Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第13章+蒼月の夜

第148話 死神ミカエラ





「サキョウ!! ……っ?」


裏庭へと駆けつけたリアンとクウォーツは、見慣れぬ桃色の髪をした少女の姿に思わず足を止める。
そしてリアンはサキョウの腕に抱えられたままの息絶えたサクラの姿を見ると、悲痛な表情をその顔に浮かべた。

「サクラさん……」




「キャハッ、全員集合だねっ★ ねえねえ、せっかくだからみんなミカエラと遊ぼうよ。お友達になろっ」
愛らしい顔に不気味な笑みを浮かべたミカエラと名乗る少女は、手に抱えたクマのぬいぐるみを抱きしめる。

「ミカエラのお友達になってくれたら、これの水晶玉あげてもいいんだけどなぁ」


「……!!」

そう言いながら彼女が懐から取り出したものは、手のひらサイズの水晶玉。
水晶の中心では淡い紫色の光がおぼろげに浮かんでいた。目を凝らしてみると、それは文字であった。


──セレステールで受け取った物と同じ、イデアのスペルである!




「これさ、これさ、突然空に浮かび上がってきたんだよ。 何なんだろうね? とっても綺麗な玉だよね?」

「まさか……死人の紅とは」
ミカエラの持つスペルを目にしたジハードは、それからハッとしたように口元を押さえた。



『六十六の灯火燃えし時、蒼く染まりし死人(しびと)の紅は再び眠りを覚ますであろう』
これが魔術師から渡された木箱の封印を解く鍵になるかもしれない、という読みは見事当たっていたのだ。

「……蒼月の光が照らす瞬間に、死者の血を木箱が浴びれば呪いが解かれるという意味だったんだ……!」


蒼月の夜、偶然か否か。
突如現れた魔物に殺されたソウジの血を吸った木箱は、見事その封印を解いたのである。




「あなたはミカエラといったね。あなたはその謎を解いたのかい? スペルを奪うことが目的だったの?」
実に気味の悪い微笑みを浮かべているミカエラに向かって、ジハードは静かな声で問いかけた。

「だからわざわざ蒼月の夜、魔物を呼び出して……ソウジ師範の血を木箱に……?」



「えーっ、スペルってなに? 呪いってなに? ミカエラ、難しいことわかんなーい★
だってミカエラ魔物を召喚しただけで、後はこのおじちゃん達と遊んでいたんだもん。家の中には入ってないよ」

さも意外そうに大きな赤い瞳を瞬いたミカエラは、怒ったようにムスッと頬を膨らませて見せる。


「そんでおじちゃん達と遊んでいたら、急に大きな音がしてさっ。この水晶玉が空に浮かんでいたの。
だからミカエラは何のことかさっぱり分かんないよう」



「嘘を言うな! サクラは息絶える前、確かに言ったのだ。魔物の他に、もう一人敵がいたことを!!」

ギュッと血塗れたサクラの亡骸を抱きしめながら、サキョウが怒号に近い声を発した。
勢いよく顔を上げた衝撃で、目じりにたまっていた涙がぼろぼろと零れ落ちる。


『……あの女が、背後から突然……笑いながらソウジ師範を魔物に向かって突き飛ばしたんだ!
だから……油断していたソウジ師範は魔物に殺されて……アタイは……師範を守れなかった……!!』




「お前だろう、お前が……お前がソウジ師範を死に追いやったのだろう……!!」


「だぁーかぁーらぁー、ミカエラは知らないって言ってるでしょ。やぁねえ、おじちゃんったら泣かないでよぉ……」
どこか小ばかにしたような蔑んだ笑みを浮かべたミカエラは、片手を腰に当てると上半身を突き出した。

「ねえ! そんなことより、ミカエラと遊ぼうよ。そしたらこの綺麗な水晶玉あげてもいーよ。
でもミカエラと遊んだらみんな死んじゃうかもしれないね。人間の身体って、意外に脆くて壊れやすいんだっけ」




「もういい、貴様は目障りだ。消えろ」

ミカエラが可愛らしく首を傾げた時、地面を蹴ったクウォーツが彼女の眼前に妖刀幻夢を突き出した。
しかし笑みを浮かべたミカエラの姿は煙のように消え失せ、次の瞬間には刀の先にちょこんと飛び乗っていた。



「残念でしたー! ふぅーん……キミ、ミカエラと同じ悪魔族だね。なんで人間達と一緒にいるの?」


ニッコリと邪気のない笑顔を浮かべたミカエラは、眉をしかめたクウォーツに顔を向ける。
その瞬間、まさに怒りが頂点に達したサキョウが拳を振り上げながら突っ込んできた。



