| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第13章+蒼月の夜 第141話 アスカジ道場-1- ひとまずサキョウの道場へ向かうことにした一行は、人々の声で賑わっている大通りを歩いていた。 左右から聞こえる活気のよい声が客達を足止めする。港町というだけあって、海産物が多く売られているようだ。 エルキド港は船の出入りが頻繁なことだけあって、多種多様の人種が通りを歩いているのだが、 港町から外れた奥まった場所に一歩入ると、外国人達の姿はめっきりと見かけなくなるらしい。 そしてエルキド人は、伝統や古いしきたりを重要視する者が多いのだ。 赤い瞳は『レッド・アイ』、青い髪は『忌まわしい色』として差別をする者の数は、決して少なくはない。 様々な人種が入り乱れる港町から一歩出ると、あからさまに奇異の目で見られるらしいのだ。 しかしリアン、クウォーツ双方とも、己の瞳や髪を隠すような真似は決してせずに涼しい顔で歩いていた。 時折すれ違う者達の中には、彼らをさも汚いものを見るような目つきで眺め過ぎ去っていくエルキド人もいる。 ティエルがリアンと共に行動するようになってから、小さな町では時折宿泊を断られたことがあった。 子供が赤い目を怖がるから……とのことであった。 そんな出来事は、いわゆる最も卑下される対象である青い髪のクウォーツと行動することになってから更に増えた。 その度にクウォーツはどこか皮肉を込めた顔つきで、肩をすくめているだけであったが。 しかしリアンは以前言っていた。 ──せっかく生まれ持ってきた色なのだ。自分が愛してやらないで、一体誰が愛してやるのかと。 関われば不幸になるという不吉な色の持ち主二人がそばにいるが、ティエルは一度も不幸と思ったことはない。 むしろ不吉といわれる色に惑わされて、その人物をよく見ようとしない者たちの方がどこか寂しく思えたのだった。 「まあ、エルキドはどこか閉鎖的な国だからな……周囲の目など気にしない方がいい。 たとえ何か言ってきたとしても、このワシがガツーンとお前達の良い所を言い返してやる!」 ハッハッハと白い歯を見せながら豪快に笑ったサキョウは、自分の分厚い胸板を叩いてみせる。 「そうすれば、みんな何も言えやせんさ」 「あら、それは頼もしいでーすわ。……で、私達の良い所って何か聞きたいですわねー、たとえば?」 「う!? ううむ……た、たとえばだな……リアンは結構しっかり者だとか、意外に大食いだとか……」 口に笑みを浮かべるリアンに詰め寄られ、聞かれるとは思ってもいなかったサキョウはしどろもどろで答える。 「それにクウォーツは常に冷静で剣技も申し分ない。何でも完璧にこなす。……が、歌はあまり上手くないよな」 「大食いですって!? 失礼でーすわ! サキョウ、それレディに言う褒め言葉じゃないですわよ!」 「歌? ……聞いていたのか……」 サキョウにとっては充分に彼らを褒めたつもりなのだが、言ってはいけないこともついでに言ってしまったようだ。 「あーあ、やっぱりサキョウは墓穴を掘る癖があるねえ。口は災いの元ってよく言うでしょ」 顔を真っ赤にして怒るリアンに責められているサキョウを眺め、 ジハードはいつの間に購入したのかお茶と串団子を持ちつつ笑みを浮かべていた。 「あはは。それにしても意外だったな、まさかクウォーツが歌の音程外しているなんて……う、ゲホンゲホン」 「……口は災いの元──そう言ったよな? ジハード」 なにやら背後からクウォーツの殺気を感じたらしいジハードは、慌てて咳をしながら茶を飲み干した。 「そ、それより早く道場とやらに行こうじゃないか。サキョウ、案内は任せたよ!」 「うむ、そうであるなジハード! 道場はあそこに見える川沿いをずっと行った先にある。なぁに、すぐ着くさ」 慌てて誤魔化し笑いを浮かべたサキョウは手を頭にやりながら、柳並木が延々と続いている川沿いに顔を向ける。 風に揺られて、柳並木がまるで彼らを手招きで誘うようにゆらゆらと揺れていた。 港町を抜け、川沿いを歩き始める頃には、あんなに賑やかであった辺りも段々と静かになってくる。 川を挟んで左右に立ち並ぶ建物は、いつの間にか商店から普通の民家へと変わっていた。 並んでいる民家の屋根には、薄いレンガのようなものが隙間なくはめ込まれている。 変わった飾りだな、とティエルが眺めていると、サキョウが「あれはホコウというものだ」と教えてくれた。 「ホコウ! 知ってますわよ。高名な武術の達人ほど多く割ることのできるアイテムですわよね」 胸を張りながら自信満々に言ってみせるリアンに、サキョウはううむと低いうなり声を発した。 ……どうやら微妙に違っているらしい。 「ソウジ師範の道場には、昔から住み込みで修行に来ていた幼馴染達が今でもいるのだ。 師範には子がいなくてな……後々はワシの幼馴染であるトガクレが跡を継ぐことになっている」 嬉しそうに話したサキョウは静かに目を閉じ、昔と全く変わらない幼馴染達の顔を次々と思い浮かべてみる。 