Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第15章+ダンス・マカブル - 愛しき貴方に花束を -

第162話 愛しき貴方に花束を-1-





ジハードと別れて一人ホテルの自室に戻ったクウォーツは、気だるげな様子でベッドに深く腰掛けていた。
カーテンの引かれていない大きな窓からは、大きな満月と眠らぬ町の灯りが見える。



『あなたはぼくらの……ぼくのことも信じることはできないの……?』


最後、ジハードはこうクウォーツに問いかけてきた。
いつものジハードらしくもなく、どこか苦しさを隠しているような表情で彼は言っていた。

そんな彼を、クウォーツはあっさりと切り捨てた。
思わず言葉を失い立ち止まってしまったジハードを、一度たりとも振り返らずに歩き去ったのだ。




「そろそろ潮時だな」
一つ大きな溜息をついたクウォーツは、それから静かに目を伏せた。

「人間ごっこは……もう疲れた」




皮肉めいた笑みを浮かべた彼は、そのままどさりとベッドに倒れ込む。
そんな様子を小さな吸血コウモリがどこか心配そうに眺めながら、彼の周囲を飛び回っていた。


「なんだ……お前、私を心配してくれているのか? ……はは、心配しなくとも大丈夫だよ」
力なく差し出されたクウォーツの指先にぶら下がったコウモリは、納得がいかないのか鳴き声を上げる。

「行き先はどこだっていい。誰も知らないところで……静かに暮らしたいな……」



それでもコウモリは納得が行かないようだ。クウォーツの指にぶら下がりながら小さく鳴き続けている。


……その時。
やれやれとそれを眺めていた彼の耳に、耳を済ませていなければ聞こえないほど小さな物音が響いた。

何かが軋むような。もしくは締め付けられているような。


身を起こし顔を扉の方へ向けるが、特に異変は見受けられない。頑丈な木の扉が存在するだけである。




「ジハード……か?」
帰ってきた彼が部屋の前にいるのかと思い、小さく声をかけてみる。だが返事はない。




「……残念ながらジハードさんではありませんがね。背後に気を付けていなければ、首を取られますよ」




「誰だ!!」

突如響いた低い声に振り返ったクウォーツの瞳に映ったものは、窓枠に腰掛けている黒い人影。
逆光により顔は影になってはいたが、確かにその声には聞き覚えがある。



「貴様は……確か」
勢いよく後ずさり、その者の名を口にする。

「暗黒卿、バアトリ……!!」


暗黒卿バアトリ。封魔石イデアを求めるため、アリエスと共にドゥーペル地下神殿で戦ったヴァンパイアである。
サキョウの両親の命を奪った男。血のスペルを手にする男。同族の血ですらも美酒と公言する男。




「……おや、光栄ですね。わたくしの名を覚えていて下さったのですか。確かあなたはクウォーツさんでしたか」
くるんとカールした髭を撫で付けながら、暗黒卿バアトリは唇の端を歪めて笑みを浮かべた。

「イデアとスペルが引き合う力だけを頼りにここまでやって来たのですが、随分と探しましたよ。
さぁ……早速ですがイデアを返して頂きましょうか。この間の礼もたっぷりとしなくてはなりませんしね」



「ちっ、スペルと引き合う力が裏目に出たな。まぁいい……私を狙ったのは間違いだったな、暗黒卿よ。
大体持っていても貴様などに渡すと思うのかね? どうしてもイデアが欲しくば私を殺して奪い取るがいい」


どうやらバアトリは誰がイデアを所持しているのか分からないようである。
持ち主であるティエルは現在あんな状態だ。バアトリに襲撃されてしまえば、ひとたまりもないだろう。

バアトリの注意をこちらに引きつけておけば、彼女には被害が及ばないはずだ。
うまく行けばバアトリからスペルを奪い取ることができるかもしれない。




「最初に言っておくが、私は手強いぞ」
クウォーツはいつでも刀が抜けるように左手を妖刀幻夢の柄にかけたまま、キッとバアトリを睨み付けた。



「元々あなたは殺すつもりですよ。イデアのありかを吐いてしまえば、もうあなたに用はありませんしね。
それとも……わたくしの13番目の愛人にでもなってみますか? あなたならば大歓迎ですよ」

バアトリの手の中で毒々しい血の色合いをした鞭が蠢いていた。亡者の声が今にも響いてきそうである。



「あなたが一人でよかった。さすがのわたくしも、あなた方全員のお相手をするには少々無理がありますしね。
わたくしが見たところによると……あなたは他人に決して助けを求めない、一人で行動する方のようですし」




そのバアトリの言葉に、思わずクウォーツは眉をしかめる。
まさか、単独行動の多い自分の性格まで考えて狙ってきたとは思わなかったのだ。

だが逆にこれは好都合ではないか。ティエル達に危害が及ぶ前に、バアトリを殺してしまえばいい。
今の状態のティエル達がバアトリを相手にできるとは到底思えなかった。




「フッ……随分と軽く見られたものだな。私一人相手ならば勝てるとでも思っているのか?
丁度いい、私は前々から貴様がひどく気に入らなかったのだ。……ここを貴様の墓にしてやるよ!」

