| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第13章+蒼月の夜 第142話 アスカジ道場-2- まだまだ見習いの身である若者コウは、庭の掃除を終わらせてから向かうと言って箒を手にして去っていった。 「ソウジ師範も歳だからなぁ……サキョウがいなくて寂しがっているぜ。お前が帰ってくると本当に嬉しそうだしな」 サイゾウはサキョウ達を連れて屋敷の中に入る。 一瞬だけリアンの赤い瞳とクウォーツの青い髪を見て首を傾げたが、 サキョウの連れてきた友人ということもあって、サイゾウは特に何も言うことはなかった。 「そうそう、エルキドでは建物の中に入るときは靴を脱ぐのだ。家の中を土足で歩いてはならんのだよ」 古く湿った木材の香りが強い玄関でサキョウは靴を脱ぐと、玄関脇に設置している戸棚のような場所に靴をしまう。 「へぇ、靴を脱ぐんだぁ。じゃあ家の中で落としたお菓子も綺麗だから食べられるんだね。エルキド国って素敵!」 妙に感心しているティエルは、早速履いているブーツを片方ずつ脱ぎ始めた。 「それに床の上でも寝られるってことだよね」 「ティエルはどちらにしろ、いつも落としたお菓子を食べているじゃないでーすの。あまり変わりはありませんわ」 手早くサンダルを脱いで戸棚のような場所にしまうリアン。 慣れない風習に心底嫌そうな表情を浮かべているクウォーツをなだめつつ、 ジハードは実にのんびりとした様子で腰を下ろし、先日買ったばかりの靴を脱いでいた。 暫く真面目な葛藤が続き、渋るクウォーツも観念したのか革靴を脱ぐ。 ようやく全員が靴を脱ぎ終わると、サキョウとサイゾウに続いて、庭に面している長い板張りの廊下を歩き始めた。 「トガクレ……じゃなかった、トガクレ師範代!」 暫く歩いていると、向こう側からこちらに向かって男がやってきた。サイゾウは一礼をして廊下の脇に立つ。 それを見たサキョウは足を止めて実に嬉しそうに両手を広げて見せた。 相手は黒髪を長く伸ばした、細面の男であった。年齢はサキョウと同じ頃であろうか。どこか神経質そうな顔立ちだ。 サキョウの前までやってきた男は同じく足を止めて両手を広げた。それから二人は何も言わずにガッシリと抱き合う。 「トガクレ、あまり連絡も寄こさんですまんかったな」 「サキョウ……よく帰ってきた……。サクラもお前の帰りを待っていたぞ。それに、ソウジ師範もお待ちかねだ」 嬉しさのあまり顔を歪めたトガクレは、廊下の奥の方に顔を向ける。 「トガクレは全然変わらんなぁ……その神経質な顔つきも、昔からちーっとも変わっておらん」 「お前こそ、その老け顔もそのままだ」 ハハハ、と苦笑を浮かべたトガクレは、昔を懐かしむような表情を浮かべながらサキョウを振り返った。 「昔ガキ大将にいじめられていたオレを、お前はよく助けてくれたな。オレはお前のような強い男に憧れていた」 「それが今では師範代ではないか。……トガクレ、ワシはお前を誇りに思うぞ」 「オレだって、お前はいつでもオレの目標だ」 見つめあい、ふっと微笑み合う男達を前にして、リアンは横のティエルにこそっと耳打ちをする。 「ねえティエル。あの二人怪しげな雰囲気じゃなくて? もしかして、サキョウの恋する相手っていうのは……」 「えぇー!? まっさかぁ。……そうなの?」 そんな会話が背後でなされているとは露知らず、肩を抱き合いながらサキョウとトガクレは廊下を歩き始めた。 やがて広い座敷へと案内される。 そこには白髪を背後で一本に結んでいる気難しい顔つきの老人が、背筋をしゃんと伸ばして正座をしていた。 「ソウジ師範、失礼いたします。サキョウが戻って参りました。彼の友人達も一緒です」 一礼をしたトガクレは、すっと身を引くとサキョウに目配せをする。 「サキョウ、ただいま戻りました! お会いしとうございました、師範。現在ワシは旅の途中でございまして」 ソウジ師範の前まで歩み寄ったサキョウはスッと正座をし、深々と頭を下げた。 「そして、これは師範のお好きなラクレンのよもぎ団子でございます」 「たわけ、わしは甘いものをひかえていると言っているじゃろう。こんな甘ったるいものを買ってきおって!」 鋭い瞳をさらに鋭く細め、ソウジ師範はサキョウが差し出したよもぎ団子を忌々しそうに見やる。 「それに帰ってくるのなら、前もって手紙で知らせろと言っておるじゃろうが。 ベムジンへ行ったかと思えば、一年に一度はしっかりと帰ってきおって……お前がいるとどうも暑苦しいのじゃ」 「いやでも師範、師範がラクレンのよもぎ団子しか土産とは認めないと言っていたではないですかぁ」 「知らん! 知らんといったら知らん。しかし……まぁ、せっかく持ってきてくれたしのう……食ってやるか」 「サキョウ大丈夫かなぁ……。なんだかソウジ師範さん、すごく怖そうな人だね」 頑固を絵に描いたような老人に押されつつあるサキョウの様子を見たティエルは、思わず呟いてしまった。 「大丈夫、いつものことだ。