Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第13章+蒼月の夜

第143話 サクラ





「ふ〜ん、で。一体どの子がサキョウの花嫁候補なんだい? まったくサキョウも隅には置けないねえ」
ニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべたサクラは、ティエルとリアンの顔を交互に眺める。

「知らなかったよ、サキョウがえっらい年下の女が好みだったなんて。あんたも結構スケベだねぇ。
それともあれかい? あっちの青い髪の男の子とかやけに綺麗だけど、もしかしてあんた男にも手を──」



「な、なな! 何の話をしているのだサクラ!? この者達はワシの友人と言ったであろう。ただそれだけだ!」
慌ててスケベと男好き疑惑を払おうと、サキョウは力いっぱい両手を振って見せた。


「はっはーん。そうやってムキになるところが怪しいね」
「違うと言っておろうに!」




「……私だってマッチョはお断りですわよ。筋肉ムッキムキの男性はちょっとご遠慮いたしますわぁ」
サキョウとサクラの言い合いを眺めながら、リアンは青緑の髪を指に絡めつつ唇を尖らせる。

「お付き合いをするなら……やっぱり白馬に乗った、ハンサムな金髪の王子様でなくちゃいけませんわ」


「おや? コウモリ従えた、ハンサムな青い髪の王子様なら近くにバッチリいるじゃないか」
「白馬とコウモリじゃ全然違いますわよ! 変なこと言わないで下さいな、ジハード」




サキョウとサクラ、そしてリアンとジハードの(一方的な)賑やかな口論を背後に、
ティエルは早速サクラに差し出されたお茶を一口飲み、その苦さに思わず顔をしかめた。

「うわっ、苦ーい。これがエルキドの紅茶? それともコーヒー? ……お砂糖とか入れたら飲めるかな」


「ティエルには苦すぎたか? ジュースの方がよかったか……。まぁ毒ではない、身体にもいいから飲んでみろ」
その声に気づいたサキョウは口論を止め、熱いお茶をズズズとすすってみせる。


「やはりサクラの淹れたお茶は格別だなぁ……。このお茶を飲むと、エルキドに帰ってきた実感が湧く」



「やだよ、サキョウったら! 照れるじゃないか」
思わず顔を赤くさせるサクラ。照れ隠しに抱きしめているおぼんがミシミシと嫌な音を立てている。




「あ、そうだサキョウ。心当たりがあるか一応聞いてみたらどうだい? イデアのスペルの話を」
皆が顔をしかめて飲む茶を涼しい顔で飲み干すと、ジハードはサキョウの方へと顔を向けた。

「二つ目のスペルがエルキドにあるのは間違いないんだ。もしかしたらソウジ師範が知っているかもしれないしね」


「うむ、そうであったなジハード。ときにソウジ師範、現在ワシらはとある目的のために旅をしておりまして……」
茶を飲んで一息ついたサキョウは、改めてソウジ師範に向かって口を開く。



「今回の帰郷は里帰りではなく、封魔石イデアなるものの五つのスペルを探している道中立ち寄ったのです。
五つのスペルのうちの一つが、このエルキドに存在するはずなのです。師範、何か心当たりはありませぬか」




「ほう……急にサキョウが連絡もよこさずに友人を連れてくるとは、何かがあるとは思っておったが……」
急に静まり返った辺りに、ソウジ師範はその長い白髭をゆっくりとさすりながら鋭い瞳でサキョウを見つめた。

「幻の宝玉・封魔石。そのようなものに首を突っ込んでおったとは。悪いことは言わんからやめておけい。
呪われた石などに構っていれば、やがては命を落とす。わしはお前にもゴドーにも死んで欲しくはないのじゃ」




