| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第14章+BLACK・KNIGHTS 第151話 青空の感傷 ティエル達と別れたリアンは、サバス・コレクションの会員証を求めてダフ屋を探すことになった。 確かに影の商売とも言えるダフ屋は、こんな人通りの多い賑やかな大通りには存在しないだろう。 ごろつきの集まる暗い路地裏や、いかがわしい娼婦街に存在することが多いのだ。 封魔石関連の秘宝から珍宝。そんな貴重な品物が数多く出品されているというサバス・コレクション。 当然、どんな手を使っても会員になろうという者は多いだろう。 しかし先程読んだ新聞によると、どうやら会員になれる資格は色々と厳しいらしい。 一つ、この町の住人であること。二つ、サバスに毎年100万リンに近い賄賂を贈っていること。 (……コレクションとかいいましても、どうせ盗品やいわくありの品物が殆どなんでしょうけどね) くるくると波打つ自慢の髪の毛を指先に絡めながら、リアンは左右の店に目を走らせつつ大通りを歩いていた。 さすが大きな都市だけあって、ブランド店が並んでいる。滅多にお目にかかれないような武器の店も見える。 通りには様々な人種の旅人達が店々を物珍しそうに眺めていた。 そんな様子を眺めながら、リアンはもう少しだけティエル達と町見物をしていれば良かったな、と後悔をした。 しかしサバス・コレクションは明日の夜開催なのである。あまりのんびりとしている時間はない。 明日までにサバス・コレクションへ参加するための会員証を、どうにかして手に入れなくてはならないのだ。 ──サキョウがいない今、自分がしっかりとしていなければならない。 いつも一緒にいた人物が一人いなくなっただけで、こんなにも調子が狂うものなのだろうか。 それほどティエル達の行動はどこか普段とは違っていた。困惑しているともいうのだろうか。 サキョウが今までどのくらい彼女達の心の中に自然に入り込んでいたのかを思い知らされたのだった。 (けれど、私達はいつまでも落ち込んでいる場合ではないわ。それに私には大きな目的がある。 ティエルは国を取り戻し、ジハードにも目的がある。この旅が終わったら、皆には……それぞれの道がある) そこまで考えて、彼女が少し俯いたとき。 少し強めの風が吹き、先程ティエルに貸したハンカチが手から離れて地面に落ちる。 リアンが慌てて拾おうと腰をかがめると、それよりも早く誰かの手がハンカチを拾い、彼女に差し出した。 瞳に、風ではためく黒いコートが映る。 思わずリアンは勢いよく顔を上げたが、彼女の目の前に立っていたのは想像していた人物ではなかった。 「落としましたよ、はい。これ」 旅人なのだろうか。随分と日に焼けた健康そうな青年が、笑顔を浮かべて彼女にハンカチを差し出していた。 「あ……ごめんなさい」 どこか曖昧な発音で口を開いたリアンは、ハンカチを恐る恐る青年から受け取る。 すると青年は再びにっこりと笑いながら、仲間の呼ぶ声に慌てて振り返ると元来た道を駆けていった。 「なぁーに美人と楽しく話してるんだよ」 「オレはただハンカチを拾っただけだよ、さあ早く新しい防具を買いに行こうぜ!」 なにやら仲間に冷やかされているようである。 青年達の後ろ姿が小さくなっても、リアンはハンカチを握り締めたままその方向を見つめ続けていた。 (──馬鹿みたい。私、ほんとに馬鹿みたい。一瞬だけ見間違えるなんて) いつも自分を斜めから見下ろしている、青い髪をした青年と。 彼はあんな風に明るく笑わない。あんなに優しい声をしていない。あんな穏やかな瞳で、自分を見ることはない。 (彼は……どうするんだろう。この旅が終わったら、この旅が終わったとき。その時彼は……何を選ぶんだろう) どことなく暗い面持ちになったリアンは、それからハッと顔を上げると少し驚いたように目を瞬かせる。 (……やだ、何であんな男のことを考えているのかしら。それよりもダフ屋を探さなくちゃ) 自嘲気味の笑顔を浮かべた彼女は、本来の目的を遂げるために辺りをくるりと見渡した。 大通りの途中に、少し暗い路地裏への道が続いているのが目に入る。 そこには大きな看板が掲げられており、ビールのジョッキとナイフとフォークのマークが印されていた。 酒場ならば、情報を知っている者がいるかもしれない。そう考えたリアンは真っ直ぐに路地裏へと入っていった。 大通りとは違い、随分と暗い道である。 薄汚れ、随分と痩せ細った猫がゴミバケツの上でリアンに向かって切なそうに鳴いていた。 「ごめんなさいね。私、今食べる物を持っていないんですのよ」 リアンは申し訳なさそうに猫に向かって微笑むと、猫は心底がっかりした様に小さく鳴いた。 猫に別れを告げて再び歩き始めたリアンの瞳に、先程と同じ看板が目に入る。 