| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第15章+ダンス・マカブル - 愛しき貴方に花束を - 第161話 それぞれの、思惑 ガリオンから受け取ったイデアのスペルを両手で抱えたまま、ティエルは声を上げずに泣き続けていた。 これを彼女に渡してくれたガリオンの意図は分からない。だが、彼の瞳はあの頃と同じように優しかったのだ。 『……ティエル姫様、あなたはこの黒騎士ガリオンが守ります。命をかけて、生涯お守りいたします』 『オレは、この国を……そしてあなたを守るために剣を握った。逃げる事なんて、できませんよ』 思わず力が抜け、手からスペルの水晶を落としてしまう。 パリンとどこか心地の良い涼しい音が鳴り響き、飛び散った破片はきらきらと淡い光を発していた。 その光は床に転がったままのイデアへと吸い込まれていく。 灰色の宝石の周囲には五つの小さな空洞があり、その内の三つが紫色に輝いていた。 セレステールの断罪のスペル、エルキドの宵闇のスペル、そして今、混沌のスペルが復活したのだ。 ……残るスペルはあと二つ。 「手に入れるためにこんなにも苦しい思いばかりする……イデアのスペルって一体何なんだろうね」 ふらふらとイデアに歩み寄ったティエルはそれを掴むと、誰に語りかけるわけでもなく呟いた。 セレステールでは、晒しものにされていたハーピーの青年やヴリトラの姿にジハードが傷つき、 エルキドではサキョウの愛する者達が惨殺され。そして今回はガリオンが敵として目の前に現れた。 「……でも、わたしはもう引き返せない。引き返すわけにはいかないんだ。残り二つのスペルを必ず手に入れる」 「ええ、そうね」 長い髪を軽く払いのけたリアンは、しっかりとした声で言った。 「行きましょう。……いつまでもこんな所に長居するわけにはいきませんわ」 その言葉に静かに頷いた面々は、暗く長い廊下を歩き始める。 そんな彼らの後ろ姿を隠れて眺めていたサバスは、手を出すわけにもいかず実に歯がゆい表情になる。 悪魔族らしき者、それに不死鳥族らしき者もいた。死体マニアには高く売れることだろう。 だがサバスも黒騎士達が怖いのだ。彼女達に手を出して、あの騎士達を敵に回すわけにはいかない。 『サバス殿、これ以上首を突っ込まない方が身のためですよ。あなたは黒騎士団を敵に回すおつもりか?』 そう言った金髪の男の瞳は、恐ろしいほど冷たかった。 ********** 外に出ると、涼しい風がティエルの顔に当たる。 一体どのくらいの時間、あの場所にいたのだろう。時間の経過すら分からないほど衝撃的だったのだろうか。 薄暗い路地裏を黙ったまま歩き続けていると、すれ違いに正装した男女の会話が耳に入ってきた。 「なんでも先程の催眠ガスは、会場内に進入した指名手配犯を捕まえる為にやったとか」 「やぁねえ……物騒だわ」 「でもよ、まだそいつら捕まっていないんだって?」 「指名手配犯、か……。あんまりな言い方だね」 魔法街灯が多く並んだ賑やかな大通りまでやってくると、ジハードが呟くように言った。 通りには様々な店が立ち並び、多くの旅人が歩いている。賑やかな笑い声が響いてくるのは酒場だろうか。 不意にティエルが立ち止まる。 ぶるぶると身体が小刻みに震えており、そこから一歩も動き出そうとはしない。 その時。強く握り締めたティエルの手を、リアンがしっかりと、そして優しく包み込んだ。 痺れるほど冷えて固まっていたティエルの手が、リアンの温もりによって解きほぐされていく様な気がした。 ティエルが顔を上げると、大きな赤い瞳がこちらを真っ直ぐに見つめていた。 途端に緊張の糸が切れたのか、ティエルはリアンに縋り付き、ぼろぼろと涙を溢れさせて大声で泣き始める。 通りを歩く旅人や恋人達は、風変わりな四人組に一瞬怪訝そうな表情を浮かべながら歩いていく。 大声で泣き続けるティエルの頭を撫でながら、リアンはこちらを見つめているジハードとクウォーツを振り返った。 「……ごめんなさい、先に戻っていて。ティエルが落ち着いたら帰りますから」 「分かった。けれど、あまり遅くならないようにね」 ジハードはどこか哀しい笑顔で頷き、クウォーツはいつものように無表情のまま背を向ける。 「ちょっと、歩きましょうか」 二人の姿が見えなくなると、リアンは再びティエルに顔を向けて優しい口調で言った。 目を真っ赤にさせたティエルはのろのろと顔を上げると、静かに頷いてみせる。 そんなティエルにニッコリと優しい笑顔を向け、リアンは彼女の手を引いてゆっくりと歩き始めた。 明るい光の漏れる大通りを歩いていると、やがてオレンジ色にライトアップされた噴水広場が見えてくる。 夜遅くにもかかわらず、そこは待ち合わせと思われる者達の姿が見受けられた。 「……きれいだね」 ライトに照らされてきらきらと光る噴水を眺めながら、ティエルが小さな声で呟く。 