| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第12章+ロマンス 第139話 おやすみなさい 「あっれぇー!? ミノタウロスちゃん殺されちゃったあ……召喚術は完璧だったんだけどな」 小雨が降り続ける中、宿の屋根にちょこんと腰掛けていた小柄な人影が大げさに驚いたような声を発した。 それから薄い桃色の髪をした幼い少女は、その愛くるしい顔に歪んだ醜い笑みを浮かべる。 「ま、このくらいで死んでもらっちゃ面白くないからねっ。じわじわと追い詰めて、翼をもいであげる。 その時まで生きていてもらわないとね★ ……そう思うでしょ、ヒッポ?」 呻き声のような笑い声を響かせた少女は、抱えているクマのぬいぐるみに向かって可愛らしく語りかける。 一瞬だけ辺りを明るく稲光が照らし、再び暗闇に戻る頃には既に少女の姿は忽然と消えていた。 ・ ・ ・ 皆で手分けをしてテーブルや椅子を元に戻すと、マスターの計らいにより酒やつまみ、菓子などが運ばれてきた。 ミノタウロス相手に立ち向かって行ってくれた客達へのお礼ということである。 ティエルは運ばれてきた菓子類に目を輝かせ、ミノタウロスのことなど忘れてしまっているようだ。 初めサキョウは酒をしきりに勧める戦士風の男に断り続けていたのだが、どうやら折れて飲んでしまったらしい。 顔をユデダコのように赤くさせ、随分と機嫌が良さそうに大声で陽気な笑い声を上げている。 割れたガラスの掃除や怪我人の治療が終わったジハードは、身動きひとつせずにテーブルに突っ伏している。 おそらく熟睡してしまっているのだろう。それを誰かが悟ったのか、彼の肩には毛布がかけられていた。 そしてリアンとティエルは、目の前で気に入ったお菓子の包みを広げながら隅の方で座っていたのだった。 そろそろ夜も更け、基本的に早寝の習慣が身についているティエルは大きなあくびをしている。 「ねえティエル、眠いなら部屋に戻って寝た方がいいんじゃないでーすの?」 うつらうつらとしかけているティエルに、リアンは苦笑を浮かべながら口を開いた。 その時。彼女らに向かって、マリアという名のあのウエイトレスが遠慮がちに歩み寄ってきた。 「……あら? あなたは……怪我がなさそうで良かったですわ」 「先程は、ありがとうございました」 リアンの前で立ち止まったマリアは、純朴そうな笑顔を浮かべると静かに頭を下げる。 「あの時、あなたが私の手を引っ張ってくれなかったら……私、あそこでずっとしゃがんで震えたままでした。 一緒に逃げようって言ってくれて……本当にありがとうございました。嬉しかったです」 「や、やだ! いやですわ、そんな改まって言われると照れるじゃないでーすの!」 頭を下げるマリアに対し、リアンは柄にもなく顔を赤くさせながら大きな音を立ててクッキーを頬張った。 「……それに、礼ならクウォーツに言って下さいな。ミノタウロスを倒したのは彼なんですしね」 「そう! あの時わたし、すっごいオロオロしちゃって。駆け出そうと思ったらクウォーツが飛び出したんだよ」 照れるリアンの隣で、モグモグと口を動かしながらティエルが手を打つ。 「その時思ったんだよ、ああ、もう大丈夫だなって。何故だか分かんないけど、そう思ったんだよ」 「彼……クウォーツさん。あの人、……もしかしたら本当は優しい心を隠しているだけなんじゃないかって。 そんな夢みたいなこと、勝手に思っているんです、私。ほんと、昔から思い込み激しくって」 ニッコリと、だが寂しげにマリアは笑みを浮かべた。 『そのウエイトレスは私に好意を持っているみたいだしな。まぁ、飽きるまで適当に遊ばせてもらおうか……』 「あんなことを言ったのも、全て……ひどい男なんだと私に諦めさせるようにわざわざ言ったんじゃないかって。 