| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第14章+BLACK・KNIGHTS 第160話 BLACK・KNIGHTS -5- 耳障りな金属音と共に散る火花。 クウォーツの妖刀幻夢と黒騎士の銀色に輝く大剣が交差し、薄暗い廊下に火花を散らせる。 あんなにも細身の刀が大剣と何度も打ち合っていても、妖刀幻夢は刃こぼれ一つすらしていない。 対する黒騎士の大剣の刃は少々痛み始めている。 「これだけ打ち合っても、刃こぼれ一つしないとは。刀が優れているのか、お前の腕が優れているのか」 目にも留まらぬ速さで鋭い突きの一撃を仕掛けてくるクウォーツに、黒騎士は感心したような声を発した。 「動きは流れるようで、全く隙がない。誉れ高き黒騎士団が八人も駆り出された理由がようやく分かった」 そう言って鉄兜を脱ぎ放った黒騎士もまた若者であった。だが普通の青年とは縁遠い、鷹の様な目をしていた。 「殺してしまうには実に惜しい腕だ。命令がなくとも、是が非でもお前をゾルディスに連れて行きたくなったよ。 騎士団に入らないかね? お前ほどの剣の腕と美貌ならば、我が女王陛下も殺すのを惜しまれるだろう」 「それで私を口説いているつもりか? 私を落としたいのならば、もう少し勉強をして出直してくるんだな」 抑揚のない声で口を開いたクウォーツは、黒騎士の振り下ろした大剣を紙一重でかわす。 切られた青い髪が数本宙を舞った。 「貴様も、なかなかの腕だったよ。人間でありながら私の動きについてこれるとはな」 「なんだと?」 ……なかなかの腕『だった』。 クウォーツの言葉が既に過去形になっていることに気づき、思わず眉をしかめた黒騎士だったが、 次の瞬間。妖刀幻夢は寸分違わず黒騎士の心臓を貫いていた。 声もなくドサリと床に倒れた黒騎士を一瞥すると、クウォーツは、2、3刀を振って血を落とした。 「爆破陣っ!」 こちらに向かって走ってくる二人の黒騎士に向かって、素早く詠唱を終えたジハードが手を突き出した。 虹色の魔法陣が浮かび上がり、凄まじい音と共に騎士を巻き込んで大爆発が起こる。 赤い絨毯が衝撃で引き裂かれていたが、壁や天井、そして遮断の陣外には全く影響を及ぼしてはいない。 これなら地下が崩れることを心配せずに、強力な魔法をふんだんに使うことができるのだ。 「うぐあっ!? く、くそ!!」 爆発に巻き込まれた騎士であったが、魔法防御のマントの効果か大怪我には至らなかったようである。 しかし所々皮膚が裂け、血が地面に滴っていた。 その鮮やかな赤い血を目にしたジハードは、どこか苦しげな表情になり、静かに目を閉じた。 不死鳥族は相手を癒やす力を天性に持ってはいるが、相手を傷つける力は持つことができなかった。 攻撃魔法、黒魔術、その他に触れることは最大のご法度となっており、禁を破れば良くて追放、 最悪の場合処刑をされる場合もあった。 攻撃魔法の素質が全くないにもかかわらず、『極陣』という傷つける力を手にした不死鳥族のジハードが、 一体どんな方法でその力を手に入れたのかは想像を絶する覚悟と努力の賜物であろう。 (癒やす力だけじゃ守れない。時には、相手を傷つける力で守らなければならないこともある。 分かってる。……ぼくはきっと、不死鳥族として間違っている方法を選んでしまっているんだろうね) 「……ジハード。戦闘中に考え事をしていると、命取りになりますわよ」 隣に並んだリアンが、そっと小さな声で言った。 「色々と考えてしまうこともあるのでしょうけど、今はここを切り抜けることだけを考えて」 「リアン」 そんな彼女の赤い瞳を、暫くジハードは物言わず見つめていたが。 「……ごめん、そうだね。そうだよね。今はそれだけを考えるよ」 いつもの彼らしい微笑みを浮かべ、しっかりと頷いた。 「ティエル姫、お覚悟!」 剣を振り上げ、ガリオンが向かってくる。 数え切れないほど彼に剣の稽古を付き合ってもらっていたが、その時は大分手加減をしてくれていたのだろう。 今の彼の動きは、稽古の時とは比べ物にならなかった。本気で彼女を斬ろうとする覚悟である。 真剣な表情で剣を打ち付けてくるガリオンを見ていると、一瞬だけあの頃に戻ったような錯覚を覚える。 しかしこれは稽古ではない。生きるか死ぬか、生死をかけた戦いなのだ。 「あなたの動きは手に取るように分かる。……長年あなたの相手を続けてきたオレに、あなたは勝てない!」 重い一撃が両腕に走る。 ティエルが右から仕掛けようとすると、ガリオンは既に見通していたかのように流れる動作でそれを受け止めた。 思わず一歩引いて態勢を整え直そうとすれば、剣で弾き飛ばされる。 「あぐっ……!!」 背中を壁に打ち付けたティエルは激しく咳き込んだ。しかし、それでもしっかりとイデアを握り締めている。 下を向いた彼女の瞳に、床に映ったガリオンの影が映る。 「さすがメドフォードにいた頃とは違いますね。あなたは強くなった。だが、オレにはあなたの動きが見えるんだ」 ティエルにとってガリオンは、いわば剣術の師ともいえる存在なのだ。剣の全てを彼から学んだ。 そんな彼が、まだ剣士として未熟であるティエルの動きを読み取ることなど容易いことであろう。 「その程度では、国を取り戻すことなどできない。