| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第13章+蒼月の夜 第145話 宵闇のスペル エルキド国に到着してから二日目。 その日の空は朝からどんよりとした分厚い雲に覆われており、輝く太陽の姿は見えなかった。 朝早くに起き、外を眺めたティエルの心も空と同じようにどこか晴れなかった。 なんとなく不吉な予感が頭から離れないのだ。それは勿論、思い過ごしであって欲しい。 単なる気のせいだと割り切ることにしたティエルは、いつもと変わらぬ明るい笑顔で皆を叩き起こした。 「おっはよー! 朝だよ、朝です! さっきソウジさんが来て、みんなに話があるから座敷まで来いってさ」 ぐるりと座敷を見渡してみると、サキョウは布団から遥か遠方で寝転がっていた。 これがベッドならば確実に彼は落下していたであろう。 リアンは布団の中で空ろな瞳をしていた。慣れない風習に、あまり眠ることができなかったのだろうか。 ジハードはいつもながら布団に包まって芋虫のような格好で熟睡している。 「まだ起きんのか、こいつらは。今更ながら……よくも今までこんな調子で旅を続けてきたものだ」 ティエルが目覚めた頃には既に布団はもぬけの空であったクウォーツが、いつの間にか背後に立っていた。 いつも思うのだが、彼は一体いつ頃眠っているのだろうか。 ティエルは今まで一度もクウォーツが眠っているところを見たことがない。棺で眠っていたのは別として、だが。 「クウォーツおはよ。早く行かないとソウジさん待ちくたびれちゃうよね……ほら、サキョウ達も起きて!」 ティエルが必死に起こした甲斐あってか、その15分後には全員が何とか目覚めてくれたようである。 ・ ・ ・ 未だに寝ぼけ眼のジハードを半分引きずるようにして、ティエル達はソウジの待つ座敷へとやってきた。 「たわけが、遅いぞサキョウ! 早起きは修行の初歩だと何度も言っているであろうに!!」 「す、すみません師範。いやはや、やはり故郷の布団は寝心地がよくて」 かなりの長い時間を待たされたと思われるソウジは、苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。 申し訳ない、とサキョウは手を頭にやりながら謝ると、ゆっくりと腰を下ろした。ティエル達もそれに続く。 「それでは本題に入ろうかの……サキョウ、お前は昨日封魔石のスペルがどうとか言っておったな」 白い髭を片手で撫でながら、ソウジはサキョウ達の目の前に錠のかかった木箱を押し出した。 木箱の周囲には淡い赤色の光が渦巻いており、どことなく禍々しい気を放っているようにも感じられる。 「わしの曾爺さんは修行のために色々な国を旅しておった。その時に一人の魔術師と知りおうたらしい。 互いに修行中の男同士、気が合ったんじゃな。それからはずっと行動を共にしてきたのじゃ」 それからソウジはサキョウ達をぐるりと見渡すと、手元の木箱に目を落とした。 「その魔術師は不思議な力で、様々な呪いを解くことができた。曾爺さんも随分と助けられたらしい。 しかしある時、その魔術師は何者かに襲われたのじゃ。曾爺さんが駆けつけたときには既に虫の息じゃった」 ゴクリと誰かが固唾を飲み込む音が響いた。 「魔術師は言った。自分は『ある物』を持っていたために襲われた。しかしそれは奪われずに済んだと。 『あれ』を欲深い者に渡してはならんと魔術師は言い、曾爺さんにそれを命を懸けて守るように頼んだのじゃ」 ソウジは続ける。 「断っても構わない、選ぶのはお前だと言われ……友の頼みじゃ、曾爺さんはそれを守ることを決意した。 魔術師が最後の力を振り絞って封印した木箱──この『宵闇のスペル』をな」 「宵闇のスペル!?」 ティエルが思わず素っ頓狂な声を上げた。まさかソウジ道場で見つかるとは思いもしなかったのだろう。 「じ……じゃあ、その木箱の中に入っているのが宵闇のスペルってこと……?」 「左様。しかし魔術師の命を懸けた封印が施されておってな……木箱は決して開かんのじゃよ」 重い溜息をついたソウジは、赤い霧に包まれた木箱を見やる。その霧は魔術師の怨念の表れだろうか。 試しにリアンが封印解除の魔法を軽く唱えてみるが、 やはり魔術師の命を懸けた封印だけあって、簡単には解けなかった。 それは、呪いを解く効果のあるスペルが一つはまっているティエルのイデアでも同じことであった。 「イデアの力でも解けない呪いって……相当のものなんですのね。何か解くヒントくらいはないのかしら?」 首を傾げつつ呟いたりアンの言葉に、ソウジは何かを思い出したようにボロボロの紙を取り出した。 「六十六の灯火燃えし時、蒼く染まりし死人(しびと)の紅は再び眠りを覚ますであろう……。 曾爺さんが魔術師に渡された紙に書かれていたらしい。どのような意味かは、わしには分からんがな」 「六十六の灯火? 66個のロウソクを持ってくればいいのかなぁ」 「蒼く染まった死人の紅とは何だろうね? 死人を青く染めるとか。