Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第2章+旅の幕開け


第15話 H U N T I N G -3-





……そこには、異様に赤黒い男が立っているだけであった。


しかしその男の両腕は、まるで巨大なカマのように鋭い刃物の様にも見える。まるでカマキリ男である。
ベットリと血が付着していることから、どうやらこの男がハンター達を襲ったのだと考えられる。



「うぅ……姉ちゃん達来たのか……早く逃げろ、こいつはオレ達の手に負える相手じゃねえ……!」

ベッドの脇には、腹を裂かれたファングがぐったりと蹲っていた。
思わずティエルは駆け寄って、彼をそっと支えてやる。


「……大丈夫!? ひどい傷……あいつがこの部屋に泊まった人たちを殺していた奴なの?」
「そうだ、あの両手のカマを振り回されたらひとたまりもなかった。死にたくなかったら早く逃げろ!!」



「逃がさねぇ……誰一人として、この部屋に入った者は逃がさねぇ。お前らも綺麗に切り刻んでやるよ」

カマキリのような男は口元に嫌な笑いを浮かべると、ティエル達にゆっくりと近づいていく。
赤黒い男だと思ったのは、その男が全身に血を浴びていたからであった。


「どんな風に切り刻んでほしい? 八つ裂きか、それとも綺麗に首だけか? 両足か、片腕か!!
真っ二つというのもありだぜ? ……さあ好きなものを選べ!!」



「ティエル! うしろっ、賞金首が向かってますわよ!」
既に呪文の詠唱を始めていたリアンは、完成した魔法をカマキリ男に向かって投げつける。

「眩き光よ、貫く刃となりて大地を引き裂かん……ライトニングサンダー!!」



バリバリバリ、と放射状に眩い火花が散ったかと思うと、一筋になりカマキリ男に炸裂する。


「うぎゃあああ、魔法使いか畜生! この女から先に殺してやるっ!!」

あの電撃でまだ動ける体力があるのだろうか。
完全に怒りを露わにしたカマキリ男は、両腕を振り上げてリアンに突っ込んでいく。



「そうはさせない!」


なんとか阻止しようと、ティエルは地面を蹴ってカマキリ男の背を切り裂いた。
ピュッと飛んだ血飛沫に一瞬視界を奪われたティエルを、右腕のカマで容赦なく斬りつける。

それを驚くべき反射神経でかわす。直撃は免れたが、決して浅くはない傷だ。


「ティエルっ、……内腑煮たぎり、魂燃え尽くす、冥府に潜む者達集いて……きゃああぁっ!!」

呪文の詠唱に気付いたカマキリ男は、両手をクロスして正面からリアンに斬りつける。
ティエルの様な反射神経を持ち合わせていない彼女は、避けることもできずに直撃を食らったようだ。



溢れ出た血を押さえながら横になるリアンに、カマキリ男はゆっくり歩み寄っていく。



「まずはお前から切り刻んでやる……!」

カマキリ男の表皮は意外なほど硬い。剣が刃こぼれしてしまうかと思うほどであった。
戦い慣れていない自分に、この者は倒せるのか。


ハンター達の言う通り、逃げた方が良かったのではないだろうか。



『私だって無敵じゃないんでーすのよ。……背後を守ってくれる剣士様が必要なんですの』
『あなたは剣を握ることだけを考えて』

リアンの言葉が心に響く。


(リアンは、わたしを信用してくれていた。背後を預けてくれていた。……わたしが、)
ギュッと剣を握りしめる手に力がこもる。決して戦うことに、肉を切る感触に慣れたわけではない。

──けれど、どうしてもやらなくちゃいけない時だってある。



「待て! わたしが相手になる。リアンには指一本触れさせない!!」

心臓が口から飛び出るくらい緊張している割には、意外に落ち着いた声が出たな、とティエルは思った。
ここ最近恐ろしいことが重なりすぎて、感覚が麻痺してきてしまったのだろうか。

しかし今はそんな事など、どうでもよかった。



案の定ピタリと足を止めたカマキリ男はティエルを振り返るが、彼女を見た途端表情が強ばる。

風の粒子。
淡い緑色に光を発する風の粒子が、ティエルの周囲に集まっているのだ。

それは、カマキリ男や魔法使いのリアンには勿論、
魔法には普段縁遠いはずのハンターのファングらの目にも、はっきりと見えていた。



「な、なんなんだお前は……!?」
思わず後ずさりをしてしまったカマキリ男は、緑の光に包まれたティエルを凝視する。


(不思議だ……風の声が聞こえる。ねえ、わたしに力を貸してくれるの……?)

どことなく穏やかな気分になったティエルは、緑の光を帯びたガリオンの形見の剣をスッと掲げた。
そして、次の瞬間弾丸のような素早さで地面を蹴り、隙だらけのカマキリ男の懐に潜り込む。



「な……なんでこんな小娘に……オレ……が」
風の刃に切り裂かれ、血を吐き出しながらカマキリ男はそう呻くように呟いた。


(あれは風の魔法剣! 無意識のうちに風の力を借りただなんて。この目で見るのは初めてだわ……!)
蹲りながらリアンは顔を上げて、緑の風に包まれるティエルの剣を見つめる。

(ただの娘かと思っていましたけど……意外でしたわね)



ドサリとカマキリ男が倒れると、ティエルの周囲に取り巻いていた風の粒子はフッと消えてしまった。
一瞬目眩を覚えたティエルだったが、それでもしっかりとした足取りで倒れる男に歩み寄る。