オレンジ、黄、白とグラデーションを見せる水の色を、彼女はリアンの手を握り締めながら暫く眺めていた。 「ガリオンはさ、小さい頃からずっと一緒にいて。わたしに剣を教えてくれたひとなんだ。 いつの間にか、いつも側にいるのが当たり前みたいになっていて。それがいつまでも続くのかと思ってた」 「そうね。……隣にいるのが当たり前になってしまうと、その人がいなくなると戸惑ってしまうわ」 同じく噴水を眺めていたリアンが口を開く。 「けれどガリオンさんも、きっとあなたと同じように苦しんでいるんじゃないかしら。 彼は本当に変わってしまっていて? あなたを見るときの彼の瞳は、とても辛く……優しいものだったわ」 「うん……」 自分に剣を向けたときのガリオンが、悲痛な表情を浮かべていたのを思い出す。 それから目の前にいるリアンを見つめた。 そういえば自分は、いつも彼女から元気を貰っているような気がする。 「ごめんね、リアン。いつもわたしリアンに元気貰ってる。わたしばかり貰ってる」 止まったはずの涙がまた溢れ出した。 「リアンも辛いことたくさんあるのに、わたし、いつもいつもリアンに頼ってばっかりだ」 「やぁね」 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったティエルの顔に苦笑したリアンは、指で彼女の涙を拭ってやる。 「私の方が色々とあなたから大切なものを貰ってますわよ。……あなたはきっと、気づいていないだろうけど」 「ごめん、もう大丈夫。大丈夫だから。ガリオンがまた剣を向けてきても、しっかりとリアン達を守るから」 ゴシゴシと自分の袖で涙と鼻水を拭いたティエルは、唇を強く噛み締めた。 それから先程、気を遣って帰っていってしまったジハード達を思い出す。 「……どうしよう、クウォーツやジハードに悪いことをしちゃった」 「あなたがまずやることは」 人形のような可憐な顔に笑みを浮かべ、リアンはティエルの頭をぽんと叩く。 「帰って、二人に笑顔を見せてあげることよ」 ********** ティエルとリアンを残したまま歩き始めた二人は、ホテルまでの道のりを特に会話もなく歩き続けていた。 途中で声をかけてきた酒場の客引き達が、何故かとても遠い存在に感じる。 「……ぼくはさ」 やがて、ジハードが呟くようにして言った。 「メドフォードにいた頃の彼女を知らない。どんな人物と過ごしてきたのかも、どんな思いを持っていたのかも。 けれど……あのガリオンという人物は、ティエルにとって物凄く大切な存在だったことぐらいは分かったよ」 ジハードを一瞥し、それからクウォーツは無言のまま視線を前に向ける。 「ぼくは傷を癒やすことはできても、心の傷まで癒やすことはできない。 もっと力になりたい。助けになりたい。……けれど、ぼくはティエルの力にも、サキョウの力にもなれなかった」 苦しげにそう声を発したジハードは、自分の手のひらに目を落とした。 彼が剣を握らないためか、戦いの中に身を置く旅をしている割には傷痕一つない手のひらである。 「だから、心を癒やすことはできないけれど。それでもこの手で精一杯彼らを守っていきたい」 「……守っていく?」 彼の言葉に、クウォーツもまた自分の手のひらを見つめてみる。 ジハードとは対照的に彼が剣を握るためか、広げた手のひらは随分とささくれ立っていた。 「だから貴様は甘いんだ。誰かを守りたいだと? 守っていきたいだと? ならば言おう。 私は自分を守るために剣を握る。あの金髪の騎士も言っていたように、力のない者は生きてはいけない」 強く手を握り締め、クウォーツは絞り出すように声を発した。 「弱い者は、強い者に何もかも奪われるだけ。誰かの助けなどあてにするのは弱い者の証。 そして誰かを守るなどという行為は、己の強さを弱者に見せ付けたいだけの単なる自己満足にしかすぎない」 「クウォーツ、それは」 ジハードが何かを言いかけたが、それでもクウォーツは先を続ける。 「本当に困ったとき、誰も助けてくれないように。所詮頼れるものは、信じられるものは自分だけだ。違うか」 「……じゃあ、クウォーツ。あなたは」 ジハードが足を止める。クウォーツも足を止め、無表情で彼に顔を向けた。 「ぼくらの……ぼくのことも信じることはできないの……?」 「そうだ」 抑揚のない声でそう口にしたクウォーツは、立ち止まったままのジハードの瞳を真っ直ぐに見つめる。 「貴様だって私を全く信用していないだろう。私が気付いていないとでも思ったか? ……それと同じことだ」 背を向けて歩き始めたクウォーツの後ろ姿を見つめ、ジハードは顔を伏せると強く手を握り締めた。 こんなにも近くにいるのに。誰の力にすらもなれない自分が情けなかった。 ティエルにも、サキョウにも、リアンの支えにもなれない。クウォーツに信用すらされていない──自分が。 +DeadorAlive+ |