| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第15章+ダンス・マカブル - 愛しき貴方に花束を - 第166話 ロクサーヌの森 ロクサーヌの森──。 近隣の者達から恐れを込めて通称『魔の住まう森』と呼ばれるこの森は、 たとえ昼間でさえも光が届かず、迷い込んだら二度と森の外へは出ることができないと言われている。 今まで幾人もの勇敢な旅人達が森の中へ颯爽と入って行ったのだが、誰一人として戻ってくる者はいなかった。 そんな噂が更に噂を呼び、『森に入った者は魔に魅入られる』、『悪魔が住んでいる』という噂も流れ、 この森を抜けようとする者は一人、また一人と減っていき、ついには誰も近寄ることがなくなってしまった。 それが『魔の住まう森』と呼ばれる由縁であり、今では本当の森の名を忘れてしまった者も多い。 バアトリ襲撃から六日後、ティエル達は収集した情報を頼りにロクサーヌの森へ向けて出発した。 幸いカーソンは冒険者が多く集まる都市だったので、驚くほど簡単にロクサーヌの森の情報が手に入ったのだ。 しかし冒険者達は皆揃って、『入ったら最後、生きて出ることができないから近づくな』と忠告していた。 そんな彼らの忠告を、ティエルは曖昧な笑顔を浮かべながら聞くことしかできなかったのだが。 万が一にでもサキョウが追ってきてくれた時のことを考えて、フロントに簡単な手紙を預けることにした。 そんなことは決してないだろうけれど、ティエルはそれでも手紙を書かずにはいられなかったのだ。 サクラの墓の前で佇むサキョウのやつれた顔を、今でも鮮明に思い出すことができる。 窪んだ目。雨に濡れた髪にうっすらと混じる白髪。どこを見ているのすらかも分からない、虚ろな瞳。 あの時の彼の顔を思い返すと、ティエルはギュッと胸が締め付けられるような感覚に襲われる。 バアトリとの戦闘の為に怪我を負ったジハードは、治癒魔法によって大分回復しているようである。 一方クウォーツは、丸々五日間ティエル達の前に姿を現さなかった。 そんなにも酷い怪我なのかとティエルがジハードにいくら詰め寄っても、部屋に入れてはくれなかったのだ。 そして、バアトリ襲撃から六日目にしてようやく、クウォーツはティエルとリアンの前に姿を現した。 だが数日ぶりに見た彼の顔は、気のせいかひどく人形めいて見えたのだ。 以前からほぼ無表情であったクウォーツなのだが、時折瞳に感情が表れることがあった。 ティエルはそれを見て、彼の感情を感じ取っていたのだが、現在はそれすらも完全に失われていた。 ──もしや、バアトリと戦った時に何かあったのだろうか。 ティエルはひどくそれが気にかかっていたのだが、どうしてもクウォーツに問うことはできなかった。 大都市カーソンを出立してから三日目、彼女達はロクサーヌの森に到着した。 最後に立ち寄った町から一日以上かけて辿り着いたのだ。 平原を歩き続けていると木々の数が多くなっていき、やがて目前には深い森がぱっくりと口を開けていた。 名も知らぬ鳥の鳴き声が、森の奥からギャアギャアと響いてくる。 聞いたこともないようなその声に、思わずティエルの背に冷や汗が流れ落ちる。 ……正直恐ろしいのだ。バアトリの強さは以前戦った時に嫌というほど思い知らされた。 もしかしたら、本当にこの森から生きて出ることはできないのかもしれない。 一瞬そんな恐ろしい考えがよぎったティエルは、ぐっと唇を噛み締めて首を振った。 「随分と暗い雰囲気の森ですわねぇ。……悪魔族って、どうしてこんな陰気な森ばかりを好むのかしら」 場を盛り上げようとして言ったリアンの台詞が、しんと静まり返った森の奥へと吸い込まれていく。 誰が作ったのか、大きな道が真っ直ぐと続いている。 時折左右に道が分かれていたが、ティエル達はただ真っ直ぐに進み続けた。 下手に道を曲がってしまっては、戻れなくなる可能性があるからだ。 バアトリの待つという館の場所が一体この森のどこに存在しているのかは分からないが、 闇雲に歩き回らない方が良いとジハードが判断した為である。 くねくねと重なり合うようにして生い茂る木々には、淡い紫や群青色に発光している光ゴケが付着していた。 それがぼんやりと暗い森の中を照らしている。 「あのさ」 口を閉ざしたまま歩き続ける彼女達の背に向かって、ジハードが唐突に声をかける。 「断罪、宵闇、混沌のスペル……そしてバアトリの持つ血のスペル。残りはあと一つになったわけだけど。 もしも全てのスペルが集まったら、みんなは一体どうするんだい?」 「わたしは、国を取り戻すよ。そのために封魔石を探していたんだし」 彼の言葉に振り返ったティエルの脳裏に、自分に剣を向けてきたガリオンの姿が浮かんだ。 一瞬だけ表情が曇ったが、すぐに笑顔に戻す。 「それにおばあさまやゴドーの仇も討たなくちゃ。やらなくちゃいけないことは沢山あるよ」 「これからが大変ですわよティエル。