Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第14章+BLACK・KNIGHTS

第153話 ……わからないよ





「……あなた、こんな所で何を」
そこまで言いかけたリアンは口を閉ざし、足元に転がってしまった愛用のロッドを拾うために地面に膝を付ける。



まさかこんな場所で彼に出会うとは夢にも思わなかった。
暗い路地で絡み合っている男女の姿には気付いてはいたのだが、ここでは至る所で見かける光景である。

特に覗き見をする趣味もないので、リアンはそのまま路地の前を通り過ぎようとしていたのだ。
──青い髪を目にするまでは。




「わ……私はお邪魔だったみたいですわね。去った方がよろしいかしら?」


口の周りの血を拭おうともせずにリアンを無表情で見つめているクウォーツから思わず目を逸らし、
彼女は一歩足を踏み出した。それから娼婦の方へと顔を向ける。

「そこのあなた、この男には精々気を付けることね。軽い気持ちで近づくと、身も心もぼろぼろになりますわよ」




「なぁに、それどういう意味よ? ……あんた達知り合いなの?」
壁に手をつきながらゆっくりと立ち上がった娼婦は、スカートの砂を軽く叩き落とす。

そして彼女は未だ地面に座り込んでいるクウォーツの方へと、どこか名残惜しそうに顔を向けた。



「色男さん。折角いい所だったのに、何だか邪魔されちゃったわね。
……そうだ。もしも次会うことができたら……大サービスでタダで抱かせてあげる。あんたキス上手いしね」



にっこりと商売用の笑顔を浮かべた彼女は、背を向けると次の客を求めて歩き始める。

首筋の傷の痛みを彼女が感じていないのは、ヴァンパイアの唾液による媚薬の所為である。
リアンが声をかけたために少量しか吸われなかったこともあり、娼婦は別段変わった様子を見せなかった。


リアンの前を通り過ぎるとき、娼婦はどこか妖しげな笑みを浮かべたが、それも一瞬の間だけであった。




暫く、重苦しい沈黙が続く。
どのくらい黙り込んでいたのだろう。リアンは大きな溜息をつくと、白いハンカチを彼に差し出した。



「口の周り、血だらけですわよ。それで町中歩いたら、それこそヴァンパイアハンターに通報されますわ」



クウォーツはリアンから差し出されたハンカチを黙ったまま見つめていたが、
やがて視線を外すと手の甲で軽く口を拭う。

リアンが現れなければ、今頃あの娼婦は血を吸われ尽くされて確実に死んでいただろう。
ほんの少量の血しか吸っていなくとも、彼の身体から先程までの倦怠感と飢えは綺麗に消え去っていた。




「……そんなに睨まないで下さいな。だから邪魔をしてごめんなさいって言っているじゃないですの」
ハンカチを受け取ろうとしないクウォーツに肩を落とし、リアンはそれを再び懐へとしまった。

「それに邪魔をされたくなかったら、こんな所じゃなくて勝手にホテルでもどこでも行けばいいんですのよ。
別に私、好きであなたの邪魔をしたわけじゃ……ないんですから」



クウォーツは黙ったままであった。
何も答えず、無表情で、そして瞳は氷のように冷めていて。

それからゆっくりと立ち上がった彼は、リアンに視線すら合わせずに背を向けて路地の奥へと歩き始めた。




「ねえ、ちょっと聞いているんですの!?」

「……私は」
足を止め、クウォーツが振り返る。



「私は……これ以上お前達と共にいてはいけない気がする」



「え……?」
「時折、お前達を殺してしまいたくなるんだ。首を裂き、血をこの身に浴びてみたい衝動に駆られることがある」

振り返ったクウォーツはリアンの瞳を見ることもなく、古びたレンガの壁をゆっくりと指でなぞっていた。
彼の指先に、黒い煤のような物が付着していく。



「どう足掻いても私はヴァンパイア、お前達は人間だ。……それは決して変える事のできないもの。
そんな私達が、いつまでも馴れ合っているわけにもいかないだろう?」

そこで彼は顔を上げ、こちらをジッと見つめているリアンの瞳を同じように見つめ返す。
血のように深い赤い色と、氷のように冷たい輝きを秘める青の色。全く対照的な色の瞳である。



「ギョロイアがあれほど強く城を出るなと止めていた意味を……今になってようやく分かったのかもしれない」

ちかちかと遠くで輝く魔法灯の色とりどりの光が、淡々と言葉を口にするクウォーツの顔を照らしていた。
同じく表情も淡々としたものであったが、瞳にはどこか哀しげな色が浮かんでいるのは気のせいだろうか。




「私は愛することができない男だ。どうやって愛せばいいのか分からない。愛し方なんて分からない。
本当に分からないんだ。他人を愛する方法も、信用する方法すらも分からない……!」


叫ぶ様に口にした彼を暫く見つめていたリアンだったが。やがてどこか寂しげな笑みを浮かべる。



「……私は人間、あなたはヴァンパイア。あなたの言う通りよ。それはどう足掻いても変えることはできないわ。
けれど、私はヴァンパイアなら誰でもいいわけじゃない。話したいわけじゃない。一緒にいたいわけじゃない」



薄い色の瞳を彼女に向けたまま、クウォーツは表情一つ動かさずにリアンの話を聞いていた。

彼女が一体何を自分に伝えようとしているのか、それが全く分からない。そんな顔つきであった。
けれどもリアンは、しっかりと彼の瞳を見つめて口を開いた。




「私は……あなたと一緒にいたい」




真新しい血を連想させる、鮮やかな深紅の薔薇を連想させるリアンの赤い瞳がこちらを見つめている。
見入っていると酔ってしまいそうな赤い色から視線を外したクウォーツは、ぎり、と唇を噛み締めた。


