Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第15章+ダンス・マカブル - 愛しき貴方に花束を -

第170話 Danse Macabre -4-





『ワシはもうお前達と共に行くことはできない。こんな心のままではきっと迷惑をかけてしまうだろう』
……そう言って、雨の中を佇んでいたサキョウ。


『それに……ここにいてやりたいのだ……』



白髪混じりの髪にぽっかりと窪んだ目。こけた頬。あの日、震える声でサキョウはティエルに言ったのだ。
彼のいない時間は、まるで永遠のように長かった。ティエルには、あまりにも長すぎたのだ。





銀色に輝くナイフを握り締めたサキョウは少々やつれてはいたが、ティエルのよく知るサキョウの顔であった。

涙と鼻水が混ざったものが床に滴り落ち、ティエルはぐしゃぐしゃに顔を歪めてサキョウを見る。
彼はティエルに穏やかな顔で優しく笑いかけ、それからゆっくりとバアトリに顔を向けた。


「……バアトリよ。ワシはお前の目的など興味はない。そして聞く気もない。ましてや理解する気もない。
お前の首を落とし、母上の指輪を取り戻す。ワシが望んでいるものは……ただそれだけだ」




「おやおや……姿が見えないとは思ってましたが、まさかこんな最高のシーンで登場して下さるとはね」

サキョウの持つ銀のナイフによって切断されたサタネスビュートを手繰り寄せ、バアトリは軽く溜息をつく。
魔法でも、封魔石でも決して切ることのできなかった鞭が、ざっくりと切断されているのだ。


ナイフの刃は、暗闇でもおぼろげな白い光に包まれて鋭く輝いていた。


「もしやそれは白銀のナイフでしょうか? ……とても興味深いものをお持ちのようで。
呪われたものを打ち砕くといわれる白銀。我々悪魔族に一撃で致命傷を与えてしまう恐ろしい代物ですよ」




「お前を倒すときは、必ずこのナイフで倒すと決めていた」

白く輝くナイフを構えてサキョウはバアトリ、そして彼の背後に控える二人の悪魔族を順々に眺めていった。
サキョウの瞳はまさに怒りに燃えるといった表現が正しいだろう。揺るぎのない信念を秘めた、黒い瞳。

サクラの墓の前で俯いていた弱々しいサキョウは、もうそこにはいなかった。



零れ落ちる涙を拭おうともせず、ティエルは両手を地に付けたままサキョウとバアトリを見つめ続けていた。
棘が刺さった手足や首から流れ落ちる血が、間隔を置いてぼたぼたと床に血溜まりを作る。




「……残念ですが、あなたもここで死ぬ運命にあるでしょう。何人かかってこようと同じことですよ」

短くなってしまったサタネスビュートを投げ捨て、バアトリは壁に飾られていた長剣を素早く掴んだ。
ロウソクの光に照らされて、長い刃がぎらりと輝く。



「さあ、レイヒマン、マリーレスカ。わたくしの愛しい従者達。……彼らに引導を渡してやるのです!!」


「はっ!!」
バアトリの掛け声と共に、背後で剣を構えていた二人が地に座り込んでいるティエル達へと向かっていく。




「メギドフレア!!」
「……灼熱地獄の陣っ!!」

血で滑る手でロッドを掴んだリアンは素早く詠唱を始め、最後の詠唱を力の限りに叫んで魔法を発動させた。
その隣ではジハードもリグ・ヴェーダを開き、虹色の魔法陣を空中に出現させる。




「ぐあっ……!」


両者の放った火炎の魔法はマリーレスカを包み込み、彼女は床を転げ回りながら火をもみ消していた。
運良く火炎から逃れることができたレイヒマンの前には、妖刀幻夢を握ったクウォーツが突っ込んでくる。

彼の右手はだらんと垂れ下がっており、先程サーリッヒに刺された傷痕が痛々しく残っていた。
妖刀幻夢を避けてクウォーツを蹴り飛ばすと、レイヒマンはリアンに向けて剣を振り下ろす。



……薔薇の花びらのように美しく舞い飛ぶ血飛沫。

それはイデアを握り締め、リアンの前に立ちはだかったティエルの腕から流れていた。
イデアはしっかりとレイヒマンの剣を受け止めており、溢れ出る血は先程の鞭の傷から流れ落ちるものだった。


レイヒマンをキッと睨みつけ、ティエルは怒号にも似た声を発しながら両手で彼の剣を押し戻していく。

その強い力に慌ててレイヒマンは両手で剣を掴もうとするが、それよりも早くティエルが剣をなぎ払った。
彼の手から離れてしまった剣は、乾いた音を立てながら遠く転がっていく。




「し、しまっ……」

声を出しかけ、レイヒマンはそれを飲み込んだ。彼の眉間にはイデアの先端が向けられていたからだ。
自分を強く睨み付けてくる少女を見つめ、完全に負けを悟ったレイヒマンは静かな笑みを浮かべて俯いた。




少し離れた所では、ようやく身体の炎を消し去ったマリーレスカの周囲にジハードの極陣が仕掛けられていた。


「……動かないで。できればあなたに極陣を発動させたくはない」
赤く染まった右腕を前に突き出し、ジハードは笑みも浮かべずにそう口にした。

「どうやら私は負けてしまったようだな。まだまだ甘かったということか……」
マリーレスカは己の周囲に光る魔法陣を眺め、それから諦めたように剣を手放したのだった。




「父母の仇! ヴァンパイアよ、永久の眠りにつくがいい!!」
「受けて立ちましょう。……永久の眠りにつくのは、あなた方人間だとわたくしが証明してあげましょうか!」


右手に掴んだ長剣を流れるような華麗な動作で構えたバアトリは、地面を蹴ってサキョウに飛び掛る。
それと同時にサキョウは両の拳を握り締め、バアトリに向かって駆け出した。



