| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第13章+蒼月の夜 第147話 蒼月の夜 六十六の灯火燃えし時、蒼く染まりし死人(しびと)の紅は再び眠りを覚ますであろう……。 「ねえジハード、そろそろわたし達も道場に帰ろうよ。このままだと本当に雨に降られちゃう」 墓地の外壁に背をつけて座り込むジハードに、空を心配そうに見上げていたティエルが声をかける。 しかし彼はどこか難しい顔つきのままジッと黙り込んでいた。 雷鳴が段々と近づいてきているような気がする。雨が降り出してくるのも時間の問題であろう。 「あのねティエル。ぼくは先程から、ソウジ師範の言っていたあの文句のことを考えているのだけど」 ソウジの曾祖父の友人であった魔術師が、最期に残したと言われている謎の言葉である。 「確かそろそろ蒼月の夜が近づいてくる時期だよね。今日か明日か、いつ現れるのか分からないけれど。 ……六十六の灯火というのは……ロウソクでもランプでもなくて、もしかしたら蒼月のことなんじゃないかな」 「蒼月? 蒼月って、本当に蒼く輝く特殊な満月のことだよね。確か66ヶ月に一度現れるっていう現象……」 そこまで言いかけて、ティエルはハッとしたように口元を押さえた。 六十六の灯火。それは66ヶ月に一度姿を現す現象である『蒼月』だと確信したのだ。 「蒼く染まる死人の紅がよく分からないのだけど、この蒼月の時期にわざわざイデアがエルキドを指したのは、 スペルが蒼月と何か関係があるからなんじゃないかって思うんだ」 現在は雲に隠れていて見ることができないが、あの分厚く黒い雲の上には蒼い月が輝いているのだろうか。 「……蒼月の夜にこの謎を解かなくちゃいけないとなると、時間は残り少ないよ。次の蒼月はかなり先になる」 「大変! それじゃあ早く戻ってサキョウ達に知らせなくちゃ……!」 静かに頷き合ったティエルとジハードは、薄暗くなった墓地を後にして駆け出した。 ・ ・ ・ 「おお、クウォーツ見てみい。今夜は美しい蒼月であるぞ! 最後に見たのが五年以上も前だからなぁ」 ようやく道場の近くまで辿り着いたサキョウとクウォーツ。 ゴロゴロと鳴り響く雷鳴。暗雲の隙間から、時折蒼い光が見え隠れしていた。 「……蒼月……」 小さく呟き、ふと立ち止まるクウォーツ。一体何だと首を傾げてサキョウも立ち止まる。 「確か蒼月は66ヶ月に一度の現象……六十六の灯火燃えし時……蒼く染まりし死人の……紅」 ボソボソとどこか呪文のように呟く彼に、サキョウは余計に訝しがりながらクウォーツを見た。 ──その刹那。大きな雲の切れ目であったのだろう。巨大な蒼月が完全に姿を現す。 辺りが緑がかった蒼一色に支配される。巨大な蒼月の姿は、まるで蒼い火がゆらゆらと燃えているようであった。 皆が悪夢の夜と恐れて止まないこの夜は、やはり言いようのない不気味さを感じられずにはいられなかった。 言葉もなくただ魅せられたように蒼月を見つめていると、やがて近くで大きな爆音が響いた。 「!!」 その音に二人が我に返ると既に蒼月は分厚い雲に半分隠れ、辺りは再び薄暗さを取り戻していた。 「今の音は……?」 「……間違いない、道場の方角だ」 呆けたように口を開いたサキョウに向かってクウォーツが答えると、彼は地面を蹴って駆け出した。 彼らが道場へ到着する頃には、パラパラと細かい雨が降り始めていた。雷鳴が近くで鳴り響いた。 しかしそこへ辿り着いたサキョウは思わず絶句する。 門の前で誰かが倒れている。ソウジの座敷がある方向からは、黒い煙が上がっていた。 「サイゾウ……サイゾウ、しっかりしろ!! 一体何があったんだ!?」 倒れていたのはサイゾウであった。鋭い爪で引き裂かれたかの様に、胸元がぱっくりと赤く裂けている。 名を呼びながら駆け寄ったサキョウは、静かにサイゾウを抱え起こした。 「サ……サキョウか……。早く逃げろ、魔物が……魔物が現れたんだ……みんな殺される……!!」 そこまで苦しげに呻いたサイゾウは、何かが引っかかったように喉の奥を鳴らすと首をガクンと垂らした。 息絶えた友の身体を抱き起こしていたサキョウは、一体何が起きたのか把握できずに暫く呆然としていた。 死んだ。誰が。死んでいる。サイゾウが。血まみれで。殺された。誰に。誰に? 誰に……!! 「何故……こんなことに……?」 そんなサキョウの虚ろな瞳に、破れている障子の影からフラフラと歩いてくる人物が映った。 胸や首にはざっくりと獣の爪で引き裂かれた痕がある。そこから止めどもなく血が溢れ出していた。 「サ……サクラ──!!」 半分正気を失ったような声で叫んだサキョウは、愛する女性の元に駆け寄ると彼女の身体を支えてやる。 「ワシらがいない間、一体何が起こったのだ!? 一体誰が、こんなむごいことを……!!」 「よかった……あんたは無事だったんだね……」 血塗れた手をサキョウの顔に伸ばしたサクラは、うっすらと微笑んだ。 「……突然魔物が現れたんだ……。勿論、アタイもソウジ師範も戦った。けれどあいつが……あいつが」 心底悔しそうに呟いたサクラは、そこで激しい咳をする。それでも彼女は先を続けようと口を開いた。 