口の中で素早く詠唱を済まし、クウォーツは右手をバアトリに向かって突き出した。
その瞬間。辺りを黒で埋め尽くす吸血コウモリの群れが現れ、弾丸のようにバアトリに突っ込んでいく。


「私を相手にしたことを、地獄で後悔させてやる……!!」




「お相手ならば、ベッドのお相手の方が好ましいのですけれど。
……あなたのようなプライドの高い方が快楽に乱れ、我を忘れて喘ぐ姿は実にそそるでしょうねェ」

向かってくる吸血コウモリの群れを鞭で叩き落したバアトリは、歪んだ笑みを浮かべながら窓枠を蹴り上げた。
風を切る音と共に鞭が振り下ろされる。


クウォーツをかばう様に前に飛び出したコウモリ達が、真っ二つになって地面に落ちた。


未だ床の上で痙攣を続けているコウモリを踏み潰したバアトリは、醜く唇の端を持ち上げる。
柔らかな果物が潰れるような音と共に、踏み潰された死骸から鮮やかな色合いの臓物が覗いていた。



「わたくしにこんな茶番が通用するとでも思っているのでしょうか。さあ、全力で向かってきて下さいよ」




無残に潰されたコウモリの亡骸に目を落とし、それから顔を上げたクウォーツはバアトリに視線を戻す。
目にも留まらぬ速さで刀を抜いた彼は、それを振り上げ目の前の敵に突っ込んでいった。


「おやおや……真っ直ぐに突っ込んでいくしか能がないのですか。どうやらあなたは大変愚かな方のようだ」

溜息と共に鞭を振り下ろす。
鞭は容赦なくクウォーツを切り刻むかと思われたが、彼は突然立ち止まり、両手で召喚魔法を放ったのだ。



「うぐっ!?」


クウォーツが呼び寄せた異形の怪物は、意外な彼の攻撃に唖然としているバアトリの首に喰らい付く。

深紅の血飛沫が舞う。
血の雨の中を駆け抜けたクウォーツは、そのまま妖刀幻夢をバアトリの胸に力一杯突き刺した。


ぐえ、と呻き声のような声を上げたバアトリはピクピクと暫く痙攣を続けていたが、やがて動かなくなる。




「……意外に早く片が付いたな」
クウォーツは息一つ乱さず涼しい顔で呟くと、白目をむいているバアトリに歩み寄って行った。

完全に死んでいるとは限らない。息を潜めてこちらの様子を伺っているのかもしれない。
以前のこともあったので、クウォーツは念のためにバアトリの首を切り落としておこうと思ったのだ。



首と胸から大量の血を流し、倒れているバアトリ。どうみても死亡しているよう見える。

また一歩。クウォーツは用心深く踏み出した。
その瞬間、背後から音が聞こえ、振り返った彼の瞳に意思を持ったように突っ込んでくる鞭が映る。


……それは、まさに獲物に喰らい付かんとする毒蛇の様にも見えた。



反射的に身を翻した為に、鞭はクウォーツの脇腹を軽く裂いただけで済んだようである。
しかし軽く裂けただけなのに、この痛みは何だ。焼け付くような、毒に身体を蝕まれていくような痛みは。




「……以前、申したはずでしょう? サタネスビュートはただの鞭ではないと」

押し殺したような声。
ゆっくりと立ち上がったバアトリは、脇腹を押さえるクウォーツに顔を向けて言った。


「自らの意思で動き、血に飢えた化け物。それがわたくしの鞭、サタネスビュートなのですよ」

クウォーツの血によって赤く照り輝いている鞭は、歪んだ笑みを浮かべるバアトリの手の中に納まる。
気のせいか、鞭が肥大しているように見える。ドクドクと脈打ったそれは、……確かに生きていた。




「やはり簡単には死んでくれそうもないな……」

血が止まらぬ脇腹を押さえ、クウォーツが憎々しげに呟く。
相手はヴァンパイア族だ。打たれ強さ、回復力の早さは同じヴァンパイアである彼が一番よく分かっている。


──ヴァンパイアを確実に殺す方法は、首を切り落とすこと。



「ならば貴様の首を切り落とすまで。……今の内に命乞いの文章を考えておけよ」


「ククク……いいですねェ、その目。そんないい目で見つめられると、思わず感じてしまうではないですか」
大きく開かれた窓から、涼しい風が舞い込んでくる。風に揺られ、白いカーテンがゆらゆらと揺らめいていた。

「そんなあなたに敬意を表し、わたくしも本気でいかせていただきましょう。最高の夜になりそうですね……!」







+DeadorAlive+