Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第12章+ロマンス

第138話 ミノタウロスバトル





「くたばれ、この化け物!!」
「くそっ、一体誰だこんなの呼んだのは……召喚魔法なんて簡単に唱えられるようなモンじゃねえんだぞ!!」

大剣を振りかざし、あるいは自慢の拳を握り締め、また別の者は口早に詠唱を呟きながらミノタウロスに向き合う。
しかし皆、倒れたテーブルやら椅子やらが邪魔になり、本領発揮できずにいるようであった。




「うがあああっ!!」

周囲でミノタウロスの隙を伺っていた格闘家タイプの男が、悲鳴と共に吹っ飛ばされてくる。
ティエルのすぐ背後の壁に激突した彼は、壁に大きな窪みを残して地に崩れ落ちた。



「だ、大丈夫!?」
「オレに任せてくれ、一応治癒魔法を勉強中なんだ」


倒れた男に駆け寄ったティエルの隣にしゃがんだのは、隣の部屋に泊まっていた金髪プリーストの若者である。
水色の衣装に身を包んだ彼は、一度大きく深呼吸をすると倒れている男の折れ曲がった腕に手をかざした。

癒しの力のエキスパートであるジハードには到底及びもつかない治癒魔法ではあったが、
彼の手の平から発せられる淡い緑の光は確実に傷を癒し始めている。




「……隣の部屋の彼、治癒魔法が使えたんですのね。なかなか素質ありじゃないでーすの」
頬杖をつきながら呟いたリアンは、感心したような言葉を溜息と共に発した。

「さーて。他の冒険者の方々にばかり、いいカッコさせるわけにもいきませんわよ!
内腑煮たぎり、魂燃え尽くす、冥府に潜む者達集いて灼熱の火炎となれ……メギドフレア!!」


「僕も助太刀いたします、これでも巷では結構名の売れている魔法使いなんですよ」
ロッドを回転させながら灼熱の炎の魔法を唱えるリアンの隣に、黒い帽子を身に着けた若い魔術師が並ぶ。

「天空を舞う烈風を真空に変え、標的を切り刻め……ウインドカッター!!」




リアンの唱えた火炎の塊と、少年の唱えた風の刃が連続してミノタウロスを襲った。
黒く焼け焦げた部分を容赦なく切り刻む真空の刃を、ミノタウロスは鬱陶しそうに見やる。


その表情からして、痛みに対してはかなり鈍いようである。しかし魔法は効果がありそうだ。




「でやぁ──っ!!」
手ごたえありと喜ぶリアンの横を通り抜け、ティエルが封魔石イデアを振りかざしながら駆けて行く。

腕の毛に着火した炎を叩き落すことに夢中であったミノタウロスは、あっさりとティエルの一撃を左足に受けた。
切り裂かれた肉の隙間から、ダラリと赤い色の血が流れ出す。




「お嬢ちゃん頑張れー!」
「その調子、やっつけちゃえ!」

背後に受ける声援にティエルが振り返ると、階段付近でウエイトレスや客達が拳を振り回しているのが見えた。



「やっつけちゃえって……口で言うほど簡単にはいかないんだけどな〜」

ミノタウロスはまるで鉄のように硬い皮膚であった。一回斬りつけただけでも随分と体力を消耗してしまう。
隣を見ると、数回斬りつけただけで既に剣がボロボロになっている戦士がいた。




「……あの様子だと、随分とミノタウロスは皮膚が硬いみたいだよ。斬るよりも突く方が効果が大きいかな?
けれど普通の剣や槍ならば、数回斬りつけただけで駄目になりそうだ。あなたの刀はどうなんだい?」

未だにのんびりと椅子に座りながら、ジハードは気難しい顔つきのクウォーツに顔を向ける。



「ならば尚更戦う気が起きん。むやみやたらに斬りつけて、私の愛刀が使い物にならなくなるのはごめんだね」

やれやれとやる気なさげに肩をすくめて見せたクウォーツだったが、その瞳が突然鋭く細められた。
ミノタウロスが暴れていた衝撃で、尖ったグラスの破片がいくつか彼らに向かって飛ばされてきたのだ。


瞬間的に左手で刀を掴んだクウォーツは一つも見逃すことはなく、それらを全て弾き返す。




「お見事! ねえ、前々から思っていたのだけど……あなたのその剣技は独学なのかい?
それに何不自由ない身分であったあなたが、剣の腕をそこまで磨いて見せた理由が知りた……」