あの悪魔のようなヴェリオルを倒すことなど到底不可能。 知っていますかティエル姫。……メドフォードは今、ゲードル率いるゾンビ兵士で溢れ返っているんです」 ティエルを見下ろし、それからガリオンはスッと瞳を細くする。 「現在ゲードルは恐怖政治を行っています。しかし彼は王の器ではない。王の役は彼にとって大きすぎる。 ……国民も兵士も、皆あなたの生存を信じています。皆、あなたの帰りを待ち続けているのですよ」 その言葉に思わず顔を上げるティエル。 「国民のひと達も……兵士達も……わたしを」 こんな不甲斐ない自分を信じてくれているんだ。メドフォードの皆はまだ待ってくれているんだ。 ──こんなにも、無力で。何もできない、自分を。 嬉しさとやるせなさ、そして己の無力さに。不意にティエルの瞳から涙が零れた。 零れ落ちた涙は彼女の頬を伝い、まるで血のように赤い絨毯に点々と染みを作っていく。 ギュッと強くイデアを握り締めると、彼女は立ち上がってガリオンを睨み付けた。 「さあ、ティエル姫。そろそろ勝負をつけましょう」 ガリオンが言った。背後で戦っていた黒騎士達も、リアンらによって四名にまで減らされている。 「オレはあなたの思いを、この剣で受け止めましょう!!」 ティエルが地面を蹴る。それと同時にガリオンもまた地面を蹴って駆け出した。 ・ ・ ・ 『……えっ!? ティエル姫、今何と?』 目の前の幼い少女の物言いに、金髪の少年は思わず驚いたような声を発する。 『だから、ガリオン。あなたに剣を教えてもらいたいの』 くりくりとした大きな瞳で、どこか不安そうに見つめてくる幼いティエル。 『あなたしか頼める人がいないんだ……』 しかしガリオンも憧れのメドフォード騎士団に入団したばかりである。まだまだ見習い騎士の階級である。 この幼いメドフォードの姫君とは、ほんの偶然で知り合ったのだ。 騎士団の稽古場に忍び込んだ彼女を、ガリオンが最初に発見したのがきっかけである。 本当に困った姫君で、何度注意されても懲りずに稽古場に忍び込んでくるのだ。 『いやしかし、オレはまだ未熟者です。それに、ティエル姫様。あなたは剣を握るには幼すぎる』 そのガリオンの言葉に、ティエルは顔を歪ませて大きな瞳に涙を溜める。 『で、では、こういたしましょう!』 ぼろぼろと大粒の涙を零すティエルに、慌ててガリオンは彼女の前に跪き、その手にそっとキスをする。 『オレがいつか、メドフォード騎士団の正騎士になったとき。必ずあなたに剣を教えましょう』 その数年後。頭角を現していったガリオンは最年少23歳で、メドフォード騎士団の正騎士となる。 そして約束どおり、ティエルに剣を教えることになったのだ。 ・ ・ ・ 一際大きな耳障りな金属音が鳴り響き、ティエルとガリオン両者の剣が弾き飛ばされて遠くへ転がっていく。 その音にリアン達も黒騎士達も戦いの手を止め、二人を振り返った。 暫くの沈黙の後、ガリオンが口を開いた。 「……お見事ですティエル姫、このオレから剣を奪うとは。……今回は引き分けということにしておきましょう」 そう言って、彼は黒騎士達に顔を向ける。 「八人がかりで相手にしていてもこの失態。返り討ちに遭うのは時間の問題だ。一旦引き上げよう」 「ガリオン……!」 「ティエル姫」 前に踏み出したティエルに、彼は柔らかい笑みを浮かべながら歩み寄った。そして彼女の両肩に手を触れる。 暫く迷っているような表情を見せたガリオンだが、やがて彼はそっとティエルを抱きしめた。 ガリオンの懐かしい胸の温もりを感じながら、ふとティエルは彼が微かに震えていることに気が付いた。 「……姫。生きてあなたと再び巡り会うことができるなんて思わなかった。二度と会えないと思っていた。 もしも神が存在するのならば、オレは今心からあなたに感謝します……!」 このじゃじゃ馬姫君に、いつも自分は振り回されてばかりいたけれど。それでも、そんな毎日が幸せだった。 できるなら、メドフォードが襲撃されたあの夜。彼女にずっとついていたかった。自分の手で守り抜きたかった。 ──けれど。 何かを吹っ切ったかの様にティエルから静かに身を離したガリオンは、彼女に小さな包みを渡す。 「……これをお持ち下さい。きっとあなたに必要なものでしょう」 彼女にそっと渡したものは、黒い包み。中に何かが入っている感触がする。 「どうか、ご無事で」 深々と頭を下げると、ガリオンは背を向けて歩き始めた。残りの黒騎士達も背を向けて歩いていく。 遠ざかっていく後ろ姿をジッと見つめていたティエルだったが、堪え切れなくなったのか声を張り上げて叫んだ。 「行っちゃ嫌だ! 行かないでガリオン!!」 一瞬だけ振り返るような素振りを見せたガリオンだったが、振り返らずにそのまま歩き続けていった。 「……ティエル……」 その姿が見えなくなる頃、肩の力がようやく抜けたリアンやジハードがティエルに顔を向ける。 大丈夫だよ、と彼らに向かって弱々しい笑顔を浮かべたティエルは、先程ガリオンに渡された包みを開いた。 ──中には、薄紫色に輝く水晶玉。イデアの欠けた一部分、混沌のスペルである。 (ガリオン……!) それを見たティエルは、泣きながらその包みを強く抱きしめたのだった。 +DeadorAlive+ |