Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第12章+ロマンス

第136話 Melancholy -1-





「おういジハード、いくらなんでもそろそろ起きたらどうだ。もうすっかり日が暮れているぞ」



サキョウはベッドの上で座禅を組みながら、隣のベッドで丸くなって寝転がっているジハードに声をかける。
しかしサキョウの声にも、彼はもごもごと意味不明瞭な呟きを口にして起きる様子を見せない。



「よくそんなに眠れるなぁ。確か朝食を食べてからすぐに二度寝を始めたのだろう? それから12時間か……」

夕食の時間まで、まだ少しばかり時間がある。
特にやることの見つからないサキョウは、先程からベッドの上で静かに瞑想をしていたのだった。




次の目的地は自分の故郷である東方エルキド。


両親をヴァンパイアであるバアトリに殺害され、飛び出すようにエルキドを出たサキョウであるので、
故郷に対する想いは色々と複雑である。楽しい思い出もあるが、それ以上に悲しい思い出がある。

だが故郷は故郷。サキョウにとって大切な場所だ。帰れることが楽しみでないはずがない。
幼なじみや、昔からの知り合いが多くいるのだ。そして、彼が密かに想いを寄せる女性もいる。



「早く雨がやまんかなぁ……」















「……あ〜ぁあ、久しぶりによく寝た……あれ?」

暫くの後。気が済むまで寝たので、ジハードが随分と爽快な表情で上半身を起こして伸びをする。
大きなあくびをして目を擦り、そしてベッドの上で座禅を組んだままイビキをかいているサキョウに目を留めた。


少し首を傾げたジハードは、ピンピンとはねた寝癖頭を直そうともせず、サキョウの顔を覗き込んだ。



「ねえサキョウ、瞑想したまま眠ったら意味がないよ? おーい」
口元に笑みを浮かべながら、眠るサキョウの頬を優しく何度か叩いてみる。



「うむ? うーむむ……ハッ、い、いかん! ワシとしたことが、瞑想中に眠ってしまうなど……」
カッと目を見開いたサキョウは、それから目の前のジハードを見て苦笑をした。

「おお、やっと起きたのかジハード。お前やっぱり寝すぎだぞ! 今日は寝ている時間の方が圧倒的に多いしな」




「こんな雨の日は身体がだるくなるしね。早起きのティエル達に合わせていたら、ぼくの身体が持たないよ」
やれやれとして言いながら自分のベッドに腰掛けると、椅子の上に脱ぎ散らかしたままの上着を手繰り寄せる。


「まだ雨が降っているのかい? こう雨ばかりだと、どうも眠くなるよ」
「宿のマスター殿が言うには、二、三日は続くそうだ。まぁエルキドは逃げんしな。気長に待とうではないか」


そうサキョウが口を開いたとき。扉の外で声が聞こえ、数回ノックされるとガチャリと開いた。




「おうい、ご飯の時間だよー……あ! やっとジハードが起きた。しかも頭ぼっさぼさー!」
勢いよく扉を開いたティエルは、寝癖頭のままのジハードを目にすると思わず笑いを吹き出す。



「やーだ、少し髪を梳かしてから一階に行った方がよろしくてよ?」


その彼女の背後に立っていたリアンが、苦笑を浮かべながら櫛をジハードに差し出した。
ありがとう、とそれを受け取ったジハードはモゾモゾと透き通った白髪を梳かし始める。




「クウォーツ見かけなかった? わたし朝食の後から見てないんだけど……部屋に行っても返事がないの」
ジハードのベッドの端に浅く腰掛けたティエルは、髪を指先に絡めながら口を開いた。

「やっぱりみんな揃って夕飯食べたいしさぁ。それに作った雨止み坊主を見てもらいたいんだけどな」




先程までティエルはリアンと一緒に雨止み坊主を作っていたのだが、ただ作るだけでは面白くないと、
五つ作った雨止み坊主を、全て仲間達をモデルに作ったのだ。しっかりとマジックで髪も塗ってある。



「……ティエルったら、別にあの男がいなくてもいいじゃない。どうせいつもいない方が多いんだから。
あんな単独行動の上に何を考えているのか分からない男なんてほっときましょうよ」


「クウォーツで思い出したのだが。あいつはよく茶色の髪のウエイトレスと一緒にいる所を見たなぁ。
あの重度の無愛想であるクウォーツに近づくとは……なかなか肝の据わったウエイトレスがいるもんだ」

思い出したように手を打ったサキョウは、にやりと怪しげな笑みを口元に浮かべてみせる。




「案外、あいつは積極的な娘に弱かったりしてな。意外に普通の娘にコロッと落とされたりするかもしれん」


「身近に私やティエルのような、最高の女の子がいるっていうのに……目もくれないなんて信じられませんわぁ」
ジハードから櫛を受け取ったリアンはそれをポーチの中にしまうと、目を閉じて気取った風に髪を払い除けた。

