| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第15章+ダンス・マカブル - 愛しき貴方に花束を - 第169話 Danse Macabre -3- 「ぐああぁぁっ! ひ、光がっ!!」 リアンによって光の魔法を目前で発動されてしまったレイヒマンは、思わず両目を押さえて床を転げ回る。 ヴァンパイアほどは光が苦手でなくとも、元来悪魔族は夜の住人である。強烈な光に耐性がないのだ。 レイヒマンの視力が暫く回復しない事を悟ると、リアンは座り込んだままのジハードに駆け寄った。 「大丈夫ですの!? ……もう、ジハードらしくないですわよ。あんな奴の口車に乗せられてしまうなんて」 そう言って彼女は手を差し出した。 差し出された手を暫く眺めていたジハードだったが、やがてゆっくりとその手を掴んで立ち上がる。 先程蹴られた腹部が鈍い痛みを発した。どうやら治癒魔法を唱えることすら忘れていたようだ。 「リアン……ありがとう。すまない」 レイヒマンの誘惑の言葉に乗せられていた自分が照れくさかったのか、ジハードは微かに笑みを浮かべた。 「あなたの強烈な光の魔法で目が覚めた。お陰でまだ目がちかちかとしているよ」 「いつも寝ぼけているあなたには丁度いいんじゃないかしら。毎朝これで起こしてあげてもよくってよ?」 ジハードが普段の調子に戻りつつあることを確認したリアンは、どこか茶目っ気のある笑みを浮かべた。 「クッ、ククク……幸せな奴だ、お前は人間どもに狩られた経験がないんだな。 僕の家族は人間に殺された。想像できるか? 目の前で家族や友人が次々に殺されていくんだぞ!!」 顔を歪めながら、心底悔しげな表情でサーリッヒが吐き捨てる様にして言った。 「奴らは笑いながら、許しを乞う父を殺し母を犯した。なぁ、おい、これがお前に想像できるかよ!?」 「できない」 顔を真っ赤にさせながら叫ぶ彼をクウォーツは静かに見つめながら、妖刀幻夢を持つ手を下ろした。 「……その光景は、目の前で見た貴様にしか分からないのだから」 「そんな糞忌々しい人間共に加担するヴァンパイアの面汚しめ、恥を知れぇっ!!」 クウォーツの言葉に怒りを覚えたサーリッヒは、腰の剣を引き抜くと彼に向かって飛び掛る。 「哀れな男だな。お前も……私も」 妖刀幻夢を握り直し、クウォーツは振り下ろされたサーリッヒの剣を紙一重でかわした。 サーリッヒは勢い余って木の床に突き刺さってしまった剣をすぐさま引き抜くと、 素早さを誇るクウォーツに離れる隙も作らせないほど何度も何度も執拗に剣を突き出してくる。 力任せに剣を突き出しているように見えるが、狙っている場所はどれもクウォーツの急所ばかりであった。 サーリッヒは人間達に復讐を誓い、その為だけに剣技をただひたすら磨き続けたのだろうか。 ヴァンパイア族の持つ驚異的素早さと狂いのない剣の狙いに、さしものクウォーツも反撃する暇がない。 身体能力はほぼ互角。 いや、辛うじて素早さだけはクウォーツの方が上だ。しかし剣技は相手が上のようである。 このまま避け続けていても体力を削られるだけなので、 右腕を捨てることを覚悟したクウォーツは、心臓を狙って突き出された剣に向けて己の右腕を差し出した。 服を裂き、肉に刃が埋め込まれ、骨に当たって止まる嫌な感触。それと同時に焼けつく痛みが彼を襲う。 ……だが、これでサーリッヒの剣を封じることができた。 そしてそのまま妖刀幻夢をサーリッヒの胸に突き刺した。刃は寸分の狂いもなく彼の心臓に埋め込まれる。 サーリッヒの目がカッと見開かれ、彼は一瞬だけどこか今にも泣きそうな子供の表情を浮かべた。 それは悔しいと形容することも、絶望と形容することもできない顔であった。 