本当に私を騙して遊ぶつもりだったのなら、普通あんなこと言わないで黙っているじゃないですか」 「……そう、ですけど」 その言葉に、今まで忙しなくクッキーを口に運んでいたリアンの手が止まる。 「私、クウォーツさんに……フラれちゃったんですね」 そう言ってから、マリアはぼろぼろと大粒の涙を溢れさせた。 『悪いが、これ以上私に関わらない方がいい。……だから一日でも早く、私のことは忘れてくれ』 雨の中を飛び出したクウォーツの後を追った後、彼に改めて言われたのだ。そして、今すぐ宿に帰れとも。 しかしそばにいるだけでいいと宿に帰ることを頑なに拒絶したマリアに諦めたのか、彼はその後何も言わなかった。 何も言わなかったが、コートをかけてくれた。マリアがあまり雨に濡れなかったのは、そのためである。 勿論、従業員達の予想と大きく違い、彼はマリアに指一本触れることすらしなかったが。 「な、泣かないで。元気出してよ……わたしも貰い泣きしちゃいそうだよー……」 事情の飲み込めないティエルは、おろおろとしながらリアンとマリアの二人を交互に見つめていた。 「そういえば彼、随分とひどいことをあなたに言っていたみたいでしたわね……殴られて当然でーすわ」 昼のロビーでの騒ぎを思い出したリアンは、溜息をつきながらマリアに白いハンカチを差し出した。 「元気出しなさいな。あなたならあんな冷たい男じゃなくても、いい男が必ず見つかりますわよ」 マリアを慰めるようにして言ったリアンは、それから思い出したように口を開いた。 「こんな雨の中飛び出して、あの男は一体何をやっていたんだか。風邪引いたらどうするんですのよ」 「……クウォーツさんは」 そこで、目を真っ赤にしたマリアは顔を上げる。 「どうしても手に入れたいものがあるって。渡したいものがあるんだって。彼、そう言ってました──……」 「マリア!」 そう彼女が言ったとき、向こうからオレンジ色の髪の青年が駆け寄ってきた。カシマという名の従業員である。 「怪我はないか!? ……ミノタウロスが襲ってきた時さ、オレずっとお前のことを探していたんだ。 ああっ、ちっくしょー! こんな時に守ってやれなくてどうするんだって感じだよな……」 泣いているマリアの前でしゃがみ込んだカシマは、彼女の手を強く握った。 「もう二度とお前を危険な目に遭わせないよ。約束する。……オレが、マリアを守ってみせるから」 「カシマ」 自分を真剣に見つめる青年に、マリアは暫く呆然としていたが。やがて涙を拭って微笑んで見せる。 「ありがとう……」 「カシマー? 傷心のマリアに近づいて、なぁに調子の良いことをいっているのよ」 「この間町外れで出くわしたスライムに怖がっていたカシマがねぇ? マリアを守るには百年早いわよ」 そんな二人を発見したウエイトレス達が、さっそく面白そうにからかい始める。 「う、うるさいなー……スライムだろうがミノタウロスだろうが何だって来いってんだ!」 顔を真っ赤にさせて声を上げるカシマを、涙の止んだマリアが笑顔を浮かべて見ていた。 それから視線を外し、ウエイトレスにお菓子の作り方を教えてもらっているティエルや、 酔っ払ったサキョウを眺めていたリアンだったが、やがて腰を上げると静かに食堂を後にする。 賑やかな食堂とはうって変わって、ロビーはしんと静まり返っていた。 そこにもクウォーツの姿はなかった。 静かな場所が好きな彼のことだ。ロビーにいないとなると、あとは二階しかない。 階段をゆっくりと上がっていき、彼の姿を求めてしんと静まり返った廊下を歩き続ける。 二階の廊下を中ほどまで進んだ頃だろうか。テラスに面した大きな窓の前で佇む華奢な後ろ姿を見つけた。 「……クウォーツ」 「……」 いつものように無表情のまま、クウォーツは驚くこともなく静かにリアンを振り返る。 初めて出会ったときも無表情で。彼が何を考えているのか全く分からなくて。