Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第15章+ダンス・マカブル - 愛しき貴方に花束を -

第165話 バアトリからの招待状





「……で、ジハード。これは一体どういうことなのか説明して下さるのかしら?」



怒りを隠そうともしない口調。
両手を腰に当てたリアンは形の良い眉をつり上げながら、向かいのベッドに腰掛ける人物に顔を向けた。


無論その者はジハードであるが、彼の顔にはいくつもの深い切り傷やアザが見受けられる。
ジハードは申し訳なさそうな笑みを浮かべ、ごめん、とリアンに向かって呟いた。


そんな彼の顔をティエルはじっと見つめている。彼女はどうやらジハードの怪我の様子が気になるようだ。




ティエルとリアンがホテルに戻ってくると、なにやら一階のロビーが騒がしいようであった。
何か事件でも起きたのかと聞いてみれば、なんでも18階の客室にヴァンパイアが襲ってきたのだという。

18階といえば彼女達の部屋がある階である。


まさかクウォーツがヴァンパイアであることが知れてしまったのかと彼女達は顔を曇らせたのだが、
どうやらそれも違うようであった。




首を傾げつつ自分達の部屋の前まで来ると、向かいのジハードらの部屋は乱闘があったかの様な有様だ。


廊下には疲労しきった状態のジハードが傷だらけで座り込んでいた。
彼女らの姿を見たジハードが開口一番に発したものは、バアトリが襲って来た、という言葉であった。

そしてクウォーツは、バアトリによって両腿に酷い怪我を負ったのだと彼は言った。




「説明も何も……バアトリが突然襲ってきたんだよ。彼はやはりイデアを探しているようだった。
誰がイデアを所持しているか分からなかったみたいで、手当たり次第に吐かせようと思っていたらしい」

目の下の切り傷が痛むのか、ジハードはその部分に手を触れながら呟いた。
バアトリのサタネスビュートで切れてしまった傷である。彼の魔法でも完璧に治癒しきれなかったようだ。




……イデア。
その単語に、ティエルはテーブルの上に置いていたイデアに目を留める。

剣にはめ込まれている銀色に輝く美しい宝石の周囲には、薄紫の小さな光が三つ宿っていた。



断罪のスペル。宵闇のスペル。混沌のスペル。この三つのスペルの輝きである。
残り二つのスペルを集め、五つの光がこの剣に宿るとき。イデアの本当の力が発揮されるのだろうか。

ガリオンとあんな再会をした後で、バアトリと戦う余裕など彼女にはなかった。
ただでさえ手強いバアトリなのだ。もしも襲撃されていたら、今頃一体どうなっていたか分からない。



ティエルがそこまで考えたとき、思わずハッと顔を上げた。

バアトリがイデアを所持している自分の元へ来なかったのは、ジハード達が彼を足止めしていた為である。
いわば、二人の怪我は自分の責任でもあるのだ。




「……ごめんね。ジハードもクウォーツも、わたしがイデアを持ってるってバアトリに言わなかったから……」




「馬鹿なことを言うもんじゃないよ、ティエル。仮にバアトリがあなたの前に現れていたとしてごらん。
金髪の騎士の件で憔悴している状態のあなたが、彼と戦うことができたのかい?」

ジハードの咎めるような口調に、ティエルは何かを迷ったような表情を浮かべて項垂れる。
確かにそうだ。あの状態で戦うことなど到底無理であった。




「バアトリの強さが半端じゃないことくらい分かっているでしょう。
クウォーツですら歯が立たなかったんだ。だから、一人でどうにかしようなんて思わないこと。いいね?」

「分かった……」
更にぴしゃりと言われ、ティエルは背中を丸めながらボソボソと小さな返事を返す。



「そうですわよ。一人ではどうにもできないことでも、二人三人なら何とか出来るかもしれませんしね」


機嫌がようやく直ったのか、笑みを浮かべたリアンがポンと手を叩いて机の上のメモを指差した。
これはバアトリがシーツに血文字で残したものを、先程ジハードが書き取ったものである。

……そこには『ロクサーヌの森でお待ちしております』、とだけ書いてあった。




『あなた方を特別に、わたくしの館へ招待いたしましょう。血のスペルが欲しいのならば必ずおいでなさい』
去り際にバアトリはそんなことを言っていた。

おそらく、ロクサーヌの森とやらのどこかに彼の住まう館が存在するのであろう。
地図で調べる必要がありそうだ。




「……行くんでしょう? バアトリの元へ」
「行くよ! イデアを持っている限りバアトリは諦めないだろうし……それに、彼の持つ血のスペルが必要だし」

リアンに顔を向けられ、ティエルはしっかりとした声で言った。
先程ガリオンと戦った時の迷いはもう見受けられなかった。彼女なりに大きな決心をしたのだろう。



「ぼくも行くよ。……けれど、ぼくとクウォーツの怪我の治療が終わってからだけどね」
柔らかい笑みを浮かべたジハードは、自分の頬や腕に貼られている湿布を一瞥してから溜息をつく。