「サクラや友の仇! 死神ミカエラ、貴様の死でもって償え──!!」



「きゃーん、怖い顔しないでよー。ミカエラピンチっ、でも楽しーい! よぉーし、ヒッポ行っくぞう!」
キャラキャラと笑い声を上げたミカエラは、大きくジャンプをすると宙に浮かび上がる。

その瞬間、常に抱えていたクマのぬいぐるみが妖しげな紫色の霧に包まれた。
霧に包まれたそれは次第に大きく形を変え、ミカエラの身長はあるであろう巨大なカマへと変化を遂げた。


「ミカエラのお仕事道具、デスサイズだよ。クマのヒッポの真の姿ってところかな?
とってもミカエラ優しいから、うんとうんと苦しませてから首をはねてあげるね! キャハハハー!」



一際高い笑い声を発すると、ミカエラはデスサイズを振り上げてサキョウへと突っ込んでいく。

突き出された太い拳を軽く避け、身軽に宙返りを披露するとサッとカマを振り上げた。
サキョウはそれを紙一重で避けたはずなのだがパックリと腕が裂ける。美しい色合いの鮮血が飛び散った。




「……言っておくけど、この死神ミカエラちゃんを倒そうだなんて考えない方がいいよ」

地面にジハードが放った魔法陣が浮かび上がると同時に、ミカエラはくるんと宙返りをして屋根に飛び乗った。
発動する極陣。だが、既に彼女は魔法範囲外である。


「ダーメダメ、おっそいよ。……んー、じゃあそろそろ紹介しようかな。ペットのゾンビ君たち、どうぞー★」
ミカエラがブツブツと低音で呪文を発すると、地面に大きな紫色の魔法陣が浮かび上がった。




「あれは……ティークバウムの宿屋で見た魔法陣と同じ!? まさか、あのミノタウロスはあなたが!?」

既にイデアを引き抜いていたティエルは、目の前の魔法陣に向かって構えながら叫ぶ。
紫色に輝く魔法陣からゾロゾロと現れたのは、もはや顔の原型が分からぬほど腐り果てたゾンビ達である。


しかしミノタウロス召喚時とは違い、魔法陣は消えずにそのまま残っていた。
……そこから、一人、また一人とゾンビ達が鈍い動きで這い出てくるではないか!




「その魔法陣は消えないよ。永遠にゾンビ達を生み出し続ける優れものなんだから」


心底楽しげに笑ったミカエラはサキョウの攻撃をかわしながら、ぱちんと指を鳴らしてみせる。
すると、ゾンビ達は一斉にティエル達へと向かってきたのだ。動きは鈍いが、なにしろタフな上に数が多い。



「リ、リアン! 魔法でゾンビ達を一網打尽にできない!? 魔法陣ごと焼き尽くしちゃって!」
ゾンビの腐臭に思わずめまいがしたティエルだったが、気を持ち直すと背後のリアンに声をかけた。



「言われなくてもやってやりますわよ。知ってます? ……ゾンビは炎が苦手だってこと!」

じりじりと迫ってくるゾンビの群れに一歩後ろに下がったリアンは、早口で呪文の詠唱を始める。
敵の攻撃範囲に足を踏み入れてしまえば、魔法使いにとってそれはほぼ死を意味するのだ。


「内腑煮たぎり、魂燃え尽くす、冥府に潜む者達集いて灼熱の火炎となれ……メギドフレア!!」



彼女の放った火炎の魔法が勢いよく目前のゾンビ達を包み込むが、
燃え盛る火炎に身体を焼かれても、なお生きる屍達は呻き声を発しながら生者の肉を求めて飛び掛ってくる。

そのあまりに凄惨かつグロテスクな光景に、思わずティエルの足がすくんでしまう。
鼻を突く腐臭、呪いのこもった呻き声、緑や茶色に変色した溶けた皮膚。糸を引いて地面に落ちる腐肉。




「こ……この世の地獄だ……」


放心したように座り込むトガクレの隣では、ジハードがコウに治癒魔法を施してやっていた。
ミカエラに裂かれたカマの傷は深かったが致命傷にまでは至っていない。

彼は半分祈るような気持ちで魔法を唱え続けた。




「くそっ、邪魔をするな! 用があるのはあの悪魔だけだ……!!」

一刻も早くミカエラの元へ辿り着きたいサキョウなのだが、
魔法陣から止めどもなく現れるゾンビに邪魔をされてなかなか進めない。倒せど倒せど湧いてくるのだ。

どうすることもできずに、彼はゾンビの群れの向こうに見えるミカエラの姿を力一杯睨み付けた。




そんな群れの向こうでは、クウォーツの妖刀幻夢とミカエラのデスサイズが激しく打ち合いを続けていた。


「へーえ……キミってなかなか可愛い顔してるね。ねえ、お名前教えてよ。ミカエラのお友達にならない?」
鋭い刀の一撃を避けると、ミカエラは虫も殺せぬような愛らしい顔を歪めながら口を開く。