見えなくて。とても不安になって。 「……雨が小降りになってきた。この分だと、明日の朝までには止むかもな」 「あなた、わざとあの娘に突き放すようなことを言ったでしょ。わざわざ殴られるようなこと言って、馬鹿みたい」 ゆっくりと歩み寄りながらリアンは口を開いた。 「勿体無いですわね、あなたみたいな男に好意を寄せてくれる娘が現れたのに」 「余計なお世話だ」 あからさまに不機嫌そうに表情を歪めたクウォーツは、苛立ったように青い髪をかき上げる。 「貴様はそんな嫌味を私に言うためにここへ来たのか? 今は話す気分じゃないんだ。一人にしてくれ」 「あの時、雨の中飛び出した後……あなた一体何をやっていたんですの? こんな時間まで」 クウォーツの前まで歩み寄ったリアンは、眉をしかめて見せた。 マリアもそれは知らなかったのだ。彼女がついていくと言っても、これだけは同行を許してくれなかった。 彼女が暫く喫茶店で待っていると、大分経ってから彼は戻ってきたのだ。 「……あなた、この雨の中……何をやっていたんですの……?」 「本当にうるさい奴だな、貴様は。もうどうだっていいだろ……」 うんざりとしたように溜息をついたクウォーツは、胸ポケットから何かを取り出すとリアンに差し出した。 ……可愛らしいラッピングのされた、小さな包み。 「歩いていたら偶然目に付いたものでな。この雨の降り方だと、どうせ明日には止むだろうし。 それならば、お前も買う暇などないだろうと思って……代わりに買ってやったよ。ただの気まぐれだからな」 小さな包みを受け取ったリアンは、眉をしかめながら包装を開けてみる。 ……中に入っていたのは、リアンが欲しいと言っていた、あのろうそく立てと同じもの。 だが、端の方が大きく欠けてしまっている。 『……クウォーツさんは、どうしても手に入れたいものがあるって。渡したいものがあるんだって』 そうマリアが言っていたような気がする。もしかして、彼はこれを……? 「胸ポケットに入れていたのが失敗だったな。先程の戦いの衝撃で、こんな惨状だ」 欠けたろうそく立てを呆然としながら見つめていたリアンに向かって、クウォーツは溜息と共に口を開いた。 「捨てておいてくれ」 「……ううん、いいの。これがいい」 しかしリアンは幸せそうな笑みを浮かべ、ろうそく立てをそっと優しく手のひらで包み込む。 「私は、この、……欠けたろうそく立てがいいの」 幸せそうにろうそく立てを見つめるリアンを暫くクウォーツは眺めていたが、そうか、と小さく呟いた。 「言っておくが、勘違いだけはしてくれるなよ。それも先程のと合わせてついでに貸しにしておくからな」 「ええ、あなたはそんな性格の男ですものね。分かってはいるけど、いるから、……別に期待もしてませんわ」 「期待? 何をだ?」 「……あなたには関係ないですわよ」 フウと大げさに溜息をついたリアンは、それから彼に背を向けて歩き始める。 「あーあ、もう寝ようかしら。今日はあなたの顔を見ているだけで、心から疲れましたわ」 しかしリアンは数歩進んだところで立ち止まり、ゆっくりと彼を振り返る。 「……ねえ。昼間……ロビーで何か言いかけていましたわよね。あれ、何て言おうとしたんですの?」 その言葉にクウォーツは顔をリアンの方へと向け、暫く口を閉ざしていたが。やがて、視線を窓へと戻した。 「さぁな」 「ふーん……じゃ、別にいいですけど。ろうそく立て、ありがと。……おやすみなさい 」 「……ああ」 素っ気無く返事を返したクウォーツは窓の外を眺めたまま、再び彼女に視線を向けることはなかった。 リアンも、二度と振り返ることはなく薄暗い廊下を歩いていった。 辺りに静寂が戻る。物音は、しとしとと降り続ける雨音のみ。 彼女が去った後でもクウォーツは無表情のまま、時折稲光の走る窓の外を眺め続けていた。 +DeadorAlive+ |