ジハードの言葉に一瞬だけクウォーツの表情が強張ったが、何も答えずに立ち上がった。




ガタン、と次々に投げ飛ばされていくテーブルや椅子。

飛び交い砕け散る食器類や障害物を避けながらの戦闘は、正直かなり辛いものがあった。
自由に動き回れないのだ。


狂ったように振り回しているミノタウロスの太い腕に掴まれたティエルが、勢いよく投げ飛ばされてくる。



「ティ、ティエル! 大丈夫ですの!? 怪我はない!?」
慌てて駆け寄ったリアンは観葉植物に埋もれたティエルを助け起こし、無事であることを悟ると胸を撫で下ろす。


「う……いたた……なんとか大丈夫……」
ひっくり返った鉢植えの土を頭からかぶってしまったティエルは、一回ゲホゲホと咳をすると笑って見せた。




「仕方ないな……行け、我が忠実なる闇のしもべ達よ!」


短い詠唱を口の中で済ましたクウォーツは、左手の妖刀幻夢でピタリと狙いを定める。
すると何十、何百という吸血コウモリの群れが姿を現し、一直線にミノタウロスに向かっていく。

しかし絶大な攻撃力を誇る吸血コウモリの攻撃も、ミノタウロスの頑丈な肌にはかすり傷程度しかつけられない。



「チッ……やはり効かぬか。それならば私が出るまで!」

口元に歪んだ笑みを浮かべたクウォーツは、妖刀幻夢を握り直すと風の速さで突っ込んでいった。
その途端、階段で応援らしきものをしている女性達から上がる黄色い悲鳴。




「キャー! クウォーツさぁん、頑張ってー!」
「あんた、あっちの金髪プリーストのシオンさんの方がいいって言っていたじゃない。この浮気者!」




「……」
ミノタウロスの足を切り裂いたクウォーツは、地面に着地をすると何とも言えない実に嫌な顔つきになる。



「ここを闘技場か何かと勘違いしているのではなかろうか……一応生死をかけてワシらは戦っているのだが」
その隣で構えの姿勢を取っているサキョウがボソリと呟いた。

「ワシのファンもおらんかなぁ……」




「闘技場感覚であるなら、それはそれでいいんじゃないかな?
怖い思いをさせてしまうと混乱する場合があるからね。観衆が怖がっていないうちにカタをつけてしまおう」

ジハードはニッコリと笑みを浮かべると、腕に抱えたリグ・ヴェーダを開いて詠唱を始める。
彼の放った魔法陣は、ミノタウロスのみを巻き込んで爆発を起こした。


「応援されたら、負けられないって思わない? それに徐々に敵は弱っているみたいだよ。あともう一息だ」



「くだらんな。……外野の声にいちいち気を取られていては命取りになるぞ、ジハード」
冷たい瞳をスッと細くして呟いたクウォーツは、妖刀幻夢を握り締めると再びミノタウロスに向き直る。




数人の戦士達が相手をしているが、そのうちの一人が派手に殴り飛ばされてしまったようだ。
頭から観葉植物へ突っ込んでいく。


「このままじゃ宿が破壊されちゃいますわよ! 手加減を知らない連中なんですから……。敵も味方もね!」
呆れたように大きく溜息をついたリアンは、膝を擦りむいて座り込んでいるティエルに顔を向けた。

「ティエルはここで休んでいて下さいな。私が一気にケリをつけてきてやりますわ」



「リアン……怪我しないようにね」
「……ん。分かってまーすわ」

パチンとひとつ大きなウインクをすると、立ち上がってミノタウロスへと愛用のロッドを突き出す。




「怪我をしたくなかったら離れて下さいな! とっておきの魔法をお見舞いしますわよ!!」
その声と同時に、さすが戦い慣れた冒険者達は一気にミノタウロスから身を離した。


「眩き光よ、貫く刃となりて大地を引き裂かん……ライトニングサンダー!!」




耳をつんざくような轟音と共に、リアンのロッドの先から眩いばかりの電撃が迸る。
その黄色い閃光は一直線にミノタウロスへと向かっていき、避ける暇のなかった巨体を引き裂いた。


「グギャアアァァァァ!!!」



この世のものとは思えぬ叫び声を上げたミノタウロスはそのままゆっくりと倒れていく。そう、誰もが思った。
しかし倒れる瞬間、ミノタウロスは右足でしっかりと踏ん張ったかと思うと、リアンに向かって突進し始めたのだ。