私はティエルが国を取り戻したら、イデアで呪いを解きに行かなくちゃ」 リアンは以前、父親を生き返らせるためにイデアを探していると言っていた。 「……ジハードはどうするんですの?」 「ぼくは決着をつけなければならないことがあるからね。一人で旅を続けるつもりだよ」 額の青い札に息を吹きかけながら、ジハードは少し考えるようにして言った。 見たこともないような文字が描かれた青い札は、波打つようにひらひらと揺れている。 「それが終わったら、暫くのんびりとしようかなぁ。……久々に故郷に帰るのもいいかな、ってさ」 「へー、ジハードの故郷かあ! どんなところなの?」 「あなたの故郷の話は、私聞いたことがなくってよ。ここから大分離れたところなんですの?」 「あはは、そういえば話したことがなかったね。ぼくの故郷はここからずーっと離れた大陸にあるんだ。 全てが終わったら遊びに来てよ。あまり面白いものはないかもしれないけれど、いつでも歓迎するよ」 「行きたい、絶対に遊びに行く!」 森に入ってから初めて満面の笑顔を浮かべたティエルは、それから最後尾を歩くクウォーツに顔を向けた。 「クウォーツは? ねえ、スペルが全部集まったらクウォーツはどうするの?」 ティエルが笑顔を向けても、クウォーツは表情一つ動かさない。……それがひどく不気味に思えた。 彼は無感情な顔つきのまま暫く沈黙を続けるが、やがて素っ気無く言葉を返した。 「さぁな」 「じゃあさ、わたしがゲードルから国を取り戻すことができたら……メドフォード城で一緒に暮らさない?」 実に素っ気のなかった、冷たいとも言える彼の返事にもへこたれず、ティエルはにっこりと笑う。 「勿論クウォーツがよかったら、の話なんだけど。……どうかな」 笑顔を浮かべているティエルの顔を眺めていたクウォーツは、少しの間だけ視線を逸らす。 それからゆっくりと彼女に視線を戻すと、抑揚のない声色で呟く様にして言った。 「……考えておく」 「うん」 クウォーツの言葉に幾分かホッとしたような表情を浮かべたティエルは、彼に向けていた顔を前に戻す。 暗い森の道が真っ直ぐと続いている。 その時。 大きく息を吸い込んで心を落ち着かせていた彼女の瞳に、ぼんやりとしたオレンジ色の光が映る。 それは向こう側から真っ直ぐとこちらへ向かってきていた。 思わず足を止めたティエル達は、顔を見合わせてからオレンジ色の光を注意深く眺めていた。 魔物か、それとも別のものか。ゆらゆらと揺れる光は、そんな彼女達に向かって近づいてくる。 やがてはっきりと見える場所まで近づいてきたそれは、一人の若い男が手にしたランプの光であった。 年齢は30前半といったところだろうか。 整っている容貌ではあったが、青白くどこか気味悪さを感じさせる男である。 「……わざわざ遠方からご足労頂き、ありがとうございました。我が主バアトリ様がお待ちですよ」 男はティエル達の前まで来ると立ち止まり、ふわりと優雅に一礼をして見せた。 「おっと、失礼。申し遅れましたが、わたくしバアトリ様の従者の一人であるレイヒマンと申します」 柔らかな物腰、穏やかで丁寧な口調。しかし、この男の嫌な気配は消えることはなかった。 何故なんだろうとティエルは首を傾げたが、男の目が全く笑っていないことに気が付いたのだ。 そして、どこかねっとりと絡みつくような視線。上から下までを舐め回されている様な嫌な錯覚に陥る。 好感を持つことができなかったのは、どこかバアトリと似た雰囲気の男であったからだ。 「あーら……ご丁寧にどうも。悪魔族さんがお出迎えをして下さるなんて、夢にも思いませんでしたわ」 「フフフ、分かってしまいましたか。まぁわたくしが悪魔族と知れたところで、まずいことはありませんが」 前に進み出たリアンに会釈をしたレイヒマンは、ランプを持つ手とは反対の手で森の奥を指し示す。 「さあ、バアトリ様のお屋敷までご案内いたします。どうか魔法ゴケに惑わされぬように……」 歩き始めたレイヒマンの背を眺めてから、ティエルは背後のリアン達を振り返った。 彼女らが黙ったまま頷くのを見てから、ぐっと固唾を飲み込んだティエルもゆっくりと歩き出す。 妖しく照らされる道を歩き続けていると、やがて木々に隠れるようにして大きな屋敷が見えてきた。 門や外壁に絡みついた不気味な蔦。見たところ、明かりの洩れている様な窓は見受けられない。 「さあ、こちらです」 ギィ、と大きな門を開けたレイヒマンは、ティエル達を振り返ると妖しげな笑みを浮かべた。 屋敷の入口まで続く石畳に沿うように、背の高い燭台が並んでいる。ほのかに揺れる炎は紫色である。 「バアトリ様はあなた方に対し大変興味を持っておられます。あんなバアトリ様は初めて見ましたよ。 わたくしはあなた方が少しだけ羨ましく、……そして恨めしい」 「え……?」 怪訝な表情で顔を上げたティエルに笑みを浮かべたレイヒマンは、扉を大きく開くと彼女達を中へ促した。 +DeadorAlive+ |