息絶える瞬間にサーリッヒと目が合ったクウォーツは、それでも決して彼から目を逸らすことはなかった。 何度目かの剣の打ち合い。普通の剣ならば、双方とも既にぼろぼろになっているはすである。 しかしティエルのイデアは鋭い白銀の刃を維持しており、剣士マリーレスカの刃も美しさを保っていた。 もう数える気もないくらいの衝突。同時に、ティエルの肩とマリーレスカの脇腹から血が飛び散った。 「うっ……!」 肩の傷は案外深く、剣を持つ腕が痺れ始めている。それは相手側も同じことで、彼女も地に膝をついていた。 「私はここで殺られるわけにはいかない。人間達に復讐をし、バアトリ様をお助けする役目がある」 脇腹の傷を押さえながらふらふらと立ち上がったマリーレスカは、握り直した剣をティエルへと向ける。 「人間の娘よ、そんな顔をするな。お前も私も違う何かの為に剣を握っている。ただそれだけのこと。 私は決して手加減をしない。お前を殺す気でいる。……お前も、私を殺す気で向かって来い」 「……分かってる」 頬の切り傷がひりひりと痛んだ。 汗で滑る剣の柄を強く握り、ティエルは目の前で自分に剣を向ける悪魔族の剣士に弱々しく笑いかける。 しかしティエルは先程から考え込んでいた。 果たしてこの女剣士と戦う理由があるのかと。何故自分達は戦い続けているのだろうか、と。 そんな迷いの表情を浮かべているティエルの様子に、恐らくマリーレスカも気付いているのだろう。 だからこそ、彼女はあんな台詞を言ったのだ。 あまり気の進まない顔つきでティエルが一歩足を踏み出したとき。──背後で数人の声が聞こえた。 「頼むから、これ以上バアトリ様の機嫌を損ねないでくれ!」 「あんた達が私達の代わりにバアトリ様に血を提供すれば、私達は暫く殺されることはないのよ!」 驚いて振り返ったティエルの瞳に映ったものは、生贄として館に閉じ込められている人間達であった。 それらを眺めていたバアトリは、ソファーに背を預けながらさも愉快そうに笑い始める。 「フフフ……アッハッハ! これは面白いことになりましたねぇ。なんと同じ人間同士で仲間割れですか! これが笑わずにいられますか。……本当にあなた達人間は醜くも愉快な生き物ですね」 気の済むまで笑い続けていたバアトリは、それからスッと表情を元に戻すとティエル達を指し示した。 「……そろそろ決着をつけることにしましょう。あなた方は今までの侵入者の中で一番粘ってくれましたよ。 サーリッヒも殺られてしまいましたしねぇ、同族殺しのクウォーツさん?」 血塗れた剣を持ったままのクウォーツを軽く一瞥すると、バアトリはゆっくりとソファーから立ち上がる。 レイヒマンやサーリッヒ、マリーレスカよりもバアトリは確実に手強い相手である。 それを痛いほど思い知っているティエル達は、強張った表情でそれぞれの武器を構えた。 しかしバアトリは余裕の笑みを浮かべたまま、ぱちんと軽く指を鳴らす。 「……サタネスビュートよ、この者達を捕らえよ!」 「なっ……!」 「きゃあっ!?」 一体どこに潜んでいたのか、ツタのようなものが部屋の四方から勢いよくティエル達へと向かってくる。 それは勿論サタネスビュートであり、棘の付いた鞭は彼女達の腕といわず脚といわず強く絡まってきた。 リアンやジハードが魔法で爆破をしても、クウォーツの妖刀幻夢ですらも鞭を切断することはできなかった。 「ち……千切れないっ……!」 抵抗虚しく自由を奪われてしまったティエルは、それでもイデアを強く握り締めたままバアトリを睨み付ける。 太腿に絡まる鞭の棘が肌を裂き、じわじわと肉を突き刺していく。 その痛みに思わず顔を歪めた。 「……バアトリ! 複数の人間達はぼく達なんかよりも……数倍、いや、数十倍も強く、恐ろしい存在だ! 