 脚を開けと言ったら?
貴様は私のことが好きだと言ったな。……できるはずだろう?」

冷めた瞳のままクウォーツはマリアに歩み寄ると、彼女の顎を掴んで口付けようとする。



「面白い。丁度退屈していたところだ。抱いてやる、部屋に来いよ」
「や、やめっ……!」




きつく唇を噛みしめ、マリアが彼の手を振り払おうとした刹那。二人の前にサッと影が飛び出した。


「おいお前! マリアは真剣なんだ……それをくだらないなんて言って馬鹿にするな!!」
エプロンを身に付けた、オレンジを帯びた茶色の髪の青年である。おそらくここの従業員の一人なのであろう。



彼の出した大きな声に、一体何の騒ぎかと首を傾げながら人が集まってきた。




「カシマ!? あ、あなたには関係ない話よ!」

「いいから黙っていろマリア! オレはこういう、人の真剣な気持ちを踏みにじる奴が大嫌いなんだ!!」
カシマと呼ばれた青年は無理矢理彼女を後ろに下がらせると、無表情のクウォーツを強く睨み付ける。


「客だからって容赦しないぞ、さっきの言葉を訂正してマリアに謝れ!
お前みたいな根性腐った男にマリアは勿体無いけれど……けれど、彼女は本気なのに、真剣なのに!!」



「もうやめてったら! ごめんなさいクウォーツさん、カシマは悪気があって言っているんじゃないから……」





「……な……何なんですのよこの騒ぎは……。何でこんな事になっちゃってるんですのよ……」
階段を上り終えていたリアンも、階下の怒鳴り声に思わず引き返してきてしまったようである。

一階のロビーは既に騒ぎを聞きつけた従業員や宿泊客が数人集まっており、
その輪の中心では涼しい顔のクウォーツと怒りで顔を赤くさせた従業員らしき青年が向かい合っていた。




「これはこれは……突然出てきて随分な物言いだな」

肩をすくめたクウォーツは階段の手すりに軽く寄りかかり、実に呆れたような表情を浮かべる。
しかしリアンには、まるでわざと彼が青年を挑発するような態度を取っているように見えたのだ。


普段の彼ならば、相手になどしないはずだ。無表情のまま聞き流し、決して言い返したりはしないはずである。




「そのウエイトレスは私に好意を持っているみたいだしな。まぁ、飽きるまで適当に遊ばせてもらおうか……」


「てめえ!!」
クウォーツの言葉にカッとなった青年は、拳を握り締めて彼の頬を殴りつけた。

「今度マリアに近づいてみろ、その鬱陶しい顔を二目と見られないようにしてやるからな!!」




女性の悲鳴。ワッとざわめく周囲。
その中から従業員と思わしき者たちが飛び出して、興奮している青年を慌てて取り押さえる。


殴られた衝撃で後ろに倒れこんだクウォーツは、立とうともせずに切れた唇の端の血を拭った。



「ちょ、ちょっとクウォーツ大丈夫!? 何をらしくないことやっているんですのよ……口の中切れてるんじゃ……」
思わず飛び出したリアンは未だに状況が飲み込めずに、オロオロとしながら彼を起こそうと手を伸ばすが。




「……その男の言うとおり、私はそんなくだらん男だよ。さっさと忘れてしまうんだな」

差し出されたリアンの手を払うと、クウォーツは血の混じった唾を地面に吐き捨てた。
ゆっくりと身を起こし、扉のノブを掴む。それから一気に扉を引くと、叩きつけるような雨の中に飛び出した。




「クウォ……」
「待って下さい!!」

その時。
慌てて追いかけようとしたリアンの横を、あのマリアと呼ばれたウエイトレスが駆け抜けて行ったのだ。


彼女もまたクウォーツの後を追って、雨の中へと飛び出していく。




「畜生! マリア……なんでだよ……なんで……!!」
あっという間に雨の中へと消えていった二人の姿に、リアンと先程の青年は呆然としながら扉を眺めていた。















「リアンったら一体どこに行っちゃったんだろ。一緒に雨止み坊主とやらを作ろうと思ったんだけどな……」
ペタペタと足音を立てながら廊下を歩くティエルは、湿気で先がくるんと丸まってしまった髪を指に絡めた。



両側の扉からは、時折笑い声が聞こえてくる。

この港町ティークバウムに立ち寄る者達の多くは、エルキド行きの船が目的なのだ。
皆ティエル達と同じく雨によって足止めを食らってしまっている。


宿が数十件も存在しているのは、こんな状況を考慮して上のことなのだろう。




サキョウから雨止み坊主の作り方を教えてもらったティエルは一緒に作ろうと、先程からリアンを探していた。
そんなことを考えながら歩いていると無意識のうちに二階の廊下の端まで来てしまい、慌てて引き返す。

ようやく自分達の部屋の前まで来たティエルは、ハアと溜息をつきながら扉を開けた。




「あーら、お帰りなさいティエル。どこに行っていたんでーすの?」
部屋の中には、ベッドに腰掛けるリアンの姿があった。


「もう宿屋の中は探検し尽くしたんじゃなくて?」



「リアンこそどこに行っていたのよー! わたし、さっきからずっとリアンのこと探していたのに……」
「そうだったんですの、ごめんなさいね。まぁどこに行くも何も、この雨じゃどこにも行けなかったでーすわ」

肩をすくめて見せたリアンは、雨が激しく振り続ける窓の外を眺めてからほんの少し表情を曇らせる。




「みんなそれぞれ暇をつぶしているみたいですけどね。サキョウは室内トレーニングでしょうし、
ジハードは昼寝のしっぱなし、クウォーツは……はぁ、思い出すのも馬鹿らしいですわ」




「……?? あ、そうだ。さっき隣の部屋の男の人が、リアンのことすっごい美人だって言ってたよ。
今夜部屋に遊びに行ってもいいかって。美味しいジュースを持っていくから、一緒に話そうってさ」

ポンと手を叩いたティエルは、先程部屋から出たときに会った金髪の若い男を思い出した。
彼は旅のプリーストで、異文化を学びにエルキドへ行くつもりなのだそうだ。確か、なかなかハンサムであった。




「えぇー? あのウエイトレス達に騒がれていた金髪の男ですわよね。私に声をかけるなんて百億年早いですわ」
あからさまに嫌な顔を浮かべたリアンは、波打つ長い髪を気取った仕草で払い除ける。


「私の恋人になる資格は、まずこの私よりも強くなくちゃ。広い背中に逞しい腕! これが必須条件でーすわ」




「……リアンよりも強い男の人って、そうそういるもんじゃないと思うけどねぇ。魔法力の点だけど」
まるで人形のように整った顔立ちの友人を眺め、ティエルはベッドに寝転がりながら苦笑をした。

「リアンみたいな美人なら、モテてモテて大変でしょう?」



「そうですわ。言い寄ってくる男が多くて、本当に困っているくらいなんですから」
頬杖をついたリアンは、それからどこか寂しげな微笑を浮かべる。

「……けれど……本当に見てもらいたい相手に好かれてさえもいなければ、意味なんかないんですけどね……」




「リアン……?」

そう呟いた彼女の表情があまりにも辛いものだったので、
ティエルは何も言えずにリアンを見つめていることしかできなかった。







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