Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第15章+ダンス・マカブル - 愛しき貴方に花束を -

第168話 Danse Macabre -2-





「実に残念ですよ。わたくしが今まで、これほどまで他人に執着することはなかったのですがね……。
協力できないと仰るのならば仕方ありません。あなた方も血に塗れた美しい像にして差し上げましょう」




一つ大きな溜息をついてバアトリは自慢の口ひげを撫で付けると、緩やかな動作で右手を上げた。


毒々しい赤い色合いの霧が集まり、彼の右手の中には一つの『生き物』が蠢いていた。
鞭と形容するにはあまりにも禍々しく、そして明らかに意思を持っている異様な物体である。

何本もの細い触手が複雑に絡み合い、それぞれが激しく脈打っている。
目を凝らして見てみると、血管の様なものさえ見えた。……この鞭はまさしく『生きている』のだ。




「あなた方に敬意を表し、その身が腐り落ちるまで……腐り落ちたとしても、永遠に愛でて上げましょう」




「……腐った死体がご趣味だなんて、本当にいい趣味だこと! 折角ですけど丁重にお断りいたしますわ」
明らかに嫌悪の表情を浮かべながら、リアンは愛用のロッドをバアトリに向かって突き出した。

ロッドの先端に飾られている大きな水晶は、既に魔力を帯びて薄い紫色に輝いている。
魔法使いの愛用するロッドの多くは使用者の魔法を水晶に蓄積させ、威力を増幅させる効力を持つのだ。




「たとえ死体だとしてもあなたの側にはいたくはないね。人の命を弄ぶあなたを許すことはできない!」
彼女の隣では、虹色に輝く魔本を開いたジハードの姿。こちらも既に詠唱は完了しているようである。



口元に余裕の笑みを浮かべているバアトリの背後に控えていた三つの影が、音もなく前に進み出た。
その中の一人はティエル達をこの館に案内したレイヒマン。

残りの面々は皆そろって黒装束に身を包んだ、どこか気味の悪い雰囲気を持った男女。
美しい容姿ながらも不自然さが拭えない彼らの顔立ちから察するに、間違いなく全員が悪魔族である。




「わたくしの美しくも忠実な従者達ですよ。全員が人間達に相当な恨みを持つ歪んだ者達ばかりです。
さぁあなた達、この館に訪れてしまった者達が一体どんな目に遭うのかを……彼らに教えてあげなさい」




「仰せのままに。我が愛しき主よ」
男二名、女一名の従者達はバアトリに向かって一礼をすると、恨みを込めた目つきでティエル達を眺める。



『全員が人間達に相当な恨みを持つ歪んだ者達ばかりです』


バアトリは彼らをこう形容していた。
彼らも、人間達に愛しい者達を殺された一人なのだろうか。遊び半分で狩られた一人なのだろうか。

そんな思いが胸をよぎったティエルは、彼らと戦うべきなのだろうかとイデアを握り締める力が少し緩む。
しかしすぐさまサキョウの苦しい顔を思い浮かべると、彼女は強くイデアを握り直した。




「あなた達にも味わって貰いましょうか、我らの狩られる恐怖というものを」
「汚らわしい人間達よ。そして、汚らわしい生き物に加担する愚かな者達よ。……お前達に相応しい死を!」

寂しげな笑みを浮かべるレイヒマンの隣で、長剣を握り締めた深紅の髪をした女が地面を蹴る。




「私はヴァンパイア族の剣士、マリーレスカ! 愛しいバアトリ様の邪魔をする奴等は許さない……!!」

「くっ!」
マリーレスカの動きを目で追うのがやっとであったティエルは、イデアを振り上げ彼女の剣を受け止める。


散る火花。至近距離に迫るマリーレスカの瞳は、髪と同じく深紅に燃えていた。
ぎらぎらとした光を宿したその瞳は、明らかに人間に対する憎悪の感情が浮かんでいる。




「私の剣を受け止めるとは運がいい奴だ。その剣は封魔石か? 人間が持つには、出来過ぎた代物だな」
フンと鼻先で笑ったマリーレスカは、両手で必死に剣を支えているティエルに向かって口を開いた。


「人間は、自分達以外を物としか見ていないんだ。狩られたことのないお前には分からないだろうが!」



「悔しいけれど、確かにあなたの言うような人間達は存在しているよ。……だから復讐を止める事はしない」

歯を食いしばり、ティエルは全力でマリーレスカの剣を押し戻す。
自分だって彼女と同じく、復讐だけを考えて旅を続けてきたのだ。彼女の言葉を否定する気は毛頭もない。



「でも、ここで殺されるわけにはいかない。わたしにも目的がある。やらなくちゃいけないことがある!!」





「ウインドカッター!!」

リアンの掲げた杖の先から、緑を帯びた真空の刃が勢いよく飛び出した。
それは薄笑いを浮かべている黒衣の男へと真っ直ぐに向かっていく。しかし、彼は微動だにしない。


茶の混じった長い金髪を背後で丁寧に編んでいる、ぞっとする様な冷たい美しさを持った若い男であった。
耳が長く尖っていることから、彼もバアトリやマリーレスカ、クウォーツと同じくヴァンパイア族なのだろう。



