Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第14章+BLACK・KNIGHTS

第154話 娼婦街





「リアン遅かったじゃない、こんな遅くまでどこに行っていたの!? 本当に心配していたんだからね!」


赤い絨毯の上を歩いていたリアンの目に映ったものは、扉を背にして立っていたティエルであった。
彼女はリアンの姿を見るなり足早に駆け寄ってくる。

それからどこか怒ったように唇を尖らせながら、ティエルは彼女に向かって人さし指を突き出した。




「皆でご飯食べようって、ずっとリアンを待っていたんだよ。あーあ、もうお腹ぺこぺこで動けないー。
……あれ? 何かあったの……? 何だかリアン、元気がないように見えるんだけど……」




「……ごめんなさいね、遅くなってしまって。ちょっと色々と手間取ってしまいましたのよ。
それにしても、筋金入りの食いしん坊であるティエルが夕食をよく我慢できましたわね。少し驚きましたわ」

頬を膨らませているティエルに思わず苦笑したリアンは、ようやくいつものような明るさを取り戻す。


「もう大丈夫ですわよ。ティエルを見ていたら、どうでも良くなってきちゃいましたわ。
あと、申し訳ないんですけど……まだサバス・コレクションの会員証を手に入れていないんですの」




「んー、もう遅いしさ。会員証は明日皆で手に入れに行こうよ。リアン一人に押し付けるわけにもいかないしね」
まだ何か言いたげな様子のリアンに、ティエルはにっこりと満面の笑顔を浮かべた。

「そうと決まれば、早速クウォーツ達呼んで夕飯食べに行こうよ! もっしもーし、キミ達起きてるー?」




「……ちょっとちょっと、そんなに強く叩かなくても聞こえているよ。まったくティエルは乱暴なんだから」

ごんごんと少し強めに叩かれるティエルのノックに、迷惑そうな表情で中から顔を出したのはジハードである。
彼はリアンに目を留めると、おかえり、と口にしてから少し困ったように口を開いた。

「ねえリアン、クウォーツを見かけなかったかい? 大分前から部屋を出て行ったまま戻ってこないんだ。
少し調子が悪いように見えたから、どこに行ったか心配なんだけど……」




「彼は私の代わりにダフ屋に行ってくれましたわ。夜ひとりで女の子が出歩くのはまずいですしね。
『食事』も済ませたみたいですし、気分は良くなったんじゃないかしら。……相手は生きていますけど」


「そっか」
実に素っ気無いリアンの言葉にティエルは何か思い当たることでもあるのか、言いにくそうに口を開く。

「我慢ができないなら、わたしの血をあげるって言ったのに。どうして何も言わないで行っちゃうかなぁ……」




『時折、お前達を殺してしまいたくなるんだ。首を裂き、血をこの身に浴びてみたい衝動に駆られることがある』




「……あなたを殺したくないからよ。だから、彼は、何も言わない。黙って出て行ったの。
けれど、それはあなたを信用していないからじゃない。──ねえ、ティエル。それを分かってあげて、ね」

ぽんとティエルの頭に手を乗せると、リアンは反対の手で軽く階段の方を指さした。



「ほら、ご飯。食べに行くんでしょ? これ以上遅くなったら店がみんな閉まっちゃいますわよ。
クウォーツにはトマトジュースのお土産でも持って帰ればいいですわ。それで充分よ。ね、早く行きましょ!」

言葉を挟む隙も与えずに一気にまくし立てたリアンは、ティエルの背中をぐいぐいと押し始める。



「あ、え? う、うん……」

「……」
強引に押されていくティエルの姿を眺めていたジハードだったが、やがて溜息をつくとゆっくりと追って行った。















リアンをホテルの前まで送り届けたクウォーツは、再び娼婦街へと足を向けていた。

途中、ピンクの明かりが灯る店の前に立つ女達から何度も声をかけられたのだが、
彼が冷たい目つきで睨み付けると、その瞬間彼女達は表情が強張り、それ以上声をかけることはなかった。


騒がしい大きな通りから路地へ入ると、あの喧騒が嘘のように静まり返る。




『……あなたは私のこと、何一つ分かっていないから』




吐き出す様にして言葉を発したリアンの表情が、何故か頭から離れなかった。
あんな顔をするリアンを見るのは初めてだった。いつも明るい彼女にしては、ひどく珍しい顔であった。

