| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第13章+蒼月の夜 第144話 それぞれの夜 入浴後サクラの手料理を存分に堪能したティエル達は、それぞれ思い思いの格好でくつろいでいた。 エルキドの料理は魚料理がメインであり、あまり魚を食べたことのないティエルにとって物珍しい料理であった。 しかし一番困ったことは、ここにはフォークとナイフがないことである。 ハシと呼ばれる二本の棒を使って料理を食べるのだという。 ティエルもサキョウの真似をして『ハシ』を使ってみたのはいいのだが、ボロボロと落としてばかりであった。 この道具はジハードの故郷でもよく使われるものらしく、彼は顔色一つ変えずに使いこなしていた。 風に吹かれて涼しい音を鳴らす鳴り物がつるされている縁側で、サキョウとトガクレは酌を交わしていた。 「お前とこうして酒を飲むのも、本当に久々だな。お前がベムジン寺院へ修行に出てから、もう15年か……」 艶のある長い黒髪を簡単に後ろでまとめているトガクレは、サキョウに酒を勧めつつ口を開く。 「なぁサキョウ……こちらに帰ってくる気はないか? ソウジ師範もそろそろ歳だ。安心させてやってくれ」 「そうだなあ、エルキドに戻ってくるのも悪くはない。しかしベムジンの祖父殿には色々と世話になった。 ワシに、次期ベムジンの大僧正にならんかと……祖父殿はそうおっしゃったのだ。まだ答えは出しておらんがな」 少々酒があふれ出てしまった杯に慌てて口を付けると、サキョウはどこか迷ったように呟いた。 「ワシはエルキドを愛しておる。そして、同じくらいにまたベムジンも愛しておる。ワシの故郷は二つあるのだ」 「……そうか……」 静かな風が吹き、頭の上でチリンチリンと涼しい音が鳴り響く。どこからか虫の鳴く声も聞こえる。 満天の星が輝く夜空には、とろけそうな淡い色合いの月が浮かんでいた。 「だが、サクラはどうなる? あいつはお前の帰りを待っている。いつになったらエルキドに戻ってくるのかと。 けれどお前がほんの一言、あいつに一緒に来いと言えば……あいつは間違いなくお前と共に行くだろう」 「トガクレ……」 サキョウの脳裏に、いつでも元気な笑顔を見せてくれる女性の姿が思い浮かぶ。しっかり者で、気が強く。 だが、ほんの時たま見せる繊細な表情。その表情を見るたびにサキョウは、彼女を守ってやらねばと思うのだ。 「ワシは、この旅が終わったら……サクラに結婚を申し込むつもりだ」 「そうか。ならばどんな旅かは知らないが、絶対に生きて帰ってくるんだぞ」 バシンとサキョウの背中を叩いたトガクレは、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。 「オレは妹の……サクラの花嫁姿、楽しみにしているんだからな。大切な妹だ、不幸にしたらぶっ飛ばすぞ!」 「しかと心得た。未来の兄上殿」 それから暫く、縁側では男達の明るい笑い声が響き渡っていた。 一方ティエルとジハードは、食器を洗うコウとサイゾウを手伝っていた。 「へえー、コウくんって19歳なんだ! それじゃわたしの一つ年上なんだね」 ティエルは桶の中に手を突っ込み、皿をガシガシと洗いながら隣のコウに話しかける。 ちなみにジハードは逆さに置いてある桶の上に座ってしっかりとサボっていた。 「いつ頃からこの道場に来てるの?」 「15歳の頃かな。家は旅籠なんだけどさ、兄さんが後を継ぐからオレは好きな道に進めたんだ」 照れたように鼻の頭をこすったコウは、手が泡だらけであったことを思い出し、慌てて袖で拭く。 「いつかはトガクレ師範代やサキョウ先輩のような、強い男になるのが夢さ! でも、ティエルちゃんはどうして旅を? サキョウ先輩の話を聞いていると、大変な旅をしているみたいだけど」 「うーん、わたしもサキョウも目的はちょっと似てるんだよね。……家族のね、敵を討ちたいの」 祖母、ゴドー、ガリオン。そして城の者達。いずれもティエルにとって大切な者達であった。 それにサキョウの両親の仇であるヴァンパイアがバアトリであると判明したのだ。 「敵討ちの旅かい。そりゃあまた明るくねえ旅だなぁ……」 洗い終えた皿を軽く布で拭きながら、サイゾウが嫌なことを思い出すかのように眉をしかめる。 「サキョウの両親が殺された日、オレはよく覚えているぜ。あいつのあの時の顔、一生忘れねえ。 ……そうだ、明日はサキョウの両親の墓参りに行ってきたらどうだ。あいつも両親に積もる話があるだろう」 「サキョウはいつも笑顔だけれど。きっと、ぼくらには見せない顔……たくさんあるんだろうね」 額に貼られた青い札にフッと息を吹きかけたジハードは、リグ・ヴェーダを抱えながら立ち上がった。 「あーあ、今日は疲れたよ……明日に備えてぼくはもう休ませてもらおうかな」 「おやすみー」 「いい夢見ろよな!」 裏口の戸に向かってゆっくりと歩いていくジハードの背に、ティエル達は軽く挨拶を投げかけたのだった。 ********** 「……ちょっとあなた、この衝立から少しでもこっちに入ってきたら大声上げますからね」 ジハードが座敷に戻ると、敷き詰められた布団の上でリアンは衝立の向こうにいるクウォーツに声をかけていた。 部屋の都合で、五人全員が同じ部屋で寝ることになってしまったのだ。野宿以外でこんなことは初めてである。 「そんなことよりも、リアンはサキョウのイビキを心配した方がよさそうだよ。彼よりも早く寝たら勝ちだから」 枕を抱え込みながら頬を膨らませるリアンに向かって、ジハードはやんわりと言った。 クウォーツはそんな彼らを気にも留めない様子で、古びた小説を読み続けていた。 しかし背後に気配を感じたのか、ページをめくる手がピタリと止まる。 振り返るとそこには、ソウジ師範が立っていた。 首を傾げたリアンとジハードがソウジに軽く会釈をすると、彼もまた静かに会釈を返す。 それからソウジ師範は、黙ったまま顔を上げないクウォーツに向かって口を開く。 「おぬし……名はクウォルツェルトといったな。おぬしは人を堕落させる悪魔……ヴァンパイアじゃろう?」 小説を同じページで止めたまま、彼は顔を上げない。 「サキョウのことは知っているのか? あいつは……あいつの両親が、ヴァンパイアに惨殺されたことを」 「……知っている」 顔を上げずにクウォーツが口を開いた。その背後ではリアンが、彼とソウジを交互に見つめている。 「サキョウは口癖のように言っておった……ヴァンパイアを皆殺しにしてやると。必ず両親の敵を討つと。 そう言って、あいつはわしが止めるのも聞かずにこのエルキドを出て行った」 ソウジの言葉に何も返すことはなく、クウォーツは目を閉じた。 初めて出会った頃のサキョウは、凄まじい憎しみの目を自分に向けていたことをよく覚えている。 今ではめっきりと見せなくなったその瞳だが、サキョウは時折複雑な瞳で自分を見ている時があるのだ。 悲しみとも憎しみとも言えない瞳であった。 「そんなサキョウがおぬしと共にいるということは、きっとおぬしに何かを感じたのじゃろう。そう思う」 思わず顔を上げたクウォーツのアイスブルーの瞳を見つめた後、ソウジは口を開いた。 「……サキョウを……よろしく頼む」 クウォーツか、リアンかジハードか。 それとも三人に向けた言葉なのか。ソウジ師範は小さく呟くと背を向けて歩いていった。 ********** 「おやサキョウ、もう寝るのかい?」 トガクレと別れた後、サキョウはそろそろ就寝のために座敷に向かって歩いていた。 すると、風呂上りのサクラと出くわす。 いつもはまとめ上げている黒髪は、洗い立てで湿り気を帯びながら後ろに流している。 「う、うむ。明日は早いからな。母上達の墓参りに行こうと思っているのだ。兄上のことも知らせねばならん」 そんな彼女の様子に柄にもなくドギマギとしてしまったサキョウは、慌ててサクラから視線をずらして口を開いた。 「サクラはもう寝るのか?」 「ああ、そうだよ。アタイも明日は早いからね。そうだ、墓参りに行くのなら弁当作ってやるよ。とびっきりのやつ」 乱暴に髪を拭きながら、サクラはニッと明るい笑みを浮かべる。 「何だかこんなことしてると、アタイ……サキョウの奥さんになったみたいだねぇ。アハハハ!」 「……お、お前さえよければ……ワシはいつでも……」 「えっ……?」 その言葉に、思わず笑いを止めて頬を赤くしたサクラがサキョウを見上げてくる。 「そ、そ……それではワシは早いからもう寝ることにしよう! そうしよう!! それではサクラ、おやすみ!」 同じく顔を赤くさせたサキョウはゴホンと一つ大きな咳払いをすると、誤魔化すように早口でまくし立てた。 ドタドタと大きな足音を立てながら去って行くサキョウの後ろ姿を見つめながら、 サクラはほんの少しだけ、幸せそうに笑ったのだった。 +DeadorAlive+ |