「そうだ、サキョウ……ゴドーの兄貴は元気なのかい? 毎月来る手紙も最近はぱったりと止んじまってさ」


思い出したように言ったサクラの言葉に、一同は重苦しい沈黙に包まれる。
すでにゴドーは故人なのだと口が裂けてもティエルには言えるはずはなかった。

彼は、自分のせいで死んでしまったのだから。




「ソウジ師範、サクラ、トガクレ。兄上は……メドフォード国の内紛時、敵の手にかかり命を落としたそうです」



「──!!」
「!!」

サッとソウジ師範とサクラ、トガクレの血の気が引くのを感じた。



ティエルは三人の顔を見ていることができなくなり、震えながら拳を痛いほど握り締めて俯いた。
メドフォードに来るまで、ゴドーもまたここで世話になっていたと聞く。彼らにとっては家族も同然なのだろう。

そんな大切な家族を、自分が不甲斐なかったせいで。謝っても謝りきれない。償いきれるはずがない。
俯いて震えているティエルの肩に、そっとサキョウが手を回す。




「ソウジ師範、兄上は決して無駄死にではありませぬ。
……愛する姫君を守り抜くことができたのですから。ワシはゴドー兄上を誇りに思っております」


「そうか……ゴドーが……」
暫く呆然としていたソウジ師範は、やがて溜息と共に口を開いた。

「サキョウ、封魔石の話は明日にしよう。長旅で客人達も疲れているじゃろう。今宵はゆっくりとするがいい」
右手を挙げると、部屋の隅で控えていたトガクレは物言わずに部屋を立ち去る。何かを伝えに行ったのだろうか。




「色々と辛い事があったんだね。……今日はせっかく帰ってきたんだしさ、長旅の疲れを存分に癒しておくれよ」
どことなく暗い面持ちになってしまったサキョウを元気付けるように、サクラは彼の背中を勢いよく叩いて見せた。

「腕によりをかけてご馳走しちゃうから! 友人さん達にも、アタイのとびっきりの料理を味わってもらわないとね!」




「それではお客人達、部屋を用意させよう。それに、エルキドの良さを是非とも体感してもらわねば」
ゆっくりと立ち上がったソウジ師範は、両手を腰の後ろで組みながら歩き始める。

「それでは失礼しよう。エルキドの観光は……サキョウに任せる。しっかりとエルキドの良さを教えるのだぞ」




「はい! そうだな……せっかく久々に故郷へ帰ってきたのだ。スペルのことは焦らず探していこうではないか」
サキョウがポンポンとティエルの肩を叩いたとき、廊下の方からコウが走ってきた。

「サキョウ先輩、それに友人さん達も。荷物とかあるでしょう? 一度部屋に置いてきたらどうでしょうか。
部屋は東の間を使って下さい。皆さん一緒の部屋になってしまいますけど……構いませんか?」



「うむ、すまなんだ。みんな、とりあえず荷物を置いてきたらどうだ。観光に行くのはそれからにしよう」
サキョウの言葉に、一同はぞろぞろと部屋を出て行く。




「……えー? 一緒の部屋なんですのぉ? せめて男女間には仕切りを立てて欲しいものでーすわ」
最後に残ったりアンが、実に不服そうに頬を膨らませた。サキョウのイビキの凄まじさを知っているのだろう。

「ハハハ、分かった分かった。後で仕切りをもらっておくことにしよう」
苦笑しながらサキョウが答えると、リアンはまだ納得がいかないのかブツブツと言いながら部屋を後にした。



「リアンはワシのイビキや寝相で眠れなかったことがあったらしいからな……仕方ないな」




「……へーえ? 綺麗な娘じゃないか」
笑うサキョウの背後で、まだ部屋を出ていなかったサクラが実に何かを言いたげな目つきでサキョウを眺める。

「大体なんであの娘がサキョウのイビキを知っているんだい? いつもそんな近くで寝ているのかい?」


「サ、サクラ……お前は何か誤解していないか? リアンは単なる仲間だ。むしろ手のかかる娘のような感覚だな。
確かに彼女は大変美しい娘だが、一度もそんな対象で見たことはない」



そうサキョウが言ったとき、リアン以上に不服そうな様子で足音を響かせながらクウォーツが戻ってきた。

「おい、一体いつまでこの国に滞在するつもりなんだ? どうもここは性に合わ……ん?」
サキョウ一人だと思っていたのだろう。サクラまでいたことを知ると、失礼、とだけ言って彼は去って行った。