そして最後に、昔から想いを寄せている女性の顔を思い浮かべた。気っぷがよく、男勝りの女性。 (サクラは……ワシが敵討ちのために旅をしていることを知ったら、何と言うであろうなぁ) 「……サキョウったら急に幸せそうにニヤニヤして。一体何を考えているんだろ?」 「ぼくには分かるよ、あれは今晩の夕食のことを考えているんだ」 完全に辺りが見えていない様子のサキョウに、ティエルとジハードは顔を見合わせながら首を傾げる。 その背後から、何やら怪しげな笑みを浮かべるリアンが小さな声で彼らに言った。 「……あれは恋する女性を思い浮かべている顔でーすわ。サキョウったら、意外と隅に置けないですわねぇ」 「コイー!?」 「サキョウに限ってそんなことはないと思うのだけど。あれは絶対に夕食を考えているんだって」 リアンの言葉に目を見開くティエルと、あくまでも夕食説を押し通そうとするジハード。 そんな彼らを最後尾で眺めつつ、クウォーツは自分の周囲を飛び回るコウモリの相手をしてやりながら歩いていた。 一時間ほど歩いただろうか。やがて、長い塀に囲まれた一軒の民家の前でサキョウが足を止める。 周囲の家々よりも一段とドッシリとした門構えで、建物に使われている材木は年代を感じさせられる。 門の脇には細長い木の看板が掲げられており、筆文字で『アスカジ道場』と書かれていた。 ここエルキドでは、羽ペンがあまり一般的に使用されてはおらず、人々は筆を多用するらしい。 ティエルは筆など絵を描く授業の時にしか使ったことがない。 「さあ、みんな。ここが師範の道場だ。ちょっと待っていてくれるか、今ワシが挨拶をしてこよう」 港町で買ったラクレンのよもぎ団子を手に、サキョウは門をくぐっていった。 弟子を多く取らないソウジの門下生は、現在四名。厳しい修行を今でも耐え抜いているらしい。 「師範ー! ソウジ師範ー! サキョウ=タチバナ、ただいま戻りました!!」 門の外から様子を伺っているティエル達が思わず耳を塞いでしまうほどの大声を出しながら、 サキョウは足音を立てながら庭を歩いていく。 暫くの静寂の後。ドタドタと数名の足音が屋内から鳴り響き始める。 「サキョウ先輩が!?」 「あんのフケ顔、相変わらず耳鳴りがするほど大声出しやがって!」 ガラッと扉が開き、中から姿を現したのは二人の男であった。 片方はサキョウと同年齢に見える男。全ての髪を完全に剃った頭である。しかし髭だけはかなり長く伸ばしている。 もう一方は少年と青年の中間であろうか。随分と若い。短く切りそろえられた黒髪に、太い眉の凛々しい若者だ。 「おお、サイゾウにコウ! 二人とも変わっておらんなぁ……最後に会ったのは一年前だろうか?」 懐かしそうに肩を叩き合う男達。若者の方がコウで、スキンヘッドの男がサイゾウらしい。 「お前なぁ、手紙ぐらいもっと頻繁によこせよ。この間の返事、まだもらってないぞ!」 「サキョウ先輩、オレこの間やっと道場の掃除任せられることになったんですよ!」 「……すまんサイゾウ。手紙にも書いたが、実は事情によってワシは今旅をしている最中なのだ」 申し訳なさそうに苦笑を浮かべつつサキョウが言った。 そんな様子を眺めていたティエルは、何故だか場にそぐわない寂しい気持ちになってしまう。 サキョウにはサキョウの居場所がある。帰るところがある。自分の帰りを待っていてくれる人がいる。 (わたしには……もう帰るところはないんだよね。待っていてくれる人も……いないんだよね) 「……安心しろ。帰る場所が既になくなってしまっているのは、お前だけではない」 そんなティエルの内心を察したのかそうでないのか、隣に立っていたクウォーツが小さく口を開いた。 「それに、お前はもう一人ではないのだから」 「……うん」 もしかして、自分を気遣ってくれたのだろうか。心の中で感謝をしつつ、ティエルは笑顔を浮かべた。 「それで、サキョウ。あの門のところにいる外国人達はお前の友人か?」 「そうだそうだ、紹介がまだであったな。おういティエル達、待たせてすまんかったな」 サキョウが大きく手招きをすると、ティエル達は一瞬顔を見合わせてから門をくぐって庭へと足を踏み入れる。 「ワシは現在訳あってこの者達と旅をしているのだ。紹介は……ソウジ師範に挨拶をした後からでもいいか?」 「おう、いいぜ! ソウジ師範も相変わらずでなぁ……最近日に増して頑固な性格になってきているようだ。 この間もぎっくり腰起こして、トガクレが大騒ぎしてたぞ。サクラは呆れていたが」 「サ、サイゾウ先輩! そんな大声で話していたら、ソウジ師範の耳に入りますよ。この間で懲りたでしょう」 ガハハと陽気な笑い声を発しながら、サイゾウが快活に言う。その隣でコウが肘で突付いて窘めていた。 どうやらサイゾウはその外見どおりに物怖じしない性格のようである。 「それよりもサキョウ先輩、それに友人の方々も立ち話もなんですから中へ! トガクレ師範代もお待ちですよ」 +DeadorAlive+ |