「あーあ、不死鳥とあろう者が情けない。こんな怪我でも一瞬で治せるくらいの治癒能力が欲しいよ」




「ジハードの治癒力はすごいと思うけどなぁ。メドフォードにも治癒魔法を扱うことのできる神官がいたけど、
擦り傷を治すのに一時間くらいかかっていたもん」

「そうですわよ。ジハードはもっと自信を持ちなさいな」
苦笑を浮かべたリアンは椅子から立ち上がると、軽く伸びをしてみせる。

「……とにかく、今日はもう寝ましょう。次から次へと色々なことがあって疲れましたわ」




「そうだね、ぼくはとりあえず部屋に戻るよ。おやすみ、二人とも。」

軽く笑みを浮かべたジハードも立ち上がり、新しく借りた己の部屋に向かうために歩き始めた。
幸い以前の部屋と同じ18階に部屋を取ることができたのだ。

ぱたんと閉じられた扉を暫く眺めていたティエルは、ベッドの上で膝を抱えながらほんの少しだけ俯いた。



酷い怪我を負ったクウォーツの様子が気になったが、何故かジハードに部屋に行くことを止められたのだ。
……理由を尋ねてもジハードはただ、今はそっとしておこう、としか言わなかった。















人里離れた深い森の中。ロクサーヌの森と呼ばれる森の奥に、その古びた屋敷は佇んでいた。

引きずるような足取りで、屋敷に向かって歩く人影が一つ。
その人影は吸血鬼バアトリ=ブランベルジュのものであり、彼は憎悪に燃える表情で歩き続けていた。


ジハードの極陣によって切り刻まれた傷が酷く痛んだ。
一度ならず二度までこの自分に傷をつけるなど、断じて許されぬことであった。



扉の前まで辿り着いたバアトリはそのまま乱暴に開け放つ。




「バアトリ様!?」
「お、おかえりなさいませ!」

給仕の格好をしたバアトリ好みの男女達が、目を丸くしながら彼を出迎えた。
攫ってきた者が殆どである。勿論、バアトリや彼の部下を恐れて脱走を試みる者はいなかったが。




「レイヒマン。……何か変わったことはありましたか?」
「いいえ。しかしその怪我は一体どうされたのです。あなた様に傷を付けることができる者がいるとは……」

ホールの中央でバアトリを出迎えた黒衣の男が、彼の様子を見て眉をひそめた。



「もしや、以前バアトリ様が言っておられた者達に会いに行かれたのですか?」



「……彼らは実に嬲りがいがありそうです。今までの分の礼を兼ねて、この屋敷に招待いたしましたよ」
べろりと赤い舌で唇を舐めると、バアトリは心底悦んでいるような表情を浮かべる。

「彼らは必ずここへ来ます。行かなくてはならない理由が彼らにはありますしね。
全員、臓物を引きずり出しながら犯してやりましょうか。……クックック、今からとても楽しみですよ……」




「バアトリ様がそこまで執着されるなんて珍しいですね」
暗く長い廊下をバアトリと共に歩きながら、レイヒマンと呼ばれた黒衣の男は驚いたように目を丸くする。

随分と青白く、そして人間とは思えぬ雰囲気を纏った男である。
どこか緑を帯びた艶やかな黒髪を長く伸ばし、赤い唇はまるで血のルージュを塗ったようであった。



「彼らを出迎えるためにも、まずはそのお怪我を治されては。……既に獲物の用意は整っております」

一際大きく豪奢な扉の前まで来ると、レイヒマンは静かに一礼をして去っていった。
その後ろ姿を暫く眺めていたバアトリは、口髭の形を指でつまんで直すと自室の扉を開ける。



(……確かに、わたくしがこんなにも他人に執着するのは珍しいことですね。自分でも不思議に思いますよ)



部屋の中には、薄物を羽織っただけの若く美しい男女の姿。恐らくレイヒマンが用意した獲物だろう。
この上なく怯えた表情を浮かべ、小刻みに震えている。

「た……助けてくれ……殺すのだけはやめてくれ……!!」
「いやぁぁぁっ、近寄らないで化け物!」


「……実にいい顔ですね。さぁ、食事の時間にいたしましょうか。いい声で鳴いて下さいよ……!」




歪んだ笑みを浮かべたバアトリは青年をベッドに突き飛ばすと、その首筋に喰らい付いた。
悲痛な叫び声が部屋の中に響く。吸血と共に、バアトリの身体中の傷が段々と癒えていくのが分かる。

小刻みに痙攣を続ける青年の首筋から唇を離し、血に染まった口を手で軽く拭った。



そう。この自分に傷をつける存在など、決しているはずがないのだ。存在を許してはならないのだ。
自分以外の者など、彼にとって糧であり、欲望を満足させるための物でしかない。そうでなくてはならない。



歪んだ笑みを浮かべたバアトリは青年の腹部に両手を突き刺すと、勢いよく左右に開いてみせる。
まるで青年の身体の中心で、美しい赤い花が咲いたようであった。

青年の顔を先程戦った者達の顔に置き換えてみると、自然にくぐもった笑い声が口から洩れていた。



「きっ……きゃああぁぁ!!」

絶命した青年の様子を見て叫び声を上げる女の髪を引き、バアトリはむしゃぶりつく様に血を啜った。
びくんびくんと大きく痙攣する女の身体。悲鳴が段々と掠れたものに変わっていく。


そして抵抗する様子を見せなくなった女の首筋から唇を離し、無造作に彼女の衣服を引き裂いた。




(一人残らず生きては帰しません)
命の炎が消えかかりつつある女の身体を己の欲望で貫きながら、バアトリはスッと目を細める。

(……わたくしに逆らう者が、一体どんな末路を辿るのか。それを嫌というほど思い知らせてあげましょう)



女が事切れても、彼女の中に欲望を放っても、バアトリはただひたすらに死んだ身体を貪り続けていた。
──まるで、何かに取りつかれたかのように。







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