「……え……!?」


完全に倒したものだと、あまりにも周囲は油断していた。
まさかこちらに突進してくるとは夢にも思わなかったようで、リアンは呆気に取られた表情のまま立ち止まっていた。




「リア──ン!!」

ティエルの声にハッと我に返った彼女は、慌てて逃げ出そうと一歩足を踏み出す──と。
そのときリアンは見てしまったのだ。


彼女の背後でテーブルに隠れるように、逃げ遅れたのかと思われるウエイトレスが座り込んでいたのを。




食堂内は椅子やテーブルが飛び交っていたので、恐らく逃げるタイミングを失ってしまっていたのだろう。
彼女の名は確かマリアといった。あのクウォーツが珍しく話しかけられて返事をした相手であった。


あの二人が一緒にいるところを見ると、何故か無性に気になった。不安な思いに駆られた。なんとなく苛立った。



今ならまだ間に合う。ミノタウロスとのこの距離なら、全力で逃げれば自分だけは助かる。
勿論、自分の背後に座り込んでいるマリアは間違いなく即死であろうが。




(この娘がいなくなったら……)
この娘がいなくなったら、彼は──……。




「何をボサッとしているんだ! 死ぬぞ!!」
突っ立ったまま動かないリアンに眉をしかめたクウォーツは、軽く舌打ちをしながら地面を蹴って駆け出した。

「本当に世話が焼ける奴だ……!」




(……それで? 彼は人を愛せない男だってことくらい、よく分かっているじゃない。……私、どうかしていましたわ)
そこで考えを中断したリアンは頭を振ると、座り込んだまま震えているマリアの手を握り締めた。


「立って! 一緒に逃げますわよ!!」



ミノタウロスの突き出した腕は目前にまで迫っており、太く鋭い爪がリアンに振り下ろされる。
──しかし。

その爪はリアンの前へと躍り出たクウォーツの肩をかすめ、彼も負けじと妖刀幻夢を前へと突き出した。
刀はミノタウロスの眉間を貫通しており、物言わぬままミノタウロスは今度こそ地に崩れ落ちる。



しんと静まり返る中クウォーツは軽い溜息のようなものをつくと、ミノタウロスの眉間から刀を引き抜いた。




「……クウォーツ……」
リアンは暫く呆然としていたが、先程ミノタウロスの爪が彼の肩をかすめたことを思い出して彼に駆け寄った。

「肩、大丈夫なんですの……?」


「かすっただけだ、無傷であるよ」
幸いにも、ミノタウロスの爪は彼の服を切り裂いただけであった。それから彼は無表情で背を向ける。


「……今回のことは貸しにしておくからな。いつか倍にして返せよ」



「倍ですって!? 誰もあなたなんかに助けてくれなんて頼んだ覚えはないですわよ! ……ばかっ!!」
思い切りムッとした表情を浮かべたリアンだったが、やがて彼には聞き取れないような小さな声で呟いた。



「……ほんとに……なんであなたって、危ないときにいつも助けに来てくれるんですのよ……」




ミノタウロスがやられたことを悟ると、今まで戦っていた冒険者達は脱力したようにその場に座り込んだ。
ワーッと上がる歓声。二階や階段に避難していた他の宿泊客達が手を叩いて喜び合っている。

「すっごーい、モンスターやっつけちゃったのね!」
「オレ、あんなでっかい魔物見たことなかったぜ……早速明日、皆に自慢してやらなきゃ」

「その前に後片付けでしょ?」




従業員達は割れた食器類を片付け始め、数人の客達もそれを手伝い始めた。

「いやー、本当にありがとう! あんな魔物相手に怯まず向かっていくなんて勇気あるなぁ」
残りの宿泊客は疲労で座り込んでいるティエル達を取り囲み、口々に礼を言う。


ティエルは彼らに向かって軽く会釈を浮かべると、倒れているミノタウロスを振り返った。
すると、突然紫色の魔法陣が浮かび上がり、ミノタウロスの死体はそれに吸い込まれるようにして消えてしまう。



「いやぁ、本当にとんだ災難だったな」
背後で怪我人の介抱をしていた金髪プリーストの青年が軽く額の汗を拭う。

「しかしこんな魔物、一体誰が召喚したんだろうね?」



「さあ……悪戯にしてはひどいよね」
彼に問いかけられ、答えの思いつかなかったティエルは軽く首を振って見せたのだった。






+DeadorAlive+