「それにさぁ、ミカエラは魔物召喚しただけで後は何もしてないよ! ……キミだったら信じてくれるよねえ?」



「……それならば何だ? 『魔物の他にいたもう一人の敵』とは貴様じゃないというのか?」

軽く詠唱を済ましたクウォーツは、ミカエラに向かって右手を突き出した。
その瞬間無数の吸血コウモリの群れが彼女を襲う。



「そうだって何回も言ってるじゃなーい。まぁ、ゴミみたいに死んでいった人間達なんてどーでもいいや!」
デスサイズでコウモリを切り裂いたミカエラは、ゾンビの群れを蹴散らしてきたサキョウの肩に飛び乗った。

「畜生、この悪魔め!!」
「ごっついおじちゃん、そんなにミカエラが憎い? うーん、その目いいなぁ。そういう目とっても好きだよ」



そんなニッコリと笑うミカエラの背に向かって、リアンの放った超威力の火炎球が向かってくる。

ミカエラが振り返ると、自分と全く同じような血を湛えた深紅の瞳がこちらを見つめていた。
思わずリアンの凍った瞳に寒気を覚えたミカエラだったが、表情には出さずに軽く炎の塊を避ける。



──が。その隙を狙ってサキョウがミカエラに飛び掛ったのだった。



「き、きゃーっ!? やだやだぁ、離れてってばぁー!!」
「サクラの、ソウジ師範の、サイゾウの無念を受け取れ! 死神ミカエラ!!」

ミカエラと取っ組み合ったサキョウは、彼女の首を軽々と持ち上げるとそのまま壁に向かって叩きつけた。



「……ぎゃっ!!」

骨の砕けた音が響き、ミカエラは顔を引き攣らせながらもんどりうって地面に崩れる。
暫く地面でピクピクと痙攣している彼女を、サキョウは悲しみとも憎しみともいえない眼差しで見つめた。

早く息の根を止めなければならない。首を落とさなければ。この者はこんな幼い姿をしていても、憎き仇なのだ。
ミカエラが倒れたことで紫色の魔法陣は消え、同時にゾンビ達も霧のように消え失せた。




「……やったな……腕の骨が折れちゃったじゃないっ……」
ありえない方向に曲がった右腕のまま静かに立ち上がったミカエラは、憎々しげに一同を見回した。

「覚えてろ……キミ達全員、ミカエラの友達にしてあげる。バラバラにして殺してあげるっ……!!」


そして反対の腕で掴んだデスサイズを一振りすると、彼女の姿は一瞬にして消え失せてしまう。
コロン、と忘れ去られたかのように水晶玉が転がり落ちた。

それはソウジの命を引き換えにして呪いが解かれた、イデアのスペルの一つ……『宵闇のスペル』である。




「……」
紫色に輝く水晶玉をゆっくりとした動作で拾ったサキョウは、それを握り締めながら声を殺して泣いていた。



小降りだった雨が段々とひどくなってくる。

それでもスペルを握り締めたままサクラの亡骸の前で膝をついて泣き続けているサキョウに、
誰も声をかけることができなかった。


何を言ったらいいのか。慰めの言葉など気休めにもならないだろう。言葉が思いつかないのだ。




「サキョウ……」

雨で濡れた顔を拭おうともしないまま、ティエルは一歩サキョウへと足を踏み出す。
しかし、それをリアンが止める。


「……今はそっとしておきましょう。私達が何を言っても、彼には通じない」


「そうだね」
足を止めたティエルは背後のリアンを振り返り、それから堪え切れなかった大粒の涙をぼろぼろと溢れさせた。

「……でも……でも……ひどいよ……こんなのって、とてもとても、ひどいよ……!」



「ええ、そうですわね……」
肩を震わせて泣き続けるティエルを両手で抱きしめるような形で、リアンはどこか重苦しい口調で呟いた。

刀を握ったまま呆然としていたトガクレは妹サクラとサキョウの姿を暗い眼差しで見つめており、
ジハードは目を覚まさないコウの治療を続けていた。その隣では無表情のクウォーツが腕を組んで立っている。



時折鳴り響く雷鳴。そして、稲光だけが物言わず佇む彼らを照らしていた。







+DeadorAlive+