Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第13章+蒼月の夜

第146話 サキョウの墓参り





今日は朝方から曇り空であったが、道場から大分離れる頃になると辺りが急激に暗くなってくる。
これが昼間なのかと疑いたくなるような暗さである。その様子に思わずサキョウは足を止めた。

──蒼月の夜周辺は、いつも決まってこんな天気である。
数年に一度訪れる『蒼月の夜』とは、満月が蒼い色に変化する実に不思議な夜である。


その美しさに心奪われる学者の数は決して少なくはないが、一般的には悪夢の夜と恐れられているのだ。




空は暗雲立ち込め、今にも大粒の雨が降り出してきそうな勢いであった。
戻るべきか。彼は無言で周囲の仲間達に目を向けたが、ティエルが黙ったまま行き先の方向を指さす。




「せっかくここまで来たんだからさ。行ってみようよ。雨が降り出したらどこかで雨宿りすればいいのだし」
手にリグ・ヴェーダを抱えたまま、ジハードが屈託のない笑顔を向けた。

「この雲ならば、まだ雨は降らないと思うよ。ぼくはその道のプロではないから確証はないけどね。
……ねえ、それよりもサキョウの両親の話が聞きたいな。どんなひと達だったんだい?」


「わたしも聞きたーい。ゴドーの両親でもあるんだよね!」
ジハードの言葉にティエルはぴょんと地面を蹴ると、太いサキョウの腕に絡みつく。


「サキョウもゴドーもかなり大きいじゃない? だからお父さんお母さんもすっごく大きかったのかなーって」




「いやいや……父も母もそんなに大きくはない。それにワシらも子供の頃から大きかったわけじゃないぞ。
ゴドー兄上は武闘家になるのが夢でな……よく筋力トレーニングをしていたものだ」

遠い昔の懐かしい記憶を思い浮かべたサキョウは、目の前に見えてきた墓地への入口へと顔を向ける。
ティエル達の他に人は見当たらないようである。


「ワシはいつも兄上の後をついて行って、トレーニングを横目で見つつ真似事ばかりをしていた。
そしてこのとおり、どんどんと筋力がついてしまったというわけだ」




「ふーん……でもゴドーは武闘家じゃなくて神官になったよね」



ティエルはそう言いながら亡きゴドーの姿を思い出す。

確かに彼は神官の割には筋肉もあり、メイスで敵を粉砕できるほどの腕力を持っていたのだ。
それは昔行っていたトレーニングの賜物だったのだろう。




「うむ、ゴドー兄上は武闘家になるのがが夢だったのだが……。父上達が亡くなってからは、
その魂を鎮めるために神官の道を歩み始めたのだ。そして、ワシも僧兵への道を歩んだ」



サキョウ達がそのまま墓地の門をくぐり抜けようとした時、ふいにクウォーツが足を止める。

「……行け。私はここで待っている」
そう言った彼はティエル達の返事も待たずに歩き出し、墓場の外壁へと寄りかかった。



一瞬だけ複雑な表情が横切ったサキョウだったが、そうか、と小さく呟くと墓地へと足を踏み入れた。




墓地の中は小奇麗に掃除されており、長方形をした黒い石版が規則正しく並んでいた。
暫く無言で歩いていたサキョウは、寄り添うように仲良く並んだ二つの墓の前で立ち止まる。

背後に立っていたティエルが覗き込むと、石にはサキョウの両親らしき名前が彫られていた。



「早いものだな……父上、母上が亡くなって28年か……」
手に持っていた花をそっと墓の前に添えると、サキョウは両手を合わせてモンク僧の祈りの構えを取る。


ティエルは手を組み合わせて目を閉じ、ジハードは両手を胸の前で交差させながら頭を下げた。
皆それぞれの国の祈りの形で、サキョウの両親に黙祷を捧げる。




「ワシは今でもまるで昨日のように思い出せる。父上と母上が、笑いながら出かけて行ったあの日。
あの日は……母上の誕生日であった。ワシは密かに作り上げた指輪をプレゼントしたのだ」

そして兄ゴドーは、隣町で上演している人気の芝居チケットをプレゼントした。
久々に夫婦水入らずで楽しんできて欲しいという計らいであった。



両親は笑いながら言った。土産を買ってくるから楽しみにして待っていろと。
──だが。夕方を過ぎても、夜になっても、いつまで待っても二人は帰って来なかったのだ。


不審に思った村の者と共に兄弟は両親の姿を探し回った。声が枯れるまで、何度も名を呼びながら走った。




そして、村に程近い森の中で。彼らの両親は変わり果てた姿で見つかったのだ。
ぼろ雑巾のように捨てられていた亡骸の横には、帰りを待つ子供達に向けて買った土産が血に染まっていた。