悲しさでも、辛さでもなく。もしくは、その二つが混ざり合ったような。



「分からないよ。……分かるかよ」
ぼそりと口にしたクウォーツは軽く唇を噛み締める。


額にぱらぱらと落ちてきた長く艶やかな青い前髪をどこか苛立った様にして払いのけると、
先程彼女から渡された、既に皺くちゃになってしまっている地図を広げてみた。随分と乱雑な地図である。

クウォーツはそれを目を細めて眺めると、ぼんやりと明かりの灯る路地の奥へと歩き始めた。




暫く進んでいくと、2、3人の野太い男の声が耳に飛び込んできた。それと、聞いたことがあるような女の声。
細い道で、なにやら男女が口論をしているようである。


「いいじゃねぇかよ、少しくらい付き合えって。お前誰とでも寝るんだろ?」

「馬鹿言わないでよ、あたしにだって選ぶ権利はあるんだから。それにあんた、第一金持ってるの!?
……言っておくけどね、あたしは高いよ。それにあんたみたいな乱暴な男は大嫌いなんだ。他あたって頂戴」


「このアマが、お客様にでかい口叩くじゃねぇか。なぁ?」




厄介事か、とクウォーツは少々眉をひそめながら地図に目を落とした。
回り道を探そうと思ったのだが、この地図によるとかなりの遠回りになってしまうようである。

早めに事を済ませたかったクウォーツは、揉めている集団に向かってそのまま足早に歩き始めた。




「強情な女だな、いいから来いって。ちょっと付き合えよ!」
「嫌だって言ってるでしょ! ちょっと、そこの青い髪のお兄さん助けてよ……って、あれ!? あんた……」



「……?」


素知らぬ顔で通り過ぎようとしていたクウォーツだったが、女の発した素っ頓狂な声に思わず振り返る。
男達に絡まれていた女は、先程欲望に負けたクウォーツが牙を立ててしまったあの娼婦であった。

見たところ首筋の傷はそんなに目立ってはいないようである。




クウォーツは立ち止まり、男達と娼婦を交互に眺めた。男らの方は新たな獲物の登場に笑みを浮かべている。
……どうやら面倒事に巻き込まれてしまったらしい。


「見かけねぇ顔の男娼だな。まぁいいや……ところで兄ちゃんよ、ここを通りたければ通行料を払って貰おうか」
男の一人がにやにやとしながら、クウォーツの顔を覗き込むように腰をかがめた。

「おとなしく今日の売り上げ全部置いていけば通してやるからよ。それとも商売ができねえようにされてぇか?」



「通行料か。……ならば受け取れ」
無表情のまま男に顔を向けたクウォーツは、口の中でなにやら小さく呟くと男らに左手を突き出した。

その途端。数十匹の吸血コウモリが突如姿を現し、容赦なく男達に向かっていく。




「うおおお、いて、いて、いてえって!!」
「何か変なものを呼びやがった! こ、こいつ、化け物の仲間か!?」

「畜生、走って振り払うんだ!」
慌てて男達は走って吸血コウモリを振り払おうとするが、コウモリはしぶとく追ってくる。




「釣りはいらんよ」

叫び声を上げながらどんどんと遠ざかっていく男らの後ろ姿を眺めたクウォーツは、目を細めて口を開いた。
その背後では、娼婦が呆然とした顔つきで突っ立っていた。


「あ、あんたって変な妖術を使うんだね。もしかして悪魔族じゃ……。まぁいっか。ありがと、助かったよ」
それからへへへ、とどこか照れたような笑みを浮かべる。

「そういえば、今度出会ったらタダで抱かせてあげるって言ったよね。お礼にどう? うちに来ない?」




「助けたわけではない。それに、私は行くところがある。貴様に付き合っている暇はないのだよ」
「へー、なにこれ地図? ……もしかして、あんたの行き先ってこの丸印があるところ?」


クウォーツの持った地図を軽く覗き込んだ女は、驚いたように目を丸くした。



「そこあたしの家だけど。あんたもダフ屋のヘルグ兄さんに用があるクチかぁ」
「……兄?」

「そうよ。ダフ屋ヘルグはあたしの兄さん。丁度いいじゃない、家においでよ。汚いけど、お茶くらい出すからさ」




パッと身を翻した女は、薄ぼんやりと明かりの灯る通りの向こうを指さして見せる。
その拍子に胸元が大きく開いて下着の肩紐が見えてしまい、慌てて胸元を整えてから彼を振り返った。

「お兄さん何してるの? 行くんでしょ?」


「……」
軽く溜息をついたクウォーツは、数歩前を歩く女の背を眺めながら仕方なく歩き始めたのだった。







+DeadorAlive+