なぁんて、絶対に間違ってそうだけど」 首を傾げるティエルの隣で、同じく分からないといった様子で溜息をついたジハード。 「なんか、こう、喉まで出かかっているような気がするんだけど……もう少し考えてみようかな」 「分かりそうなら頑張って下さいな、ジハード! この謎が解けなくちゃスペルは手に入らないんですから」 既にリアンは考えることを放棄してしまったようで、完全にジハードに任せるつもりらしい。 「けれど大きな収穫でーすわ! こんな近くでスペルを見つけることができるなんて幸運ですわね」 「まぁ、ゆっくりと考えるがよい。謎が解けるまでエルキドに留まるのも良かろう」 赤い霧が渦巻く木箱を背後のタンスにしまうと、ソウジはサキョウの方へと顔を向けた。 「ときに……サキョウ。今日は両親の墓参りに行くと聞いたが? 積もる話も沢山あるだろうが、そろそろ悪夢の夜といわれる蒼月の時期じゃ。早めに戻ってくるのだぞ」 「はい、ゴドー兄上のことを話さなければなりませんし。仇の名前も判明いたしましたので」 ほんの少しだけ寂しげな表情を浮かべたサキョウは、それから柔らかい微笑をする。 「今度帰るときは、もっと明るい話題を持ち帰りたいものですな。次は……仇を討った後でしょうか……」 ・ ・ ・ 座敷を後にしたティエル達は、サキョウの両親の墓参りに行くための用意を始めた。 リアンは「朝から少し調子が悪いから」と言って、道場で留守番をすることになったのだが。 サクラから弁当を受け取ったサキョウは、何かを言いたげに立ち止まっているクウォーツに気がついた。 「どうしたのだ、クウォーツ? そろそろ行こう」 「行かない方がいいだろう。……私は」 サキョウの両親はヴァンパイアに殺害されたのだ。 殺したのはバアトリであっても、同じヴァンパイアである自分が行くわけにもいかないと思ったのだ。 「なんだ、お前はそんなことを気にしていたのか……」 ハッハッハとサキョウらしい豪快な笑い方をすると、クウォーツの前までゆっくりと歩み寄る。 「……すまんな。お前にはこの国で色々と嫌な思いをさせてしまっている。お前が悪いのではないのにな。 けれどワシはクウォーツ、お前にも来て貰いたいのだ。無理にとは言わぬ。お前が決めてくれ」 暫くクウォーツはサキョウの瞳を物言わず見つめていたが、やがて視線を逸らすと出口の方へと歩き出した。 一体どうなるのかとハラハラと見守っていたティエルも、ホッとした表情で彼の後を追って出口へと向かう。 「気をつけてね。そういやアタイとトガクレ兄さん達は、この間あんたの両親の墓参りに行ってきたんだ」 リアンと共に門の前まで見送りに来たサクラは、サキョウに歩み寄ると口を開いた。 「サキョウはちゃんと元気でやってます、だから心配しないで下さいって。アタイ達がずっとついてますって」 「サクラ……」 幼馴染達の自分を想う心が痛いほど伝わってきたサキョウは、思わず潤んでしまった目をゴシゴシとこする。 「サクラ、あのな。聞いてくれ。この旅が終わったら、ワシが父上達や兄上の仇を討つことができたら……。 全てが終わったその時に、ワシはお前に伝えたいことがあるのだ」 「……ああ、待ってるよ。あんたが全てを終えて帰ってくるまで、アタイは待ってるからさ」 そう言うと、サクラは軽く笑みを浮かべた。 彼女の癖である、このニッと笑う色気のかけらもない笑い方が好きだった。昔から、ずっと好きだった。 どんなことがあっても、なにがあっても。彼女を守りたい。そう誓っていた。 「じゃあ、行ってくる」 少し照れたようにして微笑んだサキョウは、花と弁当を持つと背を向けて歩き始めた。 それに続いてティエル、サクラ達に向けて会釈するジハード、少々ためらい気味にクウォーツが歩き出す。 「行ってらっしゃいなー」 「そろそろ蒼月だからね、あんまり遅くなるんじゃないよー!」 彼らに向かって大きく両手を振ったリアンの隣で、サクラがどことなく名残惜しそうに大きく手を振った。 「さーて。サキョウ達が帰ってくる前に、片づけを終わらせておかないと。今夜の献立は何にしようかね」 サキョウ達の姿が曲がり角の向こうに消えると、サクラは気を取り直したようにして腕をまくり始める。 そんなサクラの様子をぼんやりと眺めていたリアンは、呟くようにして口を開いた。 「……サクラさんは、サキョウのことが本当に好きなんですのね。サキョウも、きっとあなたが好き。 同じように自分へ愛情を返してくれる相手がいるってことは……ものすごく幸せなことなんでしょうね」 リアンはどこか遠くを見ているような眼差しで、長く波打つ青緑の髪を指に絡める。 「……ちょっと羨ましくて、妬けちゃいますわ」 「な、なんだい、いきなりそんな……アタイとサキョウはそんな関係じゃないって!」 あからさまに顔を赤くさせたサクラは、屋敷へ戻りかけていた足を止めて思わず振り返った。 「それに羨ましいだって? あんたみたいな綺麗な子にそんなこと言われても、いまいち説得力ないよ」 しかしリアンはその言葉に何も返さず、サキョウ達の消えた方向を目を細めながら眺めていた。 +DeadorAlive+ |