Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第15章+ダンス・マカブル - 愛しき貴方に花束を -

第164話 愛しき貴方に花束を-3-





「……クウォーツ……。それにバアトリ? ……あなたが、どうしてここに……」



引き裂かれたカーテン、床に飛び散る血飛沫。壁には何かが這った様な跡も見受けられる。

中にいるのは二人の男。
一人はジハードがよく知る青い髪をした青年で、もう一人は一度だけ見たことがある男。

バアトリに組み敷かれているクウォーツの首筋には、まるで喰らい付かれたような醜い傷があった。



その瞬間バアトリが飛び上がった。
同時にジハードは素早く右手で印を切ると、虹色の魔法陣を出現させる。




「くっ、爆破陣!!」



空中にいるバアトリの周囲に魔法陣が絡み付き、彼を巻き込んで大爆発を起こした。
狭い空間での魔法の爆風に、術者であるジハードですら軽くバランスを崩して地面に手をつく。


「……クウォーツ!」
しかしすぐに体勢を立て直すと、ジハードは床に転がっているクウォーツの元へと駆け寄った。


ぐったりとしている彼を抱き起こし、眉をしかめる。普段から青白い彼の顔色が更に蒼白だった為だ。
牙の痕が生々しく残る首筋からは未だ鮮血が流れ続けていた。

その上彼の両腿には、バアトリの鞭の残骸が突き刺さったままである。早急に治療をしなければまずい。
どうやら鞭は深く床にめり込んでいるらしく、簡単に引き抜けそうもない。




「もしかして、あなた……こんな大怪我で先程ぼくに話しかけていたのかい!? 助けを求めずに!!」

軽いめまいを覚えたジハードは治癒魔法を唱え始めようと手をかざすが、血が流れ出す方が早い。
バアトリの鞭によってできた傷は治癒魔法でさえも治りが遅く、大変厄介であったのだ。


「なんて馬鹿なことを! どうして、どうしてあの時ぼくに助けを求めてくれなかったんだ……!!」




「……言っただろう……」
ジハードに身体を支えられ、うっすらと目を開いたクウォーツは呟くような小さな声で口を開く。

「私は私のやり方で戦うと……。頼れるものは……信じられるものは自分だけだ……と……」



「ああ、確かに聞いたよ! ……けれどね、今はそんなことを言っている場合じゃないだろう!?
この際だからはっきり言うよ。あなたの力では、バアトリに勝つことはできない!!」

「……!」



「ぼくのことが嫌いならそれだって構わない。……でも……こんな時まで意地なんか張らないでっ……!」

決して声を荒げることのない温厚なジハードにしては、随分と強い口調であった。
『勝つことができない』とはっきり言われ、クウォーツの表情が思わず強張る。




「……痛いだろうけど、我慢して」
絞り出すように声を発したジハードは、クウォーツの両腿に突き刺さっている鞭を掴むと一気に引き抜いた。

手に伝わる嫌な感触と共に、赤い血に染まった鞭の残骸が姿を現す。
激痛にびくんとはね上がったクウォーツの身体を押さえる様に、直接彼の腿に手を当てて治癒を始めた。



しかし。サタネスビュートの傷は手強く、治癒魔法によって塞がりかけた傷口は再び裂けていく。
生半可な治癒魔法では、クウォーツに苦しみを二重味わわせてしまうことになる。

思わずぐっと額に皺を寄せたジハードは、全意識を集中させて呪文の言葉を発し続けていた。





「……おやおや……そんな悠長に傷を治している時間はないはずですけどねぇ?」



爆風が晴れ、バアトリの姿が月明かりに照らされて浮かび上がる。
周囲のシーツやカーテンを焦がした爆発の魔法は、多少なりともバアトリにダメージを与えているようである。

破れた服の隙間から見える肌が、赤く腫れ上がっていた。




「よくもわたくしの美しい肌に醜い火傷を負わせてくれましたねぇ……どう責任を取ってくれるんですか?
あなたも愚かな方ですね。……何も知らなかった振りをして逃げていれば、無事に済んだものの」

少々焼け焦げてしまった髪を指でつまみながら、ジハードに向かってバアトリが憎々しげに口を開く。


「さぁて、ジハードさん。今度はあなたにイデアの在り処を聞くことにいたしましょう。
クウォーツさんはもう話せる状態ではないですし。まぁ、彼の乱れる姿を拝めただけでも良しとしましょうか」




「うるさいね、治療の邪魔をしないでくれよ。イデアの在り処だって? はっ、知っていたって言うものか!」

ジハードは舌打ちをして治癒魔法を中断すると、それからリグ・ヴェーダのページをめくり始める。
魔力に包まれたその本は、暗闇の中でもぼんやりと淡い虹色の光を発しているように見えた。