両開きの扉の上には、薄汚れた看板。 大通りに酒場はいくつかあったのだが、リアンはあえて薄暗い路地裏の酒場を選んだのだ。 ダフ屋など闇の商売を知っている者達は、人々で賑わう明るい場所を嫌い者が多い。 大きく息を吸い込んだリアンは、それから一気に扉を開け放った。 どこかきな臭さの漂う薄暗い酒場であった。現在は時間帯のせいか、店内の人影は疎らである。 カウンター内にいる男を入れても、3、4人程度だ。 店内にいた者達はこの場にあまり似つかわしくない訪問者に振り返り、怪訝そうな表情でリアンを眺めていた。 それらの視線を軽くかわした彼女は、つかつかと真っ直ぐにカウンターへと向かっていく。 「……ちょっと、お聞きしたいことがあるんですけど。この町のダフ屋の場所を……」 「なぁー? おいおい、綺麗なお姉ちゃん。その前に注文だぜ。タダで聞くつもりじゃぁねぇだろうなあ」 大げさに驚いたような顔を作ったマスターは、手垢で薄汚れたメニューを彼女の前に突き出した。 「言っておくが、カクテル一杯くらいじゃ聞かれても何も答えねぇからな」 「ちゃっかりしてますわね。あなた、これで知らないなんて答えたら本気で怒りますわよ」 リアンはマスターを睨み付けながら、仕方なくこの店で一番値段の高い酒に指をさす。3万リンの出費である。 「ほぉ、可愛い顔の割には威勢のいいお姉ちゃんだな。いいぜ、聞きたがっていたことを教えてやろう」 無精ひげが目立つ顔にニヤリとした笑みを浮かべた男は、汚れたグラスに酒を注いでみせた。 「ダフ屋のヘルグのことだろ? この町でダフ屋といったらアイツしかいねぇからな。 もうすぐサバス・コレクションが始まるってんだ。どうせお姉ちゃんも会員証を求めているクチなんだろう」 「……余計な詮索はしないでいただけるかしら? あなたは黙ってダフ屋の居場所を教えればいいだけよ」 アルコール度の高いだけの酒に眉をしかめながら、リアンはグラスに口を付ける。喉が焼けそうである。 周囲の客の視線が背中に突き刺さっているのを感じる。一刻も早くこの場所から逃げ出したかった。 「おいおい、雑談ぐらいはいいじゃねぇかよ。どうせ急いだって手に入るかどうかは分からねぇんだ。 サバス・コレクションの会員証を狙っている奴らはたくさんいるが、ダフ屋のヘルグは相当の商売上手でね」 そこでマスターは急に小声になり、リアンへと身を寄せる。濃い体臭が鼻を突いた。 「1000万程度で買えると思うなよ。だが、高い金を積んでも、ヘルグに気に入られねぇとおしまいだ。 今日だけで数十人の奴らにヘルグの居場所を聞かれたが、誰も手に入れてはいねぇんじゃねぇかなぁ」 「ふぅん……ヘルグに気に入られるコツとかはあるのかしら。大金積んだだけじゃいけないの?」 飲み切ることを諦めたリアンは、側の水入れを手繰り寄せると別のグラスに水を注いだ。 その彼女の言葉に、急にマスターは口元に下卑た笑みを浮かべながら彼女を舐め回すように眺める。 ねっとりと纏わり付くような視線に、リアンは思わず胸元を隠した。 「へっへっへ、随分といい身体してやがんな。まぁ、あんたの顔とその身体なら気に入られるんじゃねぇかなァ。 けど、あのヘルグって男はなかなか変態だから気をつけろよー。なぁんてな、へへへ」 「……で、一体どこにいるんですのよ。そのヘルグって男は」 「ああすまんすまん、肝心の場所を言うのを忘れていたぜ」 血の様に濃い深紅の瞳に睨まれて、思わずぎくりとした顔色になった男は慌てて両手を振った。 「この町の大通りをずっと東に向かって歩いていくと、やがて小さな橋を渡ることになる。 渡り終わったすぐ横にある南側の路地を歩いていくと娼婦街だ。あとはこの地図を見ながら歩いて行きな」 黄ばんだ紙にペンで走り書きをしたマスターは、それをリアンに向かって差し出す。 そこにはダフ屋までの道のりが書かれていた。何本目の角を曲がるのか、どんな看板が目印なのか。 リアンは紙を受け取ると軽く礼を言い、それから振り返ることもなく真っ直ぐと出口へと向かっていった。 できれば明るいうちに辿り着きたい。日が暮れた娼婦街を一人でうろつくわけにもいかないだろう。 ティエル達の所へ戻って男性の同行者を連れて行こうとも一瞬だけ考えたのだが、 任せろと自信満々に言った手前、プライドの高い彼女が手ぶらで戻るわけにもいかない。 それに同行者といっても現在はサキョウがいないのだ。 頼みの綱であるジハードは少女のように見える容貌であるため、ボディガードには少々心許ない。 ボディガードならばどこか迫力のあるクウォーツが現在一番に適していると思うのだが、 だからといって彼に頼み事をするくらいならば、自分一人で娼婦街を歩く方がましである。 結論が出るとリアンは一つ大きな溜息をつき、大通りに向けて歩き始めたのだった。 +DeadorAlive+ |