「……あの女が、背後から突然……笑いながらソウジ師範を魔物に向かって突き飛ばしたんだ! だから……油断していたソウジ師範は魔物に殺されて……アタイは……師範を守れなかった……!!」 「あの女……? サクラ、もういい! もう話すでない、必ずワシが助けてやるからな!!」 クウォーツは一人、一番損傷の激しいソウジの座敷へと向かっていた。 あちこちに生々しい血が飛び散っている。引きずるような赤い足跡は、サクラのものなのだろうか。 魔物に襲われたと言っていたが、辺りは実に静かで魔物の姿も見受けられない。 黒く焦げたソウジの座敷へと足を踏み入れる。髪が燃えた鼻を突く異臭に、彼は口元を押さえた。 座敷の中心で、スペルの木箱に覆い被さるようにしてソウジが倒れているのが見える。 生死を確かめようとして伸ばした手をゆっくりと止めた。……彼の首は半分もげてしまっていたのだ。 あまりの惨状にクウォーツですら思わず目を逸らしたとき、背後で微かな足音がした。 「や……やだ……! 一体何が起こったの!?」 静かに振り返ると、そこには呆けた表情のリアンが皿を抱えながら立っていた。 見たところかすり傷一つも負っていないようである。大きな赤い瞳を数回瞬きながら、首を傾げている。 「私サクラさんに頼まれて、離れの方までこの食器を取りに行っていたんですのよ。 けれど戻ってきたら座敷がこんなにぼろぼろで……。ねえ、クウォーツ。一体何があったんですの?」 「お前……?」 こんな惨状を目の当たりにしても動揺のないリアンに眉をしかめ、彼は何かを言いかけて視線を逸らす。 「一体何があったのかは私にも分からない。だが、ここで、『何かが』起こったのは確かだ」 「ひどい。誰がこんなことを……」 目を伏せるリアンを見つめていたクウォーツだったが、ふと彼女の頬に付着した赤い飛沫に目を留めた。 ゆっくりと腕を伸ばし、彼女の白い頬に指先を触れてみる。言葉を発するよりも、身体が先に動いていた。 血特有の、ぬるりとした感触。 「え? それって血ですわよね」 急に自分の頬に触れてきたクウォーツに目を瞬いていたリアンだったが、彼の指先の血を見ると首を傾げた。 「……いやですわ、どこで付いたのかしら」 「サキョウ……騙されちゃだめだ。……あの女に……みんな殺されちまう……!」 震える手でサキョウの瞳から溢れ出る涙を拭ってやったサクラは、彼の黒い瞳を強く見つめた。 「ねぇ、あんたは絶対に死んじゃだめだよ……どうか死なないでおくれよ……サキョ」 ……一際大きな雷鳴が轟いた。 辺りを昼間のように照らした稲光がおさまる頃には、既にサクラの瞳はここではないどこかを見つめていた。 「……サクラ?」 掠れた声でそう呟いたサキョウは、力任せに彼女の身体を揺さぶるが。 サクラは人形のようにただガクガクと揺れるだけであった。 「サクラ? サクラ? サクラ……サクラぁぁぁっ!!」 声が張り裂けんばかりに叫んだサキョウは、物言わなくなったサクラの身体を抱きしめる。 嘘だ。だって、まだ、彼女の身体はこんなにも温かい。 「こ、これは一体!?」 「サキョウ……?」 ようやく道場に到着したティエルとジハードは、入口で倒れるサイゾウの死体に目を見開く。 それから血まみれのサクラを抱きしめるサキョウの姿が目に入ると、急いで彼に駆け寄った。 「……」 彼女が息を引き取ってから時間が経過していないことを悟ると、ジハードは唇を噛み締めながら項垂れる。 唇が裂け、そこにうっすらと血が滲んだ。 「……すまない。ぼくがもっと早くに辿り着いていれば、彼女を助けることが出来たのかもしれなかったのに……」 「お前が謝る必要はどこにもないさ」 サクラの亡骸を抱えながら立ち上がると、サキョウは流れる涙を拭おうともせずに呟いた。 「……ワシが駆けつけた時には、既に治癒魔法でも追いつけないほど酷い怪我だったのだ……」 「リアンは? 他のひと達は?」 「まだ姿を見ていない。彼らは一体どこに……」 その時。屋敷の裏側から悲鳴が響いた。 大きく轟いた雷鳴に混じって聞き取りにくい声ではあったが、それは間違いなくコウのものであった。 途端に弾かれたように駆け出した彼らは、悲鳴の聞こえてきた屋敷の裏庭へと回る。 叫び声に気づいたのか、クウォーツと無事であったらしいリアンの二人も家の中から飛び出てきた。 そこには倒れているコウ、そして刀を構えているトガクレの姿があった。 彼らの視線の先には──……一人の少女。 屋根の上にちょこんと立っていたその少女は、サキョウ達の姿に気が付くとゆっくり地面に降りてくる。 「キャハッ★ おそーい、もう待ちくたびれちゃったよ。退屈だったから、このおじちゃんと遊んでいたんだ」 屋根の上から身軽に降り立ったのは、幼い顔をした少女であった。 桃色の髪に青白い肌。人であらざる者の証、赤い瞳。天使のような愛くるしい顔立ちの少女である。 しかしどこか病的で薄気味悪く、作り物のようにわざとらしい可憐な姿であった。 そんな特徴の答えはただ一つ。彼女は間違いなく悪魔と呼ばれる、妖しき夜の住人である。 「でもつまんなーい。だってこのおじちゃん達、全然強くないんだもん。暇つぶしにもならなかったよ。 あ、自己紹介が遅れちゃった。名前はミカエラっていうの★ 売れっ子死神ちゃんよ。覚えておいてね!」 +DeadorAlive+ |