「……それより、そろそろ一階へ行きません? 私お腹空きましたわ」




「ぼく、顔洗ってから行くよ。どうも頭がすっきりしてないしね」
「ワシとジハードは支度がまだであるから、先に行っていてくれ。すぐに下りていく」




そのサキョウの言葉に、ティエルとリアンは部屋から出ると階段に向かって廊下を歩き始めた。

途中、従業員達が集まっている部屋の前を通る。
中から話し声が聞こえてきていたが、特に気にすることもなく通り過ぎようとした。




「ね、聞いた? カシマの話! なんでもあの青い髪の客を殴っちゃったんだって。マスターに叱られてた」
「……確かカシマって、マリアのこと好きだったんじゃなかったっけ? あたしそう聞いたんだけど」

中から聞こえてきた話し声に、思わずリアンの足が止まる。首を傾げながらティエルも足を止めた。



「でもマリアの方は、青い髪の客に本気で惚れてるんでしょ? 確かに彼、顔だけは良かったしねー。
それでカシマに殴られた後、彼ったら雨の中飛び出しちゃったんだって。それをマリアが追って行ったらしいのよ」


「……で、まだ帰ってないんだって。もしかして、せめて一夜だけでも共に……ってやつ!?」

「マリアったら意外に積極的なんだから。いいなぁ、羨ましーい。なんちゃって」
「やぁだ、何言ってるのよバカー」





「……青い髪の客って、絶対にクウォーツしかいないよね。ねえリアン、一体何があったのか知ってる?」


「いやねぇ、私がそんなこと知るわけないじゃないでーすの。どうでもいいですし。
あんな冷めた男が良いだなんて、ここのウエイトレスは皆そろって趣味が悪いですわ。行きましょティエル」



「あ、ちょっ、ちょっと待ってよリアンー!」
眉をしかめたリアンは、ズンズンと廊下を進んでいく。それを慌ててティエルが追いかけていった。















既に宿泊客で賑わっているレストランに入り席についていると、やがてサキョウとジハードがやって来た。
顔を洗ったにしては随分とジハードは眠そうな表情である。あくびをしながら歩いてくる。


「うむ? やはりクウォーツの姿が見えないようだが。本当にどこに行ったのだか、あいつは……」
ガタガタと席に着いたサキョウはテーブルを見回し、溜息と共に口を開いた。



「なんかね。わたしも分からないんだけど、外に出てったまま帰ってきてないんだって。……大丈夫かな……」




そう言いながらティエルが顔を上げたとき。カラランと入口の鈴が鳴り、次第にロビーの方が騒がしくなる。
何の騒ぎなんだとティエル達がロビーの方に視線を向けると、全身ずぶ濡れのクウォーツの姿が見えた。



「クウォーツ! 一体どうしたの、今まで何を……ってあれ!?」



席を立ってクウォーツに駆け寄ったティエルは、彼の背後に立つ同じく濡れたウエイトレスに目を留める。
気のせいか、彼女の方はクウォーツに比べるとさほど濡れてはいない。




「も、もしかして……ずっとこの人と一緒だったの?」


「……ああ」
カシマのことを詫びるマスターから受け取ったタオルで髪を拭きながら、クウォーツがティエルに顔を向けた。

先程ウエイトレス達が噂していたとおり、彼の唇の端には殴られたと思わしきアザができている。




「可愛いウエイトレスさんと二人っきりで、一体どこに行っていたんですのよ。こんな時間まで。……二人で」
目を細めながら腕を組んだリアンが、クウォーツの行く手を遮った。


「最低。女なら誰でもいいんですのね。だからヴァンパイアは嫌なのよ」



「……別にどこだっていいだろう。どけ、前に立たれると邪魔だ。私は着替えに行きたいんだ」
彼は凍りつくような冷たい口調で言うと、足音を乱暴に響かせながら階段を上がっていった。




「なんですの、あの言い方! あなたも趣味が悪いですわね、あんな男に惚れるなんて信じられませんわ」
階段に向かって舌を突き出したリアンは、それから背後のウエイトレスに顔を向ける。

「……ごめんなさいね、あいつの所為で変なことになっちゃって」




「いいえ、彼は悪くないんです。だから悪く言わないで下さい。私が勝手に迷惑をかけてしまっただけですから」
ティエルらに向かってぺこりと頭を下げたウエイトレスは、自分もまた着替えるために奥へと消えていく。




『悪く言わないで下さい』って……。
あなたの惚れた男を、私は悪くしか言うことが出来なくて申し訳なかったですわね。


──と、喉まで出かかった言葉をグッと飲み込んだリアンは、努めて冷静な表情でテーブルへと戻っていった。






+DeadorAlive+