Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第13章+蒼月の夜

第140話 新たなる地、エルキド





突然のミノタウロスの襲撃から、二日が経った。



騒ぎの明くる日は雨も大分小雨になっており、辺りが暗くなってくる頃には完全に止んでいた。

それからが慌ただしかったのだ。
四日近くも激しく降り続いていた雨なので、エルキド行きを希望する客が溢れるほど大勢いたのだ。


このままでは、雨が止んでもエルキド行きの船に乗れるのは大分先になってしまいそうである。




雨が止んで数時間後。試験的に運行されることになった船の乗船券を取るために、リアンが出かけていった。
サキョウが同行を申し出たのだが、リアンは妙に自信満々といった様子で宿を後にしたのだ。



そして、彼女は見事乗船券を手にして帰ってきた。


競争率の高い乗船券を一体どうやって手に入れたのかとティエルは何度も彼女に尋ねてみたのだが、
リアンはにやりと怪しい笑みを浮かべただけで何も答えてはくれなかった。

……もしかしたら、以前メビウスの指輪を手に入れるために使ったような色仕掛けでもしたのだろうか。
隣に立っていたサキョウも同じことを考えていたようで、ティエルと二人顔を見合わせたのだった。



勿論その事情を知らないクウォーツとジハードは、訝しげな顔でリアンとティエル達を見比べていたのだが。





深夜出港になったので、とりあえず用意を済ませたティエル達は慌ただしくエルキド行きの船に乗ったのである。
そして、一夜明けた。ミノタウロス襲撃から二日目の朝である。


試験的運行なので客の数は随分と少ないようであった。
そんな数少ない上に希望者殺到であった乗船券を獲得できたリアンを、ティエルは改めてすごいと感じたのだ。




彼女がそんなことを思っているとは露知らず、当のリアンは機嫌が良さそうに鼻歌を口ずさんでいる。

時刻は清々しい潮風の吹く朝。甲板に出ている旅人達もちらほらと見受けられた。
ティエルとリアン、そしてサキョウは甲板の手すりにもたれかかりながら取り留めのない話をしていたのだった。




「……そういえばリアン、昨日からずっと機嫌がいいよね。もしかして何かいいことでもあったの?」
あまりにもリアンの機嫌が良すぎるので、ティエルは思い切って彼女に聞いてみることにした。


「ええっ!? そんなことはありませんわよ。いいことなんか全然ありませんわ!」
そのティエルの言葉に、リアンは思わず赤くなってしまった頬に慌てて両手を当てながら彼女を振り返る。



「……私ったらそんなに嬉しそうな顔してます?」



「うん。そりゃあもう、思いっきり嬉しそうだけど……」
「先程まで自分が鼻歌を歌っていたことに気づかなかったのか?」

終始笑顔であるリアンに、呆れたように答えるティエルとサキョウであった。




一方。
彼女達とは大分離れた甲板ではクウォーツが、今はもう見えぬ港町ティークバウムの方向を見つめていた。

フッと軽い溜息のようなものをついた彼は、まだ封の破られていない封筒を懐から取り出す。
暫くそれを眺めていた彼だったが、やがて読まぬまま封筒を破ろうと手をかける。──その刹那。



「おや? 読まずに破っちゃうなんて酷いじゃないか。その手紙、あのウエイトレスに渡されたものなんでしょ?」



……背後で聞こえる、実にのんびりとしたジハードの声。
彼はどうやら昨日一日中眠っていたようで、そのためこんなにも朝早くから起きていることができるのだろう。

どこか毒気を抜かれるような彼の声に、クウォーツは手紙を破きかけていた手を止めて背後を振り返る。



「貴様には関……」
「貴様には関係ないことだ、ほっといてくれ。……とか、きっとあなたのことだから言うつもりでしょう」




図星とでも言いたそうな表情でジハードはクウォーツの隣まで歩み寄ると、手すりに背中を預けた。

「けどさ、人の真剣な気持ちは邪険に扱っちゃいけないよ。せめて手紙に目ぐらい通してあげたらどうかな?」
「お節介なやつだな……」



その言葉に渋々クウォーツは封を開け、中に入っていた手紙にざっと目を通してみる。

出発時に見送りに来たマリアから渡された手紙の内容は、ミノタウロス騒ぎでの礼と迷惑をかけてしまった侘び、
そして彼女のクウォーツに対する気持ちが書かれていた。




『また……会えますか?』




出発するときに彼女はそんなことを言っていたような気がする。もう二度と会えないと分かっているはずなのに。
眉一つ動かさずに手紙を読み終えた彼は、それを懐にしまうと肩をすくめて見せた。


