Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第15章+ダンス・マカブル - 愛しき貴方に花束を -

第167話 Danse Macabre -1-





薄暗い廊下を歩き、広々とした応接間に通されたティエル達は、じっとソファーに座り続けていた。




まさか向こうから出迎えてくれるとは思わなかった。ましてや、客人の様に応接間に通されるなど。
目の前のテーブルにはメイドの入れた紅茶が湯気を立てて並んでいる。

屋敷に着いた途端に襲われるかもしれない、と危惧していたティエルは少々拍子抜けをしたのだった。




レイヒマンと名乗った男は、ティエル達をこの部屋に案内した後に姿を消してしまった。
恐らくバアトリを呼びに行ったのだろう。服装や持つ雰囲気から、レイヒマンは彼の側近かと思われる。



紳士的な扱いに戸惑ったティエル達であったが、並べられた紅茶に手を付けようとする者はいなかった。
リアンとジハードは緊張した顔つきをしており、一人離れて窓際で立つクウォーツは静かに目を閉じている。




紅茶を運んできたメイドもそうであったが、途中ですれ違った使用人達の目つきはどこか虚ろであった。
全てを諦めてしまったかのような。そんな目つきだった。

この森で行方知れずになってしまった旅人達も、あの中にいたのだろうか。
バアトリの好みなのか、男女共に皆似たような暗い雰囲気の美しい顔立ちをしていたことを思い出す。




コチ、コチと大きな柱時計が規則正しく時を刻んでいる。
その横で、壁に掛けられた獅子の頭部の剥製がこちらの様子をジッと伺っている様に感じた。




──どのくらいの時間が過ぎ去ったのだろうか。扉の向こうから微かに足音が聞こえてきた。

それは急ぐようでもゆっくりでもなく。だが、間違いなく真っ直ぐにこちらへ向かってきている。
やがて足音は扉の前でぴたりと止まり、静かに扉が開かれた。



細面の顔に、口ひげ。妙に赤く染まった唇はルージュだろうか。骨太の身体に黒いコートを羽織っている。
くるんとカールした特徴的な髪を撫で付けると、男はさも嬉しそうに口元を歪めて見せた。




「ようこそ、我が館へ。随分と首を長くしながらお待ちしておりましたよ……」



「バっ……バアトリ!!」
叫んだのはティエルかリアンか、ジハードか。思わずソファーから立ち上がって皆一斉に武器を構える。

しかしバアトリはそんな彼らの様子に表情一つ変えず、依然気味の悪い笑みを浮かべ続けていた。




「そんないきり立ってはいけませんよ。わたくしもいきなりあなた方を襲おうとは思っておりませんからね。
まぁ少し落ち着いて、お茶でも飲んだらいかがです?」

そう言って、彼は優雅な仕草でソファーに腰掛ける。
襲い掛かってくる様子がないバアトリに訝しく思いながら、ティエル達は渋々と腰を下ろした。




「……それで、バアトリ。あなたはわたし達をこんな所にまで呼び出して一体何を企んでいるの?
イデアをめぐって戦う気がないのなら、一体何の為にわたし達を呼び寄せたの?」


目を閉じながら紅茶のカップに口を付けるバアトリを睨みつけ、ティエルは静かに口を開いた。
そして抱きしめる様な形で抱えていた聖剣イデアに視線を移動させる。


「イデアはここだ。あなたの記憶している物とは違うだろうけど、間違いなくあなたが欲しているイデアだ」




「ほう、それがイデアだったのですか。随分と形が変わってしまいましたねぇ、まるで剣ではないですか」
ティエルの抱えるイデアを眺めたバアトリは、どこか満足気に目を細めながら笑みを浮かべた。

にぃ、と笑った拍子に、彼の口から鋭い牙が覗く。



「わたくしではどうすることもできなかったイデアが……。実に殺してしまうのが惜しい方達ですね」
紅茶のカップをテーブルに置いたバアトリは、ティエル達の顔を順繰りに見渡した。

彼に見つめられると思わず身体が強張ってしまう。瞳だけで相手を威圧してしまう様な気がした。
同じヴァンパイア族である為か、ほんの少しだけクウォーツを思わせる鋭い瞳である。




「……どうでしょう、わたくしと手を組みませんか?」
それぞれの顔を眺めた後、バアトリは静かに話を切り出した。


「あなた方とわたくしの力が合わされば、怖いものなどありません。……共に覇道を歩んでみませんか」




「……なんですって?」
この台詞には意外だったのか、リアンが険しい顔つきでバアトリを睨み付ける。

「私達に、あなたのくだらない野望の片棒を担げとでも言いたいのかしら? 冗談じゃないわ」



リアンの隣でジハードも眉をひそめている。恐らく彼もリアンと言いたい事は同じであろう。

しかしクウォーツは虚ろな目つきでティエル達とバアトリを眺めているだけであった。
まるで単なる傍観者のようである。もしくは、全く関心がないようにも見える。




「覇道って……バアトリ、一体あなたは何を企んでいるの?」


「そうですね、言い方を変えましょうか。……共に人間達を支配しましょう、と言いたいのですよ。
勿論力を貸して下さるのなら、人間であってもあなた方には危害を加えませんが」