サキョウの動きは、驚異的素早さを誇るヴァンパイア族のバアトリから見れば随分と鈍いものであった。

あっけないほど簡単にサキョウの拳を避け、バアトリは優雅に宙へと飛び上がる。
思わずハッとした顔で見上げるサキョウを、実に滑稽なものを見るかのように嘲笑う。




「遅いですよ。……人間とはこうも愚鈍で脆弱なのに。それなのに、自分達以外を支配しようとする。
自分達が頂点だとも思っているのですか。そんな人間に、わたくしは負けるわけにはいきません!!」




口元に狂気を秘めた笑みを浮かべた彼は、サキョウを一気に串刺しにするつもりで剣を振り下ろした。

その刹那。
バアトリの右手にはまっていた指輪に光が反射し、それは彼の視界を一瞬だけ奪う。


……サキョウの母親から奪ったはずの指輪であった。
それが、決して明るいとはいえないロウソクの光を反射させ、信じられぬような光を発したのだ。



「くらえ、バアトリよ!!」
「なぁっ!? ぐっ!!」

顔面をサキョウの拳で強打され、隙だらけであったバアトリは勢いよく地面に叩きつけられた。
身を起こす間もなくサキョウにのしかかられ、首にひやりとした感触を覚える。




「……まったくおかしなこともあるものですねぇ……。
あんな曇った指輪が強く反射することなど、ありえないはずですよ。……ねぇ、サキョウさん?」

そして首に突きつけられているものが白銀のナイフだと悟ると、バアトリはそれを目を細めて眺めた。


「驚きましたね。これは白銀のメッキを施しただけの銅のナイフではないですか。
先程サタネスビュートを切断した衝撃で、少々メッキが剥がれかけておりますよ。クックック……」


確かにバアトリの言うとおりサキョウが突きつけているナイフは、
所々銀のメッキが剥がれてしまっている、随分とくすんだ色をした銅のナイフであった。




「そうだ。これは白銀のメッキを施しただけのナイフだ。だが、ワシはこれでお前を殺すと誓ったのだ」
そう言って、サキョウは遠い昔の記憶を思い出すような懐かしげな瞳でナイフを見つめる。

「父上が肌身離さず持っていたもの。……そう。お前が彼らを殺したあの日も、父はこれを持っていた」




「そうですか。まぁ、殺した人間のことなどいちいち覚えてはいないですから……どうでもいいことですが」

仰向けに押さえつけられたまま、バアトリはサキョウに向けて薄い笑みを浮かべた。
離れたところで、レイヒマンとマリーレスカが負けを認め、既に剣を手放しているのが見えた。



「どうやら、わたくし達はあなた方に負けてしまったようですね。ククク……ほら、わたくしもこの通り」

妖しげな笑みを崩さぬまま、バアトリはゆっくりと自分のコートの前を開いて見せる。
……彼の胸からは、折れた剣の先が覗いていた。



「先程地面に叩き付けられた時に、剣が折れたのでしょうね。わたくしの運も尽きてしまいましたか……」




バアトリのオレンジ色をした上着に、段々と赤黒い血が広がっていく。

それを見てサキョウのナイフを握る手が思わず緩むが、頭を振って余計な考えを振り払う。
──この者は憎い仇だ。甘さは捨てろ。




「……もう終わりにしましょう。あなた達の思いも、わたくしの思いも。
わたくしも少々疲れました。……あなた方にならば、殺されるのも悪くはないかもしれませんねぇ……」


どこか寂しげな笑みを浮かべたバアトリは、それから静かに首をクウォーツの方へと向けた。


「クウォーツさん。人間に裏切られ、無残に殺されるあなたの姿が見れなかったことが心残りですね。
せいぜい残り少ない生を、精一杯幸せに生きなさい。ククク……わたくしは先に地獄で待っていますよ」

無言でこちらに青い瞳を向けるクウォーツに微笑を浮かべると、バアトリは静かに目を閉じた。



「……さあ、首を落としなさい」




バアトリの首に突きつけていたナイフをぐっと握り直すと、サキョウはゆっくりとそれを頭上に掲げる。

指を痛めながら細工した指輪。母の笑顔。兄が渡した芝居のチケット。申し訳なさそうに肩を抱いてくれた父。
こちらを振り返り、行ってくると手を振った両親の姿。閉じられた扉を見て、兄と二人で満足そうに笑い合った。


……血。
一面の血。散らばった土産。引きずり出されたような臓物の山。



子供は見るなと村人によって引き離された。しかしあの光景は、今でも脳裏に鮮明に焼き付いてしまっている。




「うああああああああっ、畜生! 畜生っ!!」
悲痛な叫び声と共に、サキョウは躊躇わずナイフを振り下ろした。


肉に突き刺さる柔らかな感触。ごつんと何か硬いものに当たり、サキョウは更にナイフに力を込める。
まるで噴水のように血を浴びつつもサキョウは目を逸らさず、渾身の力を込めてバアトリの首を切断した。


ごろんと転がったバアトリ首の横に、あまりに強い力を込めた為に折れてしまったナイフも力なく落ちる。




「……ワシの復讐は……終わった……」
身体中に浴びた返り血を拭い、サキョウは目を閉じて涙を流したのだった。







+DeadorAlive+