愛という感情など、クウォーツは一度たりとも持ったことはない。偽りの愛ならば何度も語ったことはあったが。
そして、自分に向けられる愛情も全て偽りのものだと割り切っている。


──かつて、彼が本当に愛せるのかもしれないと思った唯一の相手……ギョロイアがそうであったように。




「私には分からん。何故生き物は、こんなくだらない感情で一喜一憂するのかね」

「こんな感情だからこそだよ。……あなたにも、いつかは分かって欲しいな」
あからさまに嫌そうな表情を浮かべているクウォーツにも気にせず、ジハードは息を吸い込んで笑顔を浮かべる。



「でもね、愛っていうのはいいものだよ。あーあ。生きる者達がみんな幸せになれたらいいのにね」



「……貴様の頭の中は、いつも幸せいっぱいだな」
「うん、そうかもね。あなたにも分けてあげたいくらいだよ」

「……」
皮肉を言ったつもりなのだが逆に頷かれてしまい、話をすることに疲れたクウォーツは軽い溜息をついたのだった。















「おおおーっ、見えてきたぞ、我がふるさとが!」


弾んだ声を発しながらサキョウは船の手すりから身を乗り出し、段々と近づいてくる港を指さした。
先程は水平線の彼方にポツンと見えていた島国の端っこであったが、大分近づいてきているようだ。

港町の建物の数々が肉眼でも見える。
それらエルキドの建物は、ティエルにとって見たこともないような変わった建物の造りをしていたが。




東方・エルキド。

島国と言うには広大で、大陸と言うには少々規模が小さい。
他の大陸とは一味も二味も違った独特の文化が栄えているので有名な国である。

その独特の文化に惹かれ、エルキドに渡る学者や冒険者は多い。


エルキド人とは黒い瞳と髪が特徴的な人種で、全体的に大柄な人物が多いと言われている。
ティエルのよく知るエルキド人はサキョウとゴドーの二人だけ。二人は熊のように巨大な肉体を持っているのだ。




「我が故郷エルキドの地を踏むのは……かれこれ一年ぶりになるなあ。一応手紙は頻繁に出していたが」

サキョウにとっては懐かしい故郷であるのと同時に、忌まわしい過去を呼び起こす因縁の地でもある。
彼の両親は吸血鬼バアトリに惨殺されたのだ。

だがサキョウは、満面の笑顔でティエルを振り返って故郷を指差していた。
故郷に帰ることが心の底から嬉しいのだろう。




「エルキドにはワシら兄弟が両親を失った後に、ベムジンへ行くまでずっと身を寄せていた道場があるのだ。
師範はワシにとって、もう一人の父親だ。毎年師範の大好物であるラクレンのよもぎ団子を土産にしておる」


「ふ〜ん……サキョウのもう一人のお父さん、か。会ってみたいな。サキョウの小さい頃のお話とか聞きたい!」
サキョウの幸せそうな顔を見ていると自分まで嬉しくなってきたティエルは、同じく手すりから身を乗り出した。

「なんか、サキョウがすっごく老けたような人を想像しているんだけど……」
「うーむ、頑固な人物だぞ。師範の名はソウジ=アスカジと申してな、若かりし頃は高名な武闘家だったのだ」




「サキョウもティエルも、そんなに手すりから身を乗り出していると海に落ちてしまうよ」
「私、あの有名なカスミザンとやらが見てみたいでーすわ」

苦笑するジハードの隣では、未知なる地に目を輝かせているリアン。



「霞山か! 雲のない天気のいい日には道場からでも充分見えるぞ。まさに絶景というやつだ」
「おい貴様ら、第一の目的はイデアのスペル探しということを忘れていないか?」

他の観光客達と同じようにワイワイと騒いでいる一同に、クウォーツは呆れたような声を発した。




「勿論心得ている! ……が、ちょっとくらいは観光してもよかろう」
「観光!? さーんせーい!」


いつになくはしゃいだ様子のサキョウの言葉に、即座にティエルが賛成の声を上げる。
一行がこんな風にも話している間に、船はゆっくりとエルキドへと入港したのだった。




「この島国は首都エルキドを中心として、大小様々な73の町や村がある。しかし港はこのエルキド港ただ一つ。
とりあえずこれからの予定を立てるために、ソウジ師範の道場へ向かおう。ワシの幼馴染達も紹介したいしな」

次々に下船する冒険者達の後に続き、サキョウらもまたエルキドの地を踏んだのであった。







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