同じ人間でさえ、いとも簡単に殺すことができるんだ。あなた達では勝つことができないよ……!!」 一歩足を踏み出すごとに激痛が走ろうとも、ジハードは笑みを浮かべ続けるバアトリに向かって口を開く。 「復讐は新たな痛みを生んでしまう。けれど……そうだね、それでも復讐を止めることはできないんだ……! 新たな憎しみや痛みが生まれると知っていながらも、誰にも止めることはできないんだ……!!」 そのジハードの言葉はバアトリ達に向けられたものか、それとも……自分自身に向けられた言葉なのか。 彼はそう口にすると、力が抜けたようにがっくりと項垂れた。 「……そうですよ。この先に待ち受けるものがたとえ、死のみだとしても」 にやり、と静かに口元を歪めたバアトリは左右に佇むレイヒマンとマリーレスカに目をやった。 「彼らもわたくしと同じ覚悟でございます。死ぬ覚悟など、とうの昔にできておりますよ。 ただ……己の命尽きる迄、多くの人間達に苦しみを味わわせることができれば……それだけで良いのです」 「それでいいの? ……あなた達は本当にそれでいいの!?」 思わず唇を噛み締め、ティエルは声を張り上げる。 何故か涙が滲んだ。あれほど恐れた敵であるはずなのに。命を懸けて戦った相手であるはずなのに。 「何で……みんなみんな、生きようとする道を選ばないのよ……!!」 隣で泣き叫ぶように言葉を発したティエルを眺め、クウォーツはほんの少しだけ俯いた。 それは、よく見つめていなければ分からないほど僅かであったが。 「ティエルさん、あなたは優しい方だ。……永遠に覚えておきますよ、あなたという方がいたことを」 相変わらず妖しげな、だが、どこか狂ったような笑みを顔に残したまま、バアトリは鞭を静かに握り直す。 「わたくしが少しでも力を込めれば、鞭はあなた方の胴や手足、そして首を引き千切ることでしょう。 あなた達の内臓は赤い色に彩られ、さぞかし美しいでしょうね。……永久に愛してあげますよ……!」 「可哀相に」 胸に絡まる鞭を千切ろうと力を込めながら、リアンが苦しげに呟いた。 棘で傷つき、彼女の胸元から流れる鮮やかな深紅の血が、ぬらぬらと妖しい色を発している。 「……ただ私は、あなたを可哀相だと思う」 「なんとでも仰って下さい。……さて、そろそろあなた達とのお喋りも飽きてきましたね」 スッとバアトリの両目に狂気を帯びた赤い色が宿り、彼は醜く口元を歪めた。 「……永久に眠りなさい。気高く、愚かであった方々よ!!」 「がっ……がはっ……!」 ティエルは思わず声を上げようとしたが、首に食い込んだ鞭のために上手く声が出ない。 首や脚に絡まる鞭の締め付けが急激に強くなる。棘がぐいぐいと容赦なく肌に食い込んでくる。 唯一自由の利く目だけを周囲に向けると、鞭は無残にも仲間達の身体を引き千切ろうとしていた。 鞭を伝って鮮血が地面に滴り落ちていた。 ……段々と意識がぼんやりとしていく。 黒に塗りつぶされていく意識の中、ティエルは歯を食いしばって鞭を引き離そうとするが無駄であった。 もう一度だけ顔を上げ、バアトリの方へと顔を上げた刹那。まるで蹴り飛ばされるように横の扉が倒された。 焦点の定まっていない目をそちらに向けると、ぼんやりと大きな人影が映る。 (誰……? ……でも、わたしはこの人を──……知っている……) 少しずつはっきりしていく視界に、ティエルは信じられぬように思わず目を見開く。 その瞬間。 手足に絡まる鞭が急に力を失い、彼女は床に投げ出された。 ティエルは激しく咳を繰り返し、それからぼろぼろと涙を溢れさせながら上半身を起こしてその人物を見やる。 銀のナイフを握り、千切れた鞭の破片の中心に立っているその人物は。 「サキョウっ……!!」 +DeadorAlive+ |