師範はあんなことを言っているが、本当はサキョウもよもぎ団子も大好きなのだ」 そんなティエルに、トガクレはやや苦笑を浮かべながら口を開く。 「サキョウからの手紙はないのか、なんて口癖になっているしな。……師範は素直じゃないのだ」 「ふぅーん。ここにも一人、筋金入りの素直じゃない男がいますけどね。誰かとは言わないですけれど」 相槌を打ちながら、リアンは斜め後ろのクウォーツを眺めた。しかし彼は、視線に気づきながらも軽く流している。 「……サキョウ、お前はどうも昔から気が利かんで困る。お客人達が背後で立ちっぱなしではないか」 ひょいと顔を上げたソウジ師範は、背後に立っていたティエル達に顔を向ける。 その顔は先程とは違って笑みを浮かべていた。 「長旅でさぞかし疲れたじゃろう……遠慮はいらん、腰を下ろしてくれい。 サキョウが随分と世話になっとるみたいだしな。いやはやしかし、なにやら年若い者達ばかりじゃのう」 「あ! ええと、初めまして。わたしの方こそサキョウには本当に世話かけっぱなしで」 用意された座布団にサキョウを真似して腰を下ろしてみるが、どうにも落ち着かない状態でティエルが口を開く。 「ソウジ師範、紹介いたします。彼女はティエルといいまして……少々頼りないようにも思えますが、 実はこの者少女ながらに大剣を操る人物なのですぞ。また腕はなかなかのもの。師範にも是非お見せしたい」 「や、やだなー! そんなに褒められると照れるよー」 サキョウに紹介をされ、ティエルは赤くなりながら手を頭の後ろへとやった。 彼女には最初の方の言葉が聞こえていないようである。 「ほほう、それは素晴らしい。是非ともその腕前を目にしたいものじゃのう」 「そしてこちらはリアンです。魔法を使うことのできる者で、ワシも何回か助けられたことがあります。 地理や世情にも長けていて、本当に頼りになる者でございますよ」 「ま、当たり前のことですわね。ほほほ、よろしくお願いしますわ」 極上の笑みを浮かべてリアンは会釈をする。赤い瞳を見ても、ソウジ師範は気にも留めていないようであった。 「次に……あちらの青い髪の青年は、その……」 そしてサキョウは戸に寄りかかって立っているクウォーツに視線を送るが、急に口ごもってしまう。 サキョウは幼少の頃からこの道場に身を寄せていたという。 ならば、ソウジ師範はサキョウの両親がヴァンパイアに惨殺されたことを知っているであろう。 だから口ごもってしまったのだ。 「青い髪の上にあの顔立ち。言わなくとも分かる。サキョウよ、あの者はヴァンパイアなのじゃろう? しかしお前が共に行動をしているということは、深い事情があるのじゃろうが。だからお客人には変わりない」 「……」 ソウジ師範の言葉にクウォーツは少しだけ顔を上げてそちらを見やったが、ふいと庭の方へと戻した。 「……そしてこの者はジハードでございます。ソウジ師範とは違い、彼は生まれたときから白髪なのでご心配なく。 なんとこの者、治癒魔法を扱うことができるのです」 最後にサキョウはあくびをかみ殺しながら座っているジハードを紹介する。 一通りの紹介が終わった後。 ソウジ師範は一つ大きな咳をすると、彼らをぐるりと見回してから口を開いた。 「わしはソウジ=アスカジ。サキョウの友人ならば大切なお客人だ。そんなに畏まらずに、もっと楽にしてくれい」 その時。急に廊下の方から真っ直ぐこちらに向かって、ドスドスと大きな足音が鳴り響いてくる。 ティエル達は顔を見合わせ、サキョウとソウジ師範は溜息と共に肩を落としていた。 戸に寄りかかっていたクウォーツは、一体何事かと廊下に顔を向けると、おぼんを持った女性が飛び込んでくる。 質素な衣服の裾をひざ下までたくし上げ、ぼさぼさの黒髪を簡単にまとめている。 どこからどう見ても健康的で、生命に満ち溢れている女性であった。彼女もまた、サキョウと同年齢なのであろう。 乱暴におぼんを運んできたため、乗っている茶の中身があちこちに飛び散ってしまっている。 「サキョウが帰ってきたんだって!? お茶を持ってきてやったよ!」 よく通る大きな声で言った女性は、唖然としている一同に向かってニッと笑みを浮かべる。 「あれま。サキョウの友達って、こんな若い子達だったのかい」 ティエル達に顔を向けた女性は一瞬驚いたような表情をしていたが、湯飲みに入った茶を順々に配っていった。 勢いよく置いた拍子に、これも少々飛び散ってしまっている。 「サ……サクラではないか……。お前も一年経ったというのに相変わらずだなぁ」 畳に染み込んでいく茶を眺めてからサクラと呼んだ女性に顔を向け、サキョウは幸せそうな笑顔で口を開いた。 「コウの奴が完全に恐れているぞ。サクラには逆らえないと」 「アッハハハ! やだねえサキョウ。久々に会ったっていうのに、第一声がそれかい? あんたも変わってないね」 豪快に笑うサクラには、さすがのソウジ師範も注意ができないらしい。やれやれとした表情で黙っている。 ある意味この道場で最強なのは彼女かもしれない……と、ティエル達は思ったのだった。 +DeadorAlive+ |