「……責任と言うのならば。クウォーツをここまで痛めつけてくれた代償は、充分に払って頂くからね」




「それができるものならば。魔法が主力のあなたが、このわたくしを倒せるとでも思っているのですか?
あなたもなかなかわたくし好みの顔ですけどね。……在り処を吐かないのならば、殺すまで!」




ビクビクと脈打つサタネスビュート。亡者の恨めしそうな顔がいくつも浮かび上がっている。

それはバアトリが過去残虐に殺めてきた、罪なき人々の無念の現れなのであろうか。
そして、その中にはサキョウの両親も含まれているのだろうか。

──勿論、ジハードには分からないことではあったが。




「悪いけれど、今はゆっくりとあなたの相手をしている暇はない!!」

口の中で素早く詠唱を済まし、鞭を持って飛び掛ってくるバアトリに向かって右手を突き出した。
虹色の魔法陣が浮かび上がり、それは完全にバアトリを包囲する。



「氷雨陣っ!!」



魔法陣が薄い青を含んだ光に包まれ、次の瞬間光は氷の刃となって標的に降り注いだ。

それらを器用にもサタネスビュートで叩き落したバアトリは、そのまま赤黒い鞭をジハードに振り下ろす。
ジハードはほぼ反射神経のみで姿勢を低くしたのだが、風圧だけで左腕が大きく切り裂かれてしまっていた。




……バアトリの鞭の恐ろしさはよく覚えている。


こんな決して広いとはいえないような空間で自在にそれを操るバアトリは、確かに手ごわい存在だと思う。
けれど負けるつもりは毛頭もなかった。自分が死ねば、恐らく、クウォーツも殺される。

バアトリに吸血され、両腿を負傷しているクウォーツは、既に戦える状態ではない。
それでもクウォーツが意識を失わずにいられるのは、弱い所を見せまいとする彼のプライド故か。


ジハードは改めて彼の精神力の強さを思い知ったのであった。




「行け、雷覇の陣!」
血が溢れ出した腕に構う暇などはなく、ジハードは次の極陣を放った。

魔法陣から生み出された稲妻を飛び上がって避けたバアトリは、醜い笑みを浮かべながら向かってくる。



快感。バアトリの瞳はそれ以外の何物でもなかった。他人を傷付けることによって彼は欲情しているのだ。

……その瞳に思わず寒気を覚えたジハードに、ほんの一瞬の隙が生まれた。
魔法の発動が一瞬でも遅れてしまえば大きな命取りになる。素早い動きをするバアトリならば、尚更。




「己の愚かさを呪いながら死んでいきなさい。あなたを美しい赤に染めて差し上げましょう!!」




(あいつ……バアトリに隙を見せるなんて……馬鹿だな……)

力なく床に転がっていたクウォーツは、ぼんやりと虚ろな瞳でジハードとバアトリの戦いを眺めていた。
身体に力が入らない。意識を保ち続けるのもそろそろ限界であった。


それだけバアトリの吸血は、彼の体力と精神力をを根こそぎ奪っていったのだ。




ジハードが負けようがバアトリが負けようが、何もかもがどうでも良かった。

……だが、動けないはずの身体が何故か動いた。
立ち上がり、無意識のうちに妖刀幻夢を握り締め、クウォーツはバアトリに向かって駆け出していたのだ。


歪んだバアトリの顔。何かを叫ぶジハードの顔。視界にそんな光景が映ったような気がした。



次の瞬間妖刀幻夢と両腕に何かが絡み付き、気づくと勢いよく地面に叩き付けられていた。
それだけでは済まず、もう一度身体が宙に浮かんだかと思うと突然絡み付いていた鞭が解ける。


廊下の壁まで飛ばされて背中を強く打ち付けたクウォーツは、悲鳴すらなくズルズルとずり落ちていった。




「クウォーツっ!!」

迷わずジハードは部屋の外まで放り投げられた彼を追おうと駆け出したが、
唇を噛み締めて足を止め、振り向きざまにバアトリに向かって完成させていた魔法を放ったのだ。


「クウォーツ、あなたが作ってくれた隙は決して無駄にはしない。……くらえ、疾風陣!!」



「えっ!?」

その不意の攻撃に、バアトリは避けきれずに不自然な体勢のまま風の刃で切り刻まれる。
前のめりになったバアトリに追い撃ちをかけるように、ジハードによる更なる疾風陣が彼を直撃した。




二度目の極陣を放つと同時にジハードは部屋を飛び出し、ぴくりとも動かないクウォーツに駆け寄った。

最初ジハードが扉を吹っ飛ばした時には静観していた宿泊客達も、さすがに部屋から顔を覗かせている。
吹っ飛ばされた扉に驚く者もいれば、倒れているクウォーツの怪我の惨状に声を上げる者達もいた。