「うーむ、やはり一番ワシのイビキに耐えることのできない者はクウォーツだろうなぁ。どうすればよいのか……」


「……今の子、確実に男なんだろうけど。嘘みたいに綺麗な顔をした子だね。アタイの好みじゃないけどさ」
またまた苦笑するサキョウの背後で、サクラは何ともいえないような表情で呟く。



「あの男の子までサキョウのイビキを知っているのかい? あんたってそこまで見境なく……」
「わ──!? お前は先程から一体何を考えているんだ、変なことばかり言うな!!」




「……はぁ?」
廊下を歩く途中聞こえてきたサキョウの絶叫に、クウォーツは思わず首を傾げて振り返った。















サキョウとコウの案内で道場の周囲を散歩していると、やがて日が暮れてくる。


ひとまず道場に戻ったティエル達は、サキョウのすすめで『露天風呂』なるものを体験しに行くことになった。
一体どんなものかとティエルが聞くと、屋外に設置してある巨大なバスタブみたいなものらしい。

その説明で、ますます彼女が混乱したのは言うまでもないが。




「……これが露天風呂かぁ。ねえねえリアン、エルキドのお風呂っていいねー」
岩を切って作られたような広い浴槽に浸かりながら、ティエルは髪を洗っているリアンに顔を向ける。

「なんかさ、このままエルキドにいてもいいかなーって思っちゃったりして」


「何を言っているんですの、ティエルったら! 私は嫌ですわ、シャワーがなくちゃ髪が洗いにくいんですのよ」
リアンはティエル以上に長い髪の毛を洗うのに四苦八苦しているようだ。


「それに家の中には椅子すらないですし……正座ばかりしていると、足が太くなるって知ってます?」




「げっ! わたし、これ以上足が太くなったらヤバイかも……」

慌てて自分の足を湯船の中で揉み解し始めたティエルは、ちらりと横目でリアンを眺めてみる。
ティエルには決してありえない、悩ましげな身体の曲線である。


「いいなぁ……リアンは……」

「何か言いまして?」
「な、なんでもないよ! そうそう。帰りにはさ、何かジュース買おうよ」





女性陣がそんな事を話している一方で、男湯ではサキョウとジハードが話をしていた。

「ハァー……やはりエルキドの風呂は落ち着くなぁ。大体シャワーだけで疲れが取れると思うか? ジハード」
近くの宿屋の名物である露天風呂に口まで浸かりながら、サキョウは実にご満悦であった。


夜空を見上げてみると、一面に星が広がっているのが見える。



「ううーん、ぼくは浴槽に浸かっていると眠くなるんだよね。この間バスタブの中でうっかり寝ちゃってさ」
サキョウの隣では、ジハードが眠そうな表情で頭の上のタオルをいじっていた。

「思い切り水と泡を飲み込んじゃって大変だったよ。やっぱり風呂場では寝るもんじゃないね」




「……そういえば、やはりクウォーツは来なかったな。男同士で別に恥ずかしがることもあるまい」
出掛けにクウォーツも誘ったのだが、あっさりと断られた。今頃は道場の風呂場を借りているのかもしれない。

「せっかくあいつにもエルキドの良さを教えるチャンスだったのだが……」
「残念だけど彼の心を開くことは、封魔石を集めることよりも難しい問題だと思うけどねえ。ふふふ」















「……っくしゅん!!」

大きなくしゃみをしたクウォーツは、思わず眉をしかめる。
露天風呂の誘いを断った彼は、先程までソウジ道場の風呂場を借りていたのだった。


「風邪か……? いや、まさかな。馬鹿馬鹿しい、こんな時期に風邪を引いてはいい笑いものだ」


洗ったばかりの濡れた髪で冷えたのだろうか。
こんな季節に風邪を引くのはなんとかだ、と誰かに言われそうである。


もう一度くしゃみをしたクウォーツはタオルで髪を拭きながら、足早に廊下を歩いていった。







+DeadorAlive+