騒ぎを聞きつけた宿屋の主人も入口から覗き込んでいた。


「ねえ、一つ聞いてもいい……?」
苦しげに口元に笑みを浮かべたカマキリ男の側に、ティエルはそっとしゃがみ込む。

「どうして、こんなことをしたの。どうして、ここの部屋の人たちを殺したりしたの。どうして……?」



「……どうして、か」
ヒューヒューと息をしながら、大量の血を吐き出した。

「オレが、まだ人間であった頃、娘を連れてこの部屋に泊まったんだ……。
ベムジン寺院へ参拝に行きたいという、病弱な娘の願いを叶えてやろうと思ってな……」



「……この部屋に?」


「ああ、ここは料理が美味しいので有名でな。オレは娘をとにかく喜ばせたかった……。
けど……オレがちょっと外に出ていた間に娘が発作を起こしてしまったんだ」

そう言った男は、全ての者を呪うような、憎しみの瞳を宿屋の主人に向ける。



「対応が早ければ、決して死ぬようなことにはならなかった。だがな、この男は娘を見殺しにしたんだ!!」

「……ば、化け物め、よくもうちの宿の評判を落としてくれたな! 早くコイツを殺って、ギルドに渡してくれ!」
うんざりしたように頭を振った宿屋の主人は、汚らわしいといった様子でカマキリ男を指さした。



「その日は丁度どっかの金持ちが泊まりに来ていて、この男は娘の助けを求める声を無視した。
『黙っていろ、貧乏人』と、苦しむ娘に言ったそうだな。事切れる寸前、あいつがそう言ったんだよ」

そう言いながら、男は目に涙をためてティエルの方へ振り返る。


「お前さんくらいの年頃の可愛い娘だった。その日からオレは魔物と契約し、この身体を手に入れた。
この宿の奴らを追いつめてやろうと思ったんだよ、最後の標的は勿論そこに立っているおと、」


男、と言おうとした彼の頭を、グシャッという音と共に宿屋の主人は踏みつぶす。
血が飛び散り、ティエルの頬に赤い色が点々と付着した。



「お前のせいで、うちの商売はあがったりだ! よくも、よくも、よくも!」


既に死んでいる男の顔面を、宿屋の主人は狂ったように踏み続けていた。
その様子を、生き残ったハンター達やティエルらは、なんとも言えないような眼差しで見つめていた。









「……ホイ、105万リン丁度。確かに渡したぜ」

ギルド前、カマキリ男──ビン=ゲイル──の死体を運ぶのを手伝ってくれたファングから、
金貨の入った麻袋を手渡される。

他のハンター達も包帯だらけで、あの後は皆で僧侶の所まで駆け込んだのだった。
ファングから手渡された金貨の袋を、ティエルは暫く黙ったまま見つめていた。


「なんか、あまり納得いかないよね。悪いことをしたんだからあの人は許せないけど、でも……」

最後に涙を流しながらティエルに訴えた彼の顔が、いつまでも脳裏に残っている。
この先きっと忘れることはないだろう。



「あの宿屋の主人さん、最後は鬼気迫るものがありましたわよね。どっちが悪役か分からなかったですわ」
僧侶を半分脅して格安で治療してもらい、随分と元気になったリアンが口を開いた。

「まぁ、犯人を倒して賞金は手に入ったんですし……あまり考えすぎると体に悪いですわよ」


「……そうだけど」
未だ納得がいかない様子のティエルの頭を、ファングは優しくぽんぽんと叩く。


「そーゆーこった、そこの姉ちゃんの言うとおりだぜ。それじゃあここでお別れだな。
オレ達は仲間の供養を済ますためにこの町を出るぜ」



「一応あなた達も一緒に戦ったんですものね、これ……少ないけど、供養する費用に当てて下さいな」

袋の中から金貨を取り出したリアンは、驚く顔のファングに向かって差し出した。
暫く目を瞬いていた彼だったが、やがてリアンから金貨を受け取る。


「サンキュ、ありがたく受け取っておくぜ……そうそう、仲間が使っていた別の宿を代わりに使ってくれ。
いくら神経が図太くても、あんなことがあった宿屋には泊まりたくねぇだろ」

サラサラと紙に部屋番号と宿名を書き殴ると、ファングはそれをティエルに渡した。



「宿泊代は前払いだから、気にせず泊まってくれ。もう二度と会うこともないだろうが……それじゃあな」

軽く手を振ったファングは、待っていた仲間と共に夜の町に消えていく。
その後ろ姿をいつまでも見つめていたティエルは、握りしめていた手のひらをそっと開いてみた。


手のひらには、まだ倒した男の血痕がこびりついているような気がした。


どこか思いつめたようなティエルの様子を見ると、リアンはギュッと唇を噛みしめた。
しかしそれから思いきり眩しい笑顔を浮かべ、突然後ろからティエルに抱きつく。



「ティ〜エルっ。これでやっと柔らかいベッドで眠れますわよね、そんなシケた顔しないで下さいな!」



いきなりのリアンの行動に暫く面食らった顔をしていたティエルだったが、やがて笑顔になる。

「……うん」
リアンの温かい腕の感触を感じながら、ティエルはもう一度自分の手のひらを見つめた。


(わたしは、忘れない。何があっても、決してあなたのことは忘れない。……だから、どうか安らかに)
そう心に誓い再び見つめた手のひらに、もう血痕は見えなかった。






+DeadorAlive+