何があった、大丈夫か、医者か僧侶を呼ぼうか、それとも保安官か。集まってきた宿泊客が口々に叫ぶ。



ジハードはそれらに曖昧な笑顔を返しながら、クウォーツの傷に応急処置として治癒魔法をかけ始める。
とりあえず血を止めることが先決だ。

今までぴんと張りつめていたものが切れてしまったのか、既にクウォーツは意識を手放してしまっていた。




「ククク……今のは効きましたよ。それより、どうやら大騒ぎになってしまったようですねぇ……。
さすがのわたくしも、こんな状態では戦えませんからね。ヴァンパイアハンターなど呼ばれても困りますし」


顔を歪めながら身を起こしたバアトリは、窓枠に向かってゆっくりと歩き出した。



「……あなた方を特別に、わたくしの館へ招待いたしましょう。そこで決着をつけるのはいかがです?
血のスペルが欲しいのならば必ずおいでなさい。これは、わたくしからのラブレターですよ」

そう言ったバアトリは自分の傷口から溢れ出る血を指ですくうと、白いシーツに何かを走り書きした。




騒ぎに気付いて集まってきた人々が部屋の中を覗き込む。あれはヴァンパイアじゃないか、と誰かが叫んだ。

たちまち上がる悲鳴。驚愕の表情を浮かべる宿泊客に向かってバアトリは妖艶な笑みを浮かべると、
窓枠を蹴り上げて夜の闇へと飛び下りる。


またもや悲鳴が上がる。
ここは18階なのだ。この高さから落ちれば、いくらヴァンパイアといえども即死である。

勇敢な宿泊客が部屋に飛び込み、
窓から大きく身を乗り出したのだが、バアトリの姿は既に夜の闇の中に消えてしまっていたのだ。




頼りなげに揺れるカーテンを暫く眺めていたジハードだったが、やがて視線をクウォーツへと戻す。
いつまでも彼をこんな場所に寝かせているわけにもいかない。

だが彼らの部屋は現在あんな惨状で、到底落ち着いて休めるような状態ではないのだ。




どうしたものかとジハードが思案していると、真っ青な顔をしたホテルの支配人らしき人物がやってくる。
この部屋の惨状を見れば、顔を青くさせるのも当然であろう。


とりあえず口からでまかせを言って彼を納得させたジハードは、もう一つ部屋を借りれないかと頼み込んだ。

最初は面倒事はごめんだと渋っていた様子の支配人ではあったが、
四倍の宿泊費と今回の騒動で破損した全ての物の修理費を出すという条件で話がついたのだった。















破壊された部屋に集まる野次馬達もようやく引いた頃、新たに借りた部屋でジハードは一つ溜息をつく。
目の前には、未だ目を覚まさないクウォーツが横たわるベッドがある。


絶えず治癒魔法をかけ続けた成果があったのか、クウォーツの首筋と両腿の傷の血は止まっていた。
だが治癒魔法といえども、精神力の方まで回復させることは不可能である。




同族に吸血を受けることは、ヴァンパイアにとって最も屈辱的なことだと聞いたことがあった。

ティエルやリアンにはこの件を言わないでおいた方がいいだろう。
クウォーツの首筋の傷が完全に癒えるまで、申し訳ないが彼女達を部屋に入れるわけにはいかない。



そこまでジハード考えたとき。クウォーツの首に巻かれる血まみれの包帯が視界に入った。

……そういえば、彼はいつも首に包帯を巻いていた。
どこか怪我をしているのかと一度尋ねたことがあったのだが、クウォーツは何も答えなかったのだ。



現在その包帯は大分取れかけている。
治療をしやすくするために取り払おうとも考えたのだが、何故か不安に駆られて取ることができなかった。

もしも取ってしまったら、知ってはならない何かを知ってしまうような気がしたのだ。




「……ねえ、クウォーツ」
向かいのベッドに腰掛けたジハードは、包帯から視線を外してどこか自嘲気味な笑顔を浮かべる。

「ぼくはさっき、あなたに一つだけ嘘をついたんだ」



返事はないと知りつつも、ジハードは続ける。

「ぼくのことが嫌いなら、それでも構わないって言ったけれど。でも……やっぱり嫌われるのは辛いよ。
……あなたにこんなことを言ったら、きっと嘲笑されるだろうけど」



相手に声が届いていないと分かっていても、口に出すと心がほんの少しだけ軽くなったような気がした。




「あなたは先程、ぼくがあなたを信用していないと言ったね。……認めるよ。確かに初めはそうだった」

あまりにも考え方が違いすぎて。
ティエル達がこの悪魔の若者と共に行動している理由が、いくら考えてもジハードには分からなかった。

そして、決して分かるはずはないと思っていたけれど。



「なんだか……考えるの、疲れたよ……」
どこか寂しげに呟いたジハードは、それから力なくベッドに倒れこんで目を閉じた。


「やっぱり、あなたなんか……嫌いだ」







+DeadorAlive+