そんな立ったままの男に、リアンが放った風の刃が直撃するかと思われた瞬間。
男の姿がぐにゃりと歪むと姿が掻き消え、刃は背後の物言わぬ死体像達に次々と突き刺さる。

鋭い刃に切り刻まれ、かつて腕や足だったものが宙を舞い飛んだ。




「申し遅れましたが、僕の名前はサーリッヒといいます。我が素早さを甘く見てはいけませんよ、お嬢さん」


急に姿を消した相手に呆然としていたリアンの背後から、静かな声が聞こえてくる。
思わず全身に冷や汗を浮かせながら振り返ると、至近距離にサーリッヒと名乗った男の姿。



「……っ!!」

声を出す間もなくリアンは背後からサーリッヒに口を押さえられ、肩口の服を裂かれる。
生暖かい息を素肌に感じ、牙の先端が肌理細やかな肌に埋め込まれようとした瞬間。




「うぐぁっ!!」

顔が歪むほど強く横っ面を殴られたサーリッヒはバランスを崩し、思わず地に倒れこんだ。
無表情で彼を殴り飛ばしたのは、今の衝撃で引っかかれてしまった頬に手を触れるクウォーツである。



「お前……っ、 忌むべき人間などに加担するなんて……このヴァンパイアの面汚しめ……!!」
秀麗な顔を憎悪に染め、サーリッヒは憎々しげに言葉を発した。


「フッ……フフフ、そうか。そうなのか。お前にはないんだな。この僕のように人間達に狩られた経験が。
一度でも人間に狩られ犯された経験があれば、奴等と共にいることなどできないものな……!!」




「大丈夫か」

しかしクウォーツはサーリッヒに言葉を返すこともなく、こちらを見つめているリアンの方へと顔を向ける。
幸い喰らい付かれる寸前でサーリッヒが離れたので、彼女は怪我一つ負っていなかった。


「クウォ……」
「こいつは私が相手をする。貴様はジハードのフォローをしてやれ」

リアンの言葉を遮り、クウォーツが言った。
思わず後ろを振り返るとジハードは、大剣を操るレイヒマンを相手に苦戦しているようである。



「……分かりましたわ」
一瞬だけ何かを言いたげにクウォーツへと顔を向けたリアンだったが、頷いてジハードの元へと駆け出した。





「……あうっ!」

バアトリ一番の従者であるレイヒマンから大剣を振り下ろされ、
咄嗟にリグ・ヴェーダでそれを防いだジハードだったが、がら空きの腹をレイヒマンによって強く蹴られる。


蹴り飛ばされた衝撃で勢いよく壁に背中を打ちつけたジハードは、何回も激しい咳を繰り返した。
襲い掛かる強烈な嘔吐感を何とか堪えようと、ぐっと歯を食いしばる。



ふと視線をずらすと、手元にはリグ・ヴェーダがページを広げたまま投げ捨てられていた。
あれほど強い剣の衝撃を受けても、虹の魔本には傷一つすら付いてはいない。


同じくジハードにも魔本の加護によってレイヒマンの蹴りは軽減されてはいたが、こちらは気休め程度である。




荒い呼吸を繰り返しながら俯いていたジハードの瞳に、レイヒマンの厳つい革靴が映った。
レイヒマンは広げたままのリグ・ヴェーダを拾い上げ、ほう、と感心したような溜息をつく。



「珍しいものをお持ちですな。攻撃魔法を唱えることができない者に、力を貸してくれるというものですか」

ぱらぱらとページをめくりながら、レイヒマンは口元に静かな笑みを浮かべた。
本の中には、様々な形をした魔法陣が数多く描かれている。難解なものもあれば、簡単な形のものもあった。




魔法陣の形を完璧に記憶し、更に使用者の『あるもの』と引き換えに虹の魔本との契約が成立する。
その契約を済ませば、晴れて極陣魔法を使用することができるのだ。


このリグ・ヴェーダには、全部で数百種類の極陣が描かれている。
大きな極陣との契約を済ますためには、契約の際に提供しなくてはならない『あるもの』も大きくなるのだ。




「自らの命と引き換えに、魔法を習得していく呪われた本。人間ならば、数個の契約で命尽きてしまいますね」




レイヒマンの言葉に、ジハードは俯いたまま両手を握り締めた。

──確かにそうなのだ。リグ・ヴェーダと契約するには、極陣一つごとに己の命を差し出さなければならない。
魔法の威力によって提供する命の量は大小様々であるが、人間ならば5〜6個の極陣取得が限度である。


長寿を誇る不死鳥族のジハードは既に20以上の極陣との契約を済ませていた。
いくら長寿といえども、これ以上の新たな極陣取得は大変危険である。




「先程からの様子ですと、わたくしを倒すために一番効果的な魔法が見つからないみたいですね。
どうです、大きな魔法を取得されてみては? それとも……既に魔本に差し出す命がないのでしょうかね?」


にっこりと笑みを浮かべたレイヒマンは、リグ・ヴェーダをジハードに差し出した。



……そうだ。
先程からレイヒマン──悪魔族──に対する効果的な極陣が、取得した中から思い浮かばなかったのだ。



不快感が晴れぬままジハードは魔本を受け取った。新たな契約をするか、否か。彼はひどく迷っていた。


震える手で、リグ・ヴェーダの後ろのページを開いてみる。細かな模様の美しい極陣が描かれていた。
契約の呪文を唱えようと、ジハードが口を開きかけたとき。




「待ちなさいジハード!! そんな奴のために、効くかどうかも分からない極陣を取得することはないわ!」
リアンが杖を振り上げながらレイヒマンに突っ込んできたのだ。


「広大なる大地を照らす光よ、罪深き者達の過ちを問い浄化せよ! ……フローライトシャワー!!」







+DeadorAlive+