獲物が弱りながら死んでいくのを楽しむような残虐な殺し方に、首筋に残る牙の痕。
これは間違いなくヴァンパイアの仕業だと誰かが言った。



その日から、サキョウ達兄弟は変わった。必ずや犯人を突き止め両親の仇を討つために。
ゴドーは神官へ、サキョウはモンク僧への道を歩み始めたのだった。




小刻みに震えているサキョウの手を見たティエルは、かける言葉も思いつけずに隣のジハードを見る。
サキョウの無念さが言わなくとも痛いほど伝わってきたのだ。

ティエルに視線を向けられたジハードは、何も言わずに首を振っただけであった。




暫く墓の前で手を合わせていたサキョウが、やがてゆっくりと振り返る。
その顔は、いつものサキョウの顔であった。


「……すまんな、さぁ戻ろうか。クウォーツが待ちくたびれているぞ。あいつは結構短気な方だからな」

その笑顔を見てティエルは、
いつか自分も亡くなった大切な人のことをこんな風に優しく話せる日が来るといいな、と思ったのであった。





「終わったのか」
ゆっくりと門の前まで戻った一行に向かって、無表情のまま壁に寄りかかっていたクウォーツが口を開く。


「うむ、今日は無理矢理ついてきてもらって悪いな……ティエルも、ジハードも。三人とも本当にありがとう」
そう言って、サキョウは三人に頭を下げた。

「これからどうする? せっかくサクラに弁当を作ってもらったが、この天気では早めに帰った方がよかろう」



「うん、じゃあ帰ろ──むぐっ!?」
「ぼくらはもう少ししてから帰ることにするよ。サキョウとクウォーツは先に道場の方に戻ってて」

手を上げながら言いかけたティエルの口を突然ジハードが両手で塞ぎ、にっこりと笑顔を浮かべながら声を発した。



「? ……それでは先に帰っているが、お前達も早めに戻って来るのだぞ」
「分かったよ。それじゃあね」

未だティエルの口を塞ぎつつ、ジハードは背を向けるサキョウとクウォーツに手を振る。





彼らの姿が見えなくなると、ジハードはようやくティエルの口から手を離した。

「い、いきなり何すんのジハード、苦しかったじゃないの! 鼻つぶれちゃったよ」
ゼエゼエと荒い息をしたティエルは、実に恨めしそうに目の前の白髪の少年を睨みつける。


「わたし達も帰ろうよ、雨に濡れたら風邪引いちゃうよ!?」



「まったくティエルは気が利かないのだから」
そのスカイブルーの瞳にどこか影を落としながら、ジハードは額にかかる前髪を軽く払いのけた。

「……サキョウとクウォーツを二人きりにさせたかったんだ。二人きりで話をさせたかったんだ。
できれば……あの二人の間にある決定的な溝が埋まればいいのだけれど」



「ジハード……」
どこかでゴロゴロと響く雷鳴を耳にしながら、ティエルは複雑な表情で彼らが去った方向を見つめたのだった。





**********





ティエル達二人と別れたサキョウとクウォーツは、道場までの道のりを黙ったまま歩き続けていた。
空はいよいよ雨が降り出しそうな雰囲気の雲である。どこからか雷の鳴る音も聞こえる。


「うおっ、本当に今日の天気はおかしいな。いよいよ蒼月の夜か?」
前方を無言で歩くクウォーツの背に向かって、サキョウはどこか不安そうな声を発した。

「ワシは蒼月が嫌いではないが、少し不気味だな……ほれ、通りに誰も歩いておらん。
やはりティエル達を連れ戻した方がよかったのではないか? おい、クウォーツ……聞いているのか?」




全く言葉を返さないクウォーツにサキョウは思わず立ち止まる。同時にクウォーツも立ち止まって振り返る。



「……何故そんな風に話していられるんだ」

「ん? 何がだ? おいおい、そんな怖い顔で睨むでない……ワシは何かやったのか?」
振り返ったクウォーツの顔に浮かぶ険しい表情に、サキョウは穏やかな顔つきのまま思わず首を傾げた。




「違う! 違うっ!! 何故貴様はそんな顔で私を見ることができるのだ……!?
詰りたいのなら詰ればいい! もっと恨めよ、もっと責めろよ! 憎しみを込めた瞳で何故私を見ない!?」

吐き出すように忌々しげに言葉を発したクウォーツは、キッと鋭い瞳でサキョウを睨み付ける。


「私は貴様の両親を殺した者と同じことを、……同じことをしている……ヴァンパイアなんだぞ!!」




暫く沈黙が続く。
語気荒く言い放った彼の顔を暫く眺めていたサキョウだったが、やがて静かに口を開いた。


「……そうだな。同じだ。確かにお前も同じことをしているよ。だが、ワシにも分からん。どうしてだろうな」



それからサキョウは大きな手でポンとクウォーツの頭を叩くと、口元に笑みを浮かべる。
そんな彼を、クウォーツは決して嘘をつくことが許されぬ射抜くような瞳で見つめた。




「ときにクウォーツ。ワシに女性を口説く方法を教えてくれないか?」

「は?」
想像を大きく外れたサキョウの言葉に、クウォーツは思わず裏返った素っ頓狂な声を上げてしまう。



「……だから、女性を口説く秘訣を聞いているのだ。お前なんか得意技だろう。是非ワシに伝授してくれんか」
ニカッと笑うサキョウ。

「ワシはどうもそういうのが苦手でなぁ。恥ずかしい話だが、この36年甘い台詞の一つすら言ったことがない」




「ベッドに誘う文句くらい自分で考えろ。もう付き合ってられん。馬鹿らしい。……真面目に聞いた私が馬鹿だった」
大げさに溜息をついたクウォーツは、サキョウを置いてスタスタと大股で歩き始めた。


「ベッドに!? お前ってやつは、いきなりそんなことができるはずないだろう! ものには順序があってだな……」
彼のあからさまな言葉に、思わずサキョウは顔を耳まで赤くさせる。

「……なぁクウォーツ。やはり初めて女性を抱くときは緊張するものなのか? おい、どうすればいいんだ?」



「さぁな……」
返事をするのも面倒だと言わんばかりに、クウォーツはサキョウの相手を完全に放棄しつつ足を速めたのだった。







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