「……分からないよ。分からない。そう言われたとき、人は一体どんな顔をして何と答えればいいんだ?
嬉しいよ。ありがとう。私も一緒にいたい。こんな反吐が出るような偽りの言葉なら、いくらでも出てくるさ!!」

それから彼は目の前のリアンへ、どこか乞うような顔つきで言葉を発した。



「教えてくれ。私は今、お前になんて答えればいい……?」




「……飾られただけの甘い言葉なんていらない」
どこか哀しそうに一瞬だけ顔を歪ませた彼女は、静かに口を開いた。

「なんて答えたらいいのかなんて聞かないで。あなたが今思ったことを、そのまま口にすればいい。
偽りの言葉なんていらない。飾られた言葉なんていらない。ただ、あなたの本当の言葉が聞きたいだけ」




「……」
暫くの間沈黙していたクウォーツだったが、やがてゆっくりと顔を上げる。……無表情だった。

「……そんなこと、言われたことがないから。何を言ったらいいのか分からない。そして、理解する気もない」


淡々とした声で呟くようにして言ったクウォーツには、既に先程までの苦しい表情は消え失せていた。
いつものように、感情など全く感じられず。

「そう……」
そんな彼の様子を眺め、リアンは諦めたような弱々しくもどこか悔しげな表情を浮かべた。




「それよりも、貴様はさっさとホテルに戻れ。あいつらが貴様のことを心配していた」

「まるであなたは私のことを心配していないような言い方ですわね」
完全に他人事のように言ったクウォーツの言葉に、リアンは目を細めながら彼を睨み付けた。



「ええ、分かっていますわよ。……あなたが私のことを心配してくれるはずがないですものね」


「そういうことだ」
軽く鼻先で笑った彼は長いコートを翻すとリアンを置いたまま、足音を響かせながら夜の街を歩き始める。




「……待ちなさいよクウォーツ! 夜は危険だから、一緒に帰ろうくらい言ってくれてもいいじゃない!?
そうじゃなくても、せめて私が何でこんな場所を歩いているのかくらい聞きなさいよ!」


「いちいち注文の多い奴だな。……何故貴様はこんな場所を歩いているんだ」
不機嫌な顔つきで振り返ったクウォーツは、実に面倒くさそうな態度を隠すこともなく言葉を発した。

「これでいいのか?」



「最後の言葉は余計でーすわ。まったく、あなたって本当に……」
リアンはどっと疲れた表情のまま、両手を腰に軽く当てる。それから転がっている酒樽に腰掛けた。

「……サバス・コレクションに参加する為の会員証を求めて、ダフ屋を探してここまで来たのはいいんですけど」



「そのダフ屋とやらが見つからんのか?」

酒樽に腰掛けるリアンから視線を移動させると、クウォーツはちかちかと桃色に輝く魔法灯を眺める。
光に吸い寄せられたのか、明かりの周辺には小さな羽虫が集っていた。




「いえ、場所は分かるんですけど……」


どうやらダフ屋の場所は分かったのだが、そこはここ大都市カーソンの中で最も治安が悪い場所であったのだ。
強盗、強姦。そんなものは日常茶飯事であり。保安官達も手が出せない状況であるらしい。

やはり女の身で一人足を踏み入れる勇気もなく、だからといってティエル達に応援を頼むわけにもいかず。
その為、リアンは先程からずっと悩みながらうろうろとしていたのであった。




「そんなに心配しなくとも、貴様を襲う者などいないと思うのだが。いざとなれば魔法で撃退すれば……」


言いかけてからクウォーツは、リアンの瞳にひどく怯えの色が浮かんでいることに気が付いた。
そこには、いつもの元気な彼女の姿はなく。

まるで昔の忌々しい記憶を思い出しているかのような、底知れぬ憎悪と恐怖の色。
──彼女は本気で怯えていた。


急に人が変わったかのようなリアンの様子に、クウォーツは無表情のまま肩を落として口を開く。




「……お前は先にホテルまで戻れ。送ってやるから。そのダフ屋とやらには私一人でいく」
「結構ですわ。あなたなんかに借りを作るような真似はしたくないですし」

それでも尚意固地なリアンを眺めていた彼だったが、やがてどこか迫力のある声で言った。



「いいか、二度も言わせるな。お前は帰れ。……私の事が好かんのは分かるが、たまには可愛くなれよ」




月のように静かで。だが心にまで突き刺さってくるような、薄いアイスブルーの瞳がリアンを射抜く。
初めて出会った時も彼はこんな瞳であった。

けれど、ただの無感情かと思えば、突然夜景を見に連れ出したり。何を考えているのか全く分からない男。




「……分かりましたわよ。何だかあなたにまた借りを作ると思うと、ひどく嫌な気分ですけれど」
そう言って、渋々ダフ屋までの地図を彼に渡す。


「何故だ? 私のことがそこまで嫌か」



どこか鋭利な刃物を思わせる鋭い瞳を向けられて、リアンは静かに目を逸らす。


「……あなたは私のこと、何一つ分かっていないから」
吐き出すように言葉を口にした彼女は、そのままクウォーツから顔を背けた。




「帰るぞ。ホテルの前まで送る」
そんなリアンを眺めていたクウォーツだったが、やがて普段のように淡々とした声色で言った。


彼女の言葉を待たずに歩き始める後ろ姿を追うために、リアンはのろのろと重い足を動かした。
その顔は、何かを必死で堪えているような。ひどく辛い顔であった。







+DeadorAlive+