ティエルの言葉にバアトリは妖しげな笑みを浮かべたまま、自慢の口ひげをゆっくりと撫で付けた。




「人間がわたくし達にした事と同じことをしようと言っているのですよ。──人間狩り、とでも言いますか」

「大きいことを言っているようだけど、あなたに全ての人間達を相手にする力があるとでも?
人間の力を甘く見てはいけないよ。小数である悪魔族に大人数である人間達がやられるものか」



「ジハードさん、だからこそ協力を求めているのですよ。それに、わたくしは一人ではありません」
バアトリが指を鳴らすと彼の背後に三つの影が浮かび上がる。影になっており、顔は分からなかった。


「レイヒマン、マリーレスカ、サーリッヒ。彼らはわたくしの仲間です。むしろ、従者とでも言いましょうかね。
この者達とわたくし、そしてあなた方が力を合わせれば……怖いものなどありません」

バアトリは続ける。



「断れば、あなた方を一人残らず殺します。しかし力を貸すというのなら、血のスペルは差し上げます。
協力さえすれば、あなた方はイデアのスペルが手に入るのですよ。実にいい話じゃないですか」

「家畜の様に人間達を働かせ、跪かせ、支配する。全て人間達が我ら一族にした仕打ちと同じです。
そうですねェ……こんな風に死体を飾ってみるのもいいかもしれません」


憎しみの篭った声でそう呟いたバアトリは、静かに右手を上げてみせた。
それと同時に背後の扉が開かれ、奥に続く部屋の中が露わになる。




「……ひっ」
「き……きゃああぁっ!!」

その中に物言わず並んでいたものを見て、ジハードは息を飲み込んで視線を逸らした。
ティエルとリアンは、思わず目を見開きながら悲鳴を上げる。


奥の部屋にずらりと並んでいたのは、像の様に台座に固定された人間達の死体であった。



ひとであった原形を留めている者もいれば、もはや肉の塊となってしまった者もいる。
完全に血が固まっている死体の隣には、だらだらと鮮血を流し続ける死体。死体。死体。死体。

皆一様に腹を裂かれ、中身を晒している状態である。
それが台座に乗ってずらりと並んでいるのだ。悲鳴を上げるなといった方が無理である。




「……どうです? わたくしのコレクションですよ。美しいでしょう?
血に彩られた物言わぬ亡骸たち。すぐに腐ってしまいますからね、一時だけの美しさですけれど」


この死体達こそが間違いなく、森に立ち寄り、行方不明になった者らであろう。
バアトリは苦悶の表情を浮かべたままの全裸の死体に近づくと、その血塗れた唇にそっとキスをする。



「わたくしに力を貸さないと仰るのなら、あなた方もすぐに彼らの仲間入りをすることになりますがね」




「じ……冗談じゃない、あなたに貸す力など欠片もないね!! ……よくもここまでむごい事を……!」
確実に怒りを帯びた声で言い放ったジハードが、素早く空中に極陣を描き始めた。

「あなたがイデアのスペルを渡さないのなら奪うまで。こちらも手段は選びませんわ」
少々顔色が悪いが、なんとか吐き気を堪えつつもリアンが杖を突き出す。



「バアトリ、わたし達は協力なんてできない。……確かに人間は酷いことをしたかもしれないけれど。
でも、この人達は関係のない人達でしょう? あなたを傷付けた人達ではないでしょう!?」


バアトリから距離を置き、ティエルは聖剣イデアを抜き放った。銀色の刀身がぎらりと反射する。




「そうですか……実に残念です。あなた方ならば、わたくしの気持ちを理解して頂けると思ったのですが」
溜息をつき、しかしさほど気にも留めていない様子でバアトリは腕を組んだままのクウォーツに顔を向けた。


「……クウォーツさん。そういえば、あなたのお返事はまだ聞いておりませんね。
その顔つきから察するに、あなたは恐らくわたくしと同意見と思われるのですが……どうでしょう?」




バアトリに問いかけられ、ティエル達に見つめられ、クウォーツは暫く沈黙を続けていたが。
やがて口を開く。

「そうだな、別に貴様の言い分を否定する気はない。かといって、肯定する気もない。
……だが唯一つだけはっきりとしていることは、私に屈辱を与えた貴様を絶対に許さないということだ」




「おやおや……わたくしも随分と嫌われてしまったものですねぇ」
妖刀幻夢を抜いたクウォーツに残念そうに肩をすくめ、バアトリは溜息と共に言った。







+DeadorAlive+